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第十章

第237話 思わぬ来客

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 ギルドを後にした北条は、人で賑わう通りを一人歩いている。
 ついこの間の悪魔事件……というより、その前の吸血鬼騒動の頃から僅かに人々の活気が落ちていた。
 しかし今は活気を取り戻し、以前と同じ賑やかな人々の喧騒があちらこちらから聞こえてくる。

「さー、見てってくれ! これは帝国で最近はやり出したお茶だよ! え? 見た目が良くないだって? 確かにこの辺りで飲まれてるお茶とは色が違うけど、それは単に種類が違うだけさ。どうだい、一杯試してみないかい?」

「『サルカディア』の噂を聞き付けてやってきた冒険者の皆さーーん。お泊りの所をお探しなら、当『ガルウィング亭』へお越しくださーーい!」

「む、そこを行くお主。何か悩みがあると見える。どうじゃな? 我が占いを受けてみてはどうか?」


 かように村は賑わいを見せているが、人が増えた分、犯罪件数も増えている。
 元々あった村の自警団だけでは人手が足りないのは明らかであったので、領主は治安維持の為に衛兵も派遣していた。

 ……のだが、それも長井の魅了によって、最後まで悪魔側についたまま亡くなった衛兵もいたりして、指揮系統にも乱れが生じていた。
 あれから半月ほどが経過して、ようやくその辺りも立て直しが出来てはいたが、だからといって犯罪の発生件数そのものが減る訳ではない。

 北条は先ほどのギルド内の騒ぎで横やりを出してきた男から、また新しいスキルをゲット出来た事で大分機嫌がよくなっていた。
 それは傍目でも窺えるほどで、路地裏からターゲットを窺っていた少年は、北条に狙いを定め、人の流れに沿って自然と北条へと近づいていく。

 素人からすればスキだらけに見える北条だが、こう見えて常に警戒は怠っていないし、何があっても対応できるように身構えてもいる。
 今もスリを働こうとしている、背後から近づいてくる人の気配をキッチリと捉えていた。

「おっと、ごめんよ」

 背後から北条にぶつかってきた少年は一言そう言うと、つぶさに人ごみに紛れて立ち去ろうとする。

「む、そこの少年。待ちたまえ」

 そこに女性の声が割り入ってくるも、少年は制止の声には耳を貸さず走り去っていく。
 女性はそうした少年の動きを見て、追いかけようとする動きを見せるが――

「追いかけなくてもいいぞぉ」

 という北条の声に動きを止める。

「……よいのか?」

「あぁ。俺ぁなーんもスラれてないからなぁ」

 そう言って手をヒラヒラとさせながら足を止める北条。
 機嫌がよかった北条は、相手が少年だということもあって、下手に対応するよりはスリを防いだ事で好しとしていた。
 今頃はあの少年も、確かにスリ取った感触があったのに、手元に何もない事に気づいて愕然としている頃だろう。

「そうか。そなたがそう言うのならば、私がこれ以上言う事でもないな」

 そう言って北条に近づいてきたのは、この村で重要人物の一人に数えられる女性、アウラ・グリークだった。
 何時もは誰かしらお供の女性騎士なりがついているのだが、今日はどうも一人で行動していたようだ。

「一人で行動してるなんて珍しいなぁ」

「む? そうでもないぞ。これでも一人で動くことはそれなりにあるのだ」

 相変わらずのアウラの硬い受け答えに、北条は思わず表情を緩める。

「そうか、そいつぁ気づかなかった。じゃあ俺は帰路を急ぐのでこれで……」

 そう言って立ち去ろうとする北条だが、すかさずそこに待ったの声が掛かる。

「まあ、待ってくれ。そなたと少し話があるのだが」

「そいつぁ、今ここで話せないような内容なのかぁ?」

「別に機密という程でもないが、もう少し落ち着けるところがいいだろう」

「……なら、ウチで話をするのはどうだぁ?」

「そうだな。久々にあの堅牢な防壁を見るのもいい」

(いや、だからあれは"防壁"なんかじゃなく、ただの外壁のつもりなんだが……)

 そう心の中で思いながらも、北条はアウラを引き連れて拠点の方へと向かって歩き出す。
 拠点までは距離もあるため、誘いを断ってくれたら儲けものと思って提案したのだが、あっさりアウラに受け入れられてしまった。
 「まあしゃあないな」と思いつつ、拠点までの道中にもちょっとした小話を交えながら歩いていく。


「ほおう。相変わらず見事な防壁だ。……ん? 何か以前までと違う……ような?」

「あ、ああ。前は外壁だけしかなかったがぁ、今は中に建物も建っている。そこで話とやらを伺おうと思っている」

「いや、そうではなくてだな。何か防壁が以前と少し……」

 北条の"刻印魔法"によって、"付与魔法"の【プロテクション】などを刻み込んだ外壁は、確かに以前とは違っていた。
 しかしそれは見た目の変化でソレと分かるものではないハズだ。

「ううむ、まあいいか。では、その建物とやらに案内してもらえるか?」

「承知したぁ」

 そう言って北条は西門前の架け橋を渡っていく。
 いずれはこの橋も跳ね橋のようにするか、出丸のような作りにして防御を高めていきたいと北条は思っている。
 張り巡らされた壁の事を防壁ではなく外壁だと言い張っているが、出丸などという発想が出てくる時点で矛盾が生じている事に、本人は気づいていない。

「あ、北条さんおかえ……っと。アウラ様も一緒だったんですのね」

「うむ。少しホージョーと話があってな。お邪魔させてもらうぞ」

 いつも通りに北条に声を掛けたら、背後には領主の娘であるアウラがいる事に気づき、妙な敬語になってしまう咲良。
 アウラの方は特に気にしていないようだが、咲良は未だにアウラの前ではついつい敬語になってしまう。

「ど、どうぞごゆっくり……」

 そして貴族パワーに負けた咲良はそそくさと立ち去っていく。
 他のメンバーもアウラの事に気づいたのか、訓練を中断してまで駆け寄ってくる者はいないようだ。

「んじゃあ、行こうかぁ」

「うむ」

 拠点はそれなりの広さがあるので、西門から中央館までもそれなりに離れている。
 とはいえ、まだ他に建築物が一切ない状態なので目的地はすでに見えている。
 遠目でも分かるしっかりとした作りの建物に、アウラが感嘆した様子を見せているのが、背中越しに北条にも伝わってくる。



「オキャクサマ、デスカ?」

「そうだぁ。お茶を人数分頼む」

「ワカリマシタ」

 中央館へと足を踏み入れると、中ではこの拠点の管理人として雇った、元『巨岩割り』の冒険者、ツィリルが控えていた。
 彼にお茶の用意を頼んだ北条は、そのままアウラを会議室……ではなく、応接室へと案内する。
 会議室は会議をするにはいいが、二人で話すには広すぎる。
 応接室は少人数での話し合いの場として用意されていたが、余り使用する事もなかったので、丁度いいやとこっちの部屋へ北条が案内する。

「まだ建てたばかりの建物なんで、中は大分殺風景だがぁ、勘弁してくれぃ」

「いや……。確かに家具などはまだ揃っていないが、随分としっかりとした作りをしている。今は建設関係はどこも人手不足だと聞いていたが、何か伝手でもあったのか?」

「ん、まあそんなとこだぁ」

 北条の物言いにひっかかるものを感じたアウラだが、その事は口に出さず、三人くらいは腰かけられそうな木製の椅子に座る。
 北条も机を挟んで向かい側の椅子へと座り、アウラと向かい合う。
 しばしの間、二人の間に無言の時が流れる。

 アウラの方は部屋の内装、というか部屋の作りなどを興味深そうに眺めているが、北条の方は見慣れたものであるので手持無沙汰を感じてしまう。

「オマタセシマシタ」

 少しするとツィリルがお茶を持ってやってきた。
 ちゃんとノックをして北条の返事を待ってからの登場だ。
 ランクの高い冒険者とはいえ、別に礼儀作法に詳しいという訳ではなかったので、この拠点で雇うに当たり、幾つか簡単な指導が施されていた。

 今回の客は寛容なアウラであったから問題はなかったが、貴人を招くことがあった場合、冒険者スタイルでは色々とまずい場面も出てくるだろう。
 優雅な所作とは程遠いツィリルだったが、特にアウラが眉を顰める事もなかったので、最低限の振舞いは出来てるのかなと北条も一安心だ。

「それでホージョーへの話なのだが……」

 北条が客人への応対について考えていると、アウラが早速本題について話し始める。
 すでにツィリルは退室した後で、机の上には二人分のお茶の入ったカップがある。
 その内、自分の分のカップを手に取って口へと運ぶと、北条はアウラの話に耳を傾けるのだった。



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