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第二章
第26話 村長との交渉
しおりを挟む村長に案内された部屋は、豪華とは言えないが素朴で温かみのある印象を受けた。
中央付近に配置された木製の大きめな机と、数人は座れそうな椅子。
食器入れや収納の家具も壁際に配置されており、一メートル程の高さの収納家具の上には水差しが置かれている。
北条達は案内されるまま椅子へと着席し、老人は反対側へと座る。
ちなみに北条が持っていた槍は、敵対の意思がない事を示す為、玄関口に立てかけてある。
「それで、話とはなんじゃが?」
独特な老人の口調に、思わず脳内に書き込まれた謎言語の知識は合っているんだろうか、と一瞬考えてしまう北条。
「ただこうして会話できているのだから問題なかろう」と、即座にその考えを打ち消すと、まずは自己紹介を始める。
「その前に、まずは自己紹介をさせてもらうぞぉ。俺の名前は北条で、こっちのちっこいのが『武田由里香』。んで、その隣が『今川咲良』で一番左が『里見陽子』。最初に言ったように《アスカ村》という所の住人だぁ」
北条の声に、三人も小さく会釈したり「よろしくー」などと声を掛けている。
「ふむ……。ホージョーに、トケ、テケ……ユリカに、イマガーサケラじゃな、それと……」
謎言語知識によって話自体は通じているようだが、名前などの固有名詞の発音がまるで外人の発音のようになっていた。
それを聞いた北条が慌てて、
「あー、呼びにくいなら名前でもいいぞぉ。ユリカ、サクラ、ヨウコだ」
北条は指で三人を順番に指差しながら、名前を告げていく。
老人もその都度名前を発音していき、今度は問題なく覚えられたようだ。
「ワシはこの《ジャガー村》村長の、ジャガー・スパイクマンじゃが」
そう言いながら、人に呼びかけるように右手の平を北条に見せるように翳す。
それを見た北条も、ぎこちなく同じ仕草を返しつつ、
「この辺りの風習には疎いのだがぁ、これは親交を交わす相手に向ける合図、で合ってるかぁ?」
「そうじゃがー。……武器を所持していない手を相手に見せる事で、敵意がない事を示すぞな。……しかし、この挨拶が通じぬとは、余程遠方から来なすったのじゃな」
どうやら地球における握手と同レベルのようなジェスチャーだったらしい。
こういった微かなすれ違いで話がこじれることもある。
この世界での挨拶を頭に刻み込んだ北条は、
「あぁ、実はその事こそが困ったことに繋がっていてなぁ……」
と、予め決めておいた身の上話を話し出す北条。
村長は当然の事ながら、《ジパング》や『ヤマト』といった名前を聞いたことがなかったが、古代遺跡の魔法装置によって十二人が洞窟へと飛ばされ、その出口がこの村の近くにある、という話には強く興味を示していた。
▽△▽
「――つまり、『ダンジョン』がこの近くに出現した、という事じゃが?」
村長の口からはっきりと発せられた『ダンジョン』という単語を聞き、やはりあれはそういうモノだったんだな、と内心で確信した北条。
と、同時に「出現した」との発言から、昔から存在していた『ダンジョン』ではない事も見えてきた。
「あぁ、その通りだぁ。俺たちは《アスカ村》の中でもスキル持ちの集まりでなぁ。道中で幾つか荷を失いつつも、なんとかこの村まで辿り着いたって訳だぁ」
「なるほどのぉ……」
頷きながら、四人に観察するような視線を向ける村長。
そして、
「残りの八人はどうしてるのじゃが?」
「彼らは森の端の辺りで待機させてある。見知らぬ土地でもあったし、全員で尋ねてはいらぬ誤解を与えるかもと思ってなぁ」
「ふむふむ、そうかそうか。それなら気にせず皆こちらに――」
と、村長が言いかけた時、玄関の方から激しいドアノッカーの音が響いた。
その余りの激しさに、何か緊急事態でも起こったのか? と四人は若干浮足立つ。
しかし、そんな彼らとは対照的に村長は、
「まったく、あの若造め。幾ら注意しても叩き方を変えん……」
と、ぶつくさ言いながら村長は椅子から立ち上がる。
「すまぬが、最初に言っていた別件がどうやら来たようじゃが。お主の話は気になるが、まずはこちらを優先させてもらうぞい」
そう口にすると、しっかりとした足取りで玄関へと向かい始める村長。
そこに北条が横から声を掛ける。
「もしよければ、ご一緒してもよろしいかぁ? 部外者に聞かせられない話なら、大人しくしているがぁ」
「む……。そうさなあ、んーむ、丁度よいかもしれん。別に部外秘な話でもないので、構わんぞぃ」
こうして村長に続いて玄関へと向かう北条達。
さほど時間もかからず玄関まで移動してくると、すでに玄関口には見知らぬ青年が待機していた。
制服のようなものを着込んでおり、左胸の部分には何やら植物をモチーフにした徽章が付けられている。
中身の方はといえば、短く切りそろえた茶髪に、印象の薄いぼんやりとした顔立ち。
身長は村長よりも低く、ほっそりとしたその体を見る限り、喧嘩になったら村長が間違いなく勝ちそうだ。
「ジョーディ! ドアを叩く時はもちっと静かにせいと、何度も言うとろうが!」
「で、でも村長……。軽く叩いただけだと出てこない時あるし……」
小さな声で抗弁する青年だったが、村長は聞く耳を持っていないようで、さっさと要件を告げるように迫る。
毎度の事なのか、青年は仕方ないとばかりに要件を伝えようとして、ふと北条達に気付いたようだった。
「あれ、村長。その方たちは一体どなたです?」
「この者達の紹介は後回しじゃ。今はそれより頼んでいた件はどうなったんじゃが?」
北条達の事についてあっさり流されてしまった青年は、四人の方をちらちら気にしながらも、村長の質問に答えた。
「ええと、その、それがですね……。引き受けてくれる人がいなかったようでして……」
青年の返答を聞くと、村長は立腹した口調で、
「なんじゃとっ!」
と大きく声を張り上げた。
「別に何人も要求しとらん。一人でも構わんと言うたはずじゃが」
「あっちは、日常的にケガ人が多くでるような所ですからねぇ。片道五日もかかるこの村まで態々好き好んで来る人なんて――」
その青年の言葉に火がついたのか、
「この村が余りに田舎すぎて、依頼を受ける価値もないじゃとおおおぉ! ワシの……ワシの村を下に見おってぇええ!」
と、村長がやたらと興奮しはじめてしまい、青年も思わずやってしまった、という顔をしている。
「い、いや村長……。そういうんじゃなくて、単に向こうの人手が足りてないっていうか、何というか……」
しかし青年のそのフォローの言葉は村長に届いておらす、徐々にボルテージが上がりだす村長。
二人の会話を聞いていた北条は、漏れ出た会話の内容から何となくの事態を察し、青年へと話しかける。
「村長は依頼を出していたみたいだがぁ、どんな依頼だったんだ?」
突然の北条の割り込みに戸惑う青年だったが、村長自らこの場に連れてきた様子だし、特に秘密にするような事でもないので、素直に答える事にした。
「えーと、それがですね。つい一週間程前まで、この時期のこの辺りでは珍しい『ビッグボア』の番いが現れましてねぇ。農作物への被害も出てきていたので、村人達で退治する事になったんですよ。上手くいけば肉にもありつけますしね」
ビッグボアというとその名の通りだと大きい猪という事だろうか。
それが魔物なのか、動物なのかは分からないが、村人総出で相手するとなると、中々に厄介な相手らしい。
「最終的には上手くいったんですが、村の男手の方にも被害が出てしまいましてね。幸い死者は出なかったんですが、今も家で安静にしてる人が何人もいるんですよ」
「ううぅっ、ワシの腰がギックリ逝かなければ、あの程度のケモノなぞ、めった撃ちにしてやったのじゃが……」
悔しそうに拳を握りしめる村長の後に、青年が話を続ける。
「それで、番いの片方の売却した金でもって、最寄の街の冒険者ギルドでヒーラーを雇おうとしてたんですよ。けど、どうも見つからなかったみたいで……」
そこで表情を曇らせる青年。
その様子を見た北条が、この状況を好機と見て、売り込みをかける。
「そーいう事なら、丁度いい。村長、実はこちらにいる『咲良』と、待たせてるメンバーの中に一人、合計二人ほど回復系の魔法の使い手がいる。よければ代わりに依頼を受けようかぁ?」
北条のその提案を聞き、村長は眼をクワっ! と開かせた。
「本当じゃが? それはとても助かるぞぃ」
予想外の方向からの問題解決に、村長も張りつめていた空気が抜けてくる。
「あぁ、もちろんだぁ。さっき話したように、俺らぁー色々困っていた所なんでな。ただ、その代わり依頼料とは別にちょっと便宜を図ってもらえればぁそれで構わん」
「便宜じゃが?」
「ああ、そうだぁ。正直俺らはここら一帯で使用されている通貨の事すら分からん状態だし、着の身着のままなんで住むところすらない状態だぁ。そういった諸々の事を含めて、依頼料の方は安くしてもらっても構わんぞぉ」
「それくらいなら構わんぞぃ。ジョーディ、そういう訳でギルトに出していた依頼は取り消すじゃが。そうと決まったら早速、ケガ人を集めるじゃがーー」
そんな今にも駆けだしていきそうな村長を、慌ててジョーディと北条が引き留める。
「ちょっとまったジィさん! 回復役は森にも一人いるんだぁ。こちらに連れてくるまでは少し時間がかかるぞぉ」
「私の方も、まずは依頼書に依頼人の依頼取り消しサインをしてもらわないと困るんですが……」
ほぼ同時に発せられた引き留めの言葉に、村長はくるりと二人を振り返ると、
「これはワシとした事が、少し先走ってしまったようじゃが。では先に依頼取り消しの手続きをするとしようかの。ホージョーはその間にお仲間を連れてくるがええじゃろ」
「わかったぁ。それじゃあ、ちっと待っててくれぃ」
北条達が別行動してから約一時間。ようやくこの右も左も分からない世界で、今後どう生きていくかの見通しが付きそうだった。
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