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第十章
第241話 向こう見ずな愚か者 -ダヴァル・ディ・ゴウン-
しおりを挟む翌朝。
今日から再びダンジョンに、それも十二人全員でレイドエリアに挑むとあって、朝っぱらから龍之介や由里香のテンションは高い。
朝食を取り、準備を整えた異邦人たちは、まず拠点へと向かう。
ここで新村地区に宿をとっているロベルトらと合流をするのだ。
だが、合流してすぐにダンジョンへと向かう訳ではない。
その前に最終的な確認や、知識の共有をすることになっていた。
すでに中央館の会議室には、ロベルトらも含め十二人全員が席についている。
「あー、俺たちがこれから向かうレイドエリアには、すでに幾つかの冒険者グループが侵入を果たしている。どれもフルレイドパーティーではなく、数組、もしくは単一パーティーでのものだ」
ダンジョン入ってすぐのエリア。いくつかの分岐先に分かれる第五層の南西部に、隠し扉が発見されてからもう大分経つ。
この扉の奥には魔方陣が設置されており、そこから松明の明かりや壁の発行などが一切ない、未灯火エリアが続いている。
未灯火エリアの前半部では、異邦人たちを阿鼻叫喚させた黒い悪魔が出現する。ただすでに全員そのエリアの先に転移ポイントを登録してるあるので、無理してそこを通る必要はない。
登録された転移ポイントというのが、今回攻略を目指すレイドエリアだ。
ちなみに、レイドエリアへは未灯火エリアの十三層から繋がっていたのだが、実は未灯火エリアにはまだ続きがある。
冒険者たちは、下手にダンジョンの情報を外部に漏らすことなどはしないが、ギルドでは情報の買い取りも行っており、買い取った情報は対価を払えば教えてもらえるようになっている。
低ランクの金に困っている冒険者は余り利用することのないサービスだが、信也や北条たちは積極的に利用していた。
そうしたちょっと金を払って得られた情報によると、未灯火エリアはその後十五階層まで続いているようだ。
ただ十五階層で行き止まりではなく、そこからさらに二つの分岐先があるらしい。
その二つの分岐先のエリア情報については、信也たちはほとんど得ることができなかった。
片方が相変わらずの未灯火エリアで、アンデッドが多く出る地下迷宮。もう片方が白い壁を基調とした地下迷宮で、こちらは逆に眩しいくらい明るいという情報しか手に入っていない。
「それらの先達者がギルドに流した情報によれば、レイドエリアは十七層まで未灯火の洞窟タイプが続くらしい」
「へぇ。その先はどうなってるの?」
「うむ。次の十八層からはレイドエリアではあるが、様相はガラッと変わってフィールドタイプになるらしい。十八層には迷宮碑もあるようだ」
「じゃあ、まずはそこが目的ッスかねえ」
「そうだな。レイドエリアは道幅なども大きく面積も広くなっている分、一フロアを探索するにも時間がかかる。今まで通り、きっちり地図を作成しながらじっくり進もう」
みんなが一斉に頷きを返す。
ロベルトら新規勢は別だが、これまで『プラネットアース』も『サムライトラベラーズ』も同じような方針でやってきている。
その結果うまいことやってこれたのだから、無理して先を急ぐ必要はないだろう。
その後は出現する魔物についての情報交換や、注意点などについて意見がないか話し合う。
特に冒険者としては先輩であり、Dランクでもあるロベルトとカタリナの意見は貴重だ。
「んーー、そッスねえ。普通はダンジョンに潜るとなると物資が一番のネックになるんッスけど……」
ダンジョンには定期的に迷宮碑が設置されているとはいえ、設置感覚が長いエリアだってあるし、想定外に食糧を消費したり失ったりすることもある。
しかし信也たちは、全員が小規模ながら物資を収納できる〈魔法の小袋〉を持っているし、陽子には"アイテムボックス"のスキルもある。
それに加え、北条も同じく"アイテムボックス"を持っていると申告してきたので、物資に関する心配がほとんどない。
「低ランクの魔物が出るような階層なら、問題ないと思うッスよ。深いところでは転移の罠や落とし穴なんかで分断される事もあって、危険ッスけど」
「う、どーしよー。あたしがダンジョンで一人になっちゃったら絶対迷子になるー!」
パーティーが分断されると聞いて、由里香が慌てて声を上げる。
「まあまあ。転移の罠なら発動してすぐに近くの人が体に触れれば、一人っきりで転移される事もないッスよ。落とし穴も単純なものなら僕が見逃さないッス!」
転移の罠というのは魔法的な仕組みの要素が強い分、盗賊職にとっては天敵といえる、魔法罠に分類される罠だ。
"罠感知"スキルとは別に"魔法罠感知"というスキルがあるので、このスキルがあればとりあえず魔法罠を感知する事は出来る。
これに関しては他に"魔力感知"のスキルでも、精度は下がるが魔法罠を発見する事は可能だ。
しかし、魔法罠を解除するには別途"魔法罠解除"のスキルがないと厳しい。
スキルがないからといって、それに関連する作業が絶対に出来ないという訳でもないのだが、スキルが無ければそれだけ成功率も激減する。
とはいえ浅い層にこういった罠が設置される事は少なく、深いところでも頻繁に設置されるものでもない。
それにマジックユーザーが多い彼らのパーティーなら、転移罠などの魔法系の罠にも気づきやすくなる……かもしれない。
「ねえ、それよりもレイドエリアとなるとあの事の方が重要じゃないの?」
ここで口を挟んできたのは、じっと話を聞いていたカタリナだ。
「あの事?」
「うん。"リンク"の事よ」
そういって異邦人たちを軽く一回り見回す。
幾人かはカタリナの言っている意味を理解していたようだが、口を出す様子がないので、カタリナは説明を続ける。
「ダンジョンのレイドエリアでは、魔物と戦闘に入ると、近くにいる魔物に戦闘が発生した事が気づかれて、まとまって襲い掛かってくるのよ」
「……あー、確かに前もそんな感じだったっす!」
「なるほど。あれはそういう事だったのね」
すでに一度、レイドエリアをチラ見した事のある由里香や陽子が、納得の表情を見せる。
「ここで肝心なのは近くの魔物が全部来るってところね。さっきの話では、このエリアではゴブリン達が出てくるようだけど……」
「一匹倒せばゴブリンやら他の魔物たちが、わんさか押し寄せてくるってことか」
リンクについての理解を得た信也は、大量の魔物が襲ってくる事を想像して眉を顰める。
しかし、だからこそレイドエリアでは複数パーティーによる攻略が出来るようになっているのだ。
攻略の方法は通常エリアとは変わってくるが、やってやれない事はない。
「まあ前回もそうだったがぁ、一度波を乗り越えれば周辺から魔物がいなくなる。そうすりゃー、しばらく猶予は出来るだろう。そこから先に進むなり、休息するなりを選べる訳だぁ」
レイドエリアといえど、冒険者によって大量に殺された魔物たちは、すぐに復活する訳ではない。
まあ大体同じ時間に魔物が倒される事になるので、一定時間が経過したら次々と沸いてくる事になるのだが。
「それよりも問題そうなのは"トレイン"の方だろうなぁ」
「トレイン?」
「自分たち以外のレイドパーティーが、魔物の対処ができず、大群を引き連れて俺たちのところに向かってきた場合だぁ」
「あぁ……。向こう見ずな愚か者の事ね」
トレインという言葉は通じなかったようだが、北条が説明をするとカタリナも理解できたようだ。こちらの人たちが使う、独特な言い回しをしながら納得している。
「おお、多分それの事だぁ。パーティー単位でもこうした危険はあるがぁ、レイドエリアだと魔物の数がえらいことになりそうだからなぁ」
向こう見ずな愚か者とは随分な言い回しだなあと思いつつ、北条がトレインについての問題点を指摘する。
「そうね。そういう事態にあったら取るべき手段は四つ……ってとこかしら」
「四つ? ええっと、まずは逃げてきたやつらと一緒に戦うのがひとつだろ? んでもって、一緒に逃げるってので二つ目。三つ目は俺たちだけが残って戦うってので……あとひとつはなんだ?」
トレインされた状況を想定して一つ一つ挙げていく龍之介だが、四つ目については思い浮かばなかった。
他のメンバーも同じで、何か気づいていそうなのは北条と陽子くらいだ。
それを見てカタリナが正解を告げる。
「四つ目は魔物と挟み撃ちして、逃げてきた冒険者を襲う……って選択よ」
世間話でもするかのように、さらっと出たカタリナの言葉に、心当たりのありそうだった北条と陽子以外の面子は、口を大きくあけて驚きの表情を見せる。
「なっ、おい! お前本気でそんな事言ってんのかよ!」
――困っている人を見かけたら、迷わず助けてやれるような男になれ。
その祖父の教えを今も守り続けている龍之介は、教えとは真っ向から対立する言葉を聞いて、ついカッとなってカタリナに掴みかかりにいきそうになる。
「ま、待て!」
会議室の机はそれほど大きなものではないが、位置的に龍之介とカタリナは離れていたので、途中で信也が押しとどめる事に成功する。
カタリナの隣では、ロベルトも妹の真意が読めずに困惑した様子を見せていた。
「今のはどういう意味で言ったんだ?」
龍之介を元の席へと戻した信也が尋ねる。
「……別に逃げてきた冒険者の金品が目当てだとか、そういった理由ではないわ。寧ろ逆よ」
「逆?」
「相手が私たちに魔物を擦り付けた後で、私たちが魔物と戦ってるところを背後から攻撃されたら、危険な事になるわ」
これはパーティー規模でのダンジョン探索の場合、稀にみられる光景だ。
敢えて余裕のある階層で魔物を大量に引き連れ、適正レベルのパーティーに擦り付けて殺した後に、所持品を強奪する。
流石にレイドパーティーの規模の場合、悪事を働くことに疑問を感じない連中を多く集めないといけなくなるので、実行は難しくなる。
それに魔物の数も多いので、万が一の事故が起こる可能性も高まる。
けどだからといって、MPKされる可能性は無きにしも非ずだ。
「そ、んな奴ら……が」
いる訳がない! とは龍之介も言い切れなかった。
日本にいたころに彼も人間の底知れない悪意というものを、その目で見たことがあったからだ。
「ううぅん、その件についてはぁとりあえず俺が見分けよう」
「何か手があるの?」
「うむ。"悪意感知"と"敵意感知"があればぁ、意図的に魔物を連れているかどうか、恐らくは分かるだろう」
「……なるほど。そういえばウチには"規格外"がいたのを忘れていたわ」
そもそも、鬼のように感知スキルを持つ北条ならば、相手集団に急接近される前に避けることもできるだろう。
万が一擦り付けられたとしても、襲ってきた冒険者を返り討ちにするのも問題なさそうに思える。
「という訳で、その辺は俺に任せてくれぃ。他に何か気になる点はあるかぁ?」
ひとまず北条に任せておけば、悪意のある冒険者に遭遇しても何とかなりそうだ。そんな共通意識が北条以外の全員に形成されつつ、いくつか別の話をした後に、ようやく一行はダンジョンへと向かう事になるのだった。
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