上 下
249 / 398
第九章

第220話 窮追の北条

しおりを挟む

◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 会話の途中、一人猛然とダッシュを始めた北条は、先ほど感じた何らかの気配が向かっていく方向に、何者かが潜んでいるのを感知していた。
 あの気配の正体は完全には掴めていないが、発生した位置からして悪魔に関係する何某かの可能性は高い。

 その謎の気配は、異変を察知して咄嗟に放った【シャイニングピラー】によって、気配も大分薄れてはいたのだが、完全に仕留めきるには至らなかった。
 そして、フラフラと気配が向かう先へと近づいていった北条は、その先に待つ人物を特定する。

「なるほどなぁ」

 小さな声でそう呟きながらも、高速で先へと進む北条。
 その先で予想通りの人物を発見した北条は、すでにお前はもうチェックメイトなんだと言わんばかりの口調でその人物――長井へと宣告するように告げた。


「おおっとお、どこへ行こうというんだぁ? 長井道子さんよぉ」

「くっ……。北条ッ!」

 性格のせいで歪んでしまったのか、それとも元々そういう顔立ちをしているのか。
 長井は悪鬼羅刹のような形相で北条の事を睨みつける。
 しかし北条は、そんな長井の視線をものともせずに話しかける。

「色々と悪企みをしていたようだがぁ、それもここで終わりだなぁ」

「……ッ」

「だんまりかぁ? 今回の騒動の一因にもなった、その目ん玉をくりぬいて食わしてみれば、少しは口も軽くなるのかねえ」

 幻影とはいえ、自身がされた事を持ち出す北条。
 その声には、「とんでもない事をしやがったな」という抗議のニュアンスは含まれていたが、実際に被害には合っていないせいか、恨みに思うなどといった感情は感じられなかった。

「アンタのその眼……。どういうことなのよ?」

「あぁ? 俺の"眼"がどうしたっていうんだぁ?」

 真面目な顔してすっとぼける北条。
 しかし直近で北条がその事に触れている以上、あれは夢ではなかった筈だ。
 だとすれば幻でも見せられていたのか? それはいつから?

 長井は深く考え出そうととするも、余りにその正体が分からなすぎた。そもそも、思考の組み立てに必要なピースが足りなすぎるのだ。
 悪魔と対した時以上に得体の知れなさを感じる北条に、長井は何気ない動作ひとつにも注意を払う。

「そんな事よりも、お前は一体その"眼"を使って何をするつもりだったんだぁ?」



 長井道子が為そうとしていた事。

 それは人なら誰しもが本能的に求めるような普遍的な事だった。
 だが人の社会には法というものが存在し、人は社会という集団の中で生きていくには、自由を切り捨てて生きていかなければならない。
 それが、長井にとっては到底看過出来ることではなかったのだ。

 自分だけ価値観の違う世界に生まれたように感じていた長井は、日本で暮らしていた頃から窮屈な思いと、ままならぬ現実に対して、日々呪いの言葉を吐いて暮らしていた。
 だがこの世界では、自分の思い描いた理想の世界を構築する事も、決して夢ではない。

 ……そう。この"魅了の魔眼"の能力さえあれば。
 
「フンッ! アンタ達のような偽善者に説明しても、理解できない事よ。私はっ、私の好きなように生きる! それは、これからも――」

 長井はそう語りながらも、後ろ手に持っていたマジックアイテムを発動させていた。
 球形の水晶玉のような見た目をしているそれは、派手なエフェクトが浮かび上げる事はなかったのだが、マジックアイテムである以上、使用の際には魔力を発生させるものだ。

「チッ!」

 その妙な魔力の流れを感知し、小さく舌打ちをした北条は、咄嗟に"無詠唱"スキルで土魔法の【土弾】を長井へと打ち込んだ。

 土で出来ただけの弾丸は、長井の横っ腹をかすめるようにして命中する。
 咄嗟に放ったとはいえ、一発だけしか北条が【土弾】を放たなかったのは、複数打ち込むとうっかり殺害してしまう可能性もあったからだ。

 実際の所、この時すでに悪魔の力を一部取り込んでいた長井は、その程度なら耐え切ることも可能ではあった。
 しかしそれでも一発だけ命中した北条の【土弾】は、長井の腹部の肉を幾分かえぐり取っていて、そこから赤い血が流れ始めている。
 それは地面へ、ポタリポタリッと一滴、二滴落ちていくと、茶色い地面に赤黒い小さな染みを浮かばせる。

 だが三滴目の滴が追加される事はなかった。
 その前に血の発生源である長井ごと、いずこかへ姿を消してしまっていたからだ。

「転移のマジックアイテム……か」

 そう言って北条は、長井が消えた場所に落ちていたモノ・・を拾い上げる。
 転移という現象は"空間魔法"の扱う領域であり、"空間魔法"の使い手が希少な事から、マジックアイテムとしての価値も相当高い。

 知られている限りでは、転移のマジックアイテムは全てダンジョン産であり、人工的に作られたという話は聞かない。
 何らかの魔法の効果を発揮するマジックアイテムを作るには、少なくともその魔法属性の使い手を確保しなければならないが、転移となるとそこで早速手詰まりとなってしまう。

「まあ長井を逃したのは仕方ないとして……。問題はこの後だよなぁ……」

 少なくとも悪魔は撃退され、元凶である長井はこの場より逃げ去った。
 ひとまずの勝利といっていい状況ではあるが、北条はこの後に待ち受ける事情説明の事を思うと、つい気が重くなってため息を吐くのだった。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 突然北条が森の方角へと走り去っていってから、少し経った頃。
 走り去った時とは逆に、ゆっくりとしたペースで戻ってきた北条は、今回の主犯の一人であった長井を取り逃がした事を告げた。

 北条の説明に、何故突然走り出していったのかを理解する冒険者たち。
 彼らの表情には、長井を取り逃がした事に対する口惜しさよりも、今回の件での被害の大きさによる悲しみの感情の方が強かった。


 それからの作業は粛々とした中、各自が為すべきことを淡々とこなしていった。
 そこには勝利のムードなど微塵もなく、被害の多さに茫然としている者も多い。

 一人が突然裏切り行為を働き、正反対な性格をしていた二人の獣人を失い、無口ながらに頼もしい剣の使い手を失った、『光の道標』のリーダーであるライオット。
 彼もまた失意のどん底に叩きつけられている。この場の責任者として時折指示だしはしているものの、その声には空虚さが漂っていた。

 もう一人の『光の道標』の生き残りであるシャンティアは、【リリースチャーム】の使い手としての役目を果たしている。別所に隔離しておいた、敵となって襲ってきた者達の魅了解除を行っているのだ。

 その際に、裏切り行為を働いたオースティンにも施術を施したのだが、どうやら彼は魅了にはかかっていなかったようだ。
 意識を取り戻した彼は「吾輩を拘束して、よからぬことを企んでいる!」などと、【リリースチャーム】をかけようとしたシャンティアに息巻いていたが、魔法をかけた後もその態度が変わる事はなかった。

 シャンティアはその事で、更に心労を重ねる結果となってしまったが、ライオットよりは打たれ強いのか、それからも別の人の魅了を次々解除して回っていた。

 ちなみにシャンティアがかかっていた「状態異常:魔封」だが、これは既に解除されている。
 放っておいても数日もすれば治るものではあったが、それを治したのはシャンティアと同じく魅了解除をしている北条であった。

 彼は仲間からの追求の声を逃れるかのように、自ら魅了解除役を買って出ている。
 もっともこの場で色々と話をするにしても、恐らくは長くなりそうな話をする場として、ここはふさわしくない。

 そこで詳しい話は後でという事になって、北条はせっせと魅了の解除に当たることになった。
 他の異邦人達も遺体を一か所に集めたり、咲良がそれら死者に対して【レクイエムプレイ】を行使したりと、黙々と事後作業が行われていく。

 元々作業自体は時間を要するものではなく、後片付けについてはそう時間はかからずに終了した。

 後は、幾つかの遺体を抱えながら帰還するだけだ。 
 状況にもよるだろうが、今回の場合はきちんと村まで遺体を持ち帰って、場合によっては《鉱山都市グリーク》まで移送して、丁重に葬られることになる。



「ちょっと……いいッスか?」


 北条が一仕事を終え、帰還準備をしていると、一人の若者が話しかけてきた。
 ハーフエルフのその若者――ロベルトは、身心共に疲れ果てたような状態であり、呼びかけた声も生気の感じられない、死んだような声だった。

「ん、なんだぁ?」

 陽子らとは接触した事があったロベルトだが、捕らわれていた北条とはこれが初対面になる。
 しかしこれまでの様子からして、陽子が言っていた捕らわれの仲間というのが、目の前のこの男である事をロベルトは既に知っていた。
 そして、神聖魔法【リリースチャーム】とは異なる方法で、魅了の解除を行っていたという事も。

「こっちに僕の仲間がいるんッスけど……。や、奴との闘いで妙な魔法を掛けられてから、その……あんな風になっちゃって」

 そう言ってロベルトの指し示す方向には、焦点の合わない目でぼんやりと周囲を見回している、狐人族の男の姿があった。

「アン……アナタが謎の白い光で魅了を解除していたのは見てたッス。それで、その。その力であの人――ツィリルさんを治すことは出来ないッスか?」


 そう言ってロベルトは、北条へと頭を下げるのだった。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界で穴掘ってます!

KeyBow
ファンタジー
修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

神々の間では異世界転移がブームらしいです。

はぐれメタボ
ファンタジー
第1部《漆黒の少女》 楠木 優香は神様によって異世界に送られる事になった。 理由は『最近流行ってるから』 数々のチートを手にした優香は、ユウと名を変えて、薬師兼冒険者として異世界で生きる事を決める。 優しくて単純な少女の異世界冒険譚。 第2部 《精霊の紋章》 ユウの冒険の裏で、田舎の少年エリオは多くの仲間と共に、世界の命運を掛けた戦いに身を投じて行く事になる。 それは、英雄に憧れた少年の英雄譚。 第3部 《交錯する戦場》 各国が手を結び結成された人類連合と邪神を奉じる魔王に率いられた魔族軍による戦争が始まった。 人間と魔族、様々な意思と策謀が交錯する群像劇。 第4部 《新たなる神話》 戦争が終結し、邪神の討伐を残すのみとなった。 連合からの依頼を受けたユウは、援軍を率いて勇者の後を追い邪神の神殿を目指す。 それは、この世界で最も新しい神話。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

勇者に恋人寝取られ、悪評付きでパーティーを追放された俺、燃えた実家の道具屋を世界一にして勇者共を見下す

大小判
ファンタジー
平民同然の男爵家嫡子にして魔道具職人のローランは、旅に不慣れな勇者と四人の聖女を支えるべく勇者パーティーに加入するが、いけ好かない勇者アレンに義妹である治癒の聖女は心を奪われ、恋人であり、魔術の聖女である幼馴染を寝取られてしまう。 その上、何の非もなくパーティーに貢献していたローランを追放するために、勇者たちによって役立たずで勇者の恋人を寝取る最低男の悪評を世間に流されてしまった。 地元以外の冒険者ギルドからの信頼を失い、怒りと失望、悲しみで頭の整理が追い付かず、抜け殻状態で帰郷した彼に更なる追い打ちとして、将来継ぐはずだった実家の道具屋が、爵位証明書と両親もろとも炎上。 失意のどん底に立たされたローランだったが、 両親の葬式の日に義妹と幼馴染が王都で呑気に勇者との結婚披露宴パレードなるものを開催していたと知って怒りが爆発。 「勇者パーティ―全員、俺に泣いて土下座するくらい成り上がってやる!!」 そんな決意を固めてから一年ちょっと。成人を迎えた日に希少な鉱物や植物が無限に湧き出る不思議な土地の権利書と、現在の魔道具製造技術を根底から覆す神秘の合成釜が父の遺産としてローランに継承されることとなる。 この二つを使って世界一の道具屋になってやると意気込むローラン。しかし、彼の自分自身も自覚していなかった能力と父の遺産は世界各地で目を付けられ、勇者に大国、魔王に女神と、ローランを引き込んだり排除したりする動きに巻き込まれる羽目に これは世界一の道具屋を目指す青年が、爽快な生産チートで主に勇者とか聖女とかを嘲笑いながら邪魔する者を薙ぎ払い、栄光を掴む痛快な物語。

転生したら神だった。どうすんの?

埼玉ポテチ
ファンタジー
転生した先は何と神様、しかも他の神にお前は神じゃ無いと天界から追放されてしまった。僕はこれからどうすれば良いの? 人間界に落とされた神が天界に戻るのかはたまた、地上でスローライフを送るのか?ちょっと変わった異世界ファンタジーです。

異世界に転移した僕、外れスキルだと思っていた【互換】と【HP100】の組み合わせで最強になる

名無し
ファンタジー
突如、異世界へと召喚された来栖海翔。自分以外にも転移してきた者たちが数百人おり、神父と召喚士から並ぶように指示されてスキルを付与されるが、それはいずれもパッとしなさそうな【互換】と【HP100】という二つのスキルだった。召喚士から外れ認定され、当たりスキル持ちの右列ではなく、外れスキル持ちの左列のほうに並ばされる来栖。だが、それらは組み合わせることによって最強のスキルとなるものであり、来栖は何もない状態から見る見る成り上がっていくことになる。

パーティーから追放され婚約者を寝取られ家から勘当、の三拍子揃った元貴族は、いずれ竜をも倒す大英雄へ ~もはやマイナスからの成り上がり英雄譚~

一条おかゆ
ファンタジー
貴族の青年、イオは冒険者パーティーの中衛。 彼はレベルの低さゆえにパーティーを追放され、さらに婚約者を寝取られ、家からも追放されてしまう。 全てを失って悲しみに打ちひしがれるイオだったが、騎士学校時代の同級生、ベガに拾われる。 「──イオを勧誘しにきたんだ」 ベガと二人で新たなパーティーを組んだイオ。 ダンジョンへと向かい、そこで自身の本当の才能──『対人能力』に気が付いた。 そして心機一転。 「前よりも強いパーティーを作って、前よりも良い婚約者を貰って、前よりも格の高い家の者となる」 今までの全てを見返すことを目標に、彼は成り上がることを決意する。 これは、そんな英雄譚。

処理中です...