どこかで見たような異世界物語

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第十章

第225話 『ラーニング』

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 陽子の言葉を受けて、幾つもの視線が北条へと集まる。
 その中にはツヴァイの視線も混じっており、彼も興味を覚えていることが窺える。

「ううん、そうだなぁ……」

 みんなの視線を一身に受けた北条は、何をどう話したものかといった様子で口を開く。彼は右手で後頭部をさすりながら、少し考える様子を見せる。
 そして徐に話し始めた。

「まず最初に俺が選んだのは"解析"というスキルだぁ。こいつは最初に表示されたスキル一覧から選択している」

「解析……」

 陽子が"解析"というスキル名を聞いて、反射的にスキル名を小さく呟く。
 しかし北条は気づいた素振りもなく、話を続ける。

「で、もう一つの奴なんだがぁ……、えっと昔のゲームでなぁ。『青魔法』という、敵の特殊能力を使用して戦うキャラクターというか、ゲーム内での職業があった。そいつは基本能力として、『ラーニング』というのを持っていてなぁ」

 突然始まった北条のゲームに関する話。
 少し前にツヴァイが延々と話していた下地があったので、一見関係なさそうな北条の話にも黙って耳を傾ける一同。

「その『ラーニング』ってのぁ、実際に戦ったモンスターが使用してきた特技を、自分も使用可能になるってものでなぁ。俺の二つ目の初期スキルは、『ラーニング』に通じるようなものだぁ」

「つまりどういう事っすか?」

 いまいち理解してない様子の由里香が、素直に質問をしてくる。
 すると北条は席を立ちあがり、「こういう事だぁ」と一つの魔法を発動させる。


「ガルルルルゥゥッ」


 北条がそう言って魔法を発動させると、目の前には"召喚魔法"発動時特有のうっすらとした光が発生し、一瞬後には森牙狼フォレストファングウルフが呼び出されていた。
 マンジュウとはまた違った顔立ちをしているその森牙狼フォレストファングウルフは、若干野性味の強い鳴き声をあげるも、召喚主の北条にはよく懐いている。

「俺のスキルはモンスターだけに限らず、目の前の相手が使ったスキルを、そのまま覚える事が出来るスキルだ」

「なっ……!?」

「え? えっ?」

「ッツ……!」

「それって…………」

 北条の言葉を聞いた陽子達は、一様に強い驚きや戸惑いの表情を浮かべている。
 先ほどツヴァイの"コピー"スキルの時に反応を見せていた龍之介や咲良も、北条の発言から推測できるその余りの能力に、開いた口が塞がらないといった状態だ。
 きっと頭の中では、色々と考えを巡らせているのだろう。

「あの~」

 そんな驚き戸惑っている異邦人達の中で、最初に声を発したのは同じ"召喚魔法"の使い手である芽衣だった。

「さっき北条さんは~、魔法の詠唱をしてなかったように見えたんですが~」

「ああ。そいつぁ"無詠唱"スキルの効果だ。これがあれば、いちいち魔法の発動時に【ファイアーボール】だのと言わなくて済む」

「……なるほど~。"召喚魔法"はわたしが使ってるのを見て覚えたんですか~?」

「そゆ事だぁ」

 淡々とした様子で質問をする芽衣と、質問に答えていく北条。
 その二人の会話を聞いて、いてもたってもいられなくなったのか、喧しく龍之介が喚き出した。

「ちょ、ちょっ、オッサン! それって超ヤベーんじゃね!? 一度見たスキルを覚えられるって、そんなのチートだろ!!」

 初めにそう口に出した龍之介は、興奮も冷めやらぬままその後も似たような事を繰り返し発言していた。
 それにつられてか、他の面々もそれぞれ感想を口にし始める。

「というか、"解析"に関してもそうですけど、『ラーニング』なんてスキル、選択肢にありました? あの時は時間がなかったので、すべてをきちんと確認できませんでしたけど……」

「んんー? 『ラーニング』に関しては大分表示をスクロールさせた先にあったがぁ、"解析"は確か一番最初に出た一覧にあったハズだぞぉ。まず真っ先にそいつを選んだからなぁ」

「え? あれ、そうでした?」

 そう言ってみんなの顔を見る咲良。
 その視線に促されるようにあの時の記憶を揺り起こしてみるが、誰も"解析"というスキルに覚えはなかった。
 最初に表示された部分だけあって、一番記憶に残っているはずなのだが……。

「どういう事かしら? 北条さんだけ特別だったのか……。或いは全員表示されたものが違う、とか?」

 ポンと出てきた陽子の意見に、全員の微かな記憶を寄せ集めてみる。
 すると陽子の言う後者の意見の方が、正しいのではないかと結論が出た。
 龍之介の"剣神の祝福"も、最初の表示一覧にあったから真っ先に選んだと、本人は言っていた。
 しかし、他の人はそのようなスキルに見覚えある者はいなかったのだ。


「ちっ、最初のスキル選択の段階でランダム表示なのかよ。ガチャを引くみたいなもんじゃねーか」

 そう言ってぼやく龍之介。
 だが、龍之介の選んだ"剣神の祝福"は『レアスキル』であり、この世界の戦士がみたら誰もがうらやむようなスキルなので、十分当たりであったと言える。

「しかも最初に選択できるスキルの種類も多かったよなぁ。最初の一覧で"解析"を選んだ後は、大分表示をスクロールさせてみたんだがぁ、終わりが見えんかったのを覚えてる。あの調子だとスキル総数は軽く千は超えるぞぉ」

 どこまでこのスキルの羅列が続くのか。最後までスクロールさせた所に良いスキルがあるのではないか。
 などと思い、北条はスキル一覧をチラ見しつつスクロールを繰り返したようだが、果ては見えなかったらしい。
 結局その途中で、ふと目に付いたスキルを制限時間ギリギリで選択したとの事だった。

「あー、そっかあ……。やっぱチートスキルは最初の分かりやすい所にはなかったのか」

 そう言ってしょげこむ龍之介だが、表示内容の並び順が人それぞれな以上、結局ただの思い込みでしかない。
 実際は、最初のページにチートスキルが紛れていた可能性もあっただろう。

「確かに龍之介の言ったように、こいつぁチート級の能力だぁ。汎用性という面においては、恐らくこの世界で随一といっていいだろぅ」

 少ししてざわめきが収まってきた所で、北条がそう話を続けた。
 未だ龍之介の興奮は冷めていないようだが、その言葉を聞いてふと芽生えた質問を北条へとぶつける。

「ん? そのチートスキルがあれば、あの悪魔の奴もオッサン一人で倒せたんじゃね?」

 龍之介は特に深く考えて発言した訳ではなかったが、その質問はある意味重大な質問であった。
 その事に気づいた者もそうでない者も、北条の返答を固唾と見守っている。

「……俺ぁ、これまで安全を第一にこの世界で過ごして来たぁ。実際、あの悪魔との闘い以外では、命の危険を感じた事はなかったんだがぁ……」

 傍目から見れば、北条がゴリゴリに悪魔を一方的に押していたようにも見えたのだが、本人はそう思っていなかったらしい。

「俺が五十五で、奴が四十五。俺のみた所、真っ当な状態で戦った場合の勝率は、そんな所だったろう」

「ええぇっ!? でも見てた感じではとてもそんな風には見えなかったですけど」

「これはあくまで真っ当に戦った場合の話だぁ。今回は最初から相手が消耗していたし、一番最初に不意打ちが決まったのもかなりでかい。それに悪魔らしからず、俺の口車で動揺したのか、途中で無駄に魔法を連打してくれたのも、奴の敗因のひとつだぁ」

「消耗って……。アイツには"光魔法"だってぶちあてていたのに、まったく効いた様子はなかったぜ?」

 あの悪魔の不死身っぷりは、対峙する冒険者の心を折るのに効果的だった。
 龍之介も「悪魔には特殊な方法じゃねーと、ダメージが入らんのかも」と何度か思っていた程だ。

「いやぁ? しっかりダメージは入っていたぞぉ。奴は"ライフストレージ"と"ライフストック"というスキルを持っていた。どちらも、本来の最大値以上にライフ――つまりHPを保有できるようになるスキルだぁ。俺が不意打ちを決めた後は、それまでの消耗と合わせて、すべて消費された状態だったからなぁ」

 北条の不意の一撃によって、大ダメージを負った悪魔が即座に体を再生していたのも、"ライフストック"に残っていたストック分が、急遽補充された為であった。

「そういう訳で、見た目ほど俺が有利だった訳でもない。実際、ツヴァイに相談を持ち掛けられた当時の俺だったら、勝率は四割を切っていただろう」

「でも、オッサンはチートスキルを持ってんだろ? それがあれば悪魔だってもっと……」

 そう反論しようとする龍之介を、北条の言葉が遮る。

「確かに俺の能力はチート級だがぁ、それだけで俺TUEEEEEEEEEが出来る訳じゃあない。あいつの……あの悪魔のレベル、どれくらいか分かるかぁ?」

「ああん? レベルぅ……? えーと、BランやCラン冒険者があんだけいて苦戦してただろ? んで、Cランはレベル五十一以上でなれるみてーだから……」

 北条の質問に、龍之介があれこれと脳内シミュレーションをしていく。
 しかし答えは出なかったのか、自身無さげに龍之介は答えた。

「んー、よくわかんねーけど、あんだけ強いんだからレベル百とか行っててもおかしくねーな」

 結局、龍之介の出した結論はそのようなものだった。
 そこで北条が答え合わせをするかのように、話の続きを再開する。

「奴の……あの悪魔のレベルは『八十四』だぁ。そして、戦闘後に治療を依頼された、あのBランクの狐人のレベルが『六十五』。俺ぁ途中参加だから詳しくないがぁ、他にもBランクの奴はいたんだろう?」

「確かそうですね。あのパーティーの双子の兄妹以外は、全員Bランクだって言ってました」

「つまり、レベル差が二十近くもあればぁ、それだけ能力差は広がる。前の世界では数は力と言って良かったが、こっちではそうも行かないって訳だぁ」

 異邦人達も、この世界に来てから急速に成長を続けているが、まだレベルとしては三十にも達していない。
 レベルの違いは、基本ステータスを大きく変化させる。

「俺が数百のスキルを使いこなそうがぁ、レベルが数十違うだけで奴とはほぼ互角。まあ、引き出しの多さだけはこちらのが圧倒的に上だけどなぁ」


「……………………」


 北条がその力の一端を説明し終わると、静寂が場を支配した。
 まだ全てを語った訳ではない北条だが、キリのいい所まで話し終えて一息つく。
 他のみんなも、それぞれ思い思いにこれまでの話を振り返っていた。

 そして、ポツポツと気になった事などを北条へとぶつけていく。

「ああ、それはなぁ……」

 北条もそれらの質問にひとつひとつ答えていく。
 例えば、ギルド証にそれら膨大なスキルが記載されていないという点も、

「そいつは"能力偽装"スキルによるものだぁ。"鑑定"系のスキルやマジックアイテムを誤魔化す事が出来る。マジックアイテムでも『神器』と呼ばれるレベルのものになると、通用するかは分からんけどなぁ」

 と答えが返ってくる。

「んー? "能力偽装"スキルぅ? そんなのどこで覚えたんだよ」

「それはかなり最初の方に覚えたもんだぁ。……石田が選んだ二つの初期スキルの内のひとつ、だな。奴は常にそれで自分のスキルを偽装していたぁ」

「えっ! それじゃあ、アイツの能力もほとんどデマカセだったのかよ!」

「いやぁ、それが案外そうでもない。"暗黒魔法"を"闇魔法"に変えていたのと、"能力偽装"スキルそのものを"ナンパ"スキルに変えていた程度だぁ」

「なんでそんな事を……」

「さぁてなぁ。ただ単にスキルを使ってみたかっただけかもしれんし、何か思惑があったのかもしれん」

 こうして幾つか質疑応答が繰り返された後、それまで黙っていた由里香が北条へと最初の質問をぶつける。


「その、チートスキルだとかそーゆーのはよく分からないっすケド……。つまり、あの猿の魔物に襲われた時も実は余裕があったって事っすか?」
 

 少し思いつめたような表情で、由里香はそう問いかけるのだった。



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