どこかで見たような異世界物語

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第二章

閑話 転移前 ――咲良編――

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◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「へぇ、私の"本気"についてこれるなんて。貴方、中々やるわねえ」

 一人自室でちょっとアレな感じで呟いている女子高生。
 彼女の前にはテレビと家庭用ゲーム機がデデン! と置かれており、どうやらそのコンシューマーゲーム「ブラッシュファイターズ」の通信対戦でネットを通じて他の誰かと戦っていたようだ。

「ほお、そこでアクセルブーストを掛けるなんて早計な……ってちょっと待って! ああ、ダメ! ダメ! ええ、そこまでやるぅ?」

 途中までは互角の勝負のように見えたのだが、どうやら相手は手を抜いていたようで、三戦先取の対戦で連続で勝利したはいいものの、そこからまさかの三連敗三タテを喫してしまった。
 更にファイナルラウンドでは、相手の勝利確定後に「good fight!!」と相手のキャラが挑発ボタンを押して煽ってくる有様。

「あー、もうやめたやめたーっと。やっぱ私には格ゲーは向いてないわね」

 そうは言いながらも、先週も同じような事を言っていたので、また来週には「ブラッシュファイターズ」を手に悔し気な顔を浮かべているかもしれない。

「まあ、ここは気分を切り替えて、と。確か『好き魔!』の新刊がまだ積んだままなのよね。アニメ化も決定したみたいだし、いい加減そろそろ読まないと……」

 そう言って部屋の隅のほうで実際に・・・漫画や小説が無数に積み重なった、積み木の山みたいになっている所から、上部に置いてあった新刊を取り出す。

「ええっと、確か弟子たちと共に街をでて、魔境に向かった所まで進んでたんだっけかな」

 『好き魔!』はWEBの小説投稿サイトから書籍化、そして漫画化もされている作品で、来春にはアニメ化もされるとのことで今勢いに乗っている作品のひとつであった。
 本来は昨今の定番となっているもう少し長いタイトルが正式名称なのだが、ファンの間では『好き魔!』の名称が一般的だ。


「んふふー、やっぱ『好き魔!』はこの主人公ジャファーの『我が道を行く』って感じがいいのよね」

 部屋に常駐してあったお菓子袋から、スティック状のチョコレート菓子を引っ張りだしてきて食べる。
 横になってお菓子を食べながら本を読んでいるその姿は、傍から見るとぐーたらの極みといった風に映るかもしれないが、本人――咲良にとっては至福のひと時だった。

 ましてやそれが自分の好きな作品であるならば、時間を忘れて読みふけってしまうのも仕方ないことだ。

 ……

 …………

 ………………


 結局新刊を読み終わった後に既刊の方にまで手を伸ばしてしまった咲良は、ほとんど睡眠も取らないまま次の日の朝を迎えてしまう。
 当然そんな調子では朝、いつものように目覚ましで起きる事が出来ず、母親が部屋に怒鳴り込んできてようやく目覚める事が出来たほどだった。

 通学途中のバスの中でも未だに半分寝てるような状態のままであり、その後学校の正門が見えてくる辺りでクラスメイトに声を掛けられた時も完調とはいいがたかった。

「あ、今川さんおはよー」

「あ、佐渡川さん。おはよぅ……」

「あれ? 今日は何時もみたいにフフフッっとか言わないんだね」

 一時期中二病を発症していた咲良は、学校生活には持ち込まないような分別は持っていたものの、家の中では大分痛いキャラだった。
 二つ下の弟に冷めた目で見られながらも、当時好きだった隻眼のキャラクターになり切って自作アイパッチを付けて、これまた自作の魔剣でもって弟にキャラのセリフと共に切りかかってはうざがられていたりもした。

 そして高校生になって二か月ほどが経った現在、入学当初にはまっていたファンタジー小説のミステリアスなキャラクターを咲良は演じ続けていた。
 咲良の通う高校は小中の公立の学校とは違い、私立の高校で昔からの友達もほとんどいない新天地といえる学校だ。
 そこでつい中二病が抑えきれず、初日の自己紹介でやらかしてしまって以来このような状態が続いている。

「え、あ、そうね……。昨夜は迷い込んだナイトメアが私を離してくれなくてね。余り眠れていないのよ」

「ふーん、よくわかんないけどちょっと調子が悪いってことだね」

 こんな痛い言動を取ってしまっている咲良だが、意外と距離を取られたりすることもなく、友人関係は良好といえる。
 周りの人も咲良がキャラを演じているってのが伝わっているので温かい目で咲良を見ているのだが、咲良本人は周囲からミステリアスで近寄りがたい人物を演じ切れている、と思い込んでいた。

「でもそんな調子で大丈夫? 今日って一時間目から古文の吉村だよ?」

 彼女達のクラスの古文担当である教師「吉村義春」は、その独特な催眠術のようなゆったりとした声音のせいで、生徒たちの間では「催眠教師」とか呼ばれている。
 ただでさえ人によっては眠気を誘われる古文という科目に、この強力な催眠効果を持つ教師の組み合わせは極悪であった。

「うぅ……、それはマズイわね。今の私ではティーチャー吉村の呪言には耐えられそうにないわ」

「あ、じゃあさ。これあげる!」

 そう言って佐渡川が取り出したのは、強烈なミントの刺激によってサッパリ清涼感を演出するというタブレット状のお菓子「キリスク」だ。
 咲良は差し出されたそのキリスクから数個を取り出して口へと放り込む。

「んむうっ!? ふはぁああ」

 途端声にもならない声を上げながら、はふはふ言いながら口を開いて外気を取り込もうとする咲良。
 しかし、強烈なミントによる影響か、取り込んだ空気によって口内に強烈な涼感が一気に広がる。

「あふぇ、うへぇ……」

 刺激のダブルパンチでしっちゃかめっちゃかな咲良の様子を見て、佐渡川は楽しそうに声を上げて笑っていた。

「あははははっ! ちょっと今川さん大丈夫ー?」

「むむむむぅ。ふこしはほちついてひた」

 言いたい事はなんとなく伝わりはするが、未だにまともに喋れない様子の咲良に再び佐渡川が笑い声をあげる。

「も、もう! そんなに笑わなくても、いいでしょっ! ……じゃなくて、いいのじゃなくて?」

 途中で自分のキャラを思い出したのか慌てて口調を変える咲良。

「いっひひひひっ。ごめん、ごめん。でも、もう完全に眠気は吹っ飛んだっしょ?」

 確かに先ほどまでのぼんやりとした咲良の意識はすっかり覚醒していた。
 というのも、先ほど渡されたキリスクは、発売されたばかりの「ハイパーキリスク」という新製品で、「当社比百倍のすっきり成分が貴方の脳をリフレッシュ!」というキャッチコピーで販売されたものだったのだ。

 佐渡川は通学途中のコンビニでこれを購入したはいいものの、自分で試してみる気になれずにいたところ丁度いいカモを見つけたので、結果として咲良が実験体扱いされる事になってしまった。

「それはっ! ううん、確かにそうね……」

「うんうん。私も自分で試すのちょっと怖かったけど、効果抜群なのはよくわかったよ。これは勉強で疲れた時とかに良さそうね」

 そうこう二人で話しながら歩いていると、すぐに学校へとたどり着く。下駄箱で上履きに履き替えた二人はそのまま教室へと向かった。

「はぁ、それにしてもそろそろ期末テストなんだけどさっぱり自信ないなあ。今川さんはどう?」

「そうねぇ。私は母と塾通いの盟約を交わしていて、そちらでも勉学に勤しんでいるからなんとかなりそうね」

「うへぇ。塾とかよくやってられんねー? 三年になったら流石に考えっけど、一年の内はもっと遊びたくネ?」

「フフフッ。ちゃんと遊びもしているわよ。最近CMでもよく見る『バトルハンティングフロンティア』とか『ファイナルソード』はちょこちょこやってるのよ」

「えぇー……。いや、そーゆーんじゃなくてさあ――」

 などと取り留めのない話をしていると自分達の教室へとたどり着いた。
 教室は四階にあるので、地味に階段を上っていくのが少しだるい。

「――じゃあ、今度初心者にもお勧めのライブ探しておくから一緒に行こうね!」

「そうね、よろしくお願いするわ」

 お笑い芸人が好きで若手芸人のライブなどもよく見に行っているという佐渡川。
 口から意識せずに出てくるのがインドアな趣味ばかりの咲良に対して、佐渡川はお笑い好き以外にも動物が好きで月に一度は最寄りの動物園に通っていたりと、家の外の趣味も持ち合わせている。
 ……他にも粒上のインスタントコーヒーをそのまま齧るのが密かに好きで、自宅でお笑いライブのDVDを見ながらポリポリするのが至福の時間だ。

 咲良も口合わせというつもりはなく、趣味を広げてみるという目的と、単純に友達と遊びにいく事そのものが楽しみで、早く期末試験を終えて二人で遊びに行くのを楽しみにしていた。


「唐突であるが、お前たちは選ばれた。これよりランダムに抽出されたスキルの中から二つを選べ。制限時間は三十秒。三十秒後にお前たちをティルリンティへと送還する」


 突如脳裏に響き渡ったこの謎の声の持ち主によって、ティルリンティへと転移させられるまでは……。




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