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第八章
第183話 暴かれていく魅了
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フォワアアアンとした白い光が、神官衣を着た老齢の女性から立ち上る。
女性の周囲には、厳かな雰囲気で幾人か立ち並んでいるが、全員が全員神官衣を纏っている訳ではない。
割合としては、教会関係者だと思われる神官衣を纏っているのは、全体の八割ほどだろうか。
ここは《ジャガー村》に新設されて間もないゼラムレット教会の一室。
そこでは《ジャガー村》の村長や、冒険者ギルドマスター。更には領主の意向を受けて、教会の関係者の中でも位の高い者や、優れた"神聖魔法"の使い手達が一同に集められていた。
そして行われたのは〈魅了解除の白聖石〉による、一斉捜査だった。
解除と同時に暴れだしても対処できるように、既に解除確認済の腕利きからなる一団が、出口や被験者の周囲を固めている。
その物々しさに、集められた教会関係者も只事ではないと、顔を強張らせていた。
そうした不安な気持ちは、集められた理由を伝えられる事で更に強まり、それはざわめきとなって伝播していく。
そうした重苦しい空気の中、女性への魅了解除が行われていた訳なのだが……。
「どうかな?」
《ジャガー村》の冒険者ギルドマスター、ナイルズがそう問いかけると、老齢の女性は静かに、しかしハッキリと周囲に聞こえるよく通った声で応じた。
「ええ……。皆さん、問題はありませんよ。逆に少し心が晴れやかになったくらい」
このゼラムレット教会の教会長である女性がそう述べると、周囲の教会関係者も安心した表情を浮かべた。
この女性は老齢ではあるが、レベルもそこそこ高く、他の神官たちからの信望も厚い。そして、何より女性であるという点から、魅了されている可能性が低いと判じ、一番最初に〈魅了解除の白聖石〉の使用を持ち掛けていた。
教会長の方も快くその提案を受けいれ率先した事で、後に続きやすい空気をも生み出している。
以降はナイルズが指定した順番通りに、〈魅了解除の白聖石〉を使用していく。
神官たちは当初この魔法道具を使用している、仮面を被ってダボダボの服を纏った人物の様相に、不安を掻き立てられていた。
その不安はその後も薄れることはなかったが、使用している魔法道具が本物である事は、認めざるを得なかった。
幾人かの神官が、アイテム使用後に頭を抱えて懺悔を始めたからだ。
その数はナイルズが予想していたものよりは少なかったが、やはりここにも手を伸ばしていたのかと、苦い思いを感じていた。
ただ、内心そうは思いながらも、これまでのように魅了にかけられていた人たちに、慰めの言葉をかけつつ、ナイルズは一人一人に聞き取りを行っていく。
この場で行うのは、あくまで簡易的な聞き取りのみだったが、それでも一つ大きな事実が判明した。
「ナタン司祭が既に吸血鬼の手に!?」
ナタン司祭というのは、ここ《ジャガー村》のゼラムレット教会に、副教会長として派遣されてきた男だ。
しかしここ最近姿が見えず、行方を捜していた所だったのだが、思わぬ所でその行方が明らかになる結果となった。
ナイルズの聞き取りによると、魅了された神官らによって手引きされた結果、敵の手の内に収まってしまったらしい。
その事に、この場にいた教会関係者たちは大きな動揺を示したが、教会長である老齢の女性が一声ビシッと声をかけると、表面上のざわめきは収まっていく。
やがて全員への解除が終わり、仮面の男が〈魅了解除の白聖石〉を腰にぶらさげた袋にしまうと、近くにいたナイルズがその場にいる教会関係者に向けて声をかける。
この事は内密とし、外部に漏らさないこと。
グリークに頼んだ応援と、他の組織と連携をして事に当たるので、勝手に独断行動を起こさないこと。
などなど、既に説明にも慣れてきたナイルズが語り聞かせる。
「では以上の事、どうかよろしくたのむよ。我々はこれで失礼する」
最後にそう言ってナイルズや仮面の男、それから腕利きの冒険者達が教会を後にした。
それから更にジリマドーナ教会や、ガルバンゴス教会などの宗教関連の施設を訪れ、同じように〈魅了解除の白聖石〉を使用していく。
そして本日の予定をすべて終えた一団は、ギルドへと引き返す。
相手が暴れた際の抑え役、兼護衛の役目を終えた腕利きの冒険者たちは、カウンターから本日の報酬を受け取っていく。
だが仮面の人物だけは、ナイルズと共にそのままギルドの奥へと姿を消していった。
「ふうぅ……。いやあ、参ったね。今日だけで十人以上もみつかるとは」
ギルドマスターの執務室へと戻ってきたナイルズが、ため息と共に今日の成果を口にする。
「だがぁ、着実に相手の勢力は削いでいってるハズだぁ」
ナイルズの声に答えたのは、一緒に部屋に入ってきた仮面……を外した北条だった。
「そうだね。既に村長や衛視達。それからウチの職員や一部の冒険者……。直接的な戦力になりそうな相手は、大分解除出来ているね」
ナイルズの言うように、事は順調に進んでいるように思えた。
龍之介たちが帰ってきたあの日以来、長井達三人の姿が見えなくなっているので、新たに魅了の被害者が出ている可能性も低い。
「今日で教会関係は大体回った訳だが……どうするね?」
「どう……とは何がだぁ?」
「君の持つその〈魅了解除の白聖石〉とやらも、今日酷使した事でそろそろ限界が近いのではないかね?」
「…………」
ナイルズの言う通り、元々は真っ白な石の形状をしていた〈魅了解除の白聖石〉だが、今では大分色がくすんで、全体がネズミ色に近くなってきていた。
「まあ、今日で戦力的な部分の引きはがしは粗方終わった訳だが…………。その石の代わりに、こちらで適当なものを用意した方がいいかね?」
「……どういう意味だぁ?」
「フフン、そう隠さずともよい。初めは私も、魅了解除はその石の力によるものだと思ったものだ」
種明かしをするようなナイルズに、北条は黙ったまま続きを促す。
「確かにその石も、何らかの魔法道具には違いないんだろうけどねえ。しかし、近くで何度も使用現場に立ち会えば、専門家ではなくとも違和感は感じるものだ」
そう言った後、ナイルズは核心に触れる言葉を発した。
「魅了解除は君の能力なんだろう? 詠唱をしていない事から魔法ではないだろうし、特殊なスキルか何かかな?」
少しだけ得意げなナイルズの指摘に、北条は口を噤んだままだった。
だがナイルズはそんな北条に構わず話を続ける。
「まあ、別に能力を明かせと言っている訳ではないのだ。ただ、その特殊な魅了解除アイテムが、使用できなくなった時どうするのかと思ってね」
「…………今は、この石だけで十分だぁ。《鉱山都市グリーク》にも応援を頼んであるんだろう?」
「うむ。向こうでも【リリースチャーム】の使い手となると数は少ないのだが、派遣してもらう手筈になっている。……いや、すでにこちらに向かい始めている頃かもしれん」
今回の一連の騒動は、もちろん領主であるアーガス辺境伯の耳にも届いている。
そして果断速攻なアーガス辺境伯ならば、ただちに適切な人員をいち早く編成し、即座に送り出している事だろう。
「それなら、なおさらこのままでいいだろぅ」
そう言いながら、北条はナイルズの目をじっと見つめる。
その意図に気づいたナイルズが、手を振りながら口を開いた。
「ああ、もちろん君の能力の事を言いふらしたりはしないさ。安心してくれたまえ」
「なら、いい」
「に、しても。君はずいぶんとまた秘密主義のようだね。他にも何か隠してる事があるのではないかね?」
半分冗談を口にするような口調であるが、ナイルズの問いかけに込められたその真意は本心でもあった。
「……俺ぁ、酷く臆病者なんでなぁ。下手に手の内を明かすのを、良しとはしねぇんだ」
「ほおおう……。なるほど、そういうタイプか」
北条もいい年したオッサンではあるが、ナイルズは更にその上をいく老齢の男だ。
それこそ色々なタイプの人間と接してきていて、北条のようなタイプの人間とも接したことは幾度もあった。
「これは年寄りの忠告だがね。私にはともかくとして、君の仲間に対しては、もう少しその"秘密"を打ち明けてもいいのではないかな?」
「……その忠告の言葉、有難く受け取っておこう」
北条としては、今回の一連の騒動において、ナイルズの言うように、どこかしらで仲間に"秘密"を打ち明ける必要性を、感じていた。
初めの方こそは保身のためであった"秘密"だが、今では一部を明かす位構わないかなとも思い始めている。
しかし、今まで隠してきた事に対する後ろめたさが、北条を押しとどめ続けてきた。
(いい加減、今起こっている事件についても説明せんといかんというに……)
この辺りが、北条自身も認めている"心の弱さ"の一旦でもあった。
日本にいた頃は、人付き合いが多い方でもなく、もっぱらネットを介してのコミュニケーションが多かった。
そのためか、どうも他人との距離の測り方というものが分からない。
そうした経緯と、人から悪意を向けられたくない。という想いが、北条の対人関係を受動的にさせていた。
「ふむ……、まあそれはそれとして。明日以降の事なのだが、魅了解除の方はどうするね?」
「あー、そうだなあ。後は魅了をかけるとしたら、商店の関係者とか……あとはなんだぁ? 一般人とかだったら、流石に対処できんがぁ」
ちなみに北条達との接点のある相手として、鍛冶士のルカナルにも既に魅了解除が行われている。
……もっとも本人は何をされたのかも理解していないようではあったが。
「村の自警団の連中などはどうかね?」
「自警団、ねえ。戦力としては微妙だろうがぁ、前々から裏活動をしていたとなると、それもアリ……か」
「それなら、村長に話を通しておくとよいだろう」
「ああ、そうさせてもらおう」
こうして今後の予定なども話し終わり、着たままだったダボダボの衣装を着替えた北条は、執務室を出て、こっそりと裏口からギルドを抜けるのだった。
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