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第五章

第85話 結構便利な"土魔法"

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◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「さあてとぉ。俺達はこれからどうするかぁ」

 朝の話し合いの後、早速パーティーに別れて行動を開始してからの、北条の最初の一声がそれだった。

「え、どうするってダンジョンにいくっすよね?」

 真っすぐな瞳を北条に向けて疑問を口にする由里香。
 他の四人も同じ意見のようで、怪訝な顔を北条へと向けている。

「まーそれはそうなんだがぁ……まずは食料を買い込んでからだなぁ。それと、ちょっとダンジョンに向かう前にやっておきたい事もある」

 北条の言うやっておきたい事・・・・・・・・というものに見当が付かないようで、他の面々は疑問の顔を浮かべている。

「……先に拠点建設予定の、簡単な基礎工事をしようと思ってなぁ」

 その言葉を聞いた咲良などは、最初は納得できないようだったが、更に詳しい説明を北条がすると、ようやく納得したようだ。
 何も今日一日基礎工事をするという訳ではなく、北条と咲良の魔法を使って、予めある程度工事をすることで二人のMPを減らす。
 同時に他の者も魔法の実践練習を積み、一緒にMPを消費してからダンジョンに向かう、というものだ。

 ダンジョンに向かう森の中には魔物も出てくるものの、そんなに数は多くはない。
 それなら、その移動の時間をMPの回復にあてつつ、将来の自分達の為の拠点づくり兼魔法の練習も兼ねる。
 MPの回復については、移動しながらでは回復量も低下してしまうのだが、四時間もあればそこそこ回復はするだろう。

 効率を重視する北条らしい考えだが、上手くハマれば確かに悪くはないかもしれない。

「うー、あたしは何すればいいっすか?」

 北条のパーティーで、唯一魔法が使えない由里香が困り顔で北条に尋ねる。
 すると、普段口数の少ない楓が助け船を出した。

「わ、私が戦闘訓練に付き合います、ので……」

 ここには生憎とギルド訓練場のように模造武器の類はないので、普段使っている武器をそのまま使う事になってしまう。だがその分より実戦的にはなるので、危険はあるが実りもある。

 そもそも実戦武器での模擬戦くらいは、冒険者なら普通にやってる事だ。
 稀に事故なども起ったりするが、寸止めを意識してやれば、そこまで事故が頻繁に起こるということもない。

「おぉ、よろしくお願いするっす!」

 これまで余り絡みのなかった由里香と楓であるが、これからは同じパーティーメンバーとして苦楽を共にするのだ。
 こういった交流も後々の為になるだろう、二人の様子を見て北条はそのような事を考えていた。

「よおし、方針は決まったなぁ。それじゃあまずは買い物からだぁ」

「はーーーい!」

 北条の声に大きく答えた由里香。
 そんな由里香を微笑ましそうな顔で咲良や芽衣が見つめている。
 なごやかなムードの中、北条パーティーも活動を開始した。


▽△▽


「風よ、全てを切り裂く刃となれ。【風の刃】」

 咲良の魔法の発動の声と共に、不可視の風の刃が一瞬で生み出され、術者である咲良の指定した方角へと飛んでいく。

 ザンッ!

 と鈍い音がした後、目標に指定していた木に大きな切れ込みが入る。
 ただしその一撃で倒しきる事はできず、再度同じ魔法を当てる事で、ようやく木を一本切り倒す事に成功する。

「ううん、どうも北条さんみたいに一発で斬り倒す事は出来ないみたいです。イメージがよくないのかな……」

 そう言いながら、次はまた別の呪文のようなものを唱えて【風の刃】を放っている咲良。
 魔法の発動にこういった呪文は別に必要な訳ではないのだが、慣れない魔法を使う時などには、呪文をイメージの補助にすることで、成功率が上がるということは魔術士の間には知られていた。

 一撃で木を切り倒す事に拘っていた咲良は、試行錯誤しながら"風魔法"を試していく。

「あ、ちょっと待ってね。先に回収しちゃうから。"アイテムボックス"」

 北条と咲良による森林破壊の結果、辺りには倒れた樹木が散乱してる状態だった。
 足の踏み場もないといったその場所から、陽子が一本ずつ木を回収していく。
 流石にこの大きさのものとなると、容量の小さい〈魔法の小袋〉では入りきらないので、回収は陽子のスキル、"アイテムボックス"に任せてある。

 こちらは容量も段違いにたくさん収納できるし、中では時間も止まっているという、〈魔法の小袋〉の強化版といったスキルだ。
 実際こうして倒された木を何本も収納しているが、陽子曰くまだまだいけるらしい。

「しっかし、短時間でずいぶん風景が変わったわね」

 一通り木の回収を終えた陽子は、そう言いながら辺りを見渡す。
 テニスコート四面分はあろうかという範囲の木が伐採され、所々に切り株が並んでいるその風景は、わずか二、三十分で作られたものとは到底思えないものだった。

「そうですねえ。でも、これは切り株や根っこの処理もしないとだめですね」

 しっかり大地に根差した樹木を、完全に取り払うのは意外と手間がかかる。
 木を切るだけならまだ問題はないのだが、切り株の部分まで完全に取り払うには、日本でも重機などが確か使われていたはずだ。

「そうだなぁ。という事でお次は"土魔法"の出番だぁ。【土操作】」

 手近にあった一つの切り株に目標を定めた北条は、"土魔法"の【土操作】によって、切り株周辺から土を移動させ、切り株本体を露出した状態にさせる。
 そしてどこからか取り出した――まず間違いなく〈魔法の小袋〉からだろうが――手斧を手にして、土が移動したことによって生じた、切り株のあるくぼ地へと向かう。

 切り株自体は根によって、窪地の中空に固定されたように浮いた感じになっているが、その固定させている八方に伸びる枝を、北条が手斧でひとつずつ切っていく。

 単純に"風魔法"で切るだけの木材確保とは違って、手順も手間もかかる作業ではあるのだが、この場所が後々の自分たちの住居となるのであれば、それくらいの手間は必要経費だ。

 ちなみに残った木の根は本体である切り株から切り離されたせいか、〈魔法の小袋〉へと『収納』が可能になる。
 後に、切り株と一緒に陽子の"アイテムボックス"に収納して回収すれば、余計なものが残らずに済むという訳だ。

「はぁぁ……私もあんなに上手くできるかなあ。【土操作】」

 北条の"土魔法"を参考に、咲良も同じように切り株周囲の土を移動させようとするのだが、どうもうまくいかない。
 自分の思った通りに土が動いてくれないというか、移動させる際に重さのような抵抗のようなものを感じていたのだ。

 それでも三回程【土操作】を使う事で、ようやく一本分の木の処理を終える事ができた。

「ふぅ。どうも難しいわね」

 運動をしている訳ではないのだが、極度の集中によるものか、咲良の額には一筋の汗が浮かんでいた。

「おおぅ。その調子で次の木も頼むぞぉ。根っこの方は後で俺が切っておくぅ」

 咲良が軽く額を右手でぬぐっていると、北条から声がかかった。
 ふと北条のほうを見てみると、すでに三本目の根っこの処理をしているようで、それの処理が終わり次第、咲良の根っこの処理に入るようだ。

「ううん、肉体的にはそうでもないけど、精神的にはちょっとしんどいかも……。でも魔法の上達にはなってる気がする」

 恐らくは何度も作業を続けていけば、魔法も段々使い慣れてきて、より低コストで大きなパフォーマンスを発揮させる事も、出来るようになるだろう。
 スキルに関しては魔法なども含め、全ては使用する事によって、腕前――熟練度のようなものが蓄えられていく事が、経験則として知られている。
 魔物との戦闘を行わずとも、こうした訓練を積むこともまた重要な事なのだ。


 その後も黙々と北条達による開拓作業は続けられ、最後に北条がMPを奮発して資材置き場を作り出した。
 これはまず八本の柱を【土操作】で作りだし、【土を石へ】の魔法でそれを石化して固める。

 その後は地べたに【土操作】をかけて、屋根となる薄い板状に土を盛ってそこもさらに石化させる。地面との接点をちゃんと切り離せるように、うまく【土操作】をかけるのがポイントだ。
 それから同じ作業を何度か繰り返し、北条は器用に数枚の石の板を作り出す。

 後はそれらの薄い板を、北条や由里香がマンパワーで強引に持ち上げて、柱の上へと乗せていく。
 この辺は、まるでピラミッドの建築現場のように、【土操作】によって盛り土されたスロープ状の足場を作り、三メートル近くの高さがある柱の上への設置も、スムーズに進んでいった。

 次に、柱と屋根の接地部分に、【グルーミングストーン】の魔法をかける。
 これは、初めからひとつの石であったかのように、つなぎ目もない溶接加工されたかのように、石材を加工する魔法だ。

 そして最後に持ち上げる為に薄くした屋根部分に、〈魔法の小袋〉経由で土を盛って厚みを少し持たせ、再度【土を石へ】の魔法で石化させる。

 作業時間はそこそこかかったものの、即席で作ったとは思えないその出来に、戦闘訓練をしていた由里香らも、途中から観客としてその作業に見入っていた。

「なんか北条さんがいれば、一人で家一軒位作れそうっすね」

「わっ…………」

 純粋に称賛している様子の由里香と、驚いた様子の楓。
 陽子などは呆れたような表情で、口をポカンと開けたままだ。

「いやぁ、"土魔法"を覚えてから常々色々やってみたい事があったんだがぁ、実際こうして試してみると楽しいもんだなぁ。久々に童心に帰ってしまったぞぉ」

 一仕事終えた感を発している北条は、とても満足気な様子だった。
 出来上がった"資材置き場"は高さが三メートルはあり、面積としては縦の長さ八メートルほど、横の長さは十六メートル以上はありそうだ。

 四隅と支えとなりそうな部分に、計八本の柱が並ぶ屋根付きのその建造物は、周囲の風景からは浮いているため、妙な存在感を発している。

「とりあえずこの屋根の下に切った木を並べるぞぉ」

 呆気に取られていた陽子は、北条の声にハッと我を取り戻したかのように顔を軽く横に振ると、"アイテムボックス"から木を一本一本取り出しては積み上げていく。

「これで、最後ね。"アイテムボックス"」

 最後の一本を積み上げると、資材置き場から陽子が戻って来た。

「それにしても、さっき由里香ちゃんも言ってたけど、この調子なら家も建てられるんじゃないの?」

「んー、そいつぁどうだろうなぁ。この地域に地震があるかどうかは分からないが、鉄芯のはいってないような石造りの家は、耐震的にもまずそうだしなぁ。それに耐久的にも不安はある。とりあえず、今回は今後を見据えての練習も兼ねて作ってみたがぁ……"土魔法"は結構奥が深そうだぁ」

 ぶっちゃけただやってみたかっただけ、という気持ちで資材置き場を作っていた北条は、それらしい理由で煙に巻きながらも話を逸らす事にした。

「まあそれより、いい具合にMPも消費できたし、そろそろダンジョンに向かおうかぁ」

「……そうね、もういい時間だs」

 GUUUUUUuuu…………。

 陽子が北条の思惑に乗せられて、話を切り替えようと話し始めた直後。唐突に鳴り響くその低音。
 その発信源たる短髪で、ボーイッシュな少女――由里香は、流石に皆の視線が集まって恥ずかしかったのか、

「そ、その前にお昼ご飯かな?」

 と小さな声で昼食の提案をするのだった。



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