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0.死刑台
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──現在。
「セレナーデ・セレスティア・ランスウェルターを死刑に処す!」
髭を蓄えることが権力を示すことだと思っている小太りの男が高らかに宣言しました。大臣です。
私の名前を正確に読み上げられたことを褒めてあげましょう。拍手したいところですが、後ろ手に縛られているので無理でした。
「この者は~」
大臣は続けて、なにやら罪状とか根拠の法律を読み上げます。私は興味がないので暇でした。
「あのぅ、目隠しを外してもらえますか?」
私は傍らの衛兵さんにお願いしました。
「いいだろう」
「え、いいんですか?」
衛兵さんは思いの外、素直に私のお願いを聞いてくれました。断られる前提だったので少し驚いてしまいます。
最後の慈悲といったところでしょうか?
「いつ来るか分からない恐怖」と「見えている恐怖」。
目隠しをしたまま首を切断されること、見えたまま首を切断されること、どちらに恐怖をより強く感じるのでしょう? 人それぞれかもですね。衛兵さんは経験でそれを知っているのでしょう。
でも、私はただ単純に断頭台の上からの景色を見たいと思っただけなのです。
「騒ぐなよ」
衛兵さんの声が聞こえて、目隠しが外されました。
暗さに慣れた目が眩しさを感じます。目が慣れると、私の目の前には木で作られた階段がありました。
死刑台に上る階段です。
いえ、昇る階段でしょう。一応、元聖女ですからね。天に昇るような気持ち。
天国にヘブンです。
もっとも私がこれから行くのは地獄ですけどね。落ちる。ではなく堕ちる。
地獄にゴートゥーヘルです。
つまり、今の現状。
私は今まさに死刑になろうとしていました。
──「人は死ぬほど追い込まれた瞬間、自分の本性を悟るものなのよ」
と、誰かが言っていた気がします。でも今の私は普段と変わらない気分です。なにか感慨深いものを感じるかと思いましたが、気のせいでした。
おそらく私はとっくの昔に死んでいたのでしょう。
落ち着いた気分です。最後の足掻きとか言いますけれど、最後はせめて平穏に逝きたいものです。
だれも恨んでおりません。全てを赦し、全てを受け入れ、ただ静かな心で。『聖女』と呼ばれた私の『偏らない心』です。全ての人々に幸あらんことを祈りましょう。
まぁ、嘘ですけどね。
私が祈るのは死んでいった人達にだけデス。
恨みが全くないわけじゃありません。私は自分の責任でここに立っており、その責任を受け入れています。しかし、そうではない人間もいます。
例えば、髭と腹を肥やした大臣とかです。あいつ下品なので昔から嫌いでした。下品なだけでなく恥知らずだとは……流石に驚きましたけどね。よくもまぁ、正義の執行者を気取って流暢に死刑執行書を読めるものです。罪悪感とか感じないのでしょうか?
あと、私を裏切って、私を差し出した人たちにも多少の怒りを感じます。
私と共に死刑になるべき者たちは大勢いるのです。
しかし、道連れにしたところで私の心がちょっぴりスッとするだけでしょう。
私が死刑になるということは、世界が平和になったということです。少なくとも私はそう信じています。今はそれで十分、爽やかな気分です。
死ぬ前に呪詛の言葉を並び立てることもできます。私がまだ余力を残していることに、この場のみなさんは気づいていないのでしょうね。残された魔力で100年は消えない呪いをかけるくらいの力はあります。……それも悪くないかも。
いえいえ、冗談です。意味のないことは嫌いです。無駄なことは疲れます。
私はもう疲れることはしなくていいのですから。
今はただ静かに、時を待ちましょう。
「最後に言い残すことは?」
羊皮紙とペンを持った男が私に話しかけてきました。たしか大臣の腰巾着の男です。
へぇ、記録に残してくれるんですか。律儀なもんですね。
「特にありません」
男はサラサラと羊皮紙に書き込みました。
ああ、今の言葉が書き込まれてしまったようです。それなら、何も言わない方がよかったかも。でも、無言なら無言で「無言だった」って書き込まれるだけかもです。
どうでもいいことです。
「上らせろ!」
大臣が宣言しました。
スキップで階段を昇るのは、流石に不謹慎かもしれないと思い断念しました。そもそも左右を衛兵さんに挟まれているので無理な事でした。
階段を昇ります。
トントン。1段……2段……。
死刑台の階段って本当に13段なのでしょうか? 興味が沸きました。でも階段って頂上を数に含めるものなのでしょうか? 分かりません。
衛兵さんに聞こうかしら。でも無駄なことだと思い途中でやめました。どっちでもいいです。
階段を昇りきると大臣と目が合いました。
私はニッコリとした笑顔を大臣に向けます。
すこしビクっとした大臣を見ることができました。
あなたもいつの日かこの階段を上る時が来るでしょう。そのときあなたが自分の本性と向き合った時、何を感じるのか、今この時だけは興味を持ってあげます。
王宮前の広場には沢山の人が見物に来ていました。怒号が飛び交っています。
「魔女め!」
「×××!」
「××××!」
「返せ!」
目隠しを外したのはやはり正解でした。
彼らが叫ぶ言葉は汚くて無責任だけれど、私への賛美歌に違いありません。
この光景が彼女の望んでいた未来の始まりなのです。
衛兵さんが大臣の命令で私の体をギロチンに固定します。流石に慣れた手つきです。レディのどこに触ってはいけないか分かっている丁寧であり素早い動き。
ガチャリ。
首枷がかかります。
さて、やっと、その時がきました。
長かった。とてもとても長かった。
彼のいない世界はどんな拷問よりも辛く苦痛でした。
出来ることなら、彼とスローライフを送りたかった……。おまけで彼女たちも一緒に……。今はただ、最後にそう思うだけです。
そして、世界は無音になって、刃が落ちるのを感じました。
「セレナーデ・セレスティア・ランスウェルターを死刑に処す!」
髭を蓄えることが権力を示すことだと思っている小太りの男が高らかに宣言しました。大臣です。
私の名前を正確に読み上げられたことを褒めてあげましょう。拍手したいところですが、後ろ手に縛られているので無理でした。
「この者は~」
大臣は続けて、なにやら罪状とか根拠の法律を読み上げます。私は興味がないので暇でした。
「あのぅ、目隠しを外してもらえますか?」
私は傍らの衛兵さんにお願いしました。
「いいだろう」
「え、いいんですか?」
衛兵さんは思いの外、素直に私のお願いを聞いてくれました。断られる前提だったので少し驚いてしまいます。
最後の慈悲といったところでしょうか?
「いつ来るか分からない恐怖」と「見えている恐怖」。
目隠しをしたまま首を切断されること、見えたまま首を切断されること、どちらに恐怖をより強く感じるのでしょう? 人それぞれかもですね。衛兵さんは経験でそれを知っているのでしょう。
でも、私はただ単純に断頭台の上からの景色を見たいと思っただけなのです。
「騒ぐなよ」
衛兵さんの声が聞こえて、目隠しが外されました。
暗さに慣れた目が眩しさを感じます。目が慣れると、私の目の前には木で作られた階段がありました。
死刑台に上る階段です。
いえ、昇る階段でしょう。一応、元聖女ですからね。天に昇るような気持ち。
天国にヘブンです。
もっとも私がこれから行くのは地獄ですけどね。落ちる。ではなく堕ちる。
地獄にゴートゥーヘルです。
つまり、今の現状。
私は今まさに死刑になろうとしていました。
──「人は死ぬほど追い込まれた瞬間、自分の本性を悟るものなのよ」
と、誰かが言っていた気がします。でも今の私は普段と変わらない気分です。なにか感慨深いものを感じるかと思いましたが、気のせいでした。
おそらく私はとっくの昔に死んでいたのでしょう。
落ち着いた気分です。最後の足掻きとか言いますけれど、最後はせめて平穏に逝きたいものです。
だれも恨んでおりません。全てを赦し、全てを受け入れ、ただ静かな心で。『聖女』と呼ばれた私の『偏らない心』です。全ての人々に幸あらんことを祈りましょう。
まぁ、嘘ですけどね。
私が祈るのは死んでいった人達にだけデス。
恨みが全くないわけじゃありません。私は自分の責任でここに立っており、その責任を受け入れています。しかし、そうではない人間もいます。
例えば、髭と腹を肥やした大臣とかです。あいつ下品なので昔から嫌いでした。下品なだけでなく恥知らずだとは……流石に驚きましたけどね。よくもまぁ、正義の執行者を気取って流暢に死刑執行書を読めるものです。罪悪感とか感じないのでしょうか?
あと、私を裏切って、私を差し出した人たちにも多少の怒りを感じます。
私と共に死刑になるべき者たちは大勢いるのです。
しかし、道連れにしたところで私の心がちょっぴりスッとするだけでしょう。
私が死刑になるということは、世界が平和になったということです。少なくとも私はそう信じています。今はそれで十分、爽やかな気分です。
死ぬ前に呪詛の言葉を並び立てることもできます。私がまだ余力を残していることに、この場のみなさんは気づいていないのでしょうね。残された魔力で100年は消えない呪いをかけるくらいの力はあります。……それも悪くないかも。
いえいえ、冗談です。意味のないことは嫌いです。無駄なことは疲れます。
私はもう疲れることはしなくていいのですから。
今はただ静かに、時を待ちましょう。
「最後に言い残すことは?」
羊皮紙とペンを持った男が私に話しかけてきました。たしか大臣の腰巾着の男です。
へぇ、記録に残してくれるんですか。律儀なもんですね。
「特にありません」
男はサラサラと羊皮紙に書き込みました。
ああ、今の言葉が書き込まれてしまったようです。それなら、何も言わない方がよかったかも。でも、無言なら無言で「無言だった」って書き込まれるだけかもです。
どうでもいいことです。
「上らせろ!」
大臣が宣言しました。
スキップで階段を昇るのは、流石に不謹慎かもしれないと思い断念しました。そもそも左右を衛兵さんに挟まれているので無理な事でした。
階段を昇ります。
トントン。1段……2段……。
死刑台の階段って本当に13段なのでしょうか? 興味が沸きました。でも階段って頂上を数に含めるものなのでしょうか? 分かりません。
衛兵さんに聞こうかしら。でも無駄なことだと思い途中でやめました。どっちでもいいです。
階段を昇りきると大臣と目が合いました。
私はニッコリとした笑顔を大臣に向けます。
すこしビクっとした大臣を見ることができました。
あなたもいつの日かこの階段を上る時が来るでしょう。そのときあなたが自分の本性と向き合った時、何を感じるのか、今この時だけは興味を持ってあげます。
王宮前の広場には沢山の人が見物に来ていました。怒号が飛び交っています。
「魔女め!」
「×××!」
「××××!」
「返せ!」
目隠しを外したのはやはり正解でした。
彼らが叫ぶ言葉は汚くて無責任だけれど、私への賛美歌に違いありません。
この光景が彼女の望んでいた未来の始まりなのです。
衛兵さんが大臣の命令で私の体をギロチンに固定します。流石に慣れた手つきです。レディのどこに触ってはいけないか分かっている丁寧であり素早い動き。
ガチャリ。
首枷がかかります。
さて、やっと、その時がきました。
長かった。とてもとても長かった。
彼のいない世界はどんな拷問よりも辛く苦痛でした。
出来ることなら、彼とスローライフを送りたかった……。おまけで彼女たちも一緒に……。今はただ、最後にそう思うだけです。
そして、世界は無音になって、刃が落ちるのを感じました。
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