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第十章

第249話 魔法壁 -マジックウォールー

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「あれか……」


 新村地区改め、東地区を抜けてさらに東。
 そこはしばらく平地が続いており、数キロ先にはダンジョンのある《マグワイアの森》が広がっている。

 その平地と森との境目。
 そこには町を出てすぐの距離からでも分かるような、立派な壁が立ちはだかっているのが確認出来た。
 驚くべきことにあの外壁を作ったのは、ホージョーという男とそれを手伝ったサクラという二人の人物によって作られたものだという。

「あの飛び出ている塔のようなものは何なのだ?」

 アーガスの指さす先には、外壁より高いと思われる構造物があった。
 外壁沿いにも幾つか尖塔は立っているが、アーガスの指さした先の塔状の構造物は、敷地の内部に建てられているように見える。

「はて、私が先日訪れた際には、あのようなものはなかったのですが……」

「ふむ、まあ行ってみれば分かるだろう」

 アウラの覚えがないという構造物は気になるが、到着すれば正体が判明するであろう。
 例え何かしらの防衛施設だったとしても、無暗に攻撃をしてくる事もないはず。
 そう判断を下し、一行は拠点へと接近していく。


「これは……」


 至近距離まで近寄った事で間近になった拠点を見て、アーガスの隣を歩いていたエルフの女性が驚いたような声を上げる。
 この女性はアーガスと共に馬車内に乗り込んでた女性であり、《鉱山都市グリーク》では知らぬ者がいないと言われるほどの有名人であった。


 ――エスティルーナ・ラ・メラルダ。


 氷の魔妖精の異名を持つ、Aランク冒険者である。
 ギルドマスターであるゴールドルとはかつてパーティーを組んでいて、その頃から彼女の名は知られていた。
 正面切って彼女に年齢を尋ねた者はいないが、寿命が五百年とも言われる長寿なエルフ族らしく、それなりに長い年月を生きているのは明らかだった。

 そのせいだろうか。
 エルフ族は人族のように、感情を強く表に出すことが少ないと言われている。
 もっとも一口にエルフといっても、まだ若い年代のエルフには溌剌とした者もいるし、個人個人の性格は人それぞれでもある。

 ただエスティルーナに関しては、一般の人が描くエルフのイメージに近い。
 そんな彼女が驚きを露わにするというのは、珍しい事であった。


「ほほおう、これはなかなか見事な拠点ではないか」

 アーガスも感心したような声を上げる。
 北条が調子に乗って魔改造を続けている拠点は、壁の高さが十メートル。所々にある外壁部分に配置された尖塔部分に関しては、二十メートルはあるだろうか。
 周囲を囲う堀は深さ五メートル、幅が十五メートルほどもある。

 この堀は以前は水の張られていない空堀であったが、今は薄っすらと水が溜まっている。
 これは自然の雨や地下水などが溜まったものではなく、西門の近く。堀の内側部分にある、排水口のような所から流れた水が溜まったものだ。
 まだ水深は四、五十センチといったところで水堀としての機能は微妙だが、数日でここまで水が溜まったのなら、すぐにでも水量は増えていくだろうと思われる。

 だがエスティルーナが驚いたのは堀に関してではない。
 いや、話によればこれを僅かな人数で作ったというのだから、それはそれで凄いとは思っているのだが、問題は堀ではなくの方だった。

「エスティルーナ殿も驚いておる様だな」

 そう言うアーガスは勿論、彼の護衛である騎士達も立派な外装を見て感心の声を漏らしていた。

「……ああ。この壁は例の強化壁で出来ていると思われるが、ここの壁からは魔力・・を感じる」

「なに!? それはいったいどのようなものだ?」

「恐らくは壁を強化する類のものだと思われるが……。どのようにしてそれを壁全体に張り巡らしたのかは分からない」

「むうう。それではまるで、王都の魔法壁マジックウォールのようではないか」

 アーガスのいう魔法壁マジックウォールとは、《王都ロディニア》に築かれた一番内側の壁――すなわち王城を囲う壁の事である。
 かつて国中から"刻印魔法"の使い手や"付与魔法"の使い手。その他大勢の魔術士が集められ建築された城壁である。

 規模としてはこの拠点の壁より、断然魔法壁マジックウォールの方が大きい。
 しかも北条は拠点の壁部分をあくまで簡易的な"刻印魔法"で仕上げたが、魔法壁マジックウォールは本格的な"刻印魔法"が用いられていて、建設には長い期間を要した。

 建設の際には国中から人材が集められたため、他の場所では一時的に人材不足に陥ったほどだ。
 しかし、そうして作られた魔法壁マジックウォールと比べても、強化壁を素体にしてある以上、強度においてはこちらの方が頑強だと思われる。

「これもホージョーとやらの手によるものか?」

「断言はできませんが、恐らくは」

 アーガスの質問に答えつつ、アウラは先ぶれの使者としてマデリーネを向かわせる。
 拠点の正門部分は格子状の落とし戸のようなもので塞がっており、通行は出来ない。

 というか、落とし戸風になっているだけで、実際に上げ下げできる訳ではなく、とりあえずそれっぽい見た目に仕上げただけの代物だった。
 いずれは門回りについても北条は作り直そうと計画を建てている。
 そのため、今の所は拠点内に出入りするためには西門、東門ともに、脇にある通用口を通ることになる。

 その事を知っているマデリーネは、通用門から中へと入り、訓練場で訓練をしていた由里香へとアーガス辺境伯の来訪を伝える。
 マデリーネの話を聞いた由里香は、慌てて中央館で休んでいた陽子を呼びにいく。

 数分後、アーガスらの待機する正門前に陽子らが勢揃いした。
 だがその中に北条の姿は見えない。

「あ、あの。このような所にお越しいただいて真に光栄です。それでご用件はどういったものでございますか?」

 ガチガチに緊張した陽子がアーガスへ問いかける。

「うむ。急な訪問であるが、娘よりホージョーという男についての話と、この拠点についての話を聞いたものでな。居ても立っても居られずにこうして訪ねてきたという訳だ」

「さ、左様でございますか。ですが、生憎と北条は今この拠点におりません。お時間が許されるならば、今から北条を呼び戻し、そのあいだ中でお待ち頂くというのは如何でしょうか?」

「ホージョーは近くにいるのかね?」

「は、はい。ただいま水路を作っている最中です」

「水路?」

「父上、その件については先日ホージョーより伺っております。堀に溜まった水を流す先として、北にある川にまで水路を敷設する許可を出してあります。恐らくはその事でしょう」

「なるほど、あい分かった。では中で待つとしよう」

 こうして陽子の案内の元、拠点内へと移動するアーガス達。
 すると入ってすぐに見える光景に驚きを見せる。


「あれは……なんなのだ?」


「は、はあ。ええと、ご覧の通り水を生み出す塔……いえ、オブジェ? にございます」

 そのオブジェは門から入った右手側に、ででんと聳え立っていた。
 高さは十五メートルほど。表面は妙に黒く、ツルツルとしてそうな質感の石で覆われている。
 アーガスらが東地区を出てすぐの所から見えた、塔のような構造物の正体はこのオブジェであった。

 ウェディングケーキのように、円柱の構造を基本として、外縁部が幾つもの段になっている。
 頂点部からは水が湧き出しているようで、そこから放射状に水が流れていき、何段もある外縁部を徐々に下へと水が流れていく。

 オブジェの周りは噴水広場のようになっていて、オブジェから流れてきた水が円状の形をした池に流れ込んでいる。また近くには石のベンチやテーブルなども置かれて公園のようになっていた。
 池は北の方角から小川へと通じていて、拠点内を巡っているようだ。

「これ……は……」

 アウラもいつの間にかこのような巨大な建築物や、拠点内を走る小川が出来上がっていた事に驚きを禁じ得ない。

「……これはつまり、水を供給するための魔法装置という事か?」

「え、は、はあ。恐らくはそうではないかと思います」

「何故このような大規模なものを? 水を作り出す魔法道具なら、根は張るがもっと小型のものもあるはずだが」

「そ、それは北条に聞いてみませんと私には分かりかねます」

(大体私だって、いつのまにかこんなのが出来ててびっくりしたのよ!)

 思わずそう言ってやりたくなる陽子だが、ここはグッと堪える。

「エスティルーナ殿、何か所見はあるか?」

「……こちらは構造物そのものに魔力はほとんど感じられない。恐らくは大部分がハリボテで、内部に水を生み出す魔法道具を仕込んだのではないかと」

「ほおう。それは随分とまた豪勢というか、大胆なものだな」

 無駄に華美である事を好まないアーガスであるが、このずっしりとした無駄にでかいオブジェはどうやら気に入ったようだ。
 その後もオブジェに関する話をしていると、西門の方から二人の人物が顔を見せる。
 北条を呼びに行っていた由里香と、一人拠点を離れていた北条だ。

「これはこれはぁ、どうやら俺の留守の間にお越しいただいたようだなぁ。どうも初めまして、俺の名は北条と申す」

 オブジェの近くまで歩いてきた北条が、アーガスへと挨拶をする。
 陽子とは違い、緊張している様子は見られない。
 「相変わらず鋼の心臓をしてるわね」と、胸中で陽子が思っている間にも、挨拶は進む。

 そして、ひとまずは中央館へとアーガスらを招くことになるのだった。


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