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第一章
第3話 自己紹介
しおりを挟む「……それはつまり協力する気がないという事か?」
しんと静まり返った空気の中、信也がそう聞き返すと、女はその声音に極僅かに含まれる剣呑な響きを敏感に感じ取ったのか、少し慌てた様子で、
「……別にそういう訳じゃないわ。この場所に来た経緯はあんた達と一緒。スキルについては話すつもりはないの。だから話す事なんてないって事よ」
「えー、でも皆だってちゃんと説明してるのにー」
由里香がぼそっと小さくそう呟くと、きっちり聞こえていたのか女はその発言に対して反論をしてくる。
「義務教育も終わってないお子様には理解できないのかもしれないけどね? 自分の個人情報をぺらぺら初対面の人間に話してるようじゃ、大人になったら痛い目に会うわよ」
「何よ! この性悪女! さっきから人に文句ばかり言って!」
女に向かって歩き出した由里香。そこに慌てた様子で信也が声をかける。
「ちょっと待った。彼女の言う事には一理ある。もっともこの状況に於いてはどうかと思える部分もあると思うだろうが、無理強いはできないよ」
その言葉を聞いて、完全に納得はしていないながらも、親友の芽衣の隣である定位置へと戻る由里香。
信也はほっと胸をなでおろすと、あの場で抑えなかった場合の事をちらっと考える。
あの裏表の全くなさそうな少女は、スキルとして身体能力強化と筋力強化を選んだと言っていた。
信也が体に違和感を感じていたように、他の面々もすでにスキルの影響は受けているはずなのだ。
もし以前と同じ感覚で、本人としては軽い気持ちで出した手が二つのスキルによって強化されていたとしたら……?
下手したら軽い怪我では済まなかった可能性すらある。
「だが、そうだな。名前位は教えてもらえないか? 呼ぶときに名前がないと不便だろうしな」
「……そうね。私の名前は長井よ。もうこれで私の事はいいでしょ?」
相変わらずの態度ではあるが、現在の自分の状況が呑み込めてきたのか、当初の強気な勢いはある程度なりを潜めたようだ。
口早くそう答えると、長井は一歩後ろに下がり再び口を閉ざして周囲を伺うような視線を這わす。
その様子を見届けた信也が次の人物を見定めると、相手はびくっと体をすくませるように一瞬震えたようだった。
そして一瞬の間の後、か細い声で話始める。
「わ、私は百地楓です……。ここに来た、け、経緯は大体同じような感じで……そ、そのスキルについては、私も話したくありません……」
蚊の鳴くような声で楓と名乗った女性を、信也は失礼にならない程度に観察していく。
前髪を長く伸ばしているため、表情などは伺いにくい部分があるが、全体的に見て美人と呼ばれる範囲に十分収まっている。
ただ、ファッションセンスが古臭いというか、地味な色合いの服を着ているせいもあって、せっかくの美人も一割減といった所だ。
どうも化粧も最低限しかしていないようで、長井とは正反対のようなタイプだった。
「あ、あの……?」
自分の発言の後に間が開いた事で、少し不安げな様子の楓。
ふと我に返った信也は、観察していた視線を戻して少し慌てて楓に答える。
「あ、ああ。百地さんだね? うん、そうだな……。何か気になる事はなかったかな? ほんの些細な事でもいいんだ。ここに来る前でも来た後でも」
相手の様子に思わずペースを多少乱して、つい口数が増えてしまう信也。
楓は自分に対してだけ妙に突っ込んだ質問をしてきた事に若干戸惑いを覚えながらも、改めて記憶を振り返ってみる。
が、結局特にこれといった事も思い浮かばず、
「特に……なかったと思います」
と、静かな口調で答える。
「そうか……。一応改めてここにいる全員に聞くけど、俺が最初に話した状況以外に何か気になる点があった者はいるか?」
そう話しながら各人を見渡す信也だったが、思い出すようなしぐさはするものの、誰からも返答は返ってこなかった。
「なるほど、わかった。それならもう後は自己紹介だけ済ましておこうか。えーと、そっちの君。お願いできるかな」
そう言いながら信也が視線を向けたのは、男子学生――見た目からして高校生と思われる少年だった。
「お! ようやくオレの番か。オレの名前は太田龍之介、高校二年生だ。いやー、まさかこんな事に巻き込まれるとは思わなかったぜ。夢にまで見た異世界転生に……いや、この場合は異世界転移か。まー、どっちにしろ日ごろ妄想してた事が自分の身に降りかかるなんてな。って、待てよ。これ本当に現実だよな? 夢なんかじゃないよな?」
勢いよく喋りだしたかと思えば、指で自分の頬を思い切りつねりだす龍之介。
先ほどまでは何やら一人ぶつぶつ呟いていたのだが、話を振られた途端に大きくなったその声量に周囲の者は眉を僅かに顰める。
更に龍之介が自身の頬を抓りだす様子に、周囲の彼に向ける視線が徐々に胡乱げなものに変わり始める。
だがそんな周囲の視線にも気づかず「痛ってぇー! 夢なんかじゃねぇー!」と大はしゃぎの龍之介。
そしてそのテンションの高さのまま更に言葉を続ける。
「おっと。ちょっと話がそれちまったな。それで、スキルに関してなんだがオレもモクヒケンを行使させてもらうぜ。なんてったって、この手のラノベでは迂闊に手を明かす奴は大体失敗したりするからな!」
少しドヤ顔で胸をそらした龍之介に、思わず信也も「そ、そうか。ああー、じゃあ次の人、自己紹介お願いします」と、若干引き気味に告げる。
その言葉を受け、ぼそぼそっとした声で話し始めたのは、見るからに陰気そうな男だった。
「俺の名前は……石田浩明。スキルは公開するつもりはない。以上だ……」
そう告げるなりさっさと後ろに下がる石田。
ぼさぼさに伸びた髪と、一重瞼の三白眼が強い印象を相手に与える。
先ほどのぼそぼそっとした話し声も相まって、常にフラットな視点を心掛けようとしている信也ですら、その全体から醸し出される暗い陰気そうなイメージは拭えなかった。
しかし、石田はそういった周囲の視線が気にならないのか、或いは慣れているのか。我関せずといった様子で、じっと次の様子を窺っている。
「えーと、次は私の番ですね。私は細川メアリーといいます。日本人の父とイギリス人の母との間に生まれたハーフです。けど、生まれも育ちも日本なので、実は英語は学校で習った程度しか話せません。職業の方なんですが、見ての通り……」
途中で話を一旦中止したメアリーに、周囲からは、納得の視線が集まる。
彼女の衣装は白一色のナース服であった。
お洒落よりも実用性を重視しているのが見て取れ、明らかにコスプレなどで使用されているようなものではなさそうだ。
であるのに、態々自分の職業の事まで口にしたのは、妙な誤解をされたくないという彼女の気持ちの表れだったのだろう。
見た目は二十代にも見えるが、業務の激しさのせいか、僅かに表れる疲労の残る顔。そういった部分から、三十歳を超えているようにも見える。
元々ハーフのせいか、年齢が純日本人である他の人からは、少々窺いにくいという影響もあるのだろう。
「それで、スキル? なんですけど……。私のは"回復魔法"と"メディテーション"っていう奴です。あまりゲームとか漫画とかを知らないので、スキルって言われてもいまいちピンと来てないんですが……」
頬に手を当てながら思案気な様子のメアリーに、相変わらずテンションの高い龍之介が話し出す。
「"回復魔法"ってのは、恐らくその名の通り魔法によってケガや病気を治す事ができるんだと思うぜ! めでぃてーしょんは……、ええと、めでぃてーしょん…………」
段々と尻すぼみになっていく龍之介。
ラノベやゲームでもそこまで一般的ではない単語のせいか。
はたまた龍之介の知識が浅かっただけなのか。
めでぃてーしょん……と呟く龍之介を尻目に、信也は思いあたった事を話し出す。
「メディテーション。つまり、瞑想をすることによって、リラクゼーション効果が得やすくなる、という事だろうか」
「瞑想……ですか」
そう呟くと眼を閉じ、何かに祈るように両掌を合わせるメアリー。
龍之介が何事かぶつぶつ呟く中、外野の声を一切遮断したかのような静謐さがメアリーに降り注ぐ。
やがて眼を開いたメアリーは、いまいち判然としない様子で、
「うーん、確かに瞑想する事で何らかの効果があるっぽい気がします。ただ、それがどんな効果なのかはいまいち分からないですね」
「なるほど……。まあスキルについてはとりあえず後回しにしておこう。まずは自己紹介を終わらすとしよう。えーと、後一人いたと思ったんだが……」
と、周囲を見渡す信也。
自然、それに釣られ幾人かが同じように周囲を見渡していると「あ、あそこに!」という少女の声が響いた。
すると、その少女――咲良が指さした部屋の隅の方から、一人の中年の男が歩いてくるのが見えた。
薄手のチノパンにTシャツ姿というラフな格好をしており、頭には麦わら帽子を被っている。
まさしく、十中八九誰がみても、世界が突然ひっくり返ろうとも、「オッサン」としか言えない姿のその男は、確実に年は三十を越えて……或いは四十も超えているかもしれない。
だが、十年前に彼を見ても二十年前に彼を見ても。もしくは十年後、二十年後に彼を見たとしても、やはり思いつく言葉は「オッサン」だろうな、と思わせる程の濃厚なオッサン顔をしているだけとも言えた。
そんな顔立ちのせいか、逆に年齢が測りにくいそのオッサンは、部屋の隅から皆の集まっている方へと徐々に近づいてくる。
その右手には何か持っているようだが、床面には青い発光源がないために、今のオッサンの位置では手元まで詳細に確認出来た者はいない。
やがて至近距離まで近づいてきたそのオッサンは、
「えーっと、自己紹介をしていたんだったよなぁ。俺の名前は北条だぁ、よろしくぅ」
語尾が少し伸び気味になる、どこかの方言にありそうな独特なイントネーション。
自己紹介を始めたオッサンはそう言いながら軽く左手を上げたが、それを見る人々の視線は左手ではなく彼の右手に向けられていた。
その右手には全長十五センチ位はありそうな大きなカエルが握られていたのだった。
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