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第二章

第38話 ジョーディ先生による一般魔法講座

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 五日の行程の内、三日目だけはこの道から少し外れた所にある村へと宿泊する予定だが、他の四日は全部野宿の予定だ。
 また、道を少し外れた部分には、所々に過去にこの道を通った人たちが利用した野営ポイントが幾つも存在している。

 といっても単に草を切り払い、踏み固められて地面がむき出しになっている小さな広場といった所だ。
 場所によっては石で組んだ小さな竈門なども設置されているので、旅人はこうした場所で野営を行う事が多い。


「はぁ……はぁ……。やっと、ついたのね」

 相変わらずレベルが初期状態のままだと思われる長井は、魔物との戦闘があった訳でもないのに、一日中歩いただけでへばっていた。
 歩いた距離的には、別にレベルアップで強化されていない地球人でも、慣れた人ならそこまで疲れるほどの距離ではない。
 しかし日ごろジムに通っているとか登山が趣味だ、という訳でもない運動不足の長井には大分堪えたようだ。

 ジョーディは一人だけ明らかに疲労を隠せないでいる長井をみて、少し疑問に感じているようだ。
 だがすぐに気にするのをやめたのか、野営の準備を始めだした。
 それを見た信也達も手伝いをしたが、元々する事が多くなかったので、作業自体はすぐに完了した。

 この野営地には簡易竈門が設置されており、既にそこには火が熾されていて、上におかれた鍋には水が満たされている。
 すでに日も大分暮れ始めており、夕焼け色に照らされた平原は、大自然の雄大さをこれでもかと教えてくれる。

「すごい……わね」

 誰に言うでもなく思わず漏れた陽子の言葉。隣にはポカーっと口を開けて同じ光景を眺めてる由里香がいた。
 他にも数人、陽子らと同じように何も言わずジッと同じ光景を見つめている。
 彼ら異邦人達の中にも田舎育ちの者はいたが、まったく人の手の入っていない大自然の風景というのはこれが初めてだったようだ。

……

…………

…………………



 いかほどの時間が経過しただろうか。
 時が止まったようなその時は、十分かそこらだったのかもしれない。

 そんな幽玄で静かな空間に、対抗でもするかのように食欲をそそる匂いが漂い始めた。
 静かに風景を眺めていた面々も、食欲には勝てなかったのか次々と簡易竈門の方へと集まり始める。

「今日のメニューは肉野菜のスープと、クソ硬いパンだぜ!」

 ジョーディやメアリーが調理してるのをずっと脇で見ていた龍之介は、涎を垂らしそうな勢いでそう言葉を発した。
 一般人の旅の食事としてはそこそこ豪華な部類に入る今回のメニューは、先日の龍之介達のレベル上げの成果の一部でもあった。

 彼ら自身は余り食べようとも思ってなかった蝙蝠の肉だが、この村では普通に食されているらしい。
 それをどこかで聞きつけた龍之介は、蝙蝠の肉を一部持ち帰って村人と別の肉――野兎の肉と交換していたのだ。

 野菜の方も足の速いものから使用されており、恐らく今回の旅程では村に泊まる日を除けば一番豪勢なメニューとなりそうだ。
 ウサギ肉の量はそれほど多くはないが、干し肉以外の肉をこうして食べるのは久々で、彼らはすっかりこんな貧相な食事でも満足感を抱いてしまうようになっていた。
 ちなみに、ダンジョン内で手に入れた蝙蝠の肉やらネズミの肉やらは、まだ各々の魔法の袋に入っているが、都市についたら恐らくみんな売り払うなりするだろう。



「私も魔法に関してはそんなに詳しくはないんです」

 にぎやかに進む食卓の中ではジョーディを中心として、この世界に関する様々な話題が起こっていたが、芽衣が魔法について尋ねるとこのような返事が返ってきた。

「そもそも魔法スキルってのは誰でも使える訳じゃあないですからね。冒険者になる人でも魔法系の職業適性を持ってる人は少なくて、魔法職無しのパーティーもざらにありますよ」

 どうやら魔法職の適性を持ってる人は、二百人に一人とか三百人に一人とか言われるレベルで、なおかつ職業適性があるからといって、必ずしもその人が魔法職になるとは限らない。
 そこには家庭の事情や本人の希望なども関わって来る。
 とはいえ、魔法職を求める声は大きいので、素質があると診断された者はまず魔法職に就く。
 それでも魔法職の全体数が少ないのは、埋もれた才能が数多くいるという事だ。

 この『ロディニア王国』や、お隣の『パノティア帝国』をはじめ、《ヌーナ大陸》の多くの国では、そこに暮らす民が一定の年齢に達したら、『転職の儀』を行うのが一般的だ。それは国自体が行う直轄事業であり、例えば転職可能な街までの移動費や、転職するための費用そのものを国の勅令として無料で行われる。

 国によっては、孤児であろうと奴隷であろうと等しく『転職の儀』を行っている国もあるし、そうではない所もある。
 国として奴隷などが『転職の儀』の対象外であっても、奴隷の持ち主や孤児院の院長などが代わりに転職をさせる事も珍しくない。
 それだけ転職によって得られる"職業"の力というものは大きい。

 例えば農民の多くはその呼び名の通り『農民』という職業を持っており、農作業に関してこの職を持っているといないでは大きな差が生まれる。
 また、生まれ持っての資質を持つものというのも一定確率で発生するので、農民の子が魔法使いの職業を得る事も十分あり得る。
 そういったダイヤの原石を探すという意味でも、広く大々的に『転職の儀』は執り行われている。

 それは国によっては二年に一度だったり、四年に一度だったりとバラバラで、基準となる年齢も国によって異なる。
 つまり、特殊な生まれでない限りは大部分の人は少なくとも一度は転職の機会があるという事になる。

 そして人口の大部分を占める一般的な農民――農奴のような扱いを受けている――が二度目の転職をする事はほとんどない。
 転職をするには費用がかかるし、一般農民の再転職には村長の許可が必要だったりするからだ。
 だから、『農民』以外の職に就きたいと願う農民の子供達は、まず初めからそれに見合った努力をしている。

 そう、転職の際に転職可能となる職業は、それまでの経験によって広がっていくものなのだ。

 無論一番大事なのは生まれ持った資質である。
 しかし農民の子であろうが、子供の時からチャンバラごっこをしていれば『戦士』の職業に就くことが出来るかもしれない。
 国としてもそういった戦闘職や技能職が増えるのは歓迎する所でもあるので、積極的に取りこむ仕組みが出来ている。

 要するに現代社会の受験戦争のようなものだ。
 しかも、この世界の農民は最初の試験で農民以外の職がでなかったら、その先一生農民となってしまう。

 親も高い費用を払ってまで再度子供を転職させる余裕はない。
 しかし、そうやって落第した農民の中にはあと僅かで魔法職の芽が開くかもしれない人材も、数は少ないだろうが混じっているはずなのだ。

 そもそも魔法職というのは、一般農民では基本的にはそれを練習する方法すらない。
 一般民であれば、高い金を支払って魔法教育を受けさせることで、魔法職になれる可能性は出てくる。
 しかし一般農民では天性の素質で魔法職にならない限りは、まず不可能だ。

 もしこういった埋もれた才能を引き出せたとしたら、現在の数百人に一人という魔法職の狭き門をもっと広げる事も出来るだろう。



「とまあ、そういった訳で魔法に関しては冒険者ですら低ランクの間では詳しくない人も多いと思います。ただ、基本レベルの魔法程度ならギルドの資料室に情報はあったはずです。他の職業のスキルや魔物などに関しての本も置いてあるので、皆さんも冒険者活動をする前にまず利用することをお勧めしますよ!」

「ほぉ、そいつぁー興味深いなぁ。是非とも利用したい所だがぁ、金はかかるのかぁ?」

「あ、はい。といっても五銅貨だけですけどね。ただ、ギルドに入会していないとそれも利用できませんが……」

 ジョーディはそのように語っているが、元々冒険者にはなる予定だった信也達だ。利用料も五銅貨というなら、利用しない手はないだろう。
 その事をジョーディに伝えると、妙に喜んでいるようだった。

「いやあ、冒険者になろうって人達は大体そんな事には目を向けませんからねえ。それでいて、低レベルの魔物にやられて二度と姿を見る事も出来なくなる。冒険者ギルド設立の思惑のひとつには、そういった新米冒険者の救済ってのもあったんですよ。……まあ、近年はあまり機能してない気もしますけどね……」

 そういって少し落ち込んだ表情を見せるジョーディ。
 今は《ジャガー村》でのんびりとした生活を送っているが、かつては《鉱山都市グリーク》の冒険者ギルド支部で働いていたという話だったので、その頃の事を思い出したのだろう。

「まあ皆さんは揃いも揃って天恵スキル持ち。しかも貴重な魔法スキルや治癒スキル持ちのようですので、転職すれば更に戦闘能力に余裕は出来そうです。しかし、冒険者ギルドの依頼の中には稀にランクに見合わないものもありますし、悪意を持った依頼人などにぶつかる可能性もあるので、注意は必要ですよ?」

 話題は魔法に関するものから、冒険者の心得のようなものへと推移していく。
 先人の失敗談などを、明日は我が身とばかりに真剣に聞き入っている内に、すっかり夜は更けていった。

 しかし、まだ夜の当直当番を決めてすらいなかったので、慌てて順番を割り振って今日のお喋りはこの辺にし、硬い床へとつくのだった。



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