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第七章

第147話 大苦戦

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 見れば他の面々……召喚されたマンジュウからも同じ光がきらめいていた。

「良しッ! これならッ! 【キュアオール】 【キュアオール】」

 一度成功して感覚を掴むと、途端に今まで使えなかったのが嘘であったかのように使えるようになるのが魔法というものだ。
 "風魔法"などに比べれば発動時間の長い"神聖魔法"。中でもパーティー魔法となると発動までの時間も多くかかるので、短時間に何度も使うことはできない。

 それでも、必死の思いでひたすら【キュアオール】の魔法を連発していく咲良。
 その度に陽子と由里香の傷が癒えていく。
 治癒魔法がかけられていく由里香の様子を疎ましく見ていた狡猾猿スライエイプは、壊れたオモチャを見るような目を由里香に向けたかと思うと、ぽいっと上に放り投げる。

 そして、重力に従ってすぐに下に落ちてくる由里香に対し、蹴りを同時に複数回行うという闘技スキル"同蹴撃"でもって落下途中の由里香を滅多蹴りにする。
 その時由里香は意識は取り戻したものの、未だ恐怖という感情に引きずられていた。

 そのせいか、咲良の治癒魔法で動くようになった体を半ば本能的に動かして、亀のようにまるまった防御態勢でその蹴りを受け止める。
 しかし、その後も恐怖で体が縛られて動くこともできず、丸まったままサッカーボールのように猿の魔物に蹴られ続けていた。



△▽△


 一方、少し時間を遡って右眼を潰された陽子は、続く狡猾猿スライエイプの攻撃を必死に躱そうとしていた。
 そこに咲良の【エアーハンマー】が撃ち込まれ、魔法の衝撃で吹き飛ばされる狡猾猿スライエイプ。陽子は距離を取るようにして必死に逃げる。
 だが敵は狡猾猿スライエイプだけではなく、十匹近くはいると思われる剛力猿パワーエイプも残っていた。

「くうう……」

 右眼を潰されて魔物との距離感が上手くつかめなくなってはいるが、全力で逃げつつも次々と追って来る剛力猿パワーエイプをギリギリで退ける陽子。

「うぁっ!」

 しかし、途中で剛力猿パワーエイプの攻撃を躱して無理な態勢になった結果、バランスを崩して床に倒れこみそうになる。

「しまっ……」

 その隙を剛力猿パワーエイプは見逃さなかった。
 名前からしてパワータイプの魔物なのは間違いないが、Dランクの魔物としてスピードもそれなりに持ち合わせている。
 バランスを崩している陽子に追いついた剛力猿パワーエイプは、力任せになぐりつけるだけという、威力重視の闘技スキル"剛拳"を、がら空きの陽子のボディに叩き込んだ。

「ぐぼおおああっ!」

 一瞬であばらの骨が何本も折れたような強い衝撃が陽子を襲う。
 余りの衝撃のせいか腹部の感覚がなくなっていて、痛みの信号がはっきりと脳まで伝達されてこない。
 しかし、自分の体内を通じて聞こえてきた骨の折れたときの音や感触は、きっちりと陽子は認識することが出来た。

(これは……まずいわ、ね……)

 脂汗の浮かんできた体を引きずり、周囲の状況を窺おうとしていた陽子は、不意に獣性を帯びた強い瞳と目が合った。

「キイヒイイィイ!」

 そして、鳴き声を上げながら再び陽子に"剛拳"が撃ち込まれる。
 見た目に寄らず、"連携"スキルを持っている剛力猿パワーエイプは、同じ"連携"スキルを持つ者同士でのチームプレーに秀でていた。
 最初の"剛拳"で陽子が吹き飛ばされた後、すぐ傍に剛力猿パワーエイプがいたのも"連携"スキルによる効果で瞬時にチームプレーが出来たからだ。

 二発目の"剛拳"によって、もはや陽子の意識は飛びかけており、体のどこにも力が入らない感覚を感じていた。
 そもそも"剛拳"というスキルは、自分よりレベルの高い相手に使ったとしても、強力なダメージを与える事が出来るスキルだ。
 その分放つときには大きな隙が出来るスキルで、同レベルの者相手に当てるのは難しい。

 しかし、これが自分より能力の劣る相手に対しては、避ける事も困難なただただ威力の高い攻撃になってしまう。
 本来は格下の相手や、弱っている相手などに効果的なこのスキルは、一歩、また一歩と陽子の命を削り取っていく。

 歩くサンドバッグとして剛力猿パワーエイプの間を回されていた陽子に、三度目の……そして最後になるであろう死への片道切符を突き付けられる、その寸前。


 ゴオウゥ!


 という燃え盛る炎の音と共に、北条の振り下ろした〈サラマンダル〉が剛力猿パワーエイプの背中に突き刺さる。
 同時に刃先から赤い光が煌めくが、この一撃だけでトドメを刺すことはできなかったらしい。

 それでもギリギリの所で事なきを得た陽子は、視線だけを北条に這わす。
 意識が朦朧としているが、北条や……それから口の悪い芽衣の声が薄っすらと聞こえてきた気がする。
 陽子はそんな声を上げた芽衣の事を思うと、こんな状態にも関わらずフッと軽い笑みを浮かべた。いや、浮かべようとした。

 だが、そこで陽子の意識は途絶えてしまったので、実際に微笑みを浮かべられたのかどうかは、陽子自身にも分からなかった。
 その答えを知る可能性があるのは、近くに助けにきていた北条だけだろう。

 こうして陽子が意識を失った後も、北条はしばし一人で剛力猿パワーエイプ達相手に奮戦をしていたが、そこに最初にマンジュウが駆けつけてきた。
 それから、奥にいる魔物に由里香を人質を取られて攻撃できないでいた芽衣が、北条の周りにいる剛力猿パワーエイプ達に"雷魔法"による援護を始める。

 本来ならば、ランクが多少上の相手でも通用する芽衣の必殺の中級"雷魔法"も、どうも剛力猿パワーエイプには効果が薄いようで、思った程の効果が上げられていない。
 そもそも由里香の状態が状態だけに、気が気でない芽衣はいつもより精細を欠いていた。
 本人は気付いていないが、魔法の威力も精度もその分落ちていたのだ。

 しかし、事態は若干だがいい方向にも進んでいた。
 咲良が【キュアオール】の発動に成功し、一心不乱に連続して使い続けていてくれた為、まだ命の灯までは消えていなかった陽子と由里香は、首の皮一枚で繋がる事が出来た。

 更に少し遅れて芽衣の召喚したゴブリンズが前線に到着し、北条らと共に戦闘に加わった。


(これで、なんとかなる……か?)


 一瞬視線を通路の壁の方・・・へと向けた北条は、冷静に事態の推移を見ながらどう動くべきかを模索していた。
 未だ数でもランクの上でも勝っている相手との戦闘中だが、北条の脳裏では次々と情報が処理されていく。
 未だ予断を許さない状況ではあるが、北条はいま少し戦況を窺うことにした。



▽△▽


(ハァ……ハァ……)

 緊張の余り、どうしてもこらえきれない息が口中から漏れ出ていく事に、楓は焦りを感じていた。
 "影術"の【薄影】で自身の存在感を薄め、更に最近習得した"隠密"スキルも併用して、楓は壁際をゆっくりと歩いていた。

 "隠密"スキルはその名の通り気配を消す類のスキルなのだが、ちょっとでも大きな動きをすると効果が薄れてしまうし、走り出すなどの激しい動きをすれば効果そのものが完全に切れてしまう。

 効果が切れないようあせらずに、なおかつ出来るだけ急いで、という二律背反な状況に追い込まれた楓は、それでも以前のように逃げ出すという道を選ばず、自分からこの困難な道を選んでいた。

 楓の少し後ろでは、北条やゴブリン達の戦闘している音が聞こえてくる。
 そして前方では、地面に丸まった由里香が魔物達に嬲られている様子が見える。
 時折その隙を突くように芽衣の"雷魔法"が飛んでくるが、その度に咄嗟に床で丸まっている由里香を盾にしていた。

 【落雷】の魔法ならば発動まで時間はかかるが、が早いためそうした反応をされることもないだろう。
 ただ、この魔法は距離が離れている程上手く発動が出来ない。
 だからといって【雷の矢】などの魔法では由里香を盾にされてしまう。

 そんな千日手な状態に終止符を打つため、こうして楓は息を潜めジワジワと由里香の元まで接近していた。
 そして同時どのように動くかを頭の中でシミュレーションしていく。

(まずは、【ビハインドシャドウ】であの猿達の注意を逸らして……)

 【ビハインドシャドウ】は、相手の背後に相手自身の影で出来た、存在感のある影の現身を生み出す"影術"だ。
 よっぽど鈍感な者や非戦闘民ならともかく、戦闘を知るものなら背後に突然気配を感じたら気になって振り向いてしまうものだ。

 その隙を利用し一瞬の隙をついて、一時的に敏捷度が増す"機敏"スキルを使用。
 そしてダッシュで由里香を回収する。

 脳内シミュレーションを繰り返す楓には、先ほどから"危険感知"スキルがうるさいほど騒ぎ立てている。
 それは先へ進めば進むほど高くなっていて、以前の楓ならとっくのとうに回れ右をしていたことだろう。


(だけど……だけどっ!)


 一本芯が通った楓は過去の自分を振り切って、一歩一歩着実に前へと進み始める。
 しかし、そんな楓をあざ笑うかのように、悪意が楓に突き刺さろうとしていた。




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