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第七章
第148話 ニアミス
しおりを挟む「楓ぇっ!」
北条が唐突に上げた声が何に対して発せられたものか、理解できている者はこの場にはほとんどいなかった。
すでにボロボロ状態の由里香と陽子。我を忘れて"雷魔法"をピカピカと撃ち鳴らす芽衣。必死に【キュアオール】を繰り返す咲良。
唯一、本人である楓だけは自分の名が呼ばれた事を認識できたが、それが何を意味するかまでは瞬時に理解できなかった。
だが、その切羽詰まった北条の物言いから、先ほどまで無視をしていた"危険感知"に意識を向け、その結果として頭で何か判断する前に体が自動で動いていた。
一瞬後、楓は同じく"隠密"状態で潜んでいた隠密猿の一撃をまともに食らってしまう。
しかし幸いな事に、北条の一声を受けてコンマ一秒で回避行動に移っていたせいで、奇襲判定には失敗した扱いとなっていたらしい。
そのため、"フイダマ"スキルによるダメージ激増効果は打ち消されていた。
とはいえ、救出目前という段階での失敗は致命的だった。
隠密状態の解けた楓に向かって、前後から剛力猿達が押し寄せようとしていた。
そこに再び北条の叫び声が聞こえてくる。
それもただの叫び声ではない。声自体に力が籠っているかのような力有る声だった。
「オオオオオォォォッッ! 由里香を頼むぞぉ!」
その力有る声を聞いた楓は、不思議と北条が何を望んでいるのかを理解した。
北条の持つ"指揮"スキルのせいだろうか。短い言葉だったが、どう動くべきかを把握した楓は、早速"機敏"スキルを使用して敏捷度を高める。
そしてそのまま一直線に由里香の元へと駆け付けた。
「……!?」
そこで楓はようやく異変に気付く。
先ほどまで楓を前後から挟み撃ちにしようとしていた魔物達の動きが、一斉に止まっていたのだ。
一体何が……? と考えてる暇もない楓は、床で丸まっている由里香を抱えると一目散にその場を離脱し始める。
人を一人抱えてるとは思えないほどの速さで北条達のいる辺りまで戻ってきた楓は、そこで立ち止まる事なくすれ違うようにして北条を追い越す。
そのタイミングに合わせるかのように、北条が魔法を発動させた。
「『例の奴』、行くぞぉ! …………。【フラッシュフレア】」
未だ動きが止まったままの魔物達に向けて北条が放ったのは、"光魔法"の【フラッシュフレア】だった。
これは強い光を発するという【フラッシュ】の上位魔法で、より強い光を発するだけの魔法なのだが、使用者が少ないマイナーな魔法でもある。
この初級魔法である【フラッシュフレア】は、どうも発動させるのが難しいらしく、信也も未だに扱うことが出来ない。
北条の言葉から何をするのか察した芽衣は、次々と変化していく局面に狼狽えつつも、前に出していたマンジュウやゴブリンに、後退しながら目をふさぐように指示を出す。
直後、ダンジョン内に激しい光が溢れ出す。
その光は最早眩しいというよりも痛いというレベルの強さで、固まったままの魔物達の眼球を焼いていく。
「このままずらかるぞぉッ!」
そう言いながら、自身は陽子を拾い上げつつダッシュで逃走し始める北条。
その段になって、ようやく魔物達は行動を再開し始めたようで、あちこちに移動し始めていたが、【フラッシュフレア】の影響かその足取りはフラフラとしている。
そこに、
「こいつはオマケだぁ 【石壁】」
とダンジョンを隔てるようにして巨大な石壁を魔法で生み出した。
【石壁】は【土壁】の上位魔法で、これでも中級"土魔法"に分類されている。
~壁系の魔法は一時的な壁を作り出す魔法で、一定時間が経過すると壁は消滅してしまうのだが、北条は効果時間と範囲の拡大に目一杯の魔力を注ぎ込んだ。
その結果、広いダンジョンの通路をほぼ完全に通路を塞ぐことに成功する。
「見えてきました!」
「よおし、追手は振り切ったようだがぁ、このまま飛ぶぞぉ」
必死にダンジョンを走り続けた結果、咲良の指摘したように遠くに迷宮碑が見えてくる。
北条もすぐに飛べるように、移動しながらも〈魔法の小袋〉から〈ソウルダイス〉を取り出して、即座に転移できるように備える。
そして、迷宮碑の元までようやくたどり着いた北条達は、即座に転移部屋へと転移したのだった。
▽△▽△▽
普段なら小さく聞こえてくる水の流れる音以外、余計な音が一切聞こえてこない静謐さに包まれた空間。
その一角に設置された迷宮碑の傍には、複数の人影があった。
どうやらこれから迷宮碑を使って転移する直前だったようで、全員が床に描かれている魔法陣の範囲内に収まっている。
「行くぞ……」
男の短い声と共に発動する迷宮碑。
魔法陣に光の線が走り初め、全ての部分にまで光がいきわたった瞬間、一瞬だけ強い光を放ち転移が完了する。
が……、この転移と前後して別の魔法陣も稼働を始めていた。
そちらは逆に別の場所から転移してきたようで、転移してきた人影の数は結構多い。
「はぁぁぁ……。ようやく――」
「……先急ぐぞぉ」
死地から帰還し、安堵の息を吐こうとしていた咲良を遮るように、北条がそう言うなり出口の方へと歩き始める。
「え、ちょっと……?」
訳が分からないといった様子の咲良だが、北条の様子が普通ではないので素直に後をついていく。
残る楓と芽衣、それから芽衣の召喚した魔物達も黙って後に続いた。
「あ、あの。北条さんどうしたんですか?」
歩きながらも前をズンズンと進む北条に訪ねる咲良。
咲良の問いに一度後ろを振り返った北条は、すぐにまた前を向いて歩きだすと問いに答え始めた。
「さっき俺らが転移部屋に戻ってきた時、丁度別の迷宮碑で転移している奴らがいたぁ」
北条の言葉を聞いて「あれ、そうだったかな?」と思い返してみるも、咲良の記憶にはまったく思い当たる事がなかった。
「ほんの……一瞬のことだ。だがぁ、発動寸前の転移前に感じた気配は、間違いなく……『奴ら』だぁ」
「ッ!?」
『奴ら』という言葉で、北条の言わんとしてることも、こうして急いで移動している意味も、咲良達は理解することが出来た。
「もう少し急ぎましょうか?」
「いやぁ。俺ぁともかく、これから走り続けたとしてもお前達の体力が持たんだろぅ。ひとまずはこのペースで行くぞぉ」
事態の重さを鑑みてそう提案する咲良に対し、北条はこのままでいいと答える。
そして陽子をおぶったまま、器用にチラっと背後へ再び振り向くと、
「とりあえず転移部屋に戻ってはいないようだぁ。もしかしたらタイミング的に向こうは気付いていない可能性もあるがぁ……」
だからといって、暢気に構えていたらどうなるか分かったもんじゃない。
一難去ってまた一難という状況に、ヒイコラ言いながらもダンジョンから脱出。そして、その足でダンジョンの周囲にある泉を超えて、森の少し奥に入った場所にまで休まず移動を続けた。
▽△▽△
「……ここまでくれば大丈夫だろう」
すでに時間帯は夕方に達しており、急速に闇が広がり始めていた。
森の中はただでさえ鬱蒼と茂った木々によって光が遮られているというのに、陽が暮れ始めるこの時間帯となると、暗さは本能的な恐怖をもたらす程にまで深まる。
そんな視界の悪い森の中、北条達はここでキャンプを張りはじめていた。
無理をすれば深夜頃には村にたどり着けそうではあったのだが、彼らにはその前に休息が必要だった。
「では、いきます……。 【ミドルキュア】」
咲良の治癒魔法によって、陽子の潰れた右目部分が強烈に輝きだす。
元々強い光を放つ治癒魔法ではあったが、ここまで強く光ったのは初めてのことだ。
「ん……」
キャンプ地に着いて早々に意識を取り戻していた陽子は、右目部分に強い魔力を感じると共に、治癒魔法独特の温かいような安らかになるような感覚を覚える。
そして、時間にして一分にも満たない内に魔法は効果を発揮し、途切れていた脳へと伝える視覚情報を再び送り始める。
「あっ……。見える……、しっかり見えるわっ」
確認の為に左目を指で閉じた状態で辺りを見回した陽子は、しっかりと右目の機能が回復しているのを確認できた。
「ふぅ……よかった」
安堵の息を漏らす咲良。
咲良が先ほど使用したのは中級"神聖魔法"の【ミドルキュア】という魔法だ。
効果的には単純に【キュア】を更に効果アップさせたものだ。
それを、「同じ中級"神聖魔法"である【キュアオール】を成功させたんだから」と、今回初めてチャレンジして、無事に発動に成功したという流れだった。
しかし、本来は普通に【ミドルキュア】を使用しても、破損した部位を完全に治すのは難しい。
だが今回は"増魔"で一時的に魔力をブーストし、MPも多めに籠めた上に部位を一点に特定して使用していた。
その結果、陽子の右目は無事に治癒することに成功していた。
もし陽子の右目が破損状態ではなく、完全に取れている『部位欠損』状態だったならば、同じことをしても治すことは出来なかっただろう。
「さ、次は由里香ちゃんの番ね」
「……ッッ」
そう言って由里香の方へと近づいていく咲良。
由里香は咲良の言葉に一瞬体を硬くさせ、元気のない声で答えるのだった。
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