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第百七十三話 結局、リエルに言えなかった
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結局、リエルに言えなかった。ゾフィーははあ、と溜息を吐いた。
ゾフィーは数日前の出来事を思い返した。
「本当にここまででいいのか?ゾフィー。ちゃんと君の家まで送るよ。」
「ううん。ここで大丈夫。」
ゼリウスの言葉にゾフィーは首を振った。あれから、ゼリウスはゾフィーの身を案じて、仕事終わりには屋敷まで送り迎えをしてくれるようになった。そこまでしてもらう必要はないと断ったのだがゾフィーの身に何かあったら大変だからと押し切られ、結局毎日のようにゼリウスに馬車で送り迎えをしてもらっている。だが、まだ家族にはゼリウスの仲を話していない。だから、ゾフィーはいつもゼリウスに家の近くまで送ってもらうことにしていた。
「いつもありがとう。ゼリウス。助かったわ。」
「これ位、お安い御用だよ。…今度のデート、楽しみにしている。」
ゼリウスはそう言って、ゾフィーの髪の一房を手に取り、そこに口づけた。
ゼリウスはゾフィーに会うたびに髪を触る。ゾフィーの髪が余程、お気に入りのようだ。
下品、魔女みたいと妹に貶された髪色。自分の赤毛の髪がずっと嫌いだったのに今は…、違う。
ゼリウスにこうして、髪を宝物のように触れられ、ゾフィーは自分の髪が好きになった。
あの仮面祭りの夜からゾフィーは初めて自分が赤毛に生まれて良かったと思えたのだ。
「隙あり。」
そんなゾフィーにゼリウスはチュッと唇にキスをした。触れるだけの軽い口づけだったが突然のキスにゾフィーは頬が真っ赤に染まった。
「ちょ、ちょっと!ゼリウス!」
「いいじゃないか。キス位。ゾフィーが可愛いからつい…、」
ゾフィーが抗議するがゼリウスは悪びれることなく、笑った。
「もう…、」
ゾフィーも本気で怒っている訳ではない。だから、それ以上は怒ることなく、窘めながらも許した。
「お姉様。」
ゾフィーはまだ火照った頬に手を当てながらもゼリウスと別れ、帰宅した。すると、待ち構えていたように妹であるソニアがゾフィーの前に現れた。
「ソニア…。」
「ねえ、お姉様。少し聞きたいことがあるんだけど…、」
あの仮面祭りの夜以来、ソニアのことは避けていた。あの夜、ゼリウスに言われたことが余程、腹立たしかったのだろう。ゾフィーを見ると、それを思い出すのか妹は積極的に近づくことはしなかった。ただ、ゼリウスの関係について詰問されたがただの商談相手だと説明すれば疑いつつも納得してくれた。ゾフィーはゼリウスの関係はギリギリまで妹には知らせないつもりだった。だが…、
「お姉様がゼリウス様の恋人になったって噂を聞いたんだけど…、そうなの?」
ゾフィーは息を呑んだ。
「だ、誰かと勘違いしているんじゃ…、」
「でも、数日前に街中でゼリウス様とお姉様が恋人同士みたいに甘い空気を出していたって聞いたのよ。お姉様って確か、その日は出かけていたわよね?」
「ッ…!?」
ゾフィーはギュッと手を握り締めた。
「ねえ、お姉様。どうなの?」
「そ、それは…、」
妹がチラ、と視線をゾフィーの腕輪に注いだ。ゾフィーはサッと素早く腕輪を隠したが…、
「まあ、綺麗な腕輪…!お姉様。その腕輪は?」
目敏く腕輪に気付いたソニアに腕をとられる。ゾフィーは顔を強張らせた。また、いつもの妹の悪い癖だ。この子がこういった反応をしたら、その後に言う事は決まっている。
「いいなあ。」
物欲しそうな表情で全身で欲しいとアピールする妹にゾフィーはキュッと唇を噛み締めた。今まではソニアに強請られるままにあげていた。ドレスもアクセサリーも靴も…。でも、これだけは…、ゾフィーはバッとソニアの腕を払いのけた。
「放して。」
「お、お姉様?」
ゾフィーの態度にソニアは目を見開いた。ゾフィーはにこりと微笑むと、
「そんなに欲しければ、ヒューゴ様に買って頂いては如何?婚約者なんですもの。可愛い婚約者の頼みならきっと叶えて下さるわ。でも…、これは駄目。」
ゾフィーははっきりと拒否した。その反応にソニアは一瞬、苦々しい表情を浮かべたが、すぐにチラッとどこかに視線を移した。そして、次の瞬間にはゾフィーに向き直り、うるっと目に涙を浮かべた。
「ひ、酷いわ!お姉様…!」
「ソニア!どうしたの!?」
その時、母が泣き出したソニアを見つけ、二人の元に駆けつけた。母はソニアを抱き締め、何があったのかと聞き出す。
「お、お姉様の…、腕輪が綺麗だったから…、だから、ちょっと見せて貰いたかっただけなのにお姉様が…、」
そのまま泣き出すソニアに母がゾフィーを睨みつけた。
「ゾフィー!あなたって子は…、実の妹を泣かせるなんて何て意地の悪い娘なの!」
「この腕輪はとても大切な物なのです。妹とはいっても、軽々しく触れてほしくありません。」
「ど、どうしてそんな意地悪を言うの?お姉様。私はただ、その腕輪が綺麗だなって思っただけなのに…、」
「妹が欲しがっているのなら、譲ってあげなさい。あなたはソニアの姉でしょう!?」
「…嫌です。」
「な、何ですって!?」
「嫌ですと言ったのです。今までソニアにはたくさん譲ってきました。ドレスや宝石にお気に入りの玩具も…、物だけじゃない。私の婚約者すら…。もう、十分でしょう。これ以上…、私から大切な物を奪わないで下さい。」
「ま、まあ!何て我儘な娘なの!お前には思いやりというものがないの!?」
「そっくりその言葉、お返ししますわ。お母様。あなたもよ、ソニア。」
「ひ、ひどい…!」
「親に向かって何ですか!その口の利き方は!?いいから、早くその腕輪をソニアに渡しなさい!」
母に腕を掴まれ、ゾフィーは思わず叫んだ。
「嫌…!これは、ゼリウスが…、ティエンディール侯爵が私にくれた物なんです!絶対に誰にも渡しません!」
ゾフィーはバッと母の腕を振り払ってそう叫んだ。
「ティエンディール侯爵…?ああ。あのプレイボーイで有名の…、侯爵様からの贈り物など今に始まったことじゃないでしょう。それに、あの方の噂を知らないの?侯爵様は社交界でも選りすぐりの美女ばかりとたくさんの浮名を流しているのよ。そんな方がお前のような評判の悪い令嬢なんか相手にする訳ないでしょう!どうせ、一時の気まぐれで遊ばれているだけでしょうに。身の程知らずな夢は捨てて身の丈に合った…、」
「遊びなんかじゃない!私は、ゼリウスと…、結婚の約束をしました!私はいずれ、侯爵と結婚するつもりです!」
ゾフィーはずっと隠していた事実を初めて母と妹に暴露した。
驚き、固まる二人を前にゾフィーはゼリウスから貰った腕輪に触れ、
「これは、侯爵が私にくれた物です。きちんと、私の名前も刻んでくれたもの…。
それを私から取り上げるという事は…、侯爵の…、彼の気持ちを踏みにじる事に他なりません!
二度と、そのような真似はなさらないで下さい!」
ゼリウスと心を通わせて初めて彼から贈られたもの…。
君に似合うと思って、と照れ臭そうに微笑んで彼が直接、自分の手でゾフィーの腕に嵌めてくれた。
渡したくない。譲りたくない。これだけは…、ゼリウスが自分の為に心を込めて贈ってくれた贈り物は奪われたくなかった。それが今のゾフィーの強い思いだった。
数日前の出来事を思い出し、ゾフィーは溜息を吐いた。
やってしまった…。思わず感情が高ぶってつい…。
本当なら、家族に話すのはもう少し後に話す予定だったのに…。
母はゾフィーの言葉に一瞬、唖然としたがゾフィーの話を全く信じず、嘘つき呼ばわりされてしまう始末。あそこまで言ってしまったのでもう後には引けず、本当の事だと言い切ってしまった。
面倒臭いことになった…。ゾフィーはもう一度、溜息を吐いた。
リエルに相談しようかと思ったがこんな身内の事で相談するのもどうかと思い、結局話せなかった。
とりあえず、家族との問題が落ち着いたら、リエルに話そう。
そう心に決めたゾフィーは今後の事をゼリウスに相談しようとペンを手に取り、手紙を書き始めた。
ザバッと音を立てて、水面から顔を出したアルバートはバシャバシャ、と音を立てながら岩場の所まで泳いでいき、岩の割れ目を掴んで地底湖から這い上った。
「ガウガウ!」
アルバートが無事に水からあがった姿を見て、白い狼の子供が駆け寄った。
「うお!?おい!こら!いきなり飛び掛かる奴がいるか!」
そのままアルバートに飛びつく勢いで彼の胸にダイブする狼にアルバートは思わず抗議する。
が、嬉しそうに尻尾を振る姿にしょうがねえな、と溜息を吐いた。
あの夜明けの森で拾った狼の子供はあれからアルバートと行動を共にするようになった。
何だか妙に懐かれてしまい、アルバートの傍を離れようとしないのだ。
アルバートは地底湖から採掘した夜光石に視線を落とす。
暗い洞窟の中で見ると、石は淡い青色に光っている。
ここは鍾乳洞のある洞窟。青の鍾乳洞と呼ばれている場所だ。
ここの洞窟の一番奥には地底湖が存在し、その湖の色は青色の光を浴びて、水面が青く輝いている。
その神秘的な色は水面に反射して、鍾乳洞も青く光っているかのように見える。それが青の鍾乳洞と呼ばれている由来だ。
この地底湖の中に夜光石が数多く眠っているのだ。
ただ、この地底湖はとても深く、夜光石はかなり奥深くまで潜らないと見つけることができない。
おまけに地底湖の水温は下に潜れば潜るほど、冷たくなっているのだ。
急激な体温の低下に並みの人間だったらそのまま体が動かなくなって溺れてしまう。
夜光石は暗闇の中で光るのでその光を辿ればいいのだがあまりにも深すぎて普通の人間ではまず辿り着けない。肉体強化と水中呼吸の能力を使えば何とか無事に到達できたが…、それがなければ確実に溺死していただろう。そういえば、さっきは夜光石を取るのに夢中になっていたがよく思い返せば水底のあちこちに白骨化した死体があったような…、
…思い出さなければ良かったと心底、後悔した。
「猛烈な悪意を感じるぞ…。っつーか、これで俺が死んだら、どうしてくれる!」
あいつには帰ったら一言どころか言いたいことが山ほどある。
アルバートはルイの憎たらしい笑みを思い浮かべて、怒りに打ち震える。
「さて…、これで夜光石は手に入れたし、さっさとずらかるか。」
「ワン!」
アルバートは白い狼を連れて、入り口に向かった。
「いいか?静かにするんだぞ。見つかったら、面倒だからな。」
アルバートはそう言い、自分と狼に防音能力と視界攪乱の能力をかけ、辺りを窺った。
この洞窟はある国の領地内なのだがここは鎖国政策をしている国なのだ。
つまりは、外部の人間は入国と立ち入りを禁止している。
外部の国との交流を遮断しているため、その国の実情は詳しく知らないが独裁政権で統治している国なので捕まればどんな酷い目に遭わされるか分かったものじゃない。
条件書を見た時は、ルイに殺意を覚えた。あいつは、何でいつもいつもこういう所ばっかりを的確に選び抜くんだ!と。…確実にわざとだ。絶対そうだ。
あいつ、帰ったら覚えていろと心の中で毒づきながら、アルバートは狼と一緒に周囲を警戒しながら何とか無事に脱出したのだった。
ゾフィーは数日前の出来事を思い返した。
「本当にここまででいいのか?ゾフィー。ちゃんと君の家まで送るよ。」
「ううん。ここで大丈夫。」
ゼリウスの言葉にゾフィーは首を振った。あれから、ゼリウスはゾフィーの身を案じて、仕事終わりには屋敷まで送り迎えをしてくれるようになった。そこまでしてもらう必要はないと断ったのだがゾフィーの身に何かあったら大変だからと押し切られ、結局毎日のようにゼリウスに馬車で送り迎えをしてもらっている。だが、まだ家族にはゼリウスの仲を話していない。だから、ゾフィーはいつもゼリウスに家の近くまで送ってもらうことにしていた。
「いつもありがとう。ゼリウス。助かったわ。」
「これ位、お安い御用だよ。…今度のデート、楽しみにしている。」
ゼリウスはそう言って、ゾフィーの髪の一房を手に取り、そこに口づけた。
ゼリウスはゾフィーに会うたびに髪を触る。ゾフィーの髪が余程、お気に入りのようだ。
下品、魔女みたいと妹に貶された髪色。自分の赤毛の髪がずっと嫌いだったのに今は…、違う。
ゼリウスにこうして、髪を宝物のように触れられ、ゾフィーは自分の髪が好きになった。
あの仮面祭りの夜からゾフィーは初めて自分が赤毛に生まれて良かったと思えたのだ。
「隙あり。」
そんなゾフィーにゼリウスはチュッと唇にキスをした。触れるだけの軽い口づけだったが突然のキスにゾフィーは頬が真っ赤に染まった。
「ちょ、ちょっと!ゼリウス!」
「いいじゃないか。キス位。ゾフィーが可愛いからつい…、」
ゾフィーが抗議するがゼリウスは悪びれることなく、笑った。
「もう…、」
ゾフィーも本気で怒っている訳ではない。だから、それ以上は怒ることなく、窘めながらも許した。
「お姉様。」
ゾフィーはまだ火照った頬に手を当てながらもゼリウスと別れ、帰宅した。すると、待ち構えていたように妹であるソニアがゾフィーの前に現れた。
「ソニア…。」
「ねえ、お姉様。少し聞きたいことがあるんだけど…、」
あの仮面祭りの夜以来、ソニアのことは避けていた。あの夜、ゼリウスに言われたことが余程、腹立たしかったのだろう。ゾフィーを見ると、それを思い出すのか妹は積極的に近づくことはしなかった。ただ、ゼリウスの関係について詰問されたがただの商談相手だと説明すれば疑いつつも納得してくれた。ゾフィーはゼリウスの関係はギリギリまで妹には知らせないつもりだった。だが…、
「お姉様がゼリウス様の恋人になったって噂を聞いたんだけど…、そうなの?」
ゾフィーは息を呑んだ。
「だ、誰かと勘違いしているんじゃ…、」
「でも、数日前に街中でゼリウス様とお姉様が恋人同士みたいに甘い空気を出していたって聞いたのよ。お姉様って確か、その日は出かけていたわよね?」
「ッ…!?」
ゾフィーはギュッと手を握り締めた。
「ねえ、お姉様。どうなの?」
「そ、それは…、」
妹がチラ、と視線をゾフィーの腕輪に注いだ。ゾフィーはサッと素早く腕輪を隠したが…、
「まあ、綺麗な腕輪…!お姉様。その腕輪は?」
目敏く腕輪に気付いたソニアに腕をとられる。ゾフィーは顔を強張らせた。また、いつもの妹の悪い癖だ。この子がこういった反応をしたら、その後に言う事は決まっている。
「いいなあ。」
物欲しそうな表情で全身で欲しいとアピールする妹にゾフィーはキュッと唇を噛み締めた。今まではソニアに強請られるままにあげていた。ドレスもアクセサリーも靴も…。でも、これだけは…、ゾフィーはバッとソニアの腕を払いのけた。
「放して。」
「お、お姉様?」
ゾフィーの態度にソニアは目を見開いた。ゾフィーはにこりと微笑むと、
「そんなに欲しければ、ヒューゴ様に買って頂いては如何?婚約者なんですもの。可愛い婚約者の頼みならきっと叶えて下さるわ。でも…、これは駄目。」
ゾフィーははっきりと拒否した。その反応にソニアは一瞬、苦々しい表情を浮かべたが、すぐにチラッとどこかに視線を移した。そして、次の瞬間にはゾフィーに向き直り、うるっと目に涙を浮かべた。
「ひ、酷いわ!お姉様…!」
「ソニア!どうしたの!?」
その時、母が泣き出したソニアを見つけ、二人の元に駆けつけた。母はソニアを抱き締め、何があったのかと聞き出す。
「お、お姉様の…、腕輪が綺麗だったから…、だから、ちょっと見せて貰いたかっただけなのにお姉様が…、」
そのまま泣き出すソニアに母がゾフィーを睨みつけた。
「ゾフィー!あなたって子は…、実の妹を泣かせるなんて何て意地の悪い娘なの!」
「この腕輪はとても大切な物なのです。妹とはいっても、軽々しく触れてほしくありません。」
「ど、どうしてそんな意地悪を言うの?お姉様。私はただ、その腕輪が綺麗だなって思っただけなのに…、」
「妹が欲しがっているのなら、譲ってあげなさい。あなたはソニアの姉でしょう!?」
「…嫌です。」
「な、何ですって!?」
「嫌ですと言ったのです。今までソニアにはたくさん譲ってきました。ドレスや宝石にお気に入りの玩具も…、物だけじゃない。私の婚約者すら…。もう、十分でしょう。これ以上…、私から大切な物を奪わないで下さい。」
「ま、まあ!何て我儘な娘なの!お前には思いやりというものがないの!?」
「そっくりその言葉、お返ししますわ。お母様。あなたもよ、ソニア。」
「ひ、ひどい…!」
「親に向かって何ですか!その口の利き方は!?いいから、早くその腕輪をソニアに渡しなさい!」
母に腕を掴まれ、ゾフィーは思わず叫んだ。
「嫌…!これは、ゼリウスが…、ティエンディール侯爵が私にくれた物なんです!絶対に誰にも渡しません!」
ゾフィーはバッと母の腕を振り払ってそう叫んだ。
「ティエンディール侯爵…?ああ。あのプレイボーイで有名の…、侯爵様からの贈り物など今に始まったことじゃないでしょう。それに、あの方の噂を知らないの?侯爵様は社交界でも選りすぐりの美女ばかりとたくさんの浮名を流しているのよ。そんな方がお前のような評判の悪い令嬢なんか相手にする訳ないでしょう!どうせ、一時の気まぐれで遊ばれているだけでしょうに。身の程知らずな夢は捨てて身の丈に合った…、」
「遊びなんかじゃない!私は、ゼリウスと…、結婚の約束をしました!私はいずれ、侯爵と結婚するつもりです!」
ゾフィーはずっと隠していた事実を初めて母と妹に暴露した。
驚き、固まる二人を前にゾフィーはゼリウスから貰った腕輪に触れ、
「これは、侯爵が私にくれた物です。きちんと、私の名前も刻んでくれたもの…。
それを私から取り上げるという事は…、侯爵の…、彼の気持ちを踏みにじる事に他なりません!
二度と、そのような真似はなさらないで下さい!」
ゼリウスと心を通わせて初めて彼から贈られたもの…。
君に似合うと思って、と照れ臭そうに微笑んで彼が直接、自分の手でゾフィーの腕に嵌めてくれた。
渡したくない。譲りたくない。これだけは…、ゼリウスが自分の為に心を込めて贈ってくれた贈り物は奪われたくなかった。それが今のゾフィーの強い思いだった。
数日前の出来事を思い出し、ゾフィーは溜息を吐いた。
やってしまった…。思わず感情が高ぶってつい…。
本当なら、家族に話すのはもう少し後に話す予定だったのに…。
母はゾフィーの言葉に一瞬、唖然としたがゾフィーの話を全く信じず、嘘つき呼ばわりされてしまう始末。あそこまで言ってしまったのでもう後には引けず、本当の事だと言い切ってしまった。
面倒臭いことになった…。ゾフィーはもう一度、溜息を吐いた。
リエルに相談しようかと思ったがこんな身内の事で相談するのもどうかと思い、結局話せなかった。
とりあえず、家族との問題が落ち着いたら、リエルに話そう。
そう心に決めたゾフィーは今後の事をゼリウスに相談しようとペンを手に取り、手紙を書き始めた。
ザバッと音を立てて、水面から顔を出したアルバートはバシャバシャ、と音を立てながら岩場の所まで泳いでいき、岩の割れ目を掴んで地底湖から這い上った。
「ガウガウ!」
アルバートが無事に水からあがった姿を見て、白い狼の子供が駆け寄った。
「うお!?おい!こら!いきなり飛び掛かる奴がいるか!」
そのままアルバートに飛びつく勢いで彼の胸にダイブする狼にアルバートは思わず抗議する。
が、嬉しそうに尻尾を振る姿にしょうがねえな、と溜息を吐いた。
あの夜明けの森で拾った狼の子供はあれからアルバートと行動を共にするようになった。
何だか妙に懐かれてしまい、アルバートの傍を離れようとしないのだ。
アルバートは地底湖から採掘した夜光石に視線を落とす。
暗い洞窟の中で見ると、石は淡い青色に光っている。
ここは鍾乳洞のある洞窟。青の鍾乳洞と呼ばれている場所だ。
ここの洞窟の一番奥には地底湖が存在し、その湖の色は青色の光を浴びて、水面が青く輝いている。
その神秘的な色は水面に反射して、鍾乳洞も青く光っているかのように見える。それが青の鍾乳洞と呼ばれている由来だ。
この地底湖の中に夜光石が数多く眠っているのだ。
ただ、この地底湖はとても深く、夜光石はかなり奥深くまで潜らないと見つけることができない。
おまけに地底湖の水温は下に潜れば潜るほど、冷たくなっているのだ。
急激な体温の低下に並みの人間だったらそのまま体が動かなくなって溺れてしまう。
夜光石は暗闇の中で光るのでその光を辿ればいいのだがあまりにも深すぎて普通の人間ではまず辿り着けない。肉体強化と水中呼吸の能力を使えば何とか無事に到達できたが…、それがなければ確実に溺死していただろう。そういえば、さっきは夜光石を取るのに夢中になっていたがよく思い返せば水底のあちこちに白骨化した死体があったような…、
…思い出さなければ良かったと心底、後悔した。
「猛烈な悪意を感じるぞ…。っつーか、これで俺が死んだら、どうしてくれる!」
あいつには帰ったら一言どころか言いたいことが山ほどある。
アルバートはルイの憎たらしい笑みを思い浮かべて、怒りに打ち震える。
「さて…、これで夜光石は手に入れたし、さっさとずらかるか。」
「ワン!」
アルバートは白い狼を連れて、入り口に向かった。
「いいか?静かにするんだぞ。見つかったら、面倒だからな。」
アルバートはそう言い、自分と狼に防音能力と視界攪乱の能力をかけ、辺りを窺った。
この洞窟はある国の領地内なのだがここは鎖国政策をしている国なのだ。
つまりは、外部の人間は入国と立ち入りを禁止している。
外部の国との交流を遮断しているため、その国の実情は詳しく知らないが独裁政権で統治している国なので捕まればどんな酷い目に遭わされるか分かったものじゃない。
条件書を見た時は、ルイに殺意を覚えた。あいつは、何でいつもいつもこういう所ばっかりを的確に選び抜くんだ!と。…確実にわざとだ。絶対そうだ。
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