247 / 398
第九章
第218話 断末魔の叫び
しおりを挟む「あれは……多分、"結界魔法"の【魔法結界】だと思うわ」
それは、自身も"結界魔法"を扱う陽子だからこその言葉であった。
それも以前、陽子が『流血の戦斧』の魔術士に使ったのと同様に、範囲を狭めて強度を増した【魔法結界】を、前方に配置したのだろう。
「でも……」
同じような事をやった事があるからこそ。これまでの戦闘で、悪魔の持つ強大な魔力を実感していたからこそ。
陽子は北条が【魔法結界】で悪魔の魔法を完全にブロックしている事に、驚きを禁じ得ない。
「私には真似できそうにないわね」
例え全力で魔力を注いだとしても、あの魔法を一発耐えられるかどうかも怪しい所だと、陽子は判断していた。
しかし北条はそんな悪魔の魔法を連続で防ぎ続けている。
そうして北条はひたすら悪魔の魔法攻撃を防ぎ続けていたが、周囲の冒険者たちはこれ幸いと、悪魔への遠距離攻撃を集中し始める。
それらのほとんどが、悪魔に対してさしたる影響を与える事はなかった。
だが、これまでの戦闘と【魔力流出の霧】によって魔力の大部分を失っていたライオットが、最後の力を振り絞って放った【断罪の光剣】には、悪魔も回避の動きを見せる。
その回避行動によって、十本の光剣のうち三本が外れてしまったが、残り七本は悪魔へと突き刺さり、HPを幾分か削り取った。
「ユウウウゥゥッ! いい加減、目ざわりねええええ!」
そしてようやく我を取り戻し、無駄に通用しない魔法を打ち込み続ける事の愚に気付いた悪魔は、止めを刺しそこなっていたライオットに向けて、高速で移動を開始する。
敵陣の真っただ中に突っ込んでいく悪魔は、直接自らの拳で小うるさい害虫を排除しようとしていた。
だが、そうはさせじと北条の"光魔法"が行方を遮る。
「させんよぉ。【光槍】」
北条の生み出した四本の光の槍は、それぞれ別個の軌道を描きながら悪魔へと迫った。
躱される事を前提にした一本の光槍を囮のように扱い、確実に残りの三本を当てるという見事な魔力操作と"読み"でもって、悪魔の動きを止める事に成功した北条。
悪魔も連続で食らってしまった"光魔法"によって、明らかにダメージを負っているようで、肩で息をしていた。
そして、北条も魔法ではなく直接戦闘に持ち込もうというのか、〈サラマンダル〉を手に、足止めを食らった悪魔の下へと駆けつけていく。
「ホーリーシット! ユーもどこまでミーの邪魔をっ!」
仕方なくライオットへの攻撃を諦め、北条を迎え撃つ悪魔。
そのマッチョな巨体の割に、常人には目に負えない程の速度で北条を翻弄しようとする悪魔。
だが北条もその動きについていってるのか、下手に武器を振り回すではなく、目で悪魔を追いつつ攻撃の機会を窺っていた。
「ソコね!」
翻弄するように高速で北条の周囲を周っていた悪魔は、"機敏"によって更にもう一段速度を上げて、急に円の動きから線の動きに変えて、北条へと飛び掛かっていく。
それを北条はまるで先が見えていたかのように、初撃を見事回避してのける。
攻撃を躱されたのは悪魔にとっても想定外であったようで、ほんの一瞬驚きの顔を浮かべたものの、即座に次の手を打ち始める悪魔。
元々格闘系の戦い方は、一発で決めるようなものではなく、連続して攻撃をしながら相手のHPを削っていくものだ。
中には、一撃必殺のような格闘系の闘技スキルも存在してはいるが、高速で組み合っている中で打ち込めるようなものではない。
悪魔に呼吸が必要なのかは定かではないが、連続した息つく暇もない悪魔の攻撃を、北条は時には躱し、時には〈サラマンダル〉を打ち付け軌道を反らしていく。
両者の高速な近接戦闘は、これまで遠距離から援護していた冒険者たちが援護する隙を見いだせない程だった。
単純に高速で動いているのも問題であったが、両者の距離が近すぎるために迂闊に攻撃を仕掛けられないでいるのだ。
ただ現在、北条とパーティーを組んでいる陽子の"付与魔法"は、北条へとガンガンに掛けられている。
"呪術魔法"によるデバフの方は、この高速戦闘中では北条に誤爆する危険性もあって、使用に踏み切る事は出来ないでいたが。
「これは、ひとつ課題になりそうね……」
ポツリと陽子はそう呟く。
しかしデバフによる援護が必要ないと思えるほど、北条は悪魔との超近接戦に耐えている。
ハルバードという武器の間合いの、更に内にある超近接戦においても、武器の柄の部分や石突の部分なども利用して、北条は悪魔の攻撃を捌き続ける。
(まさか、これ程とはっ)
拮抗している状況に、悪魔が内心焦りを感じながらそう独白する。
すでに近接戦へと移行してから十分以上は軽く経過しようとしていた。
一時強化スキルを使った突発的な速さにも対応してのけ、こうして相手の間合いの中まで潜り込んで尚、決定打を放つことが出来ない。
(まさか……手加減されている!?)
幾ら相手の武器の苦手な間合いとはいえ、いくらでも距離を離す機会や反撃をする機会はあったはず。それなのに、完全に受け手に回るだけで、反撃する様子が全く見えない北条に対し、悪魔の中にそのような疑念が浮かび上がってくる。
「――――」
そんな疑念を抱き始めた悪魔に、北条が悪魔にだけ聞こえるようにして何事か話しかける。
「――――――――――」
「ッ!? ユーッ! お前は、一体…………」
続けて北条が何事かを囁いた後、突然攻勢を維持していた悪魔が北条から距離を取り、北条をジッと見つめる。
それは何か異質なものを見るような、そんな視線であった。
日頃人間から向けられる事の多いそうした視線を、逆に人間に対して向けることになった悪魔。
そこで悪魔は北条の言葉によって開いた内なる記憶の扉から、ふとあの日の会話を思い出す。
『ああん? 決まってんだろう。帝国に帰るんだよ。結局無駄足になっちまったが、ひとつ種らしきものは発見できたしな』
「タネ……。アイ……アイ、シー。ナルホド……。ユーがタネだったと、いう訳ね」
納得がいったといった様子の悪魔。
その悪魔の反応を見て、北条は苦み走った顔を浮かばせる。
突然激しい二人の応酬が終わりを告げ、周囲でスタンバっている冒険者たちも、固唾と展開を窺っていた。
すぐにでもまた肉弾戦が再開されるのか、はたまた魔法攻撃に切り替えるのか。
どちらにせよ、消耗の激しい彼らには、悪魔に対して有効な手は余り残されていない。
「ホージョー。ユーの存在はミーにとって完全に想定外だったね。まさか、ユーのようなイレギュラーな存在がいるとは思いもしなかった」
「なんだぁ、降伏宣言かぁ? だがそいつぁちょいと間が悪かったなぁ。百万年後だったら俺の気も変わってたかもしれなかったのに、残念、残念」
全く気持ちの籠ってない『残念』という言葉を繰り返す北条。
しかし北条の挑発的な言葉に対し、悪魔は素直に肯定の意を示した。
「イエス。そうね、この状況は流石にミーもお手上げのようね。だから……」
悪魔はそう言って、どこからから小さな黄色い玉を取り出した。
「こうすることにしたね」
そう言いながら、悪魔はその黄色い玉を地面へと思いきり投げつける。
直後、地面へと衝突した黄色い玉は、目を焼くような強い光を全周囲へと放つ。
なまじ悪魔が意味深に取り出した黄色い玉を、警戒して注視していた者ほどその強い光に視界が奪われ、一時的に視力を奪われてしまう。
「では、シーユー。またどこかで会うとするね」
冒険者たちがその強い光で視力を奪われている間に、悪魔は空を飛び、別れの言葉を残してその場から逃げ去ろうとしていた。
「そうは問屋が卸すかよおおぉっ! "グラウンドタイフーン"」
だが北条はその逃亡を許しはしなかった。
"閃光耐性"によって視力を奪われる事もなかった北条は、悪魔の発言から行動を先読みし、先んじて一時強化系スキルを発動していた。
悪魔との肉弾戦でも引けを取らない北条が、一時強化系スキルを使用した事で、その素早さはすでに高ランク冒険者に匹敵する程に高められている。
そして、北条は足元が大きくへこむほどに強く地を蹴ると、そのまま大きく跳躍をした。
だがすでに空中へと浮き上がっていた悪魔には届きそうにはない。
一度の跳躍で数メートルの高さまで到達する事は出来たが、そこが限界なのだと、重力に引かれ、再び大地へと引き戻され…………る事はなかった。
なんと北条は、そのまま空中を蹴るかのような仕草で二段ジャンプのように二度目の跳躍をした。
と同時に、斧槍系の闘技秘技スキル、"グラウンドタイフーン"を発動する為、〈サラマンダル〉の持ち手部分を瞬時にずらす。
"グラウンドタイフーン"は、斧槍の石突に近い部分を持ち、そのまま駒のように回転しながら、ブンブンと周囲を振り回すという、大雑把なスキルだ。
本来は地上にいる状態で、なおかつ周囲が敵ばかりといった状況で使うような、限定された場面でしか使えないスキルであるが、その分威力は相当なものとなっている。
そして大技を器用に空中で発動させた北条は、クルクルと回転しながら凶悪な旋刃となって、空へと逃げた悪魔へと迫っていく。
「ホワアアアアッツ!?」
まさかの追撃に、悪魔が慌てて"飛行"スキルを使い急旋回をかけ、北条の猛追を躱そうとする。
その動きを見た北条は、再び空を蹴ると、一直線に悪魔に向かって突っ込んでいく。
「ノオオオオオオオオオオンッ!!」
頭から尻まで、最初の数回転で縦断して除けた北条の凶刃は、続く回転によって悪魔の全身をもずたぼろに切り裂いていく。
必殺技を放ち終えた北条は、そのまま地面へと落下していくが、まるで猫のように空中でクルリと態勢を整えると、綺麗に両足を地に着けて着地を決める。
少し遅れて周囲にまき散らされた、もはや肉片となり果てた悪魔の残骸。
徹底的に破壊された悪魔の肉体は、もう二度と再生をする事はなかった。
0
お気に入りに追加
57
あなたにおすすめの小説

アレク・プランタン
かえるまる
ファンタジー
長く辛い闘病が終わった
と‥‥転生となった
剣と魔法が織りなす世界へ
チートも特典も何もないまま
ただ前世の記憶だけを頼りに
俺は精一杯やってみる
毎日更新中!

凡人がおまけ召喚されてしまった件
根鳥 泰造
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。
仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。
それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。
異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。
最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

学校ごと異世界に召喚された俺、拾ったスキルが強すぎたので無双します
名無し
ファンタジー
毎日のようにいじめを受けていた主人公の如月優斗は、ある日自分の学校が異世界へ転移したことを知る。召喚主によれば、生徒たちの中から救世主を探しているそうで、スマホを通してスキルをタダで配るのだという。それがきっかけで神スキルを得た如月は、あっという間に最強の男へと進化していく。
誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!
ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく
高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。
高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。
しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。
召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。
※カクヨムでも連載しています

異世界召喚されたと思ったら何故か神界にいて神になりました
璃音
ファンタジー
主人公の音無 優はごく普通の高校生だった。ある日を境に優の人生が大きく変わることになる。なんと、優たちのクラスが異世界召喚されたのだ。だが、何故か優だけか違う場所にいた。その場所はなんと神界だった。優は神界で少しの間修行をすることに決めその後にクラスのみんなと合流することにした。
果たして優は地球ではない世界でどのように生きていくのか!?
これは、主人公の優が人間を辞め召喚された世界で出会う人達と問題を解決しつつ自由気ままに生活して行くお話。
神々の間では異世界転移がブームらしいです。
はぐれメタボ
ファンタジー
第1部《漆黒の少女》
楠木 優香は神様によって異世界に送られる事になった。
理由は『最近流行ってるから』
数々のチートを手にした優香は、ユウと名を変えて、薬師兼冒険者として異世界で生きる事を決める。
優しくて単純な少女の異世界冒険譚。
第2部 《精霊の紋章》
ユウの冒険の裏で、田舎の少年エリオは多くの仲間と共に、世界の命運を掛けた戦いに身を投じて行く事になる。
それは、英雄に憧れた少年の英雄譚。
第3部 《交錯する戦場》
各国が手を結び結成された人類連合と邪神を奉じる魔王に率いられた魔族軍による戦争が始まった。
人間と魔族、様々な意思と策謀が交錯する群像劇。
第4部 《新たなる神話》
戦争が終結し、邪神の討伐を残すのみとなった。
連合からの依頼を受けたユウは、援軍を率いて勇者の後を追い邪神の神殿を目指す。
それは、この世界で最も新しい神話。

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います
霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。
得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。
しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。
傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。
基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。
が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。
レベルを上げて通販で殴る~囮にされて落とし穴に落とされたが大幅レベルアップしてざまぁする。危険な封印ダンジョンも俺にかかればちょろいもんさ~
喰寝丸太
ファンタジー
異世界に転移した山田(やまだ) 無二(むに)はポーターの仕事をして早6年。
おっさんになってからも、冒険者になれずくすぶっていた。
ある日、モンスター無限増殖装置を誤って作動させたパーティは無二を囮にして逃げ出す。
落とし穴にも落とされ絶体絶命の無二。
機転を利かせ助かるも、そこはダンジョンボスの扉の前。
覚悟を決めてボスに挑む無二。
通販能力でからくも勝利する。
そして、ダンジョンコアの魔力を吸出し大幅レベルアップ。
アンデッドには聖水代わりに殺菌剤、光魔法代わりに紫外線ライト。
霧のモンスターには掃除機が大活躍。
異世界モンスターを現代製品の通販で殴る快進撃が始まった。
カクヨム、小説家になろう、アルファポリスに掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる