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1.噂のヒーロー
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1.
その日の朝。霧が深く立ち込める中、早沼健斗は自転車を漕いで学園へとひた走っていた。普通なら鬱陶しくなるほど、濃い霧だったが、今の健斗には心地の良いものに感じられた。何故ならば、彼が人一倍、人見知りをする性格であったからに他ならない。幼い頃は無邪気で陽気な人懐っこい子供であったのだが、成長するにつれ、日に日に奔放さは色褪せて、次第に周囲との交流を拒んでいった。これは早沼家の家風なのかもしれない。早沼家は九州のとある山の中腹。人里離れた場所に居を構え、近隣と言えば八キロ先の集落ぐらいであった。健斗はここから一時間半くらいの時間をかけて、山の麓にある進学高校に通っている。
朝もやに塗れて、健斗は軽快にべダルを踏んだ。
彼は誰にも顔を見られぬという解放感と頬を撫でる風の心地よさに酔うように学園への道をひた走った。
学園に着くと健斗は自転車を降りて校門をくぐって、自転車置き場へと向かう。その道すがらに「おはよう」という声を聞いて、健斗は足を止めた。聞き覚えのある声に思わず、後ろを振り向いた。朝もやで顔ははっきり見えないはずだが、健斗にはそれが誰であるのか容易にわかるのだった。
「おはよう…… 健斗くん……だよね?」ジャージ姿の御厨碧は躊躇うように尋ねた。
「お、おはよう。御厨さん……」健斗は狼狽えるように返事をした。
碧は健斗に近づき、顔色が見えるほどの距離に来ると安心したように微笑みを見せた。
しかし、健斗はきょとんとしたように彼女に見入って、次の言葉を言い躊躇っていた。
「今日も早いね。朝練なの?」
「う、うん。今から音楽室に向かうところだよ」と健斗はクラリネットのケースを掲げるようにして言った。
「頑張ってるねえ! 青少年諸君!」碧はふざけて、健斗の肩を押した。すると健斗はちょっとよろけて後ずさりをした。
「諸君って……」健斗は周りを見て、他に人気が無いことを碧にそれとなく伝えようとした。
「相変わらず、細かいこと気にするんだね」そう言うと碧は悪戯にはにかんだ。「そんなんじゃいつまで経っても彼女なんか出来ないよ」
健斗は少し顔を赤らめて、慌てるように首を振る。
「べ、別に求めてないから!!」
「また、そんなこと言って!モテるんだから、そろそろ身を固めなって」
「僕はモテてないよ…… それに身を固めるって言葉の使い方間違ってるよ?」
「また細かいこと気にする~~!」また、碧は健斗の肩を押した。
「碧~~!どこで油売ってるの!監督が呼んでるよ!」遠くでソフトボール部のチームメイトが彼女を探して、声を張っていた。
「いけない!行かなきゃ!じゃあ、朝練頑張ってね」彼女は手を振って、朝霧の中に走っていき、姿を消した。
健斗と御厨碧は同じ里に住む幼馴染であった。明朗活発で奔放な碧は学業、スポーツともに優良で男女を問わず憧れの的であった。健斗も学業は彼女に引けを取らないものの体力面で見劣りするところがある。
しかし、唯一の弱点があるとすれば、音痴で音楽には一切興味が無いというところではないだろうか。
実は、そんな碧は健斗と同じ吹奏楽部に入部届を出した過去があったのだが……
あとのことは言うまい。
ともかく、今はそれぞれの部活に邁進し、お互い顔を合わせては励まし合っている。いや、むしろ碧の方が一方的に励ましていた。
実のところ、碧は健斗に気があるのかもしれない。しかし、そんなことは健斗が気にするところではなかった。
「やれやれ……」健斗は呆れ気味に呟いて、碧が消えたところから視線を外した。そうして、彼はゆっくりと音楽室へと歩いていく。
音楽室では、もう何人かが集まっていて、それぞれに練習の準備をしていた。健斗もバッグを教室の片隅に置いて、楽器ケースを開き、クラリネットを取り出した。
「なあなあ、昨日も出たらしいぞ!」男子生徒がはしゃぐように言った。
「何がだよ?」その親友は気も無い素振りで耳を貸す。
「イダテンだよ、イダテンだよ!!」
「ああ、あのヒーロー気取りの変な奴?」
「なんだよその言い草は。かっけえじゃん」
「どうだろうな。おれは無謀な向こう見ずにしか思えないけどな」
「お前、なんでそう言うの?歪んでるな」
「お前が純粋すぎるんだよ…… お坊ちゃん」
「なんだって!!」
音楽室は騒然となり、二人は取っ組み合いを始めた。女子が多い吹奏楽部にあって、誰一人二人に近寄らず、彼らを中心に円形の人だかりが出来た。
「私、先生呼んでくる!」女子の一人が勢いよく走って、扉の外に走り出た。
「男子!誰か止めてよ!」誰かが言うと、当の男子は顔を見合わせ、お互いに譲り合いをする。
「やめてください!!」
二人の間に飛び込んだのはへなちょこの健斗だった。間に入って、揉み合いに紛れて、健斗は掛けていた眼鏡を飛ばした。
かたんと眼鏡が音を立てて床に落ちる。その刹那に大きな足音が響く。
「おい!何をしてるんだ!」吹奏楽部の顧問教師が入ってきて二人はやっと冷静になり、俯いて静止した。
女子の一人が健斗の眼鏡を拾うと、恥ずかしそうに俯いて、健斗に差し出した。「あの……」
「ありがとう」健斗は表情を変えずに眼鏡を受け取った。
それから時間が経ち、学園でのすべてのイベントを熟すと健斗は家路についた。健斗が家に着く頃にはもうとっぷり日は落ちていた。
健斗は立ち漕ぎで長い傾斜を駆けあがって、家の軒先に辿り着いた。自転車を父のガレージに持っていって、シャッターを下ろすと彼は玄関へと歩き、そこのドアを開けた。
「ただいま」といった彼に応える者は誰もいなかった。健斗もそれが分かってて、そうしたのだ。いつもの生活手続きと言ってもいい。健斗は父と二人でこの広い屋敷に生活している。母は彼が生まれて、まもなくなんとかという重い病気を患って亡くなったと聞かされていた。健斗は仏壇の前に座り、件の彼女に帰宅を告げた。
再び、手荷物を持つと彼は疲れたように二階の自室へと上がっていく。ベッドに大の字になって自分の胸に押し寄せる鬱屈とした気分に向き合う。
健斗は音楽家になることを夢見ていた。そこへと向かって邁進している。
つもりだった……
しかし、ここ最近、脳裏に浮かぶのは何者でもない現状の自分。
そんな健斗の頭を”イダテン”と言う単語が過った。
その夜、時計の針は二二時を指そうとしていた。
そんな、どこかの歓楽街。とあるスナック。
看板にはまだ早いその時間その店の明かりは突如として消えた。
怪しげな男を一人、店の前に残して。
「おい、何やってる!早くしろ!」
「分かってるよ!いちいちビビってんじゃねえ!」
真っ暗な店内では、やさぐれた男の声が響いていた。
マグライトの明かりを頼りにレジや店内を物色して、現金や金目なものをメッセンジャーバッグに詰め込んでいた。その片隅のソファーには手足を縛られたホステスと客の姿があった。彼らは怯えながらこの災難が通り過ぎるのを祈るしかできなかった。
サングラス姿の店の前の男は腰に拳銃を隠して、煙草を吸いながら落ち着きなく周囲を見回していた。
風の強い夜だった。男は短くなった煙草を捨て、また新しい煙草を口に運んだ。風を凌ごうと壁に向かって、ライターを炊いた。その瞬間、彼は驚きのあまり大きく目を見開いた。壁に移った大きな人影に驚き、思わず腰に隠していた拳銃を引き抜いた。
「誰だ!!」男は振り返って怒鳴った。
が、
男は間もなく、腹部への強烈な痛みを感じ、今以上の闇の中を彷徨った。
一方、店内の二人組はもう盗む物はないと見切りをつけて、帰り支度に入っていた。
「なあ、こいつらどうするよ」バックを担ぎながら男は言った。
「さあ、どうするかな?」もう一人の男も準備を終えて、立ち上がった。
「いっそ、バラしちゃうか?」そう言うとナイフを抜いて、ホステスの首筋にそれを添えた。
「そうだな。運が悪かったと諦めてもらおうか」もう一人の男もナイフを抜いた。
その時!!!
突然ドアが吹き飛んで、店内の端まで飛んで、壁に当たり砕け散った。
「なんだ、今のは!!」驚いた男達は砕け散ったドアの破片を目の当たりに呆然となった。
再び、視線を人質に向けると彼らの視線は入り口の方に釘付けになっていた。
男たちは恐る恐るその視線を辿る。
すると、その先にあったのは――
「ナニモンだ!てめえ!!」男は目を見開いて叫んだ。
ドアの失くなった入り口には、黒い人影が仁王立ちになって、こちらの様子を伺っているように感じられた。
「おい…… ひょっとして…… あいつ……」男はナイフを投げ捨てて、腹に刺していた拳銃を抜き、黒い大男に銃口を向けた。
”パンッ”
乾いた銃声が鳴り響く。男はどやり顔で影を見つめた。いや、見つめていたつもりだったのだ。
そこには既に大きな影は無かった。
「おい、どこに消えやがった!!」男は蒼褪めた顔で辺りを見回した。相棒に目を移した刹那、彼は驚愕を満面に浮かべる。
その男の表情が苦悶に変わるまで一秒と必要なかった。そして、また苦悶も一秒とは持たず、男は白目を剥いて床に臥せった。
鎧の男は人質の一人のの口のガムテープを剥いで、彼を拘束していた結束バンドを契り切った。
「ありがとう…… でも、あなたはいったい……」自由になった男は彼に尋ねた。
「…………」
鎧の男は無言で立ち上がり、出口に向かって悠々と歩いて行った。
「もしかして、イダテン?!」
鎧の男は歩みを止めることなく、歩き続ける。そして、出口を出たと同時に彼の姿は闇夜に同化するように消えた。
男は慌てて外に出て、周りを見回したが、もうどこにも彼の姿はなかった。
その日の朝。霧が深く立ち込める中、早沼健斗は自転車を漕いで学園へとひた走っていた。普通なら鬱陶しくなるほど、濃い霧だったが、今の健斗には心地の良いものに感じられた。何故ならば、彼が人一倍、人見知りをする性格であったからに他ならない。幼い頃は無邪気で陽気な人懐っこい子供であったのだが、成長するにつれ、日に日に奔放さは色褪せて、次第に周囲との交流を拒んでいった。これは早沼家の家風なのかもしれない。早沼家は九州のとある山の中腹。人里離れた場所に居を構え、近隣と言えば八キロ先の集落ぐらいであった。健斗はここから一時間半くらいの時間をかけて、山の麓にある進学高校に通っている。
朝もやに塗れて、健斗は軽快にべダルを踏んだ。
彼は誰にも顔を見られぬという解放感と頬を撫でる風の心地よさに酔うように学園への道をひた走った。
学園に着くと健斗は自転車を降りて校門をくぐって、自転車置き場へと向かう。その道すがらに「おはよう」という声を聞いて、健斗は足を止めた。聞き覚えのある声に思わず、後ろを振り向いた。朝もやで顔ははっきり見えないはずだが、健斗にはそれが誰であるのか容易にわかるのだった。
「おはよう…… 健斗くん……だよね?」ジャージ姿の御厨碧は躊躇うように尋ねた。
「お、おはよう。御厨さん……」健斗は狼狽えるように返事をした。
碧は健斗に近づき、顔色が見えるほどの距離に来ると安心したように微笑みを見せた。
しかし、健斗はきょとんとしたように彼女に見入って、次の言葉を言い躊躇っていた。
「今日も早いね。朝練なの?」
「う、うん。今から音楽室に向かうところだよ」と健斗はクラリネットのケースを掲げるようにして言った。
「頑張ってるねえ! 青少年諸君!」碧はふざけて、健斗の肩を押した。すると健斗はちょっとよろけて後ずさりをした。
「諸君って……」健斗は周りを見て、他に人気が無いことを碧にそれとなく伝えようとした。
「相変わらず、細かいこと気にするんだね」そう言うと碧は悪戯にはにかんだ。「そんなんじゃいつまで経っても彼女なんか出来ないよ」
健斗は少し顔を赤らめて、慌てるように首を振る。
「べ、別に求めてないから!!」
「また、そんなこと言って!モテるんだから、そろそろ身を固めなって」
「僕はモテてないよ…… それに身を固めるって言葉の使い方間違ってるよ?」
「また細かいこと気にする~~!」また、碧は健斗の肩を押した。
「碧~~!どこで油売ってるの!監督が呼んでるよ!」遠くでソフトボール部のチームメイトが彼女を探して、声を張っていた。
「いけない!行かなきゃ!じゃあ、朝練頑張ってね」彼女は手を振って、朝霧の中に走っていき、姿を消した。
健斗と御厨碧は同じ里に住む幼馴染であった。明朗活発で奔放な碧は学業、スポーツともに優良で男女を問わず憧れの的であった。健斗も学業は彼女に引けを取らないものの体力面で見劣りするところがある。
しかし、唯一の弱点があるとすれば、音痴で音楽には一切興味が無いというところではないだろうか。
実は、そんな碧は健斗と同じ吹奏楽部に入部届を出した過去があったのだが……
あとのことは言うまい。
ともかく、今はそれぞれの部活に邁進し、お互い顔を合わせては励まし合っている。いや、むしろ碧の方が一方的に励ましていた。
実のところ、碧は健斗に気があるのかもしれない。しかし、そんなことは健斗が気にするところではなかった。
「やれやれ……」健斗は呆れ気味に呟いて、碧が消えたところから視線を外した。そうして、彼はゆっくりと音楽室へと歩いていく。
音楽室では、もう何人かが集まっていて、それぞれに練習の準備をしていた。健斗もバッグを教室の片隅に置いて、楽器ケースを開き、クラリネットを取り出した。
「なあなあ、昨日も出たらしいぞ!」男子生徒がはしゃぐように言った。
「何がだよ?」その親友は気も無い素振りで耳を貸す。
「イダテンだよ、イダテンだよ!!」
「ああ、あのヒーロー気取りの変な奴?」
「なんだよその言い草は。かっけえじゃん」
「どうだろうな。おれは無謀な向こう見ずにしか思えないけどな」
「お前、なんでそう言うの?歪んでるな」
「お前が純粋すぎるんだよ…… お坊ちゃん」
「なんだって!!」
音楽室は騒然となり、二人は取っ組み合いを始めた。女子が多い吹奏楽部にあって、誰一人二人に近寄らず、彼らを中心に円形の人だかりが出来た。
「私、先生呼んでくる!」女子の一人が勢いよく走って、扉の外に走り出た。
「男子!誰か止めてよ!」誰かが言うと、当の男子は顔を見合わせ、お互いに譲り合いをする。
「やめてください!!」
二人の間に飛び込んだのはへなちょこの健斗だった。間に入って、揉み合いに紛れて、健斗は掛けていた眼鏡を飛ばした。
かたんと眼鏡が音を立てて床に落ちる。その刹那に大きな足音が響く。
「おい!何をしてるんだ!」吹奏楽部の顧問教師が入ってきて二人はやっと冷静になり、俯いて静止した。
女子の一人が健斗の眼鏡を拾うと、恥ずかしそうに俯いて、健斗に差し出した。「あの……」
「ありがとう」健斗は表情を変えずに眼鏡を受け取った。
それから時間が経ち、学園でのすべてのイベントを熟すと健斗は家路についた。健斗が家に着く頃にはもうとっぷり日は落ちていた。
健斗は立ち漕ぎで長い傾斜を駆けあがって、家の軒先に辿り着いた。自転車を父のガレージに持っていって、シャッターを下ろすと彼は玄関へと歩き、そこのドアを開けた。
「ただいま」といった彼に応える者は誰もいなかった。健斗もそれが分かってて、そうしたのだ。いつもの生活手続きと言ってもいい。健斗は父と二人でこの広い屋敷に生活している。母は彼が生まれて、まもなくなんとかという重い病気を患って亡くなったと聞かされていた。健斗は仏壇の前に座り、件の彼女に帰宅を告げた。
再び、手荷物を持つと彼は疲れたように二階の自室へと上がっていく。ベッドに大の字になって自分の胸に押し寄せる鬱屈とした気分に向き合う。
健斗は音楽家になることを夢見ていた。そこへと向かって邁進している。
つもりだった……
しかし、ここ最近、脳裏に浮かぶのは何者でもない現状の自分。
そんな健斗の頭を”イダテン”と言う単語が過った。
その夜、時計の針は二二時を指そうとしていた。
そんな、どこかの歓楽街。とあるスナック。
看板にはまだ早いその時間その店の明かりは突如として消えた。
怪しげな男を一人、店の前に残して。
「おい、何やってる!早くしろ!」
「分かってるよ!いちいちビビってんじゃねえ!」
真っ暗な店内では、やさぐれた男の声が響いていた。
マグライトの明かりを頼りにレジや店内を物色して、現金や金目なものをメッセンジャーバッグに詰め込んでいた。その片隅のソファーには手足を縛られたホステスと客の姿があった。彼らは怯えながらこの災難が通り過ぎるのを祈るしかできなかった。
サングラス姿の店の前の男は腰に拳銃を隠して、煙草を吸いながら落ち着きなく周囲を見回していた。
風の強い夜だった。男は短くなった煙草を捨て、また新しい煙草を口に運んだ。風を凌ごうと壁に向かって、ライターを炊いた。その瞬間、彼は驚きのあまり大きく目を見開いた。壁に移った大きな人影に驚き、思わず腰に隠していた拳銃を引き抜いた。
「誰だ!!」男は振り返って怒鳴った。
が、
男は間もなく、腹部への強烈な痛みを感じ、今以上の闇の中を彷徨った。
一方、店内の二人組はもう盗む物はないと見切りをつけて、帰り支度に入っていた。
「なあ、こいつらどうするよ」バックを担ぎながら男は言った。
「さあ、どうするかな?」もう一人の男も準備を終えて、立ち上がった。
「いっそ、バラしちゃうか?」そう言うとナイフを抜いて、ホステスの首筋にそれを添えた。
「そうだな。運が悪かったと諦めてもらおうか」もう一人の男もナイフを抜いた。
その時!!!
突然ドアが吹き飛んで、店内の端まで飛んで、壁に当たり砕け散った。
「なんだ、今のは!!」驚いた男達は砕け散ったドアの破片を目の当たりに呆然となった。
再び、視線を人質に向けると彼らの視線は入り口の方に釘付けになっていた。
男たちは恐る恐るその視線を辿る。
すると、その先にあったのは――
「ナニモンだ!てめえ!!」男は目を見開いて叫んだ。
ドアの失くなった入り口には、黒い人影が仁王立ちになって、こちらの様子を伺っているように感じられた。
「おい…… ひょっとして…… あいつ……」男はナイフを投げ捨てて、腹に刺していた拳銃を抜き、黒い大男に銃口を向けた。
”パンッ”
乾いた銃声が鳴り響く。男はどやり顔で影を見つめた。いや、見つめていたつもりだったのだ。
そこには既に大きな影は無かった。
「おい、どこに消えやがった!!」男は蒼褪めた顔で辺りを見回した。相棒に目を移した刹那、彼は驚愕を満面に浮かべる。
その男の表情が苦悶に変わるまで一秒と必要なかった。そして、また苦悶も一秒とは持たず、男は白目を剥いて床に臥せった。
鎧の男は人質の一人のの口のガムテープを剥いで、彼を拘束していた結束バンドを契り切った。
「ありがとう…… でも、あなたはいったい……」自由になった男は彼に尋ねた。
「…………」
鎧の男は無言で立ち上がり、出口に向かって悠々と歩いて行った。
「もしかして、イダテン?!」
鎧の男は歩みを止めることなく、歩き続ける。そして、出口を出たと同時に彼の姿は闇夜に同化するように消えた。
男は慌てて外に出て、周りを見回したが、もうどこにも彼の姿はなかった。
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