21 / 398
第一章
第21話 ダンジョンからの脱出
しおりを挟む階段を上り切った先は、一つ下のフロアと一見大きな違いは見受けられなかった。
相変わらずといった様子で青く発光する壁に、どこからか聞こえてくる水滴の音。
息が詰まりそうな閉塞感。
しかしここで足を止めるわけにもいかない。
空元気を出しながら一行は先へと進む。
数時間程探索した所で野営に都合の良さそうな部屋を見つけたので、昨日と同じようにこの場所で夜を明かす事になった。
そして明けて翌日。
特に成果もでないまま、昼の小休憩を迎えていた。
「一体どこまで続いてるんでしょうね……」
ため息交じりのメアリーの声。
日にち的には探索開始からまだ二日目ではあるが、先行きの見えない探索行はねっとりと彼らの心に不安の根を絡みつけていた。
「そう長くはないだろうなぁ」
そう答える北条は、一行の中でも特に不安な様子を見せていない方だ。
北条のその解答に興味を注がれたのか、信也も会話に加わってくる。
「何か気づいた事でもあったのか?」
信也の問いかけに北条は指を顎にあてながら答え始める。
「俺達をここに送り込んだ"存在"は、何も遠回りに苦しめて殺す為にやった訳ではないだろう。その証拠に、わざわざ宝箱に各種アイテムまで用意してあったんだからなぁ」
或いは適度に苦しむ様子を見るのが目的だった可能性もありえる。
しかしその事は口にはせず、北条は続ける。
「その用意されたアイテムの中の食料なんだがぁ、こいつは節約などはせずに普通に消費したら一週間分位の量だった」
それもご丁寧に大人と子供、男と女では微妙に分量も異なっていた。
「つまり希望的観測で言えばぁ、一週間もあればあの場所からのダンジョン脱出位は問題ない。それだけあれば事足りる、という事じゃないかぁ?」
北条のその推測に、珍しく石田が反対意見を述べる。
「……分からねえぜ? ギリギリ足りねぇ量にしておいて、俺達の食料が切れて絶望に陥ってる様子を高みの見物してるかもしれねぇ」
これまで楓同様、いや楓以上に無口だった石田が突然喋りだした事に驚く一同。
ボソボソとした聞き取り辛い声は、雑音の多い日本の都市の中だったらかき消されていた事だろう。
そんな珍しい石田の呟くような指摘に北条は、
「まあ、別にそれもありえるだろうけどな。……ただ、今日の午前の探索で少し希望は見えた気がするぞぉ」
と気になる事を口にする。
「希望?」
「あぁ、そうだぁ。昨日の段階でもチラっと思ったんだがぁ、この階層に上がってからまだゴブリンには一度も出会っていないよなぁ?」
確かに北条の言う通り、階層移動後からはネズミと蝙蝠と蜘蛛にしか遭遇していない。
スライムは元々前の層でもあまり出会う事はなかったが、ゴブリンと全く出会わないのはおかしかった。
前の階層では、初めの方こそネズミや蝙蝠が多かったが、最終的にはゴブリンだけで五割近くは締めていたのだ。
「ダンジョンでは階層によって出現モンスターが変化する、ってのがよくある設定だぁ。もし午後の探索でもゴブリンが全くでないようなら……」
「この階層にはゴブリンは出ない。もしくは出るとしても僅かな確率ってことね」
陽子が北条の言葉を補足する。
「そういう事だぁ。ネズミや蝙蝠よりも、ゴブリンの方が厄介な相手だ。ダンジョンってのは大体奥にいくほど敵も強くなるもんだ。それが、逆に強い方だったゴブリンが出てこなくなったってのは、つまり……」
「出口に近づいてるって事っすね!」
と、今度は由里香が言葉尻を抑えて口にする。
「ま、そうだといいなぁ」
お茶を濁すような北条の返事だったが、由里香は希望が見えてきたのか北条の返事を特に気にもしていない様子だ。
それからの午後の探索は昼間の話の件もあって、心なしか皆の表情も晴れやかだ。
魔物が現れるたびにゴブリンが出てこない事を確認していき、今日の探索の終わりのタイミングが近づく頃には、最早このフロアにゴブリンはいないだろうという確信に変わっていた。
▽△▽△
「こ、この階層は……前の階層よりは狭いみたいです……」
今までのように部屋を確保し、キャンプ地を確保していた彼らに、楓の声が耳に届く。
楓の記していた地図を見ると、すでにかなりの部分が埋まっているように見えた。
探索に慣れてきたとはいえ、前の階層ほど時間をかけた訳ではない。
「これはいよいよ出口が見えてきたかもね」
陽子の明るい声が辺りに響く。
次の階層の広さまでは分からないが、この階層はあと少しで突破できるだろう。
夕食を終え、夜の見張り番の時間がやってくる。
今夜は信也とメアリーの当番の時間にネズミが一匹、迷い込んだのかふらりと姿を見せた。
そして部屋の入口に張られた結界を一生懸命ガジガジしていたが、さくっと信也の【光弾】で仕留める。
増援もないようで、信也達は他のメンバーを起こす事もなく、引き続き当番を続けた。
翌朝。
慶介の【クリエイトウォーター】で顔を洗い、スッキリした顔で探索を再開した一行は、僅か一時間ばかりの探索で上へと続く階段を発見した。
この階層も既に大分地図は埋まっていたので、迷わず階段を上る。
続く新しい階層でもゴブリンの姿は見当たらず、探索ペースは好調のままキープされていた。
心なしか、モンスターと出会う頻度も減ってきたようにも思える。
昼の休憩時の話題ではその事についても触れられ、明らかに最初に飛ばされた階層より楽になってるとの結論が出た。
階層自体の広さは一つ前とそう変わらない感じで、この調子なら今日中にもこの階層の探索が終わるかもしれない。
心弾む気持ちで午後の探索を再開した一行は、探索開始から数時間が経過した頃、通路途中でコブのように膨らんだ空間へとたどり着く。
その空間の隅の方にはどこかから染み出してきたり流れてきた水が溜まり、ちょっとした池のようになっている。
そしてその近辺にわらわら蠢く者達の姿があった。
「うぇっ……あれ、全部ネズミかー」
由里香の口にした通り、そこにはお馴染となったネズミが犇めいていた。
個々のサイズは大きいので、小さなネズミの集合体とはまた印象は違うのだが、大量に蠢いているその様子は確かに見ていて気持ちのいいものではない。
数は……恐らく二十匹以上はいるだろうが、今の彼らならば最早問題なく対処できる相手だった。
通常だと敵意むき出しの魔物にしては珍しく、こちらに向けて突進してくる様子もない。
その間に先制攻撃を加えよう、と後衛陣が構え始めた所で、
「あの、まず僕にやらせてもらってもいいですか?」
と、慶介が口にする。
それが何を示しているのか理解した陽子は、
「アレをやるつもり? 別に今は無理しなくてもいいのよ」
と優しく慶介を諫める。
だが、彼の意思は変わらないようで、陽子も頭を抱えてしまう。
「まあ、いいんじゃないかぁ? スキルは使用すればするほど慣れてくる感じがするしなぁ。これくらいの状況なら、坊主が気を失ってもなんとかなるだろ」
その北条の後押しによって、慶介のぶっぱなしが決定した。
「"ガルスバイン神撃剣"」
慶介のスキルは、発動の前段階からヤバそうな雰囲気が立ち込める。
しかし、未だこちらに関心を向けていないのか、ネズミたちは水辺で何やらてんやわんやの状態だ。
そんな哀れなマウスに向けて、慶介のマウスから破滅の光があふれ出す。
部屋を覆いつくさんばかりのその光によって、部屋にいたネズミはほぼ壊滅状態となり、池の水が激しく蒸発して局所的な濃霧を発生させた。
「これは、水が蒸発したものだから、すぐに消える事はなさそうだな」
信也はそう口にしながら、わずかに残ったネズミに【光弾】をぶち当てる。
今回は気を失う事はなかった慶介だが、心労が大きいのか魔法攻撃には参加せずに、肩で息を整えていた。
それから数分後には討伐どころかドロップの回収まで終わらせた一行は、未だ霧の立ち込める空間を後にした。
そして先へと進み始めた彼らはすぐに異変に気付く。
「あれ、この道なんか少し暗い?」
咲良の口にした通り、先へ進むにつれ通路が暗くなっていくのが分かる。
それはつまり、壁で発光する謎の光が減少してきているという事だ。
初めこそスライムを恐れ、信也の【ライティング】で過剰なまでに辺りを照らしていたのだが、対処に慣れてきてからは節約の為に使用を中止していた。
「ふむ。それならまたライティングで明りを照らして進もうか」
そう口にするや否や早速【ライティング】を三個所に点灯させる信也。
これで明るさに関して問題のなくなった信也らは、無言のまま先へと進み始める。
そして分岐もない曲がりくねった一本道を十分ほど歩いた頃だった。
「……っ!」「っ!?」 「…………」
唐突に彼らの目が驚きに開かれる。
余りの驚きのせいか、すぐに口を開ける者もいない様子。
彼らの目に飛び込んできたもの。
それは彼らが探し求めていた「太陽の光」であった……。
0
お気に入りに追加
57
あなたにおすすめの小説

凡人がおまけ召喚されてしまった件
根鳥 泰造
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。
仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。
それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。
異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。
最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。
誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!
ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく
高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。
高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。
しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。
召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。
※カクヨムでも連載しています

俺は善人にはなれない
気衒い
ファンタジー
とある過去を持つ青年が異世界へ。しかし、神様が転生させてくれた訳でも誰かが王城に召喚した訳でもない。気が付いたら、森の中にいたという状況だった。その後、青年は優秀なステータスと珍しい固有スキルを武器に異世界を渡り歩いていく。そして、道中で沢山の者と出会い、様々な経験をした青年の周りにはいつしか多くの仲間達が集っていた。これはそんな青年が異世界で誰も成し得なかった偉業を達成する物語。

チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい
616號
ファンタジー
不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~
いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。
他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。
「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。
しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。
1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化!
自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働!
「転移者が世界を良くする?」
「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」
追放された少年の第2の人生が、始まる――!
※本作品は他サイト様でも掲載中です。
レベルを上げて通販で殴る~囮にされて落とし穴に落とされたが大幅レベルアップしてざまぁする。危険な封印ダンジョンも俺にかかればちょろいもんさ~
喰寝丸太
ファンタジー
異世界に転移した山田(やまだ) 無二(むに)はポーターの仕事をして早6年。
おっさんになってからも、冒険者になれずくすぶっていた。
ある日、モンスター無限増殖装置を誤って作動させたパーティは無二を囮にして逃げ出す。
落とし穴にも落とされ絶体絶命の無二。
機転を利かせ助かるも、そこはダンジョンボスの扉の前。
覚悟を決めてボスに挑む無二。
通販能力でからくも勝利する。
そして、ダンジョンコアの魔力を吸出し大幅レベルアップ。
アンデッドには聖水代わりに殺菌剤、光魔法代わりに紫外線ライト。
霧のモンスターには掃除機が大活躍。
異世界モンスターを現代製品の通販で殴る快進撃が始まった。
カクヨム、小説家になろう、アルファポリスに掲載しております。

学校ごと異世界に召喚された俺、拾ったスキルが強すぎたので無双します
名無し
ファンタジー
毎日のようにいじめを受けていた主人公の如月優斗は、ある日自分の学校が異世界へ転移したことを知る。召喚主によれば、生徒たちの中から救世主を探しているそうで、スマホを通してスキルをタダで配るのだという。それがきっかけで神スキルを得た如月は、あっという間に最強の男へと進化していく。

クラスまるごと異世界転移
八神
ファンタジー
二年生に進級してもうすぐ5月になろうとしていたある日。
ソレは突然訪れた。
『君たちに力を授けよう。その力で世界を救うのだ』
そんな自分勝手な事を言うと自称『神』は俺を含めたクラス全員を異世界へと放り込んだ。
…そして俺たちが神に与えられた力とやらは『固有スキル』なるものだった。
どうやらその能力については本人以外には分からないようになっているらしい。
…大した情報を与えられてもいないのに世界を救えと言われても…
そんな突然異世界へと送られた高校生達の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる