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第五章
第88話 残されたメッセージ
しおりを挟むザッザッと、小さく地面を踏み鳴らす音が、幾つか洞窟内へと響き渡る。
壁の部分は薄蒼い光がまばらに照らされており、土に囲まれただけの空間をより幻想的に演出している。
残念なのはそうした幻想的な光の領域を奪うかのように、陽子の手にした長杖の、先に灯る魔法の光が輝きを主張している点だ。
とはいえ、いざという時にダンジョン本来の明りとは別に、光源を付けて移動するのは必要な事でもあった。
以前は信也が"光魔法"でその役を担っていたが、現在のこのパーティーでは北条が同じく"光魔法"を取得したため、北条が代わりに明りをつけている。
前回のダンジョン探索時では大して問題にはならなかったが、魔法攻撃などが外れ、その先の壁に当たってしまった場合、壁の表面部分が削れてしまうのか、蒼い光がその部分だけ失われるといった事態が確認されている。
激しい戦闘になった場合、範囲魔法などで意図せず周囲の光源を奪ってしまう可能性も出てきたため、魔法かランタンなどによる別系統の明かりは、あったほうがよさそうだった。
「武田ぁ、前方少し先の天井と壁にブルージェリルがいるぞぉ。気を付けろぉ」
天井や壁などに張り付いて移動してくる粘液状のスライム系モンスターである『ブルージェリル』は、壁の陰になっている部分を這い寄るようにして迫ってくる。
不意打ちを避ける為と視認しやすくするためにも、別系統の明かりを用意しておくとこういった時にも役に立つ。
「っ! 見えました! 魔法行きます……【炎の矢】」
「わたしも、いきます~。【雷の矢】」
「わっわっ。じゃあ、一旦さがるー」
敵影を確認した咲良と、その後に続くように芽衣の魔法がブルージェリルへと殺到する。
更に追加で北条の【風の刃】も見事命中し、七匹いたブルージェリルはあっという間に三匹も倒されてしまう。
そこに前衛である由里香と、前衛というよりは中衛……あるいは遊撃という立ち位置にいる楓も、手にした苦無で残った敵へと攻撃をしかける。
最初にこのダンジョンでブルージェリルと遭遇した時は、龍之介に辛酸を舐めさせた"青ゼリー"も最早単なる雑魚扱いになっていた。
確かに内部に取り込まれたり、消化液を直接皮膚に撒かれたりすると、皮膚が焼けただれたようになってしまう。
しかし、ナックルの金属部分で殴れば拳が痛む事はないし、金属に対する腐食効果はほとんどないようなので、遠慮せずに苦無や北条の槍などで問題なく攻撃が出来る。
しかもレベルが上がったり職業についたからなのか、敵がフルHPの状態であっても、何度も攻撃をする必要がなく、きっちり攻撃が当てれば数回で確実に止めをさす事が出来た。
無事にブルージェリルとの戦闘を終え、ドロップを回収すると、探索が再開される。
道中油断しないように気を張りつつも、会話を交わす咲良達。
その会話の中で、先ほどのブルージェリルは基本的に三階層から出現する魔物ではないか? という話があった。
ダンジョンでは低確率で他の階層に移動する魔物もいるそうだが、大抵は階層が変わると魔物の生息域も変わるらしい。
このダンジョンでは今いる三階層から、ブルージェリルや各種ゴブリンが出現しはじめるようだった。
なお、《鉱山都市グリーク》で調べた資料によると、このダンジョンに出てくるゴブリンは正確には『ケイブゴブリン』という種らしい。
通常のゴブリンは、肌の色がくすんだような緑色をしているのだが、ここに現れるゴブリンは岩肌のような薄灰色の肌をしている。
強さ的にはゴブリンと大差はないが別種とのことだ。
ただ、ひとつだけ通常のゴブリンと違う所があって、それはケイブ種のゴブリンはみんな夜目が効くということだ。
周囲に明りがほとんどないような状態でも、ある程度周囲を見る事ができるらしい。
このように基本的には同じ種なのだが、環境や条件によって別種が存在する魔物がいる。
スライム系統などは最も有名な例だろう。
なんでも"環境適応"とかいうスキルを持っているらしく、火山から氷山まであらゆる環境に彼らは生息している。
またスライムは主にジェリル系統とスライム系統とに分かれ、ジェリル系統は粘液状のじゅるじゅるッとした動きをするスライムで、スライム系統はある程度形を保った状態のスライムだ。
他にも金属的な性質を持ったメタル系統や、とにかく巨大化する傾向にあるギガント系統など、このティルリンティの世界で最も種類の多い魔物だというのは、誰もが認める共通認識になっている。
そういった魔物の情報などを、話題に出しつつ先へ進んでいくと、とても見おぼえのある一角にたどり着いた。
そもそもこれまで歩いてきた通路も、前回作った地図の通りに進んできたので、基本全ての場所に見覚えがあってもおかしくはない。
しかし、この辺りに関してだけは特別だった。
「ほら、あのさきだよね!」
由里香の指差す先。
そこには、今までこのダンジョンで何度も見かけていた、小部屋へと通じる出入口が見えている。
吸い込まれるようにみんながその部屋に入っていくと、思わず陽子の口からはため息とはまた違う、何かしらの感情が込められた息が吐きだされた。
「まだ、そんなに時間は経ってはいないんだけど……懐かしさのようなものを感じてしまうわね」
しみじみとそう呟く陽子の目には、最初に彼らがこの世界へと導かれた直後に立っていた"あの部屋"が映されていた。
あの時とは状況も変化したせいか、その内面も大分落ち着いたものだ。
転移した直後などは、誰しも突然の事態に落ち着いた者などは誰も……。そこまで考えて、チラッと陽子は北条に視線を移す。
一部の人以外は大分混乱していたはずよね。と、途中で例外が頭をよぎり、思考の修正をかける陽子。
今もなおその例外は安定した様子を見せており、曰くのある場所にたどり着いて、はしゃいでる由里香や芽衣とは対照的だった。
「ここにあった宝箱はぁ……すでにないようだなぁ。がぁ、代わりに置き土産があるようだぁ」
最初にこの部屋を抜け出る時に、箱などは邪魔になるので誰も回収する事などは考えていなかった。
あの時のあの状況ではそれも致し方ないだろう。
北条が《鉱山都市グリーク》で調べた知識の中には、今後挑む事になるダンジョンに関する情報も多かった。
その中の情報に、「ダンジョンには吸収能力がある」という項目があった。
例えばこの部屋に捨て置かれた中身の無い宝箱なども、一定時間が経過するとダンジョンが吸収して跡形もなく消えてしまうというのだ。
他にも外からダンジョンに持ち込んできたものも、長時間放置すれば吸収されてしまうし、ダンジョンで死んでしまった場合も、放置すれば同じく吸収される。
そうやって吸収を繰り返していくことで、ダンジョンは成長していくとされていて、深い構造を持つダンジョンは、それだけ長生きをしている可能性がある。
また吸収して得た力を使って、ダンジョン機能を維持しているとも言われており、ダンジョンに仕掛けられた罠が破壊された場合にも、しばらくするとまた復活してしまうようだ。
そういった訳で、この部屋に残された置き土産も時間が経てば修復されて読めなくなってしまうのだが、それほど時間差が空いてないせいもあってか、どうやら修復される前にたどり着けたようだ。
北条は目の前の壁を見つめており、他のメンバーも気になったのか周囲に集まってきて、その壁の部分を見つめて……いや、読んでいた。
『俺達は更に先の未開エリアへ向かう。目標は次の迷宮碑の発見。後二日ほどを探索に費やしてから戻る予定。今の所大きな問題はなし』
乱雑に掘られた土壁に、はめ込まれていた木の板には、信也達のパーティーからのメッセージが残されていたのだ。
「……なるほど。もう先に進んじゃってるみたいね」
「まあ、先に出たのはあっちのパーティーだしそんなもんよね」
予想外の場所で予想外の知人に会ったような感覚を覚えながらも、「私達も急がなくちゃっ」と対抗意識を燃やす咲良と、特にそういった事を意識せず淡々とした陽子。
「よぉし、ここで昼食休憩にして、食い終わったら俺達も先にいくぞぉ」
北条の発破をかけるような言葉に、陽子と楓以外の三人は気勢を上げるのだった。
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