隻眼の少女は薔薇騎士に愛でられる

柘榴アリス

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第百七十九話 こんばんは。ロンディ子爵

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「くそっ…!ゾフィーの奴…!次から次へと問題を起こしおって…!
まずいぞ…。このままでは…、」

その頃、ロンディ子爵家の書斎では…、ゾフィーの父親が苛々と忙しない動きで室内をうろついていた。苛立たし気に爪を噛み、何とかしなければと思案する。が、何も思い浮かばない。

ただでさえ、あの侯爵の怒りを買ってしまい、子爵家は窮地に立たされているのだ。
あの時はただ侯爵が恐ろしくてサインをしてしまった。だが、ゾフィーは自分の娘だ。
金を稼ぐしか取り柄がない娘だと思っていたが五大貴族の妻となれば、自分達は今以上に贅沢ができるし、子爵家も安泰だ。五大貴族と親戚関係になるのだから高位貴族とも関係が持てる。
もう、へこへこと他の貴族に頭を下げる必要はない。
ゾフィーさえいれば…、自分はのし上がることができる!

こんな事なら、もっとゾフィーを可愛がっていればよかった。
そう後悔したがまだ間に合うと思った。誓約書が何だ。実の家族と本気で縁を切ろうなどとはあの子も望んでないだろう。
そう思い、侯爵にバレないように自分達の事をどうにかゾフィーに取り計らって貰おうとした。
それなのに、ゾフィーは実の父親に信じられないことを言ったのだ。

「お父様。…お願いですから、もう、私には関わらないで下さい。」

自分がここまで譲歩してあげたというのに父親を拒否するとは!
ゾフィーが心の冷たい娘であることは知っていたがここまでとは思わなかった。
まさか、本気で家族を見捨てるつもりなのか!何て、薄情な娘なのだ!
しかし、そんな事をゾフィーに言える訳もなく…、どうにかゾフィーとの繋がりを持てないかと考えている時に…、ゾフィーが行方不明になった。残された手紙には他の男と駆け落ちするという内容が書かれていた。

おかげで自分は侯爵に責め立てられ、酷い目に遭った。
侯爵は完全に自分を疑っている。あの場は証拠がないから引き下がったがあの恐ろしい目つきは今でも忘れられない。殺されるかと思った。このままではまずい。
ゾフィーを見つけ出さないと、儂が侯爵に潰されてしまう!
何か、何かいい案はないかと考えていると…、

「こんばんは。ロンディ子爵。」

「ッ!?だ、誰だ!?」

いつの間にか部屋には一人の男が入って来ていた。見たこともないオッドアイの美しい青年…。

「ご安心を。怪しい者ではありません。わたしはあなたの奥様とお嬢様の客人です。」

「つ、妻とソニアの客人だと?一体、お前は…!」

見るからに怪しい男に子爵は使用人を呼ぼうとした。が、男の目を見ていると、身体が上手く動かない。男は見惚れる様な美しい笑みを浮かべると、背筋がぞくぞくと痺れるような美声で話しかけた。

「私はあなたの味方です。実は…、あなたにとてもいいお話を持ってきてあげたのですよ。」

「話…?」

頭がボーとする。男の言葉がすんなりと頭の中に入っていく。

「あなたの娘…、ゾフィーの行方を…、知りたくはありませんか?」

「!?ぞ、ゾフィーのことを何か知っているのか!?」

オッドアイの男は無言で微笑んだ。





「私はあなたを嫁と認めた覚えはありません。」

ゾフィーの母親、ロンディ子爵夫人、ミアは男爵家の三女だった。けれど、この美貌を利用してのし上がろうと思った。そう思ったのに…、現実は厳しかった。
高位貴族の男は皆、婚約者がいたし、男爵家の娘であるミアなど相手にしてくれない。
それでも、やっとの思いで捕まえることができたのだ。
それが今の夫、ロンディ子爵だった。その時はまだ若かったので爵位は継いでいなかった。
地位は低いし、顔立ちも凡庸だったが子爵家の次期当主だ。ここで手を打っておこうと思った。

彼には婚約者がいたがその婚約者は大人しく、地味な女だった。だから、すぐに奪えると思った。
そして、思惑通りにいった。彼はすぐに自分に夢中になり、あの女と婚約破棄をした。
あの時の女は見物だった。夜会の最中に公衆の面前で婚約破棄されたのだ。
これで、あの女もお終いだ。伯爵令嬢だったあの女はきっと、もう嫁の貰い手がなく、社交界では死んだ花として一生を終える事だろう。いい気味。

それなのに、彼の母親、ロンディ家の当主夫人は冷ややかな視線を向けて、開口一番にそう言ったのだ。

「そもそも、私はこの結婚に反対です。全く…。フィーナ嬢はあんなに素敵なお嬢さんだったのに…。何て馬鹿な真似を…。
どうして、よりにもよってそのような礼儀も品もない女を選んだのです。」

そう言って、その目には失望の色がありありと浮かんでいた。
フィーナ。それはあの元婚約者の伯爵令嬢の名だ。
あんな地味な女よりもあたしは劣るって言うの!?

「母上!ミアに何てことを言うんだ!」

「お黙りなさい。婚約者だった女性を公衆の面前で婚約破棄するような男に人を非難する権利はありませんよ。…私は、恥ずかしいです。お前のような息子を持って…。
…どこで育て方を間違えたのでしょう。」

落胆したように項垂れる子爵夫人にグッ…、と黙り込む夫。
義理の父親である当主はおろおろと妻を慰めるだけ。
この家では実権を握っているのは夫人の方だった。
舅の当主は影の薄い存在で優柔不断で判断力に欠けていた。また、お人好しな性格なのですぐに騙されやすかった。その為、妻である子爵夫人が家の事はほとんど取り仕切っていた。
そんな妻に当主は頭が上がらない様子だった。つまり、この家では夫人の方が立場が上なのだ。
が、ミアは初対面から夫人に嫌われていた。

夫人はフィーナ嬢をとても気に入っていた。
夫人は緋色の髪に美しく、華やかな容姿だったがその性格は厳格で近寄りがたかった。
夫の母は嫁である自分を疎み、ありとあらゆる嫌がらせをした。
美しいが厳格な性格の姑がずっと嫌いだった。少しだけ贅沢をするだけで小言を言われ、いずれは子爵夫人になるのだからと自覚を持ちなさいと言われ続けた。
役に立ちもしない財産や家計簿にお城の管理を勉強させられた。

少し文句を言えばあの子はそんな事は言わなかった。不平不満一つ言わずに努力をしていましたと溜息を吐いた。
事ある毎にあの元婚約者と比べられ、屈辱的な思いで一杯になった。
しかも、風の噂であの女は幼馴染だった伯爵子息と結婚したと聞いた。
それを聞き、ミアは悔しくて堪らなかった。頼みの夫は母に逆らえず、ちっとも庇ってくれない。

おまけにあの婚約破棄騒動から、たくさんの貴族から縁を切られ、距離を置かれた。
夫の友人も離れていった。何故なんだ!と自問自答する夫を慰めていたがミアも理由が分からなかった。それを姑が冷めた目で見ながら、

「お前は本当に何も分かっていないのですね。…情けない。
伯爵令嬢であった元婚約者をあのように辱めたのですから当たり前でしょう。
常識のある貴族からすれば関わりたくないと思うのが普通です。」

実の息子に対して、きっぱりと言う姑。
その目は冷たく、無表情で何を考えているのか分からなかった。
やがて、病弱だった舅が病に倒れた。そのまま暫くして、治療の甲斐なくして亡くなった。
舅が亡くなったその夜に姑が毒を飲んで自ら命を絶った。夫の後を追った後追い自殺だった。

姑が亡くなり、ミアは心底、ホッとした。そして、夫が爵位を継ぎ、ミアは子爵夫人となった。
その後も夫の弟が戦場で亡くなったりと不幸な出来事が続いたがそれでもミアは穏やかな日を過ごすことができた。
あの姑がいなくなったので羽目を外してたくさんやりたいことをやった。
夫もずっとあの姑に抑制されてきたのか箍が外れたように遊び呆けた。
そして、気付いたら…、子爵家の財産をほとんど使い切ってしまった。

少しずつ生活が苦しくなってきた頃にゾフィーが生まれた。ゾフィーの髪を見て、顔が強張った。
その髪の色は赤…。あの姑と同じ髪色だった。ゾフィーを見る度にあの姑を思い出す。
赤子の頃はよく分からなかったが成長するとともにどんどん姑に似ていった。
おまけに性格もどことなく似ている。慎重な所も、歳の割に大人っぽい所も優秀で頭のいい所も…。
夫もゾフィーを疎んだ。彼もまた、母親が苦手だったのだ。
その次に生まれた自分にそっくりな茶色の髪と目を持つソニアを可愛がるのは当然の事だった。
ゾフィーを邪険に扱えば扱う程、あの姑へ仕返しができている様で気持ちが良かった。
そんな両親を見て、ソニアも息子のダークもゾフィーを馬鹿にするようになった。
しかし、そうしている間にも子爵家は困窮していった。夫が手を出した事業が失敗し、借金が膨れ上がってしまった。やがて、子爵家は没落寸前まで追い込まれた。
だが、ゾフィーが興味本位で商会を立ち上げ、たまたまうまくいったおかげで子爵家は持ち直した。
その時にゾフィーは我が家の金の生る木になった。ゾフィーは結婚させずにずっとこの家の為に働いて貰わなくては。お金はたくさんあればあるだけいいのだから。
そう思っていたのに…、

「それなのに…!どうして、あの子ばかりが…!」

堪えきれずにゾフィーの母親は叫んだ。
ずるい!ずるい!どうして、ゾフィーなの!どうして、私に似たソニアではなく、あの姑に似たゾフィーが選ばれるの!まるで私やソニアの方が劣っている様な…、ゾフィーの方が優れているからとでもいうかのような…、認めない!そんなの認めないわ!絶対に!

「お母様。」

掛けられた声に振り向いた。すると、そこにはソニアがいた。手には煙管を手にしている。

「また、お姉様の事を思い出していたの?可哀想…。
あたしもね、お姉様の事を考えると嫌な事ばかり考えちゃうの。でも…、これを吸ったら全部嫌な事を忘れられるの。お姉様の事も…、全部…。」

ソニアはうっとりとした表情で微笑み、煙管を差し出した。

「さあ…、お母様も良かったらどうぞ。」

「ああ…。ソニア。あなたは何て優しい子なの…。」

ソニアから煙管を受け取る。そうだ。これを吸えば…、何もかも忘れられる。
ふと、これをくれた女性の姿を思い出す。黒髪に紫水晶の瞳をした絶世の美女。
これは、魔法の薬なの。あの方の言った通り…。この薬は本当に魔法の薬だ。これを少し吸うだけでふわふわしたとても幸せな気分になれるのだから。
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