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第二百九話 あなたはどうして、そこまで…、

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「まさか…、ゾフィーがいないだなんて…。」

やっとゾフィーの居場所が分かったと思ったのに…。ゾフィーはどこに行ったのだろうか。
あそこから逃げ出したということは無事なのだろうか。でも、それなら、ゼリウスか私の所に来る筈だ。なのに、どうして…、そう思いながら、屋敷に帰宅すると、

「にゃあ。」

「ああ。クローネ。暫く、構ってやれなくてごめんね。ん?」

リエルに擦り寄ってくる黒い猫を抱き上げようとすると、クローネの首元に巻かれた赤いリボンに何か筒状の物が吊り下がっている。何かしら?リエルは筒状の小さな何かを取り出し、中を開けてみる。中には一枚の紙が入っていた。紙を広げると、パサッと何かが床に落ちた。

「!?」

床に落ちたのは赤い髪の毛束だった。慌てて紙に目を通す。それは黒猫からの手紙だった。

『その髪の持ち主の女はこちらで預かっている。返してほしければ一人で来い。』

そう書かれていた。紙の一番下には日時と指定の場所が書かれ、黒い猫のトレードマークが記されていた。リエルは思わず紙をぐしゃりと握り締めた。

「お嬢様。お疲れでしょう?甘い物でも…、」

「メリル!ごめんなさい!ちょっと出かけてくるわね!」

「へ?」

メリルがチョコレートケーキを持って部屋に入るが慌ただしく部屋を出て行くリエルを見て、メリルは困惑した。

「お、お嬢様!?出かけるって、どちらに!?」

「すぐに戻るから!」

「お、お待ちを…!お嬢様!た、大変です!お嬢様が…!」

リエルは引き止める言葉も聞かずにそのまま屋敷を飛び出した。





「ローラン!」

「…リエル?」

五大貴族の一つであるアルセーヌアント男爵家、次期当主、ローランは突然の乱入者に顔を上げた。

「ローラン!良かった!やっぱり、ここにいたのね!」

研究室にいたローランを見つけ、リエルはホッとした。

「突然、どうしたのさ?」

ぼさぼさの髪を掻きながら、ローランは眠そうな目をしたまま、リエルに訊ねた。

「頼みがあるの!」

来て早々に突拍子のない事を言い出すリエルにローランは首を傾げた。



リエルは真夜中に屋敷を抜け出し、目的地に向かった。
長い髪を纏めて、帽子に隠し、シャツに膝丈のズボンという格好のリエルは腰に身に着けた短銃に上着の上から触れる。人気がない薄暗い路地…。背後に感じた気配にリエルはバッと振り返った。

「…黒猫…!」

屋根の上に佇んだ黒猫はリエルを見下ろし、へえと感心したように呟いた。

「気が付いたか。案外、鋭いんだな。」

タッと黒猫は身軽に地面に着地した。リエルは黒猫を無言で見つめる。

「ゾフィーはどこにいるの?どうして、あなたがゾフィーを…、」

黒猫は黙ったままだ。

「答えなさい!黒猫!あなた、ゾフィーに何をしたの!彼女は無事なんでしょうね!?」

黒猫はクッと口角を歪め、笑った。

「さあ?どうだろうな?」

黒猫の馬鹿にしたような物言いにリエルは彼を睨みつけた。

「欲しければ力ずくで奪い返してみろよ。今までもそうしてきたんだろう?なあ?この…、呪われた一族が。」

黒猫はまるでこちらを挑発するようにそう言い放った。
呪われた一族。その言葉にリエルはピクッと反応した。

「お前達は、五大貴族だのなんだの持て囃されているが所詮は人殺しの一族だ。俺はお前達を…、絶対に許さないからな。」

ぞっとする程、憎悪と殺意に満ちた言葉…。
やはり、この人は個人的にフォルネーゼ家に恨みを抱いているんだ。

「あなたは…、どうしてそこまで私を…、フォルネーゼ家を憎むの?」

「どうして…?決まっているだろう。お前達が…、フォルネーゼ家が俺の家族を殺したからに決まってんだろうが!」

リエルは目を見開いた。殺した…?黒猫は今までの怒りをぶつけるかのように叫び、リエルに指を突き付けた。

「お前の父親は俺の家族を殺したんだ!」

「お、お父様が…?そんな、そんなの嘘!」

「嘘なものか!お前の父親は金の為に俺達を殺そうとしたんだよ!だから、俺は…、あの時に誓ったんだ…。」

ギリッと歯を食い縛り、黒猫は言った。

「お前達…、フォルネーゼ家に必ず復讐してやると!それなのに…!あいつはあっさりと死んだ!俺が復讐するよりも先に死にやがった!」

黒猫の表情は仮面で隠れて見えないが激しい憎悪を感じ取った。その激情にリエルは思わず息を吞む。

「あいつが死んでも俺は許さない!あいつを…、フォルネーゼ家を俺は絶対に許さない!だから、決めたんだ!お前達、一族を滅ぼしてやると!全員を絶望に突き落としてやる!特に、お前は…、お前だけは…、この手で殺してやると決めたんだ!」

「なっ…、ど、どうしてそこまで…、」

「決まっているだろ!お前がエドゥアルトの娘でフォルネーゼ伯爵の実の姉だからだ!お前は弟の伯爵に溺愛されてるって話じゃないか。お前を殺せばあの伯爵に絶望を与えられる。俺と同じ苦しみをあの忌々しいクソガキにも味合わせてやるんだよ。」

「ルイを苦しめる為に私を殺すの…?だけど、ルイは何もしていないわ。あの子は無関係よ。」

「はあ?あの男の血を引いているってだけで十分だろうが!特にあの伯爵は顔を見ただけで苛々するんだよ!エドゥアルトに瓜二つのあの顔を見るとな!」

「黒猫。あなたの事情は分かったわ。でも!お父様がそんな事をしたなんて私には信じられない!」

リエルの父は誰よりも貴族の義務を重んじた人だった。
貴族だからといって偉い訳ではない。平民は私達貴族を支えてくれている人間だ。だからこそ、彼らの安全と生活を守るために私達貴族がいるのだ。
いつもそう言って、リエルに貴族としての在り方を教えてくれた。
確かに父は五大貴族として敵は多かったし、裏では貴族の粛清も行っていた。
だけど…、意味もなく、人を殺すようなことはしない。それに、あんなにも領民の為に尽くしてきた父がそんな真似をするなんてとても信じられない。

「お前が信じようが信じまいがこれは事実だ!俺の家族を殺して、他人の犠牲の上に成り立っているとも知らずにのうのうと生きてきたお前達を俺は絶対に許さない!父親にそっくりのあの伯爵も必ず引きずり落としてやる…!」

リエルはじり、と思わず後退った。

「その為に…、お前を先に殺してやる。」

ヒュッ、と何かを投げつけられる。リエルは咄嗟に避けた。バサッと髪が舞う。帽子が鋭利な刃物で壁に突き刺さっている。
一瞬、反応が遅れていれば確実に当たっていた。
リエルはすぐに黒猫から距離を取り、引き金を引いた。辺りに銃声が鳴り響いた。

「チッ!」

黒猫は銃弾を避ける為に一度、跳んでリエルから離れた。
その隙を見逃さず、リエルは彼に背を向けて、路地裏に走った。

「ッ!待て!」

後ろから追ってくる気配がする。
全速力で走る。走っている間にポケットから四角い掌の大きさの黒い物を取り出し、ピッ、と押して地面に落としていく。数秒後、パン!と小さな破壊音がした。

「ッ!?な、何だ!?」

開けた場所だとこの戦いは不利だ。
黒猫とまともにやり合えば確実に負ける。
だから…、もうこれしか私に勝機はない!
リエルは先程と同じように例の物を落としていく。

「チッ!変な小細工しやがって…!」

またしても後ろでパン!と音がした。
あれは、ローランが開発したものだ。研究気質のローランはルイと並んで科学の天才と呼ばれている。
科学や物理に通じた彼は幼い頃から数々の発明品を作り出してきた。今では爆弾を作るのに嵌まっているらしく、リエルが使ったあれもその一つだった。ボタンを押すと、作動して爆発するというものだ。
爆発とっても威力は小さいもので当たったら軽い火傷をするという程度だ。大怪我を負う程ではない。
試供品の段階で作った物だからと言ってリエルに譲ってくれたのだ。あの黒猫に効くとは思わないが足止めくらいにはなる筈だ。
積み上げられた木材を足場にして登って、そのまま地面に着地して、走った。
リエルが木材に登ったせいか後ろからガラガラと木材が崩れる音がした。
後少し…!後少しで…!リエルはひたすら目的地に向けて走った。闇雲に逃げている訳ではない。黒猫を誘き寄せる為にリエルは走っているのだ。

「うあっ…!?」

風を切る音がしたかと思えば、リエルは肩と足に何かが当たり、その衝撃で地面に転がった。
すぐに起き上がり、態勢を整える。痛みを感じる場所に目をやれば、肩と足から血が流れていた。
石壁に突き刺さった鋭利な刃物を見て、あれが掠ったのだと理解する。痛みを堪えてヨロッと立ち上がった。数メートル先には黒い影がゆっくりと近付いてきている。黒猫…!
手の中で武器を弄びながら、こちらを見つめている。

「つくづく、逃げ足だけは速い女だなあ。おい。けど、俺からすれば、お前なんて相手にもならない。」

「…。」

リエルは黙ったまま黒猫の動きを注意深く窺った。

「安心しろ。殺しはしねえよ。まだ、な。甚振って甚振って最後は殺してくれって懇願する位になるまで苦しませてやる…。」

舌を舐めながら、ナイフを掲げて見せる黒猫にぞくり、と背筋が震える。

「それまではお前の鬼ごっこにも付き合ってやるさ。…どうした?逃げねえのか?じゃあ、俺から行くぞ。」

ナイフを構える黒猫にリエルは素早く銃を取り出すと、ジャキッ、と引き金を引いて構え、そのまま発砲した。

「ッ!?」

黒猫は寸での所で銃弾を避けた。その隙を突いて、リエルは駆け出した。肩と足が痛むが構っていられなかった。

「ハッ…!往生際が悪い女だなあ!」

黒猫が後を追ってくる気配がする。右に左にと逸れたりして、入り組んだ迷路のような裏路地を通り抜けていく。時折、ナイフや針のような尖った武器が背後から放たれるがすれすれの所で当たらずに済んだ。チラッと黒猫を見やる。そこには、一定の距離を保って後を追う黒猫の姿があった。私を甚振って殺すという言葉は嘘じゃないみたいだ。
だけど、安心してもいられない。このままじゃ、追いつかれる!
黒猫がヒュン、と音を立てて何かを投げつける。それはリエルには当たらずに建物の壁に当たって地面に落ちた。

「…?」

走りながら、リエルは違和感を抱いた。
ふと、前を見れば、目的地が見えてきた。この路地を真っ直ぐ行けば、抜けられる!

「逃がすか!」

タン!と壁を蹴って、黒猫はリエルに距離を詰める。リエルはハッと上を見上げる。
銃を構えるが黒猫の方の動きが早かった。
やられる…!そう覚悟したが、ヒュン、と黒猫の振るったナイフは空を切った。
もう、今しかない…!リエルはポケットに手を入れ、隠し持っていたボタンをピッ、と押した。
その直後…、爆発音と共に瓦礫が崩れる音が辺りに轟いだ。
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