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第百八十六話 僕は‥、姉の髪が大好きだったんだ
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「…。」
ダークはリーゼが下がった後も暫く頬杖をついて考え事をしていた。
思い出すのはさっき、リーゼが聞かせてくれた父親の話だ。
リーゼの父親は、とても厳しかったらしい。勉強を頑張っても一度も褒めてくれなくて…、悔しくて、悲しい思いをしたそうだ。リーゼはそんな父がずっと苦手だったと言った。
ある時、一度だけ何もかも嫌になって勉強を逃げだしたことがあった。
そうしたら、偶然、その父親が執事と話している会話を聞いた。
執事がお嬢様に少し厳しすぎないかと言っていたのに対して、父はこう答えたらしい。
厳しくしないと子供は成長しない。甘やかしてしまっては折角のあの子の能力を伸ばすことはできないだろう。私はあの子には期待している。あの子はやればできる子だ、と。
それを聞いて、リーゼは初めてあの厳しさは愛情の裏返しなのだと知った。
自分の為を思い、期待をしているからこそ、厳しく接していたのだと気付かされたのだと。
「きっと、ゾフィー様も私の父と同じなのではないでしょうか?
関心もなく、期待もしていない人間に人は注意したり、厳しくしたりしませんから。
期待をしているからこそ、厳しく、叱りつけることもあるのだと私は思います。
ダーク様を叱るのも注意するのも何か意味がある行為なのではないでしょうか?
勿論、あくまで私が思った事ですから、根拠はありませんが…、」
そんなリーゼの言葉を思い出しながら、ダークは姉、ゾフィーの事を思い出した。
「ダーク!何をしているの!お止めなさい!」
ある時、メイドに罰を与えていたら、騒ぎを聞きつけたゾフィーが間に入って、鞭を取り上げた。
「な、何するんだ!?返せ!僕の鞭だぞ!」
が、ゾフィーはその鞭を返さず、自分を睨みつけた。再度、何をしていたのかと訊ねた。
「このメイドが僕のお気に入りのカップを割ったんだ!だから、その罰を与えていただけなのに…!」
「だからといって、鞭で人を叩いていいとでも?」
「だって、父上や母上だってよく…!」
「他の人がいるなら、自分もしていいという考えはやめなさいとあれ程、言ったでしょう!
あなたは鞭で叩かれた人の痛みを考えたことはないの!?」
「はあ?何で僕がそんな汚らしい平民なんかの気持ちを考えなきゃならないんだよ。
こいつらは平民で僕は貴族なんだぞ!貴族である僕が平民に何したって…、」
「いい加減になさい!貴族なら何をしてもいいという考えは間違っているとあれ程…!」
そう言って、ゾフィーはダークを叱りつけた。丁度、その時、駆けつけたソニアがダークを抱き締め、味方してくれた。お姉様、酷いわ!と目を潤ませながらも気丈に立ち向かうソニアにダークは感動したものだ。が、ゾフィーは呆れたように溜息を吐き、
「あなた達がそんなだから…、ダークは…、」
頭痛でもするかのようにこめかみを抑え、ゾフィーはもう、いいわ。と言い、そのままダークの部屋から出て行った。が、鞭は取り上げられてしまい、返してくれなかった。
なので、ソニアの助言で父親に泣きついた。
父が怒り心頭でゾフィーに鞭を返すように言ってくれた。
さすがのゾフィーもこれで鞭を返すかと思いきや、冷めた目であれは処分したと言われてしまい、結局鞭は返ってこなかった。父親に弟の物を取り上げ、捨てるとは何事だ!と叱られているゾフィーを見て、少しだけいい気味だと思った。
また、ある時、勉強をさぼって遊んでいると、
「ダーク!あなたはまた、こんな所で遊んで…、今は授業を受ける時間でしょう!?部屋に戻って勉強なさい!」
そう言って、ダークを叱りつけ、逃げようとするダークの腕を掴み、ずるずると無理矢理部屋まで連れて行く。その途中でソニアに出会い、ダークを虐めないで!と言うソニアにゾフィーはまたしても溜息を吐いていた。ソニアが必死にダークを助けてくれようとしたのだが、ゾフィーは全く取り合わずにそのままダークを引きずって行く。
家庭教師の先生にきちんと謝罪をするようにと言い残して、部屋に押し込むゾフィーにダークは怒りを抱いた。
「あなたはこの家の跡取り息子。でも、だからといって、稽古や勉強を疎かにしていい理由にはならない。将来、立派な当主になる為にも今からしっかりと励みなさい。」
「我が家は貧しいの。だから、我儘も程々にしなさい。他の貴族の家が羨ましいのは分かるけど、きちんと身の丈に合った生活を…、」
「ダーク。好き嫌いばかりしてはいけないわ。ちゃんと野菜を食べなさい。」
「ダーク。私達は貴族だけど、貴族だから偉いというわけではないの。貴族も平民も同じ人間であることに変わりはない。いい?平民だからと軽んじたり、馬鹿にしてはいけません。貴族の義務は何であるかをしっかりと理解なさい。」
「人の物を勝手に盗ってはいけないわ。いい?盗みは犯罪なの。さあ、ちゃんとこれはあの子に返してきなさい。勿論、ちゃんと謝るのよ。」
いつもそうだ。ゾフィーはいつもダークの行動を否定し、厳しくて、嫌な事ばかり言う。
両親とソニアは違った。ダークのしたいようにやらせてくれたし、どんな我儘も聞いてくれた。あなたはこの家の跡継ぎなのだからと大切にしてくれた。
それなのに、ゾフィーだけはいつもダークに冷たかった。
次第にダークはゾフィーを疎ましく思い、嫌いになった。
両親もソニア姉様もゾフィーは意地悪で性格が悪い娘だと口を揃えて言っていた。
だから、ダークもそう思っていた。
ある時、あまりにもゾフィーが煩わしくて、ダークはゾフィーに反撃した。
「うるさいな!自分が家族に愛されないからって僕に八つ当たりするな!父上も母上も言ってたぞ!どうして、こんな出来の悪い娘に育ったんだって!
そんなんだから、姉上はいつまでも誰にも愛されない寂しい女なんだよ!」
その時のゾフィーは悲しさと苦しさと切なさと寂しさが入り混じった目をしていた。
キュッと唇を噛み締め、ゾフィーは静かに
「…分かったわ。もう、あなたには…、これ以上、何も言いません。」
そう言って、ゾフィーはダークに背を向けた。傷ついたようなその姿に少し胸が痛んだが自分はもっと姉に傷つけられたのだ。これ位の反撃はいいだろうと思い直した。
時々、ゾフィーがこちらを何か言いたげな目で見てきたが、無視をした。
やがて、ゾフィーは自分が贅沢をしたいがために商会の仕事に夢中になり、ダークとはほとんど関わらなくなった。
ゾフィーが婚約破棄をされた時もその婚約者がソニアを選んだと聞いても何とも思わなかった。
むしろ、意地悪なゾフィーよりも可愛くて優しいソニアを選ぶのは当たり前だと思った。
両親もソニアを庇い、魅力のないゾフィーが悪いと責めていた。だから、ダークもその通りだと納得した。ゾフィーが行方不明になったと聞いた時も清々したものだ。
でも…、ダークはふと、疑問を抱いた。
ゾフィーが自分を叱ったのは何か理由があったのか?
もしかして、あれは本当に…、リーゼの言うように自分を思って…?
いや。まさか!ダークは否定するように首を振った。そんな筈ない。そんな筈は…、
だって、ソニア姉様もいつも言ってくれたじゃないか。
ゾフィー姉様はいつもダークを虐めてる酷い姉だ。
実の弟にあんな意地悪をするなんて…、きっと、姉様はダークを嫌ってあんな意地悪をしているに違いない。
きっと、ダークが跡継ぎで両親に可愛がられているから妬んでいるのよ、と。
だから、ダークもずっと、そう思ってた。姉は自分に意地悪ばかりする。だから、あんなに冷たくて、厳しいんだと。ずっと…、そう思って…、
不意にゾフィーから言われた言葉を思い出した。
「ダーク。不用意な発言は控えなさい。言葉には重みがある。特に私達、貴族の言葉には力があるの。だから、言葉には気を付けなさい。きちんと自分の発言に責任を持って、考えてから発言するの。」
同じだ…。リーゼも似たような事を言っていた。
あれも本当は自分の為を思って…?もし、もしそうだとしたら…、自分は…。
ダークはその考えを振り払うように髪をぐしゃりと搔き乱した。
ふと、ダークは花瓶に生けられた赤い花に目を留める。
その花を見て、ダークはゾフィーの髪を思い出した。
日の光に照らされ、風に靡いた姉の鮮やかな赤い髪…。思わず手を伸ばして触りたくなるような…。
無意識に姉の髪に触ろうとするダークに姉は笑って抱っこしてくれた。
あれ?おかしいな。
姉上はいつも意地悪で冷たかった。その筈なのに‥、どうして…、こんな…、こんな事を今更思い出すのだろう。この時の姉は…、とても優しくて、穏やかな笑顔を向けてくれていたのに。
それなのに…、自分が鮮明に覚えている姉の記憶はいつも厳しい目をしているか、時折、寂しそうに諦めたような表情を浮かべているかのどちらかだ。姉のあんな笑顔は…、もうずっと見ていない。
いつからだ?いつから、姉はこの笑顔を僕に見せてくれなくなったのだろうか。
あの時は…、自分がまだ小さかった時はまだ笑ってくれていた気がする。
一体、いつから…、姉は変わってしまったんだろう。
あの時のままだったら、僕だってここまで姉を嫌う事はなかっただろうに。
どうして…、姉は変わってしまったんだろうか。
ダークはそっと赤い花に手を伸ばした。
『私は赤い髪に憧れますわ。赤く染まった夕焼けのような色もルビーのようにキラキラした深い色合いの赤もリコリスのような情熱的な赤い色も…。どれもとても綺麗で見惚れてしまいます。』
花弁をそっと触りながら、ダークはリーゼの言葉を思い出す。
…そうだ。昔、僕は…、姉の髪が大好きだったんだ。
何でそんな大事な事を忘れていたんだろう。いつから、僕は…、あんな考えを持つようになったんだろう。
いなくなってせいせいしたと思っていたのに…。
それなのに…、どうしてこんな気持ちになるのだろうか。どうしてだか今は無性に…、姉に会いたいと思った。
あの鮮やかな赤い髪をもう一度見たいと思った。
もう一度…、今度は逃げることなく、姉と話がしたい。もしかしたら…、自分は姉を誤解していただけなのかもしれない。このまま二度と会えなくなるのは…、何だか嫌だった。
ダークは自身の心の変化に戸惑いつつも、それを否定することはできなかった。
ダークはリーゼが下がった後も暫く頬杖をついて考え事をしていた。
思い出すのはさっき、リーゼが聞かせてくれた父親の話だ。
リーゼの父親は、とても厳しかったらしい。勉強を頑張っても一度も褒めてくれなくて…、悔しくて、悲しい思いをしたそうだ。リーゼはそんな父がずっと苦手だったと言った。
ある時、一度だけ何もかも嫌になって勉強を逃げだしたことがあった。
そうしたら、偶然、その父親が執事と話している会話を聞いた。
執事がお嬢様に少し厳しすぎないかと言っていたのに対して、父はこう答えたらしい。
厳しくしないと子供は成長しない。甘やかしてしまっては折角のあの子の能力を伸ばすことはできないだろう。私はあの子には期待している。あの子はやればできる子だ、と。
それを聞いて、リーゼは初めてあの厳しさは愛情の裏返しなのだと知った。
自分の為を思い、期待をしているからこそ、厳しく接していたのだと気付かされたのだと。
「きっと、ゾフィー様も私の父と同じなのではないでしょうか?
関心もなく、期待もしていない人間に人は注意したり、厳しくしたりしませんから。
期待をしているからこそ、厳しく、叱りつけることもあるのだと私は思います。
ダーク様を叱るのも注意するのも何か意味がある行為なのではないでしょうか?
勿論、あくまで私が思った事ですから、根拠はありませんが…、」
そんなリーゼの言葉を思い出しながら、ダークは姉、ゾフィーの事を思い出した。
「ダーク!何をしているの!お止めなさい!」
ある時、メイドに罰を与えていたら、騒ぎを聞きつけたゾフィーが間に入って、鞭を取り上げた。
「な、何するんだ!?返せ!僕の鞭だぞ!」
が、ゾフィーはその鞭を返さず、自分を睨みつけた。再度、何をしていたのかと訊ねた。
「このメイドが僕のお気に入りのカップを割ったんだ!だから、その罰を与えていただけなのに…!」
「だからといって、鞭で人を叩いていいとでも?」
「だって、父上や母上だってよく…!」
「他の人がいるなら、自分もしていいという考えはやめなさいとあれ程、言ったでしょう!
あなたは鞭で叩かれた人の痛みを考えたことはないの!?」
「はあ?何で僕がそんな汚らしい平民なんかの気持ちを考えなきゃならないんだよ。
こいつらは平民で僕は貴族なんだぞ!貴族である僕が平民に何したって…、」
「いい加減になさい!貴族なら何をしてもいいという考えは間違っているとあれ程…!」
そう言って、ゾフィーはダークを叱りつけた。丁度、その時、駆けつけたソニアがダークを抱き締め、味方してくれた。お姉様、酷いわ!と目を潤ませながらも気丈に立ち向かうソニアにダークは感動したものだ。が、ゾフィーは呆れたように溜息を吐き、
「あなた達がそんなだから…、ダークは…、」
頭痛でもするかのようにこめかみを抑え、ゾフィーはもう、いいわ。と言い、そのままダークの部屋から出て行った。が、鞭は取り上げられてしまい、返してくれなかった。
なので、ソニアの助言で父親に泣きついた。
父が怒り心頭でゾフィーに鞭を返すように言ってくれた。
さすがのゾフィーもこれで鞭を返すかと思いきや、冷めた目であれは処分したと言われてしまい、結局鞭は返ってこなかった。父親に弟の物を取り上げ、捨てるとは何事だ!と叱られているゾフィーを見て、少しだけいい気味だと思った。
また、ある時、勉強をさぼって遊んでいると、
「ダーク!あなたはまた、こんな所で遊んで…、今は授業を受ける時間でしょう!?部屋に戻って勉強なさい!」
そう言って、ダークを叱りつけ、逃げようとするダークの腕を掴み、ずるずると無理矢理部屋まで連れて行く。その途中でソニアに出会い、ダークを虐めないで!と言うソニアにゾフィーはまたしても溜息を吐いていた。ソニアが必死にダークを助けてくれようとしたのだが、ゾフィーは全く取り合わずにそのままダークを引きずって行く。
家庭教師の先生にきちんと謝罪をするようにと言い残して、部屋に押し込むゾフィーにダークは怒りを抱いた。
「あなたはこの家の跡取り息子。でも、だからといって、稽古や勉強を疎かにしていい理由にはならない。将来、立派な当主になる為にも今からしっかりと励みなさい。」
「我が家は貧しいの。だから、我儘も程々にしなさい。他の貴族の家が羨ましいのは分かるけど、きちんと身の丈に合った生活を…、」
「ダーク。好き嫌いばかりしてはいけないわ。ちゃんと野菜を食べなさい。」
「ダーク。私達は貴族だけど、貴族だから偉いというわけではないの。貴族も平民も同じ人間であることに変わりはない。いい?平民だからと軽んじたり、馬鹿にしてはいけません。貴族の義務は何であるかをしっかりと理解なさい。」
「人の物を勝手に盗ってはいけないわ。いい?盗みは犯罪なの。さあ、ちゃんとこれはあの子に返してきなさい。勿論、ちゃんと謝るのよ。」
いつもそうだ。ゾフィーはいつもダークの行動を否定し、厳しくて、嫌な事ばかり言う。
両親とソニアは違った。ダークのしたいようにやらせてくれたし、どんな我儘も聞いてくれた。あなたはこの家の跡継ぎなのだからと大切にしてくれた。
それなのに、ゾフィーだけはいつもダークに冷たかった。
次第にダークはゾフィーを疎ましく思い、嫌いになった。
両親もソニア姉様もゾフィーは意地悪で性格が悪い娘だと口を揃えて言っていた。
だから、ダークもそう思っていた。
ある時、あまりにもゾフィーが煩わしくて、ダークはゾフィーに反撃した。
「うるさいな!自分が家族に愛されないからって僕に八つ当たりするな!父上も母上も言ってたぞ!どうして、こんな出来の悪い娘に育ったんだって!
そんなんだから、姉上はいつまでも誰にも愛されない寂しい女なんだよ!」
その時のゾフィーは悲しさと苦しさと切なさと寂しさが入り混じった目をしていた。
キュッと唇を噛み締め、ゾフィーは静かに
「…分かったわ。もう、あなたには…、これ以上、何も言いません。」
そう言って、ゾフィーはダークに背を向けた。傷ついたようなその姿に少し胸が痛んだが自分はもっと姉に傷つけられたのだ。これ位の反撃はいいだろうと思い直した。
時々、ゾフィーがこちらを何か言いたげな目で見てきたが、無視をした。
やがて、ゾフィーは自分が贅沢をしたいがために商会の仕事に夢中になり、ダークとはほとんど関わらなくなった。
ゾフィーが婚約破棄をされた時もその婚約者がソニアを選んだと聞いても何とも思わなかった。
むしろ、意地悪なゾフィーよりも可愛くて優しいソニアを選ぶのは当たり前だと思った。
両親もソニアを庇い、魅力のないゾフィーが悪いと責めていた。だから、ダークもその通りだと納得した。ゾフィーが行方不明になったと聞いた時も清々したものだ。
でも…、ダークはふと、疑問を抱いた。
ゾフィーが自分を叱ったのは何か理由があったのか?
もしかして、あれは本当に…、リーゼの言うように自分を思って…?
いや。まさか!ダークは否定するように首を振った。そんな筈ない。そんな筈は…、
だって、ソニア姉様もいつも言ってくれたじゃないか。
ゾフィー姉様はいつもダークを虐めてる酷い姉だ。
実の弟にあんな意地悪をするなんて…、きっと、姉様はダークを嫌ってあんな意地悪をしているに違いない。
きっと、ダークが跡継ぎで両親に可愛がられているから妬んでいるのよ、と。
だから、ダークもずっと、そう思ってた。姉は自分に意地悪ばかりする。だから、あんなに冷たくて、厳しいんだと。ずっと…、そう思って…、
不意にゾフィーから言われた言葉を思い出した。
「ダーク。不用意な発言は控えなさい。言葉には重みがある。特に私達、貴族の言葉には力があるの。だから、言葉には気を付けなさい。きちんと自分の発言に責任を持って、考えてから発言するの。」
同じだ…。リーゼも似たような事を言っていた。
あれも本当は自分の為を思って…?もし、もしそうだとしたら…、自分は…。
ダークはその考えを振り払うように髪をぐしゃりと搔き乱した。
ふと、ダークは花瓶に生けられた赤い花に目を留める。
その花を見て、ダークはゾフィーの髪を思い出した。
日の光に照らされ、風に靡いた姉の鮮やかな赤い髪…。思わず手を伸ばして触りたくなるような…。
無意識に姉の髪に触ろうとするダークに姉は笑って抱っこしてくれた。
あれ?おかしいな。
姉上はいつも意地悪で冷たかった。その筈なのに‥、どうして…、こんな…、こんな事を今更思い出すのだろう。この時の姉は…、とても優しくて、穏やかな笑顔を向けてくれていたのに。
それなのに…、自分が鮮明に覚えている姉の記憶はいつも厳しい目をしているか、時折、寂しそうに諦めたような表情を浮かべているかのどちらかだ。姉のあんな笑顔は…、もうずっと見ていない。
いつからだ?いつから、姉はこの笑顔を僕に見せてくれなくなったのだろうか。
あの時は…、自分がまだ小さかった時はまだ笑ってくれていた気がする。
一体、いつから…、姉は変わってしまったんだろう。
あの時のままだったら、僕だってここまで姉を嫌う事はなかっただろうに。
どうして…、姉は変わってしまったんだろうか。
ダークはそっと赤い花に手を伸ばした。
『私は赤い髪に憧れますわ。赤く染まった夕焼けのような色もルビーのようにキラキラした深い色合いの赤もリコリスのような情熱的な赤い色も…。どれもとても綺麗で見惚れてしまいます。』
花弁をそっと触りながら、ダークはリーゼの言葉を思い出す。
…そうだ。昔、僕は…、姉の髪が大好きだったんだ。
何でそんな大事な事を忘れていたんだろう。いつから、僕は…、あんな考えを持つようになったんだろう。
いなくなってせいせいしたと思っていたのに…。
それなのに…、どうしてこんな気持ちになるのだろうか。どうしてだか今は無性に…、姉に会いたいと思った。
あの鮮やかな赤い髪をもう一度見たいと思った。
もう一度…、今度は逃げることなく、姉と話がしたい。もしかしたら…、自分は姉を誤解していただけなのかもしれない。このまま二度と会えなくなるのは…、何だか嫌だった。
ダークは自身の心の変化に戸惑いつつも、それを否定することはできなかった。
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