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第百八十三話 よろしくお願いします。‥お嬢様
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「フフッ…、フフッ…、」
ソニアは指に嵌めた指輪を見つめて、うっとりと微笑んでいた。
ああ。最高だ。邪魔な姉はいなくなった。姉の婚約指輪であるエメラルドの指輪も奪ってやった。
可愛いわたしがつける方が断然、似合っている。これで、五大貴族の妻はわたしの物だ。
姉がなれるのなら、わたしだってできる。簡単だ。
ゼリウス様はワイルドで素敵な男性だ。姉には勿体ない。あんななよなよしたヒューゴなんかよりずっといい。
「失礼いたします。お嬢様。」
「何よ?」
「本日より、新しく入った家令を紹介したく…、」
「家令?ふうん。あっそ。」
使用人の顔など一々、覚える気はない。そう思って、ツン、と顔を背けようとするソニアだったが…、執事の後ろから現れた長身の男の姿に目を瞠った。
「初めまして。リヒャルトと申します。精一杯奉公させて頂きますのでどうぞ、よろしくお願いします。
‥お嬢様。」
鳶色の髪に涼やかな目元をした美青年の姿にソニアは頬を染めた。
リヒャルトと名乗った家令は老若男女を虜にするような魅惑的な笑みを浮かべてソニアを見つめた。
その目に様々な思惑と感情を隠したまま。
この屋敷内の部屋はもう全部、見て回った。使われていない部屋や倉庫や納屋等の人が立ち入らなそうな部屋も見たが、手掛かりはなし。隠し部屋らしき場所も見つけられなかった。それに、ここには人を監禁できそうな部屋はない。やっぱり、ゾフィーはこの屋敷にはいないのかもしれない。となると、攫われた可能性が高い。でも、それならどこに…?リエルは履き掃除をしながら考え事をしていた。
「リーゼ。もう、休憩してもいいわよ。」
「あ、はい!ありがとうございます!」
そんなリエルに指導係の先輩侍女が声を掛ける。
洗濯、炊事、水汲み、掃除…。下働きの使用人の仕事はやることがたくさんある。
リエルは率なく、それらをこなしながら、一生懸命仕事に取り組んだ。
実は、こうした家事全般は孤児院の子供達に教えてもらったし、下町育ちのロジェやその仲間達ともやってみたことがあるのだ。なので、リエルは特に大きな失敗することはなく、仕事面は苦労することなく、問題なく過ごせた。
ここの使用人達は比較的穏やかで親切だ。たまに仕事を押し付けたり、陰口を叩いたり、嫌がらせをする侍女もいるが想像しているよりもマシだったので拍子抜けした。
それに、リエルは働き者でいつもニコニコと愛想よくしているだけで先輩侍女には可愛がられるようになった。同僚とも距離を縮め、少しずつ親しくなることにも成功した。
休憩時間にリエルは同僚と和やかに談笑していた。
「あの…、そういえば、私ここの屋敷に勤めたばかりでよく分からないんですけど…、ここの家にはもう一人お嬢様がいるって聞いたんですけど…、」
「ああ。ゾフィーお嬢様の事?それがね…、お嬢様はあなたが来るちょっと前に行方不明になったらしいの。」
「らしいとは?」
「婚約が決まったばかりなのに、ある日、夜中に家を出たらしくて、朝になったらお嬢様がいなくなっていたの。部屋には、置き手紙が残されていたみたい。
手紙には他に好きな男ができたのでその人と一緒になります。探さないでくださいって書かれていたんですって。」
「え、でも…、ゾフィー様は婚約が決まっていたんでしょう?もしかして、結婚が嫌で逃げ出したとか?」
「まさか!貴族の結婚って政略結婚が普通らしいけど、お嬢様と婚約者のティエンディール侯爵様は相思相愛の仲だったらしいのよ。ここだけの話。ゾフィー様って家族に疎まれていたから旦那様達が何かしたんじゃないかって言われているのよ。」
「ええ?嘘…。」
「こう言っちゃなんだけど、ゾフィー様って優秀だったから旦那様達からは嫌われていたのよ。
まあ、僻みってやつよねえ。特にソニアお嬢様何て、あからさまにゾフィー様に嫌がらせをしたりしてね。ゾフィー様の縁談相手だった子爵令息を横取りして、自分がその婚約者になったりもしたの。」
「し、信じられません。ソニア様ってあんなに可愛らしいお嬢様なのに…、」
リエルは下働きの使用人なのでソニアと面識がない。それに、ゾフィーとのことでソニアにはあまりいい感情を持っていない。
内心、全く可愛いと思っていないがとりあえず、表面上は驚いた表情をしてみせる。
「あんなの、顔だけよ。ソニア様って性格最悪なの。ソニア様専属の子達は毎日辞めたいって泣いているもの。ゾフィー様と違って、悪魔みたいな女よ。」
「ゾフィー様から男を奪ったのに、当のゾフィー様はその婚約者よりも遥かに条件のいい五大貴族の当主と婚約したわけでしょ?それを知ったソニア様ったらもう怒り狂ってね。あれは見ていて、気分が良かったわ。」
「でも、問題はそこから。ソニア様ったら、婚約を破棄してゾフィー様の婚約者と結婚したいって言いだしたのよ。」
「え、でも、そんな事許される筈が…、」
「普通はね。けど、旦那様も奥様もソニア様を溺愛していてね…、信じられないことにお互いの婚約者を取り換えようとしたのよ。」
「ええ!?」
初めて聞く話だ。ゾフィー。そんな理不尽な事を言われていたのか。知らなかった…。というか、ロンディ子爵は一体、何を考えているのだ!
「まあ、でも、それを聞いた侯爵は激怒して、旦那様達は大変だったらしいわよ。」
ゼリウス…。良かった。ちゃんとゾフィーを庇ってくれたんだ。
まあ、それはそうだろうな。何せ、ゼリウスってあれからゾフィー一筋になったのだし…。
それをいきなり花嫁は妹にしてください何て言われたら、怒るに決まっている。
それにしても、ゾフィーの家族はあまりにも非常識だ。
ゾフィーは言わなかっただけで相当、今まで苦労してきたのだろうな。
「でも、その後にゾフィー様が失踪したんでしょう?ちょっと、きな臭いと思わない?」
「シッ!滅多な事を言うものじゃないわ。旦那様に知られたら、解雇だけじゃすまないわよ。
リーゼ。あなたも気を付けるのよ?ここでは、ゾフィー様の話題はだしちゃ駄目。分かった?」
「は、はい!気を付けます!」
先輩の言葉にリエルは頷いた。成程…。これで彼らの動機が分かった。よし。女性達から話は聞き出せた。後は男の人達にも聞いてみよう。
「ゾフィー様の事?ああ。あんたが来る前にゾフィー様は家出をしてしまったみたいでな…、」
「俺も詳しいことは知らないんだ。けど、ゾフィー様って家族仲が最悪だったらからもしかしたら、旦那様が…、あ。これ、内緒だぞ?」
「はあ…。」
リエルは溜息を吐いた。やっぱり、有益な情報は中々、掴めない。
本当に知らないのだろうか?もう少し深く探った方がいいのかも…。
でも、あまり、深入りすると今度は男達から見返りに何をされるか分からない。
さっきも大分、ギリギリだった。下心満載で触ってくる男達にこれもゾフィーの為だから耐えるんだ、と必死に我慢したのだ。それ以上されそうになったこともあるがその時は適当に理由を作って逃げたりしたので何とかなったが…、これ以上は限界だ。それに、あまりやり過ぎると逆に不信感を与えてしまうし…。リエルはどうするべきかと考えた。
それにしても…、やっぱり使用人の中にはゾフィーの家族に不信感を抱いている人も多くいるみたいだ。
それ程、ゾフィーは家族に嫌われていたらしい。あんなにいい子なのにどうして、そんな酷いことをするのだろう。ゾフィーの家族関係や境遇を聞くだけで怒りがこみ上げる。
ゾフィーに仕事は任せきりで借金だってゾフィーが商会で稼いだお金で返済し、何とか家を切り盛りしてくれているのにあの家族ときたら、ゾフィーに感謝もせずに散財をする始末。
ゾフィーのお金を勝手に持ち出したこともあるらしい。
ゾフィーが婚約破棄された時だって、被害者のゾフィーを責めて、婚約者を奪った妹を庇ったらしい。どう考えても、妹が悪いのに…。
使用人の話だと、評判の悪いゾフィーなのだから振られても仕方がない、ゾフィーに魅力がないのが悪いというのがあの子爵達の言い分らしい。滅茶苦茶である。
こんな家族に囲まれてゾフィーはよく捻くれなかったなと感心する。
そもそも、ゾフィーの評判が悪いのは元はと言えば、ゾフィーの親が原因だ。子爵が借金を作って没落寸前まで追い込まなければゾフィーは働く必要はなかったのだから。
そもそも、女の身で働くことが間違っているという考えがおかしいのだ。これだから、男女差別や階級意識の高い貴族の世界は面倒臭い。
リエルはつくづく、今までゾフィーは苦労したのだと思い知らされる。
私には父がいたし、ルイやリヒター達もいた。お母様には疎まれていたけれど私には味方がいたし、守ってくれる人がいた。でも…、ゾフィーは違う。彼女はずっと一人で戦ってきたのだ。味方もいない家族の中でたった一人で…、どれだけ大変だったことだろう。
ゾフィーが家族について話さないのは触れられたくないからだと踏み込まなかったことをリエルは後悔した。
もっとちゃんと話を聞いてあげればよかった。ずっと抱えてきた不安や孤独、寂しさ…、愛されない苦しみを私自身はよく分かっていたのに…!どうして、もっとゾフィーの心に寄り添おうとしなかったんだろう。知るだけでも…、聞いてあげるだけでも何か違ったかもしれないのに…。
リエルはキュッと唇を噛み締めた。…こんな所でうじうじしていては駄目だ。そんな暇があったら、一刻も早くゾフィーを助け出さないと…!落ち込んでいる自分を奮い立たせるようにリエルは顔を上げた。
ここではゾフィーの行方を探る為に使用人として潜入しているだけなのだが…、周囲の人間にそれがバレる訳にはいかない。だから、同じ職場仲間であるメイド達に上手く溶け込まないといけないのだ。程よい人間関係を築いて、情報収集に活用する。
時には、男の使用人とも距離を詰めないといけないので一部の同性からは嫌われているが…。
これも目的の為なんだから、仕方ない。それに、同性全てに嫌われるような性格の悪い女のような振る舞いはしていない。男の距離感も程々を保っている。軽いスキンシップはしているがこれ位は許容範囲だろう。それに、その一部の女子達はリエル以外にも少し可愛い子や異性にモテる子達も嫌っている。まあ、つまりはそういう子達なのだろう。社交界にもあんなタイプはよく見かける。
ああいうタイプは自分だけを嫌っているわけではないのだ。だから、特に気にする必要もないだろう。幸い、リエルは他のメイド仲間とはそれなりに上手くやっていけている。
「ねえ、リーゼは誰狙いなの?」
「…え?何が?」
リエルは洗ったシーツを干しながら、同僚の言葉に問い返した。
「何って、好きな人に決まっているじゃん!相手は、庭師のロック?それとも、厩番のマウロ?あ、それとも料理見習いの…、」
リエルは返答に困ってしまった。本当は好きな人どころか恋人がいるのだ。…でも、これは正直に言っていいものだろうか。
「いいなー!リーゼは美人だからモテて!あたしも恋人が欲しい!」
「そ、そんなにモテてないよ。ただ、少し話をするだけで…、」
「あたしは断然、リヒャルトさん派!あのクールな感じが堪んない!」
同僚達は口々に好き放題話し出した。リヒャルトという名にリエルはピクッと反応した。
「分かるわ!あの人、すごいかっこいいよねー!背も高くて、スラッとして…、何よりあの顔!あの顔で微笑まれたら…、クラッとしちゃうもの!」
「しかも、下っ端のメイドにも優しいし!この前、荷物を運んでいたら、リヒャルトさんが軽々と運んでくれたの!あの人、絶対に着痩せするタイプよ!きっと、細マッチョなんだわ!」
リエルはシーツを干しながら、苦笑いを浮かべる。ここでも、リヒターの魅力は健在なんだ。
さすが、リヒター。早くもメイド達にモテモテである。彼女達は何も知らないのだ。リヒターの優しさは全部演技で、メイド達から話を聞きだす為にいい顔をしているだけなのだということに。自分がそうするように仕向けたとはいえ、実際にこうして聞いてしまうと、物凄く申し訳ない気持ちになった。
あれ、全部演技なんだよ。本当のリヒターって、あの顔で腹黒だし、すっごいスパルタなんだから、と彼女達に言ってあげたい。…言わないけど。
「あ!あれって、リヒャルトさんじゃない!?」
「ええ!どこどこ!?」
一人のメイドの声に皆が色めき立った。リヒターが?リエルも思わずメイド達の視線を辿った。
すると、そこには確かにリヒャルトが廊下を歩いていた。
メイド達は仕事を放り出して、うっとりとリヒャルトを見つめている。
恐るべし、リヒターの魅力。眼鏡を外して、少し手を加えただけでここまで惹きつけるなんて…。
すると、リヒャルトがこちらに目を向けて、にこっと微笑んだ。
きゃあ!と黄色い声を上げるメイド達。まるで舞台俳優並みの人気ぶりだ。
リヒターは執事じゃなくても俳優でも十分にやっていけそうだ。
リエルは空恐ろしさすら感じながらも黙々とシーツを干していった。
ソニアは指に嵌めた指輪を見つめて、うっとりと微笑んでいた。
ああ。最高だ。邪魔な姉はいなくなった。姉の婚約指輪であるエメラルドの指輪も奪ってやった。
可愛いわたしがつける方が断然、似合っている。これで、五大貴族の妻はわたしの物だ。
姉がなれるのなら、わたしだってできる。簡単だ。
ゼリウス様はワイルドで素敵な男性だ。姉には勿体ない。あんななよなよしたヒューゴなんかよりずっといい。
「失礼いたします。お嬢様。」
「何よ?」
「本日より、新しく入った家令を紹介したく…、」
「家令?ふうん。あっそ。」
使用人の顔など一々、覚える気はない。そう思って、ツン、と顔を背けようとするソニアだったが…、執事の後ろから現れた長身の男の姿に目を瞠った。
「初めまして。リヒャルトと申します。精一杯奉公させて頂きますのでどうぞ、よろしくお願いします。
‥お嬢様。」
鳶色の髪に涼やかな目元をした美青年の姿にソニアは頬を染めた。
リヒャルトと名乗った家令は老若男女を虜にするような魅惑的な笑みを浮かべてソニアを見つめた。
その目に様々な思惑と感情を隠したまま。
この屋敷内の部屋はもう全部、見て回った。使われていない部屋や倉庫や納屋等の人が立ち入らなそうな部屋も見たが、手掛かりはなし。隠し部屋らしき場所も見つけられなかった。それに、ここには人を監禁できそうな部屋はない。やっぱり、ゾフィーはこの屋敷にはいないのかもしれない。となると、攫われた可能性が高い。でも、それならどこに…?リエルは履き掃除をしながら考え事をしていた。
「リーゼ。もう、休憩してもいいわよ。」
「あ、はい!ありがとうございます!」
そんなリエルに指導係の先輩侍女が声を掛ける。
洗濯、炊事、水汲み、掃除…。下働きの使用人の仕事はやることがたくさんある。
リエルは率なく、それらをこなしながら、一生懸命仕事に取り組んだ。
実は、こうした家事全般は孤児院の子供達に教えてもらったし、下町育ちのロジェやその仲間達ともやってみたことがあるのだ。なので、リエルは特に大きな失敗することはなく、仕事面は苦労することなく、問題なく過ごせた。
ここの使用人達は比較的穏やかで親切だ。たまに仕事を押し付けたり、陰口を叩いたり、嫌がらせをする侍女もいるが想像しているよりもマシだったので拍子抜けした。
それに、リエルは働き者でいつもニコニコと愛想よくしているだけで先輩侍女には可愛がられるようになった。同僚とも距離を縮め、少しずつ親しくなることにも成功した。
休憩時間にリエルは同僚と和やかに談笑していた。
「あの…、そういえば、私ここの屋敷に勤めたばかりでよく分からないんですけど…、ここの家にはもう一人お嬢様がいるって聞いたんですけど…、」
「ああ。ゾフィーお嬢様の事?それがね…、お嬢様はあなたが来るちょっと前に行方不明になったらしいの。」
「らしいとは?」
「婚約が決まったばかりなのに、ある日、夜中に家を出たらしくて、朝になったらお嬢様がいなくなっていたの。部屋には、置き手紙が残されていたみたい。
手紙には他に好きな男ができたのでその人と一緒になります。探さないでくださいって書かれていたんですって。」
「え、でも…、ゾフィー様は婚約が決まっていたんでしょう?もしかして、結婚が嫌で逃げ出したとか?」
「まさか!貴族の結婚って政略結婚が普通らしいけど、お嬢様と婚約者のティエンディール侯爵様は相思相愛の仲だったらしいのよ。ここだけの話。ゾフィー様って家族に疎まれていたから旦那様達が何かしたんじゃないかって言われているのよ。」
「ええ?嘘…。」
「こう言っちゃなんだけど、ゾフィー様って優秀だったから旦那様達からは嫌われていたのよ。
まあ、僻みってやつよねえ。特にソニアお嬢様何て、あからさまにゾフィー様に嫌がらせをしたりしてね。ゾフィー様の縁談相手だった子爵令息を横取りして、自分がその婚約者になったりもしたの。」
「し、信じられません。ソニア様ってあんなに可愛らしいお嬢様なのに…、」
リエルは下働きの使用人なのでソニアと面識がない。それに、ゾフィーとのことでソニアにはあまりいい感情を持っていない。
内心、全く可愛いと思っていないがとりあえず、表面上は驚いた表情をしてみせる。
「あんなの、顔だけよ。ソニア様って性格最悪なの。ソニア様専属の子達は毎日辞めたいって泣いているもの。ゾフィー様と違って、悪魔みたいな女よ。」
「ゾフィー様から男を奪ったのに、当のゾフィー様はその婚約者よりも遥かに条件のいい五大貴族の当主と婚約したわけでしょ?それを知ったソニア様ったらもう怒り狂ってね。あれは見ていて、気分が良かったわ。」
「でも、問題はそこから。ソニア様ったら、婚約を破棄してゾフィー様の婚約者と結婚したいって言いだしたのよ。」
「え、でも、そんな事許される筈が…、」
「普通はね。けど、旦那様も奥様もソニア様を溺愛していてね…、信じられないことにお互いの婚約者を取り換えようとしたのよ。」
「ええ!?」
初めて聞く話だ。ゾフィー。そんな理不尽な事を言われていたのか。知らなかった…。というか、ロンディ子爵は一体、何を考えているのだ!
「まあ、でも、それを聞いた侯爵は激怒して、旦那様達は大変だったらしいわよ。」
ゼリウス…。良かった。ちゃんとゾフィーを庇ってくれたんだ。
まあ、それはそうだろうな。何せ、ゼリウスってあれからゾフィー一筋になったのだし…。
それをいきなり花嫁は妹にしてください何て言われたら、怒るに決まっている。
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ゾフィーは言わなかっただけで相当、今まで苦労してきたのだろうな。
「でも、その後にゾフィー様が失踪したんでしょう?ちょっと、きな臭いと思わない?」
「シッ!滅多な事を言うものじゃないわ。旦那様に知られたら、解雇だけじゃすまないわよ。
リーゼ。あなたも気を付けるのよ?ここでは、ゾフィー様の話題はだしちゃ駄目。分かった?」
「は、はい!気を付けます!」
先輩の言葉にリエルは頷いた。成程…。これで彼らの動機が分かった。よし。女性達から話は聞き出せた。後は男の人達にも聞いてみよう。
「ゾフィー様の事?ああ。あんたが来る前にゾフィー様は家出をしてしまったみたいでな…、」
「俺も詳しいことは知らないんだ。けど、ゾフィー様って家族仲が最悪だったらからもしかしたら、旦那様が…、あ。これ、内緒だぞ?」
「はあ…。」
リエルは溜息を吐いた。やっぱり、有益な情報は中々、掴めない。
本当に知らないのだろうか?もう少し深く探った方がいいのかも…。
でも、あまり、深入りすると今度は男達から見返りに何をされるか分からない。
さっきも大分、ギリギリだった。下心満載で触ってくる男達にこれもゾフィーの為だから耐えるんだ、と必死に我慢したのだ。それ以上されそうになったこともあるがその時は適当に理由を作って逃げたりしたので何とかなったが…、これ以上は限界だ。それに、あまりやり過ぎると逆に不信感を与えてしまうし…。リエルはどうするべきかと考えた。
それにしても…、やっぱり使用人の中にはゾフィーの家族に不信感を抱いている人も多くいるみたいだ。
それ程、ゾフィーは家族に嫌われていたらしい。あんなにいい子なのにどうして、そんな酷いことをするのだろう。ゾフィーの家族関係や境遇を聞くだけで怒りがこみ上げる。
ゾフィーに仕事は任せきりで借金だってゾフィーが商会で稼いだお金で返済し、何とか家を切り盛りしてくれているのにあの家族ときたら、ゾフィーに感謝もせずに散財をする始末。
ゾフィーのお金を勝手に持ち出したこともあるらしい。
ゾフィーが婚約破棄された時だって、被害者のゾフィーを責めて、婚約者を奪った妹を庇ったらしい。どう考えても、妹が悪いのに…。
使用人の話だと、評判の悪いゾフィーなのだから振られても仕方がない、ゾフィーに魅力がないのが悪いというのがあの子爵達の言い分らしい。滅茶苦茶である。
こんな家族に囲まれてゾフィーはよく捻くれなかったなと感心する。
そもそも、ゾフィーの評判が悪いのは元はと言えば、ゾフィーの親が原因だ。子爵が借金を作って没落寸前まで追い込まなければゾフィーは働く必要はなかったのだから。
そもそも、女の身で働くことが間違っているという考えがおかしいのだ。これだから、男女差別や階級意識の高い貴族の世界は面倒臭い。
リエルはつくづく、今までゾフィーは苦労したのだと思い知らされる。
私には父がいたし、ルイやリヒター達もいた。お母様には疎まれていたけれど私には味方がいたし、守ってくれる人がいた。でも…、ゾフィーは違う。彼女はずっと一人で戦ってきたのだ。味方もいない家族の中でたった一人で…、どれだけ大変だったことだろう。
ゾフィーが家族について話さないのは触れられたくないからだと踏み込まなかったことをリエルは後悔した。
もっとちゃんと話を聞いてあげればよかった。ずっと抱えてきた不安や孤独、寂しさ…、愛されない苦しみを私自身はよく分かっていたのに…!どうして、もっとゾフィーの心に寄り添おうとしなかったんだろう。知るだけでも…、聞いてあげるだけでも何か違ったかもしれないのに…。
リエルはキュッと唇を噛み締めた。…こんな所でうじうじしていては駄目だ。そんな暇があったら、一刻も早くゾフィーを助け出さないと…!落ち込んでいる自分を奮い立たせるようにリエルは顔を上げた。
ここではゾフィーの行方を探る為に使用人として潜入しているだけなのだが…、周囲の人間にそれがバレる訳にはいかない。だから、同じ職場仲間であるメイド達に上手く溶け込まないといけないのだ。程よい人間関係を築いて、情報収集に活用する。
時には、男の使用人とも距離を詰めないといけないので一部の同性からは嫌われているが…。
これも目的の為なんだから、仕方ない。それに、同性全てに嫌われるような性格の悪い女のような振る舞いはしていない。男の距離感も程々を保っている。軽いスキンシップはしているがこれ位は許容範囲だろう。それに、その一部の女子達はリエル以外にも少し可愛い子や異性にモテる子達も嫌っている。まあ、つまりはそういう子達なのだろう。社交界にもあんなタイプはよく見かける。
ああいうタイプは自分だけを嫌っているわけではないのだ。だから、特に気にする必要もないだろう。幸い、リエルは他のメイド仲間とはそれなりに上手くやっていけている。
「ねえ、リーゼは誰狙いなの?」
「…え?何が?」
リエルは洗ったシーツを干しながら、同僚の言葉に問い返した。
「何って、好きな人に決まっているじゃん!相手は、庭師のロック?それとも、厩番のマウロ?あ、それとも料理見習いの…、」
リエルは返答に困ってしまった。本当は好きな人どころか恋人がいるのだ。…でも、これは正直に言っていいものだろうか。
「いいなー!リーゼは美人だからモテて!あたしも恋人が欲しい!」
「そ、そんなにモテてないよ。ただ、少し話をするだけで…、」
「あたしは断然、リヒャルトさん派!あのクールな感じが堪んない!」
同僚達は口々に好き放題話し出した。リヒャルトという名にリエルはピクッと反応した。
「分かるわ!あの人、すごいかっこいいよねー!背も高くて、スラッとして…、何よりあの顔!あの顔で微笑まれたら…、クラッとしちゃうもの!」
「しかも、下っ端のメイドにも優しいし!この前、荷物を運んでいたら、リヒャルトさんが軽々と運んでくれたの!あの人、絶対に着痩せするタイプよ!きっと、細マッチョなんだわ!」
リエルはシーツを干しながら、苦笑いを浮かべる。ここでも、リヒターの魅力は健在なんだ。
さすが、リヒター。早くもメイド達にモテモテである。彼女達は何も知らないのだ。リヒターの優しさは全部演技で、メイド達から話を聞きだす為にいい顔をしているだけなのだということに。自分がそうするように仕向けたとはいえ、実際にこうして聞いてしまうと、物凄く申し訳ない気持ちになった。
あれ、全部演技なんだよ。本当のリヒターって、あの顔で腹黒だし、すっごいスパルタなんだから、と彼女達に言ってあげたい。…言わないけど。
「あ!あれって、リヒャルトさんじゃない!?」
「ええ!どこどこ!?」
一人のメイドの声に皆が色めき立った。リヒターが?リエルも思わずメイド達の視線を辿った。
すると、そこには確かにリヒャルトが廊下を歩いていた。
メイド達は仕事を放り出して、うっとりとリヒャルトを見つめている。
恐るべし、リヒターの魅力。眼鏡を外して、少し手を加えただけでここまで惹きつけるなんて…。
すると、リヒャルトがこちらに目を向けて、にこっと微笑んだ。
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