マスラオ~闇の中、陽はまた昇る

新倉真

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3.不知火のエマ

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3.
 
 父が亡くなったその日から。
 健斗の素行はあからさまに悪くなった。

 高校に近い母方の親戚の家に預けられ、ゆくゆくはその家の養子にという話もあったのだが――――


 それまでの優等生といった印象が、今ではもう見る影もなかった。穏やかだった眼差しは冷たく険しくなり、まるで「話しかけるな」オーラを纏っているかのようだ。
 それに放課後、休日になるや、繁華街、歓楽街に出歩いて、チンピラ、ヤクザ、ツッパリなどいわゆるヤカラと呼ばれる連中に声をかけ、父の写真を見せては口論になり、時には殴られることもあった。補導されることの一度や二度じゃない。
 叔父や叔母からもすっかり見放され、健斗は孤独だった。
 しかし、健斗自身はそれらのことを一切卑下していない。


 彼は見つけたかった。父を殺した真犯人を。そして、復讐したい。それが心からの本心だった。

 復讐――――
 具体的に何をしたいのか?
 健斗の中では、まだ漠然としていたのだが、とにかく父を奪ったソイツを無茶苦茶にしてやりたい。その衝動に駆られて、彼は今夜も歓楽街を彷徨う。



 歓楽街を練り歩いて、健斗は居酒屋が並ぶ暖簾長屋に迷い込んだ。健斗はうつろにその狭い路地を歩いていた。格安の酒が飲めるこの並びはチンピラ達の格好の溜まり場だった。そうとも知らずに健斗は朦朧と歩み続けていた。

 その前には黒い人垣が見える。某反社会的組織の幹部とその取り巻きだった。
「親父!今日はご馳走さまでした!!」
「おうよ。お前の出所の門出だ!気にすんな」
「ありが……」と言いかけた子分の肩が健斗の肩を僅かに掠める。

 
「おう!待ちな!にいちゃん!」子分は威勢よく言った。
「何ですか?」健斗は怯える様子もなく、うつろなままで答えた。
「何ですか?……じゃねえだろ!!人にぶつかって置いて挨拶も無しかよ!」
「すみません」無表情の健斗はそれだけ言うとまた歩き出した。
 子分は怒りの形相をして、そんな健斗の肩を掴んだ。「なめてんのか?てめえ!!」

”ドシッ”っと音がしたと同時に健斗の体は宙を舞った。その数秒後、今度は”ドスン”と音を立てて、地べたに臥せった。
 
「おお!若いにいちゃんよぉ。世間知らずか?だったら、俺が教えてやるよ。世間ってやつをよ!」
 子分は健斗に馬乗りになって、一方的に殴り続けた。


 
 健斗の体から力が抜けていく。意識がどんどん遠退いていく。 <ここで死ぬのか……>とまで思考が至るのにそこまでの時間はいらなかった。
 
 無念ではあったが、観念するしかない。

 健斗はそう思った。



「いい加減にしな!」


 その声にヤクザ達はざわついた。
 声の主は泣く子も黙ると言われた彼らにややを付けようというのだ。
 しかも女だてらに。
 彼らが彼女を許すわけがない。それ相応の落とし前を付けるつもりだ。


「おお!ねえちゃん!てめえ、何様だ。俺らが誰だか分かって……」と言いかけたところで男は黙った。正確には黙らされたというべきなのだろう。

 男はゆらゆらと体を揺らすように倒れ込んだ。その向こうには拳を振りぬいた彼女がいた。

「このやろう!!誰だ、てめえ。どっかの回しもんか?!」親分は怒り露に尋ねた
「あたいかい?あたいは不知火のエマっていうんだよ」
「ああ?」
「ひょっとして……あたいを知らないのかい?あんたらもモグリだねえ」
「調子に乗ってんじゃねえ」親分はそう静かに言うと顎で子分たちに指図した。
 
 男達は一斉に彼女に襲い掛かるのだが、彼らの手が彼女に触れることはない。全てが見切られて躱されていく。
 そして、拳を振るってきた順に彼女のカウンターに合い、悉く撃沈されていった。
 そこまで30秒と時間は掛からなかった。
 
 エマは親分にこれ見よがしのドヤ顔と仁王立ちを見せつける。

「あとはあんただけだよ。どう?やるの?逃げるの?」エマは尊大に言ってのけた。
 
 すると親分は蒼褪めながらも最後の抵抗を見せた。懐から拳銃を勢いよく抜いて、「ガハハハッ」と高笑いした。
「どうだ!おれにケチつけて生きていられた奴はいねえってこと教えてやるよ!!」
 震えながら、引き金を弾いて絵馬を仕留めにかかった。

 その瞬間――――
 エマの前に炎の壁が出来て、銃弾を瞬く間に蒸発させた。

 親分は幻覚を見たと思った。「コイツ!!」と叫びながら何度も引き金を弾いた。

 が、

 やはり、全ての銃弾は炎の壁に遮られて、エマに届くことはなかった。
 エマはゆっくりと親分の方へと歩み出た。

「来るな!!来るんじゃねえ!!」と取り乱し、親分は一目散にここから逃げ去った。


 エマはニヒルな笑みをして、親分の背中を嘲笑った。そうして、ゆっくりと健斗に近づいて、彼の傍から彼の顔を覗き込んだ。

「大丈夫かい?少年?」

その声を聞きながら、健斗の意識は闇の中へと落ちていくのだった。


 


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