上 下
279 / 398
第十章

第248話 アウラの町案内

しおりを挟む

◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 《ジャガー村》の北、一キロほどの辺りには《マグワイアの森》から流れてくる一本の川がある。
 水量は少なく、川幅や水深も大したものではないこの小川からは、村人によって作られた水路によって分岐が設けられている。

 分岐の先はため池になっているが、基本的に《ジャガー村》では天水農業を行っている。
 そのため池の水が使用されるのは、干ばつが起こった時や火災が発生した時くらいだ。

 川の本流はそのまま西へと続いていて、《ジャガー村》へと続く街道とぶつかっている。
 そこにはしっかりと橋が築かれていて、石で作られたその橋は相応の頑丈さを発揮する。
 今も大きな二頭立ての馬車がその橋の上を通過しているが、まったく問題はないようだ。

 その馬車は屋根のない荷馬車でもなく、幌で覆われた商人がよく使うようなタイプでもない。
 箱型のどっしりとした構えの作りをしており、中には最大で四人までが座れるように椅子が設置されている。
 といっても、四人がきっちりと座ってしまうと中は大分窮屈になるくらい、広さはそれほど広くはない。

 その窮屈さを嫌ったのだろうか。
 この馬車の中には最大定員の半分、二人しか乗っていない。
 ダンディーな髭を携えた中年の男と、冷たい印象があるエルフの女性の二人だ。
 馬車の前後には騎乗した護衛の騎士がいるが、その数はそれほど多くはない。
 護衛やお供の者を合わせても、全部で二十名くらいだろう。

 馬車に乗っている二人の人物は、ここに来るまでの旅路の間でいくらか会話を重ねてはいたが、両者共に不必要な会話をするタイプではない。
 主賓たる二人がそのような態度のせいか、周囲の護衛の者たちまで無駄口を叩くことをせず、厳かな行進が続いていた。
 だがそれもようやっと終わりが見えてきたようだ。

「アーガス様。《ジャガー村》が見えて参りました。直に到着するかと思います」

「承知した。まずは本村の方へ向かわせてくれ」

「ハッ! かしこまりました」

 御者の男からの報告を受け、指示をだす馬車内の男。
 それから間もなくして、グリーク辺境伯領領主「アーガス・バルトロン・グリーク」は《ジャガー村》へと到着し、すぐさま村長であるジャガー・スパイクマンと面会する事になるのだった。



▽△▽△



「……それでは汝、ジャガー・スパイクマンの村長の任を解き、これよりジャガー町西地区の区長の任を与える。心して励め」

「ハ、ハハァ! 身命を尽くして任に就きますじゃが」

 ここ《ジャガー村》は、つい数か月前までは田舎の村であり、領主を招くような立派な建物や場所などは存在していない。
 現在建築中の町長宅が完成していれば、それなりの饗応もできたであろうが、生憎とまだ完成には時間がかかりそうだ。
 そこで村長宅の応接間にてアーガスと謁見する事になった。

 グリーク辺境伯領内にある町や村の領有権は、領主であるアーガス辺境伯に帰属する。
 領主は各地の町村に代官を派遣、もしくは現地の者から選定し、徴税などの権限を与える。
 特に町以上の規模の場所には、領主より準男爵や騎士爵といった爵位を与えられたものが代官として派遣される。

 これら準男爵や騎士爵といった身分は、『ロディニア王国』の貴族としては認められていないが、準貴族といった扱いを受ける。
 子爵以上の貴族は準男爵と騎士爵を、男爵家は騎士爵を任命することが可能で、世襲は出来ず一代限りとなる。

 余り例は多くないが、こうした身分のものが何らかの功を上げ、王から正式に男爵へと叙爵されるケースもある。
 そのため騎士爵や準男爵で野心のある者は、いずれは自分の家を持とうと職務に励む。


 ジャガー村長はこの《ジャガー村》を興した本人であり、本来なら職務が滞るほど衰えない限りは、そのまま村長として過ごすはずであった。
 しかしダンジョン発見から続く目まぐるしい村の変化によって、村は町へと急成長を遂げる。

 そしてダンジョンが傍にあるという事で、重要拠点となった《ジャガー町》には、アーガスの娘であるアウラ・グリークが騎士爵に任命され、町長に就任する事が決まった。
 その際に旧村長であるジャガー・スパイクマンが、こうして西地区の区長となる事が決定したのだが、当初ジャガーはこれを固辞していた。

 それは先日にアウラが誘拐されてしまった件や、魅了状態になり村に混乱をもたらしたという理由からだ。
 しかしアーガスは、悪魔をのさばらしにしていた事が根幹にあるとし、ジャガーの申し出を一蹴し不問とした。
 この温情に感激したジャガーは、残り短い人生をアーガスへと捧げる決心をする。

「うむ。其方の事は我が父『ザイガス・ドーン・グリーク』より話は聞き及んでいる。任せたぞ」

「ハッ、有難きお言葉!」

 膝をついたジャガーがアーガスに頭を垂れる。
 そこへジャガーへの区長任命が終わったのを見計らって、同席していたアウラが父に話しかける。

「父上。それで本日はこれから如何なされるのですか?」

 公式な場や任命を受ける際などには、アウラはアーガスの事を『グリーク卿』と呼ぶが、それ以外の場では父上と呼んでいた。
 そしてアウラの方にはすでに、騎士爵への任命と町長への就任が伝えられている。

「日が暮れるまでにはまだ時間がある。それまで村……いや、町の様子を見て回ろうかと思っている」

「でしたら私に案内役をお任せください」

「うむ。頼んだぞ」

 町に着いたばかりだというのに、早速町の見学に向かうというアーガス。
 この辺りが『ロディニア王国』の一般的な貴族とは異なる点だ。
 娘が直々に案内してくれるとあって、アーガスは厳つい顔をしながらもどこか嬉しそうだ。

「では参りましょう」


▽△▽△


 斯様にしてアウラによる町の案内が始まった。

 はじめは本来の《ジャガー村》の領域であった西地区から巡り、そこから新村地区と呼ばれていた東地区へとアウラの案内が続く。
 アウラも久々に父に会えて嬉しいのか、普段見せないような嬉しそうな表情を覗かせている。
 アウラと共に行動しているマデリーネは、そんなアウラの姿を眩しそうに眺めていた。

 案内といってもまだそれほど案内する場所というのも多くはなく、町自体もまだ発展の途上であるので、そこまで時間がかかるものではない。
 最後に建築途中の町長宅へとアーガスを案内すると、アウラの町案内は終わった。

「ほおう、これが話に聞いた強化壁か」

 アーガスが町長宅を囲っている壁に手を当て、感心したような声を上げる。

「はい。石壁に【アースダンス】という土魔法を使用して、より強度を高めてあります」

「どれ……」

 そう小さく呟くと、アーガスは「こいつを借りるぞ」と言って護衛の騎士から槍を受け取る。
 突然話しかけられ、少し緊張した様子の騎士から槍を受け取ったアーガスは、槍の石突部分でもって思いっきり壁を打ち付けた。

 ゴイイイィィンッという鈍い音を響かせたその一撃は、まともに人に当てたら数メートルは吹っ飛んでいくのではなかろうかという程、重い一撃であった。
 そんなアーガスの渾身の一撃でも、壁には罅一つ入る事なく無事だ。

「なるほど。たいした防御力だ」

 そういってアーガスは槍を騎士へと返却する。

「アウラもこの壁を強化する魔法を取得したのだったな」

「はい。しかし、私の魔力ではこの邸宅の規模の外壁を強化するだけで、ひと月はかかるかと思われます」

「ふむ、それをかの者は二日で為したと?」

「その通りです。複数の魔法を使いこなすとは言っておりましたが、それにしても規格外の魔力かと思われます」

 アーガスが村に到着する前、まだ《鉱山都市グリーク》にいた頃から、かの者――北条についての話は聞き及んでいた。
 それはアウラからの知らせであったり、身近な所ではギルドマスターであるゴールドルからだったりする。

 村に到着してからも、アウラより北条の話については聞かされており、グリーク家の庇護を受けたいという話も伝えてあった。

「…………」

 アウラの返答を聞いて、顎に手を当てて何やら考え込むアーガス。
 渋いダンディーな髭をしたアーガスは、そうしたちょっとした仕草ひとつとっても絵になる。

「そのホージョーという男は今はどこにいるのだ?」

「は……、ええと恐らくはこの時間ならば拠点にいるかと」

 すでにアウラはその拠点に向けて使いの者を出しており、アーガスが到着した事と、恐らく明日か明後日にでも呼び出しがあるだろうから待機するように、という事を伝えていた。

「……よし。ではこれからその"拠点"とやらに向かうぞ」

「え? あの、父上。今これからですか?」

「そうだ」

 短く言い放ったアーガス。
 その目は獲物を見定めるかのようだった。


 こうして到着初日から、アーガス一行は北条たちのいる拠点へと向かう事になった。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界で穴掘ってます!

KeyBow
ファンタジー
修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

神々の間では異世界転移がブームらしいです。

はぐれメタボ
ファンタジー
第1部《漆黒の少女》 楠木 優香は神様によって異世界に送られる事になった。 理由は『最近流行ってるから』 数々のチートを手にした優香は、ユウと名を変えて、薬師兼冒険者として異世界で生きる事を決める。 優しくて単純な少女の異世界冒険譚。 第2部 《精霊の紋章》 ユウの冒険の裏で、田舎の少年エリオは多くの仲間と共に、世界の命運を掛けた戦いに身を投じて行く事になる。 それは、英雄に憧れた少年の英雄譚。 第3部 《交錯する戦場》 各国が手を結び結成された人類連合と邪神を奉じる魔王に率いられた魔族軍による戦争が始まった。 人間と魔族、様々な意思と策謀が交錯する群像劇。 第4部 《新たなる神話》 戦争が終結し、邪神の討伐を残すのみとなった。 連合からの依頼を受けたユウは、援軍を率いて勇者の後を追い邪神の神殿を目指す。 それは、この世界で最も新しい神話。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

勇者に恋人寝取られ、悪評付きでパーティーを追放された俺、燃えた実家の道具屋を世界一にして勇者共を見下す

大小判
ファンタジー
平民同然の男爵家嫡子にして魔道具職人のローランは、旅に不慣れな勇者と四人の聖女を支えるべく勇者パーティーに加入するが、いけ好かない勇者アレンに義妹である治癒の聖女は心を奪われ、恋人であり、魔術の聖女である幼馴染を寝取られてしまう。 その上、何の非もなくパーティーに貢献していたローランを追放するために、勇者たちによって役立たずで勇者の恋人を寝取る最低男の悪評を世間に流されてしまった。 地元以外の冒険者ギルドからの信頼を失い、怒りと失望、悲しみで頭の整理が追い付かず、抜け殻状態で帰郷した彼に更なる追い打ちとして、将来継ぐはずだった実家の道具屋が、爵位証明書と両親もろとも炎上。 失意のどん底に立たされたローランだったが、 両親の葬式の日に義妹と幼馴染が王都で呑気に勇者との結婚披露宴パレードなるものを開催していたと知って怒りが爆発。 「勇者パーティ―全員、俺に泣いて土下座するくらい成り上がってやる!!」 そんな決意を固めてから一年ちょっと。成人を迎えた日に希少な鉱物や植物が無限に湧き出る不思議な土地の権利書と、現在の魔道具製造技術を根底から覆す神秘の合成釜が父の遺産としてローランに継承されることとなる。 この二つを使って世界一の道具屋になってやると意気込むローラン。しかし、彼の自分自身も自覚していなかった能力と父の遺産は世界各地で目を付けられ、勇者に大国、魔王に女神と、ローランを引き込んだり排除したりする動きに巻き込まれる羽目に これは世界一の道具屋を目指す青年が、爽快な生産チートで主に勇者とか聖女とかを嘲笑いながら邪魔する者を薙ぎ払い、栄光を掴む痛快な物語。

転生したら神だった。どうすんの?

埼玉ポテチ
ファンタジー
転生した先は何と神様、しかも他の神にお前は神じゃ無いと天界から追放されてしまった。僕はこれからどうすれば良いの? 人間界に落とされた神が天界に戻るのかはたまた、地上でスローライフを送るのか?ちょっと変わった異世界ファンタジーです。

異世界に転移した僕、外れスキルだと思っていた【互換】と【HP100】の組み合わせで最強になる

名無し
ファンタジー
突如、異世界へと召喚された来栖海翔。自分以外にも転移してきた者たちが数百人おり、神父と召喚士から並ぶように指示されてスキルを付与されるが、それはいずれもパッとしなさそうな【互換】と【HP100】という二つのスキルだった。召喚士から外れ認定され、当たりスキル持ちの右列ではなく、外れスキル持ちの左列のほうに並ばされる来栖。だが、それらは組み合わせることによって最強のスキルとなるものであり、来栖は何もない状態から見る見る成り上がっていくことになる。

パーティーから追放され婚約者を寝取られ家から勘当、の三拍子揃った元貴族は、いずれ竜をも倒す大英雄へ ~もはやマイナスからの成り上がり英雄譚~

一条おかゆ
ファンタジー
貴族の青年、イオは冒険者パーティーの中衛。 彼はレベルの低さゆえにパーティーを追放され、さらに婚約者を寝取られ、家からも追放されてしまう。 全てを失って悲しみに打ちひしがれるイオだったが、騎士学校時代の同級生、ベガに拾われる。 「──イオを勧誘しにきたんだ」 ベガと二人で新たなパーティーを組んだイオ。 ダンジョンへと向かい、そこで自身の本当の才能──『対人能力』に気が付いた。 そして心機一転。 「前よりも強いパーティーを作って、前よりも良い婚約者を貰って、前よりも格の高い家の者となる」 今までの全てを見返すことを目標に、彼は成り上がることを決意する。 これは、そんな英雄譚。

処理中です...