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第二章

閑話 自由行動 後編

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◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「里見さんもギルド出張所に御用ですか?」

「ええ、さっきまで慶介君と二人で村をぶらついていたんだけど、特に目ぼしい所もなくてね。ジョーディさんの所にお邪魔しようかと思って」

 この《ジャガー村》では商店というものがない。
 基本は物々交換でお互いの収穫物を交換したり、貨幣を使用するのは基本村人同士での取引で使われる程度だ。

 一応薬師や鍛冶師は村にもいるので、それが商店といえなくもないが、薬は村人にとっては高額で、日ごろ利用できるものではない。
 鍛冶師の方も、農民が農具や包丁などの手入れと購入時に利用する程度で、利用頻度は少ない。その上、鍛冶師は村長が村の運営資金から雇った、村における一つの役職みたいなもので、商業的な意味合いは薄い。

 そんな訳で、元々観光地でもないただの辺境の村には特別見て回るようなものは存在しない。
 しかも外食の店舗すらもないので、一度二人は家に戻って昼食を取り直していた。
 午後になって、ギルド出張所を訪れたのも他にする事がなかったからだ。
 しかし、どうやらタイミングがよくなかったらしい。

「ええと、実はさっきまで私と百地さんの二人でジョーディさんの所でお話をしていたんですが……その明日の旅の準備とか何かの作業とかで忙しそうだったので、お暇してきた所だったんですよ」

 なんでもすでに二人は数時間くらい話し込んでいたという。
 更にメアリー達が訪れる前には、龍之介ら四人の子供組が既に話をしていたようで、話を聞く限りジョーディは朝からずっと話しっぱなしという事になる。

「……となると、お邪魔するのは悪いわね」

「なんだかすいません。代わりに私がお話しましょうか? ジョーディさんからは興味深い話を幾つか伺っているんですよ」

 メアリーの発言を聞いた陽子は、お言葉に甘えることにした。

「そうね。じゃあ、お願いしようかしら」

「分かりました。では、一度家に戻ってからお話しましょうか」

 そうして一路帰宅する事にした四人だったが、途中で気になる人物を発見した。

「あれ? あそこにいるのは長井さん……かしら?」

 陽子の声に他の三人がそちらを見ると、ずいぶんと逞しい肉体をした男と話している長井の姿があった。
 男は身長百九十センチはありそうな大男で、そこら辺の農民とは違い、何らかの動物の毛皮を纏っていた。

 ここからでは何を話しているのかまでは聞こえてこないが、特に争っている訳でも仲良く話している訳でもないようだ。
 それにしては、妙に長く話し込んでるなという印象だが、四人は気にせず先を急ぐことにした。

 もしかしたら、楓の"影術"を使えばこっそり話を聞けたかもしれないが、そこまでする意味もないし、楓本人に頼んでも引き受けてくれるとも思えない。

 長井と距離が離れる度に――正確には長井と話していた男との距離が開くごとにメアリーは安心したような表情になっていたが、陽子はそんな様子に気付かずに、朝方見かけた光景について話していた。

「そういえば、朝方にも長井さんを見かけたのよね。なんか村長さんの家から出てくる所だったんだけど、一人で何をしにいったのかしら」

 長井は初日に比べれば大分棘を見せなくなっているが、未だに他の面子からは浮いた存在だ。
 誰も彼女に対して積極的に接触を取らず、かろうじて陽子が接触がある程度。
 それもダンジョン内での行動時のみで、ダンジョン脱出後からは一人外れた位置が定位置となっている。

「彼女は……ちょっと分からないですね。誰もまともに接触を取っていませんし、彼女自身も周りとは距離を置いてますしね。それに――」

 途中まで言いかけたメアリーがそこで言葉を止めた。
 気になった陽子は「どうしたの?」とメアリーの方を向くと、彼女はどうやら一か所に視線を集中させているようだった。
 興味をそそられた陽子が同じく視線を辿ってみると、その先にはまたもや彼らの同胞者――北条が、村人たちと何やら話をしているようだった。

「あら、北条さんね。何やら楽しそうに話をしてるけど、あの人もなんだか不思議な人よね。私が慶介君と二人で行動してた時も、村の大通りを歩いてるのを見かけだけど、何してるのかしらね?」

 どうやら集中していたようで、陽子に話しかけられた拍子に思わずビクッと体を震わしてしまうメアリー。
 慌てて何事もなかったかのように振る舞うが、流石に陽子にはその不自然さは伝わってしまったようだ。
 とはいえ、特にその事を問い詰めるつもりもないようで、メアリーの返事を待っているようだ。

「あの人は……北条さんは、自身の事をリーダーとしての資質がないと仰ってましたが、あの様子を見てるとそういった感じはしませんね。突然のこの事態にも上手く対応しているように見えます」

 質問部分には答えず北条の人となりを指摘するメアリー。陽子もその事を特に気にする事なく、北条についての所見を語る。

「そうねぇ、なんか北条さんだったら一人であのダンジョンに転移されたとしても、普通に生き残りそう」

「あ、あの。僕もそんな気がします!」

 大人の女同士の会話に口を挟み辛かったのか、今まで口を閉ざしていた慶介も、先ほどの意見には同意のようだ。

「…………」

 楓は相変わらず無口ではあったが、軽く頷いている事から彼女も同意見らしい。
 そんな評価を受けているとは知らない北条は、村人との話が終わったのか彼女たちとは反対方向へと立ち去っていく。

 それから、北条を見送った後は何事もなく家まで辿り着いたが、家の前――女寮側ではなく男寮側――では、信也が手に持った剣で素振りをしていた。
 既に長時間続けているのか、玉のような汗をかいている。

 練習? の邪魔をしないようにそっとメアリーが信也に近づいていくと、途中で素振りから実践を意識した立ち回りの練習にシフトしていく。
 その様子にこれ以上近寄ると危ないと思ったメアリーは、刺激を与えないような声音で信也に呼びかけた。

「あの、和泉さん……」

 余りにも集中している様子だったので、これ位の音量では気づかないかなとも思っていたメアリー。だが、予想に反して突然のメアリーの声に驚くこともなく、信也は静かにメアリーの方へと振り返った。

「……あぁ、細川さん達か。どうしたんだ?」

 と、荒い息を整えながら訪ねてきた。

「あの……これから私がジョーディさんから伺ったお話を、里見さん達にもお伝えしようと思っていたんですけど、和泉さんもご一緒にどうですか?」

 一瞬考え込む様子を見せた信也だったが、すぐに快諾の返事を送る。

「ああ、構わないよ。ただ、見ての通りの状況なんで一度男寮に戻って汗を拭いてくるよ」

 そう言い放ち、男寮へと戻っていく。
 残った四人はそのまま女寮へと戻り、この地方で昔から飲まれているという『オム茶』を淹れながらとりとめもないお喋りをしていると、ほどなくして信也がドアをノックする音が聞こえてきた。
 立ち上がったメアリーが信也を出迎えにいくと、

「お待たせしてすまない」

 その性格が垣間見える謝罪の言葉と共に、信也を迎え入れたメアリーは、今日たっぷりと聞かされたジョーディの話を、要点を掬い上げながら話し始めた……。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 時間を少し遡って、村の外では龍之介ら四人が村の周辺を探索しつつ、レベル上げに勤しんでいた。
 周辺といっても、村の北から南西にかけて広がっている平原には、あまり魔物は出てこないとの事なので、主にダンジョンへの通り道ともなる森の方を探索中だ。

 この森は《マグワイアの森》というそうで、この森の奥には《ガリアント山脈》という『ロディニア王国』の事実上の国境となる山脈が南北に縦断している。
 その向こうには広大な『パノティア帝国』の領土が広がっており、この山脈が一応の防波堤となっているそうだ。

「そっちに一匹いったぞ!」

 龍之介の鋭い声が森の中に響く。
 彼らは現在蝙蝠――フォレストバットの群れと戦闘をしており、周囲には既に幾つか蝙蝠の死体が転がっている。

 先ほどの警告を受けて、由里香は芽衣へと向かって飛んでいく蝙蝠の進路上に割り込み、横っ面をそのいかついナックルでぶん殴る。
 当たり処がよかったのか、由里香の成長の賜物か。地面に叩きつけられた蝙蝠はその一撃で息の根が止まったようだ。

 初めは十匹以上もいたフォレストバットだったが、既にその数は半分程になっている。
 その状況に野生の本能を刺激されたのか「キキィーッ!」とつんざくような声を上げ、残りの蝙蝠はその場から逃げ出し始めた。

「む~、逃がしませんよ~。【雷の矢】」

 そこへ芽衣の魔法が突き刺さるも、追加で一匹を倒しただけであとは全部逃げられてしまった。
 その様子を少し悔しそうな表情で見つめながら龍之介が言葉を発する。

「ちくしょー、ダンジョンの魔物だったら全滅するまで襲ってくるんだけどなー」

「まあ、野生の魔物ってのはこういうものらしいし、仕方ないじゃない。それよりも収集品を回収しましょ」

 既に近くの蝙蝠から魔石と羽と牙の回収を始めている咲良。
 実は蝙蝠の場合、心臓も収集品の一つらしいのだが、綺麗に水洗いしたり鮮度が大事だったりして面倒なので、今回は除外している。

 現在彼らが狩りをしているのはダンジョンの入り口がある崖の上、最初北条が上って村の位置を確認した辺りだ。
 どうも村のすぐ近くでは余り魔物は見かけないらしく、奥へ奥へと向かっていくうちに、こんな所まで来てしまったという訳だ。

「チッ、しゃーねーなあ」

 とぼやきながらも各自仕留めたフォレストバットの収集品を回収していく。
 少しして、回収作業もそろそろ終わりかという頃合いになって、《ジャガー村》の方を眺めていた由里香が何かを発見する。

「あれ? あそこにいるのって……えっと、岩尾・・さんじゃない?」

「え? どこどこ?」

 興味を覚えたらしい咲良が由里香の隣へ立ち、同じように森を見つめ始める。しかし、広い森の中で一人の人間を見つけ出すのは容易ではない。
 咲良が目を皿のようにして探している間に、他の二人も回収を終えたのか由里香の元へとやってきて、同じように森を凝視しはじめる。

「ほら! あそこのちょっと森の開けた場所だよ。右手に一本だけちょっと高い樹が飛び出してる……」

 由里香の何度目かの指摘でようやく場所を特定する事ができたが、距離が離れすぎていて人物の特定までは出来そうにない。
 だが確かに何者かが一人その少し開けた場所で休憩をしているようだった。

「あーん? 流石にこっからだと遠すぎてみえねーぞ。村からもそう遠くない所だし、村人なんじゃね?」

 そんな龍之介の指摘に由里香は相手を特定した理由を語った。

「ううん、ちがうよー! だってさっきあの……なんだっけ。黒い球の魔法使ってるのをみたんだよー」

 なんでも、あの開けた場所から森の方に向けて何発か魔法を放っているのを目撃したらしい。

「ああ、【闇弾】かあ。それなら確かに岩田・・のオッサンかもなー」

 そんな二人の会話を聞いていた咲良は、あきれ顔で二人に嘆息交じりに注意する。

「……あのねぇ、二人とも。『岩尾』とか『岩田』とか、そもそも名前が間違ってるじゃないの。あの人は『岩戸』さんでしょう? で、由里香ちゃんの言う通り【闇弾】を使っていたなら多分本人間違いなさそうね」

 咲良の言葉を聞き、名前を間違えていた二人は急に明後日の方角を向いたり「あー、そうだね。いわといわと……」などとバツの悪そうな態度だ。

「いしだ」

 そこにボソリと芽衣の声が聞こえてきた。思わず聞き逃してしまった由里香などは「え、なに?」などを聞き返している。

「いしだ。あの人の名前は『岩田』でも『岩尾』でもなく『石田』、だよ~~」

 その芽衣の発言に、したり顔で注意していた咲良も、その咲良に注意されていた二人もなんとも言えない雰囲気となり、しばらく沈黙がその場を支配するのだった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「どうも上手くいかないわね……」

 先ほどまでこの《ジャガー村》の自警団団長と話をしていた長井は、そう独り言ちた。
 その顔には自分の思い通りに事が運ばない為だろうか。若干のイライラが見て取れる。

「結局アレっきり完全に成功しないじゃないの! どういう事よっ!」

 初の丸一日の自由行動となった今日、長井は積極的に村の有力者と接触を繰り返しており、その顔には大分疲れも見えた。
 他のメンバーに知られると面倒になると思ったので、今日は完全に一人で行動をしていた長井。"計画"が上手くいかないイライラと、その原因を考えながら歩いていたせいで、前から歩いてくる村人に気付かずに思いっきり肩をぶつけてしまう。

「ちょっと! 何ぶつかってきてるのよ、邪魔よ!」

 呆気にとられたような村人へ、浴びせるように罵声を投げつけると、周囲の村人の困惑の様子も気にせず、ずんずんと先へ歩いていく。

「まったく芋臭い農民の分際で……」

 比較的温厚、というかのどかな性格の多いこの村の農民といえど、正面切って言われたら殴り倒されそうな罵詈雑言をブツブツと呟きながら歩く長井。

 しばらくして、ようやく気を取り戻してきたのか"計画"が上手くいかなかった理由を再び考え出す。
 歩くのをやめて人気の少ない、道の少し外れた所で一人ジッと考えていると、ふとある言葉が脳裏に浮かびあがった。

「……そういえばあのクソガキ、スキルは使えば使うほど上達していく、とか言っていたわね」

 他のメンバーと積極的に接触を取っていない長井であったが、周囲の会話はきちんと聞いていた。
 最も全ての言葉を鵜呑みにせず、あくまで参考程度に捉えていたのだが。

「はぁ……。気が乗らないけど、まずは試してみる必要がありそうね」

 そうしてすっかり日が暮れ始めた中、一人帰路を歩むのだった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「ちょっと! 何ぶつかってきてるのよ、邪魔よ!」

 穏やかな雰囲気漂う農村の一角に、ヒステリックな声が響き渡る。
 その強い言葉に対し、周囲の村人やぶつかった当人の村人たちは、怒りなどといった感情よりも、戸惑いの感情の方が大きかった。

 やがて「虫の居所でも悪かったんだろう……」などと、各々納得できそうな理由をこしらえると、再びその雰囲気は元の緩やかなものへと戻っていった。

(おー、こわ……)

 その一部始終を見ていた北条は心の中でそう独白する。
 長井と同じように今日は一日中村の中をうろついていた北条は、長井のイライラの様子をすると、振返って自分の成果・・確認・・する。

(うん、まあ上出来だな)

 そうして満足げな表情を浮かべる北条。
 見つめていた左手から視線を外し、次はどこへ行こうかなどと考え始めた北条の傍を、日が落ち始めて気温の下がった涼し気な風が吹き抜けていくのだった。

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