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第三章

第64話 装備購入

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 日が開けて、《鉱山都市グリーク》へと到着してから三日目の朝。

 信也達は朝食をみんなで取りながら、今日の予定について話し合っていた。
 昨日は思いもせぬ事態に信也が巻き込まれてしまったが、だからといって外に出ないという選択肢はない。

 最初に宿を五泊取っていたため丁度中間日となる今日は、話し合いの末に買い物に行くことが決まった。
 昨日もらったギルド報奨金があるので、その金で最低限の装備を整えようという目論見だ。



 早速街に買い物に向かう彼らだが、今日はそれぞれ六人ずつのパーティーを組んでパーティー単位で別行動する事にした。
 街中でどこへ行くにもぞろぞろと十二人も練り歩くのは、少し不便というかやたら目立つ。

 それにこれからはパーティーでの行動も増えていくだろうから、慣れる為にも丁度いい機会になるだろう。
 信也の体調も昨日あれだけ悪かった顔色が大分よくなっていて、本人も問題ないと言っていたので一緒に行動することが決まっている。

 ジョーディはといえば、今日もギルドに用があるそうなので、武器や防具を扱っている店の場所だけを先に聞いておいた。
 この街は北門と南門の傍に商店街や宿屋などが立ち並んでいて、そのどちらにも武具を扱う店はあるようだ。


「よーし、じゃあ俺達は街の北の方にある商店街に行こうぜ」

 まだ行ったことのない場所という事で、興味を覚えた龍之介が突然そんな事を言いだした。
 しかし他に特に意見も出なかったので、信也率いるパーティーA『プラネットアース』は北の商店街に、北条率いるパーティB『サムライトラベラーズ』は宿付近の店を回る事なるのだった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「うううん。たっけーなー」

 龍之介が見ていたのは展示されていた胴体部分だけのブレストプレートで、それだけでも一金貨と二十銀貨という値段が付けられていた。

「というか、こんなの着てまともに動けるのか?」

 横合いから信也の疑問の声が投げかけられる。
 確かに防御力という点では金属鎧は強そうに見えるのだが、実際は着るのも脱ぐのも手間がかかり、ものによっては一人で着脱できないものだってある。

 更に極寒地などでは特殊な加工が施されたものや、特殊な材質の金属でなければ、とてもじゃないが使用出来るものではない。
 主に対人戦を意識した国の騎士などはともかく、冒険者というくくりでいえば完全金属鎧を身に着けている者はかなり少数派だった。

 ただし、"中装備"スキルや"重装備"スキルなどには身に着けた防具の重量を軽減する効果も含まれているので、重さ的にはレベルアップによる筋力増加なども合わせれば「そんな重そうな鎧なのになんでそんな動けるの?」といった位には動けるようにはなる。


「まー、そーだな。やっぱジョーディが言ってた通り、最初はみんな革ベースの鎧だな」

 革鎧といっても種類は豊富で、毛皮そのものを纏う形のハイドアーマーから、鞣した革を複数枚重ねたソフトレザーアーマー、皮を薬品などを使って硬化処理したハードレザーアーマー。
 更にはレザーアーマーに鋲を打ち込んだスタデッドレザーアーマーや、革の裏地に複数の金属片を鋲でとめて補強したブリガンダインなど、革と金属が融合したものまで様々だ。

 ゲームによって魔法職は金属鎧を装備できない、などといった制限がかかることはあるが、この世界ではそういった制限は存在しない。
 ただ、前衛職より筋力や敏捷などで劣る後衛職が、重い防具を身に着けることは普通はしない。

 冒険者なりたての田舎から出てきた新米なんかは、金銭的な問題でこの革鎧ですら最初は使用出来ない者も多い。
 そのため、まずは革鎧などの防具を整えることがそういった冒険者達の最初の目標となる。

 そんな訳で大抵の場合、前に出て戦う必要がある前衛達はハードレザーアーマー。もしくは、値段が少し安いソフトレザーアーマーにして、後で新しいのを買うか、着ていた革鎧をブリガンダインなどに仕立て直してもらう。

 後衛である弓職や魔法職は、基本前に出る必要もないので、最悪ローブなどの布の服で済ます者も多い。
 そしてヒーラーはどうなるのかというと、こちらは個人差が大きいと言える。

 "回復魔法"の基本的な治癒魔法である【癒しの光】はパーティーメンバーなら多少離れていても使用可能――距離があると若干回復量は落ちるが――なので、別に防御が薄くてもなんとかなる部分はある。

 しかしヒーラーとして一番数の多い"神官魔法"が使う基本的な治癒魔法【キュア】は、例えパーティーメンバーであっても使用するには対象にある程度近寄る必要がある。
 前線で戦う前衛は、毎回負傷した時に神官の元へ駆け付けられるとは限らない。
 そういった場合、神官側から近寄る必要があるのだが、その際に薄い装備では心もとない。
 なので、魔法を使う職とはいえ、神官の中にはいかつい装備を纏うものも存在する。


 装備を買いに行くことが決まってから、信也はジョーディに対して色々アドバイスを求めていたのだが、そのアドバイスは十分役にたっていた。
 そのアドバイスを元に、彼らは各々自分に合った装備を買いそろえていく。

 信也はハードレザーアーマーとヒーターシールド。
 龍之介はハードレザーアーマーのみ。
 長井とメアリーがソフトレザーアーマーで、石田と慶介は防具は買っていない。
 なお、信也は盾を買う際にお金が足りず、慶介から十銀貨ほど借りていた。

 昨日の事もあり不甲斐ない自分に情けなさを痛感する信也だったが、次に危険な目に会った時は必ずこの盾で守って見せる、という誓いを立て自らを奮い立たせた。

 次に武器になるが、信也や龍之介は初めから使っていた剣があるので、購入したのは長井の鞭、メアリーのメイス、石田の杖だけだ。
 石田の購入した杖は、木で出来ただけの杖なのに二十銀貨という値段だった。

 これは杖の先端部分に小さな魔石が埋め込まれており、若干魔法の威力を向上させる効果があるらしい。
 恐らくは最初に宝箱に入っていた短杖も似たような効果があるのだろうが、まだ使い比べていないので効果の程は定かではない。

 一通り買い物を終えた彼らだが、全員が全員買った物を持っている訳ではない。
 和泉、長井、メアリーの三人の鎧だけは、既製品でサイズが合うものがなかったので、近いものから微調整をしてくれるそうだ。
 調整には二、三日かかるとのことで、ぎりぎり出発の日までには間に合う計算になる。

「さあ、武器防具はこんな所か。後は雑貨なども軽くみていくか?」

「おう、いいねえ。さっき小物屋の露店でちょっと気になるのあったんだよね」

 メインの買い物を終わらせた信也達は、その後幾つか露店を巡ってちょっとしたものなどを追加で買い揃える。
 その際に、普段着件鎧の下に着る衣服や、長井が使う盗賊用具一式なども買ってある。

 その後、待ち合わせ場所である、投宿している宿への帰路を急いだ。
 同じ街の中とはいえ、北と南では大分距離がある。
 南側で買い物をしている北条達を待たせないように、少し急ぎ足で宿に向かう彼らは、一定の距離を保ち背後を付いてくる存在・・に気付いてはいなかった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「いいからてめーは俺の言ったことを聞いて、言われた通りに仕事をすりゃあいいんだ! わかったな!」

 そう言って毛むくじゃらの男は手にしていたものを投げ捨てた。
 カキィーンと硬質な音を立てて石畳の床に投げ捨てられたのは、一本の食事用のナイフだった。

「……くっ」

 その様子を悔しそうに眺めていた青年――ルカナルは、来客があった為に店の方へと向かった親方の背を見つめながら、悔し気な声を漏らした。

 彼がこの『ダラス鍛冶店』で下働きとして働き始めてもう五年になる。
 この店では、鍛冶屋であり店主でもある親方の言葉は絶対で、決して逆らうことなどできない。

 だがルカナルも鍛冶士としていずれは独立したいという気持ちは強い。
 その為こうして自腹を切って仕入れた素材で、食事用ナイフを一本作ってみたのだが、店に並べてもらうどころか先ほどの有様だ。
 この『ダラス鍛冶店』では、鍛冶を専門に扱う専業タイプではなく、自分で打ったものを、自分の店の軒先で販売するスタイルを取っている。

(そこに一本くらい僕の作品を混ぜても別にいいじゃないか!)

 どうにも気持ちの行き場のないルカナルは、先ほど親方に投げ捨てられたナイフを手に取る。

「良く見てもらえば決して出来が悪い訳じゃないと分かるのに!」

 仕事を覚え始めた新人が言いそうなセリフではあるが、事実彼の作ったそのナイフの出来は悪くない……どころか良くできていた。
 自信作というほどではなかったが、十分及第点以上のものを作れたはずだ! と、ナイフを改めて見返していたルカナルは、鍛冶場へと戻ってきた親方に気付いて慌ててナイフを工具ベルトへと仕舞う。

「ちっ、ひやかし相手に時間とられちまったぜ。おい、ルカナル。お前は早く頼んでいた薪の買い足しを済ませてこい!」

「……わかりました」

 不承不承といった感じでルカナルは頷くと、親方から薪の代金を受け取り製材所へと向かい始めた。
 だが、先ほどの出来事で鬱憤がたまっていた彼は、前方への注意力が散漫になっていた。


「きゃっ」

 気付いた時には前方にいた女性に思いっきりぶつかってしまっていた。
 女性は床に倒れ、ルカナルも倒れるまではいかずとも大分ふらついている。
 さっさと用事を済まそうと、無意識に足が大分急いでいたらしい。
 ぶつかった衝撃で、腰の工具ベルトからは幾つか工具が地面へと散らばっていた。

「す、すいません……」

 慌てて女性に対して謝るルカナル。

「もう、何なのよぅ」

 そう言いながら立ち上がる女性をよく見ると、周囲には他にも何人かいる事に気付いた。
 女性が五人に男性が一人。
 見た目からして冒険者だろう。それもまだ新人だとルカナルは予想した。
 職業柄冒険者と接する事も多いので、その辺の目利きは多少は出来る。

 その冒険者と思しきグループの中で唯一の男は、周囲に散らばった工具をわざわざ拾い集めてルカナルへと手渡してきた。

「あ、ども、ありがとうございます」

 反射的に礼を述べたルカナルに、男はどこか人工的に笑いながらルカナルへと問いかけてきた。

「いやいや、別に構わんぞぉ。ところで、このナイフはあんたが作ったのかな?」


 

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