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第八章
第189話 ドルゴンの誤算
しおりを挟む「わっ……と。えっと、【風の刃】」
迫ってきた男がアウラの魔法で吹き飛ばされ、危機を脱した咲良であったが、念のため吹き飛んでいった男に向けて止めの魔法を放つ。
「ふううぅ」
そしてようやく一息をついた咲良。
これで敵方は粗方片付いており、後は北条が一騎打ちをしている敵のリーダーだけだ。
だが北条の応援に行く前に、咲良は先にやるべきことを思い出した。
「マデリーネさん! 今いきます!」
咲良はすでに、パーティー全員を治す【キュアオール】の他にも、離れたパーティーメンバーに【キュア】と同等の効果をもたらす、【リープキュア】も使えるようになっていた。
しかし、マデリーネの傷は深そうに思えたので、出来れば【ミドルキュア】の方が良さそうであったし、カレンの時のように毒が塗られている事も考えれば、近寄って治すというのは間違ってはいなかった。
しかし、咲良はこの時油断をしてしまっていた。
「まだだ! 後ろっ!」
「えっ?」
アウラの警告の声に、一瞬自分への言葉だと気づかず、咲良は少し遅れて背後を振り返る。
するとそこには、何か所も……それも首を大きく切られ、血がドクドクと噴き出している男がいた。
目の焦点は合っておらず、明らかに死んでいるとしか思えない有様の男に、咲良は叫び声を上げそうになる。
、男は手に巻き尺のようなものを持ち、そこから糸をピンと伸ばして両手に持ち、咲良へと迫ってきていた。
まるでホラー映画のような状況に、咲良の"恐怖耐性"は見事働いてくれて、体が恐怖で動かないという事態は避けられた。
しかし、寸前にまで迫った男に対し、すでに咲良に取れる手段はない。
一瞬後にもその両手に持った糸によって、咲良の首がギューッと絞られる、そんな未来が見え始めた、その時。
「まわ、れええええ!」
マデリーネが何やら妙な手つきをしながら大声を張り上げると、まっすぐ咲良に迫っていた男は、突然くるりと百八十度方向転換をした。
「今のうちに!」
何が起こったのかは分からなかったが、マデリーネの言葉にしたがい、後ろも気にせず、そのままダッシュで駆ける咲良。
そして咲良と入れ違うように、アリッサが死にかけの男に向かっていき、アウラも"土魔法"による支援をする。
「あれもゾンビ……? でもないような?」
村長宅でゾンビと化した男に襲われたカレンは、あの男も同じように蘇ったのかと推測するも、いまいち正体がつかめないでいた。
「何にせよ、ろくなものではあるまい。【アースニードル】」
ピシャリと吐き捨てるように言いながら、アウラの放つ土の槍が男へと突き刺さる。
「ええい! しんでくださああい」
更に短槍と片手剣を巧みに使い、アリッサが男をさらにズタボロにしていく。
そしてようやく男が動きを止めた時には、その体はあちこち傷だらけで、つい先ほどまで動いていたとは思えない程の有様だった。
「つんつん」
あまりのしつこさに、男が倒れた後も槍で恐る恐るつついてみるアリッサ。
しかしこれ以上反応が帰ってくることはなく、どうやら完全に息の根を止めることに成功したようだった。
「やりましたあ……?」
いまいち半信半疑ながらも、アリッサが勝ち名乗りを上げる。
それから改めてマデリーネの腹部の傷が咲良によって治療された。
幸いにも毒は使われていなかったようなので、【ミドルキュア】と【キュア】を一回ずつ使い事なきを得た。
残るは……。
「北条さんっ!」
敵の首魁と戦う北条のみとなった。
△▼△▼
時間を少し遡る。
【岩砲】をすんでのところで躱した男は、自分の下へ迫ってくる相手を、注意深く観察した。
その人物――北条は、背から人の背より長い、赤いハルバードを手に取って同じようにこちらを観察しているようだった。
(今のは中級魔法か……? その上、得物を手に接近戦を挑んでくると)
男は、シュトラウス司祭より派遣された、助っ人たちのリーダーであり、『暗殺者』と『闇剣士』の職を持っている。
アウラ達にデグルと名乗っていたその男の真の名は、ドルゴン。
長柄武器を持つ北条とは、武器の相性的に相手の方が有利ではあったが、ドルゴンに焦りの表情などは見られない。
(まずは様子見といくか)
そう思いつつも、ドルゴンは初手から闘技スキル"アサシンウォーク"を使い、北条の距離感を誤認させようとする。
これは、相手より武器射程の短い状況でドルゴンがよく使う手で、相手によってはこれだけであっさり懐に入り込んで、バッサリ切り捨てて終わりということもよくあった。
北条も、ドルゴンの独特な歩法によるリズムの乱れで、距離感を喪失してしまったのか、ドルゴンが近寄ってもその手に持つ赤いハルバードの穂先が反応することはない。
ドルゴンはそのまま接近しつつ、横凪に剣を払おうとした。……が、"気配感知"のスキルが北条の動きを察知する。
「っ!?」
"危険感知"のスキルは持っていないドルゴンであったが、今までの戦闘経験からくる直観から、咄嗟に後方に下がりつつしゃがみこむ。
すると、ブォンッという音と共に、北条のハルバードが先ほどのドルゴンの胸の位置を薙ぎ払っていた。
咄嗟にしゃがまなければ、そのまま大きなダメージをもらっていた事だろう。
北条に対する認識を、"難敵"にまで一気に引き上げたドルゴンは、続く振り下しの攻撃を避け、再び距離を取る。……かと思いきや、"機敏"をも使って、マックススピードで、逆に北条の懐へと潜り込む。
そして、小声で小さく【ダークネス】と発音することで、即座に"闇魔法"の効果が発動され、ドルゴンと北条との間に、光を通さぬ闇の領域が現れる。
それは首元から膝辺りまでの間に限定的に展開されていて、かろうじて互いの足元は見えるだろうが、手元が見えない、そんな絶妙な範囲に張られていた。
北条の方は、先ほどハルバードを振り下ろしたままの状態であり、ここがチャンスだとばかりに、ドルゴンは北条にどこを攻撃しようとしているのか気取られぬように、襲い掛かる。
(さて、どう動く)
そう考えながら、ドルゴンは"予測の魔眼"スキルを発動した。
この特殊能力系スキルに分類される"予測の魔眼"は、その名の通りコンマ秒先から数秒先までの先を視るスキルだ。
スキル発動時に特に見た目に変化はおきないので、他者にはそうそう使用している事が見分けられないこのスキル。
ドルゴンは右眼にだけこの能力を発動して、左眼で今を、右眼で少し先の未来を同時に視ている。
このスキルと、先ほどの【ダークネス】によるコンボで、相手がどう動こうともドルゴンはそれに対応する事が出来る。
後ろに下がる様子が映れば剣を突き、左右に動こうとすれば動いた方へと剣を斬りつける。
これは、一度斬った位では死なないような魔物相手ならともかく、人間相手では必勝といえる、ドルゴンの勝利パターンだった。
(下がる、か)
"予測の魔眼"によって、後方に下がる北条の姿を視たドルゴンは、一歩足を踏み込みつつ、剣で相手を突くだけの基本闘技スキル、"ソードスタブ"を放った。
相手が金属の鎧を着ているならまだしも、ドルゴンの放つ"ソードスタブ"ならば、革鎧程度なら貫くほどの威力がある。
慢心はしていないものの、勝ちを確信したドルゴンは、しかし次の瞬間信じられないものを視てしまう。
(な、馬鹿な!)
すでに"ソードスタブ"が発動し、体がそれに引っ張られるように突きの体制に入った直後、不意にドルゴンの右眼で見ていた未来の像が切り替わったのだ。
後ろに下がっていたハズの北条の像が突如ブレて、ドルゴンから見て左の前方の方へと瞬時に入れ替わり、更に北条はその凶悪なハルバードを既に横に払おうとしていた。
(マズイッ! 避けなければ!)
技の出掛かりを強引にキャンセルするのは、体にもかなり負担をかけてしまうが、無理やりにでも体を引き戻し、後方へと下がろうとするドルゴン。
「くっ」
直前に使った"機敏"の効果が生きていたお陰で、軽く腹部を斬られた程度で済んだドルゴン。
しかし、斬られた部位からは血がにじみ出る事はなかった。
当初は、斬られたことによって感じていたと思った腹部の熱だが、実際に手で触れてみるとそうではなく、実際にハッキリと熱を持っている事が分かった。傷跡が焼けただれたようになっていたのだ。
これは多分、あの赤いハルバードのせいだろう、と推測するドルゴン。
だがそんな事よりも先ほどの不測の事態の事が頭をよぎり、額から汗が滲み出てくるのを感じていた。
(アレは、一体どういうことだ!?)
そんなドルゴンの狼狽など知った事かと、北条は更に赤いハルバードによる攻撃を加えてくる。
ドルゴンは時には回避し、時には剣で受け流し、しばし北条の攻撃を防ぎ続ける。
(ッ!? まただ! また予測がずれている!)
その打ち合いの中でも、"予測の魔眼"を発動し続けていたドルゴンだが、時折予測外の動きを見せる事が何度かあった。
(これはっ……。まさか! 奴も私と同様のスキルを持っているのか!?)
信頼していた能力が使い物にならなくなっている事で、さしもの熟練の暗殺者であるドルゴンも、動揺をなかなか収められないでいた。
これが相手が格下だったなら、ここまで取り乱しはしなかっただろう。
しかし、これまでの短い戦いの中で見えていた北条の身体能力は、ドルゴンと同等以上だ。
自慢の素早さですら相手の方が勝っているように見えるし、剣とハルバードという得物の違いはあれど、相手の武器の扱い方も熟練のソレだった。
剣の腕にそれなりに自信のあったドルゴンも、もし相手がハルバードではなく、剣を同じ技量で扱えていたら……。きっと、遠く及ばないだろうなと思わされるほど、北条のハルバード捌きは見事だった。
「どうしたぁ? かかってこないのかぁ?」
距離を取ったまま、アレコレ考えてしまっていたドルゴンは、北条の挑発の声に覚悟を決める。
(いざとなったら、おすがりするしかあるまい)
覚悟を決めたドルゴンは、今度は自ら北条に向かって、襲い掛かるのだった。
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