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第百五十八話 俺にもう一度だけチャンスをくれ

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フォルネーゼ邸のとある一室…。その部屋には、二人の男が向かい合って座っていた。

「…で?話って何ですか?」

「俺とリエルは…、その…、交際することになったんだ。だから、リエルと結婚を前提としたお付き合いを…、」

「お断りします。」

言い終える前にバッサリとアルバートの言葉を遮るルイにアルバートは最後まで聞けよ!と叫んだ。

「君から話を…、と言い出したのだからある程度の予想はついていましたよ。…で、その説得材料がこれですか?」

チラ、とルイは部屋に積まれた大量の贈り物の山に目を向ける。今日はアルバートがリエルとの交際を認めてもらうためにフォルネーゼ伯爵であるルイに正式の挨拶を‥、したのだが。
当然ながらあのルイが、はい。そうですか。と頷く筈がない。交際の許しを貰いに来ているのだから、アルバートがほんの気持ちだとフォルネーゼ家に手土産を持ってきた。…それがこの大量の贈り物である。
最早、手土産というより、献上品か貢物のようだ。チョコレートやマカロン…。どれも値が張る有名な高級菓子、ルイが好きそうな政治に経済の本に絶版された貴重な歴史書等の本、高価な宝石や銀細工に異国の珍しい果物や香辛料…。様々な贈り物が積み上げられている。

「金さえ積もれば僕が喜ぶとでも?あからさますぎて、笑いがでますね。」

ルイはそう言って、嘲笑うかのようにアルバートを見据えた。

「生憎、フォルネーゼ家の財力と権限を使えばこんなもの、すぐに手に入れられますよ。」

「そんな事、分かってる!けど、安物とか紛い物を渡したら、お前怒るだろうが!」

「当たり前でしょう。僕を誰だと思っているのです?」

「じゃあ、何をあげれば満足なんだ!?」

「君の贈り物を僕が喜ぶとでも?」

ハッと鼻で笑うルイにアルバートはひくひくと口元を引き攣らせている。

「そもそも、僕が好きなお菓子は姉上の手作りです。」

「リエルに作らせたら、お前それはそれで言いがかりをつけるだろうが!」

「当たり前でしょう。姉上の手を煩わせるなんて、そんな頼りない男に姉上を任せられませんから。」

―こ、こいつ…!

つまり、何をあげた所でこうして、文句をつけるのだろう。アルバートはこの生意気な顔を思いっきりぶん殴ってやりたい衝動に駆られる。そんなアルバートの胸中を知ってか知らずかルイはしれっと優雅に紅茶を飲んでいる。

「どうせ、泣き落としでもして姉上の同情を買ったのでしょう?古臭い手ですね。男としてのプライドはないんですか?」

「な、何でお前がそれを知ってるんだ!?」

「図星ですか。まあ、寛大で情の深い姉上なら、受け入れてくれるかもしれません。ですが、僕は違います。」

ルイはきっぱりと言い、アルバートを睨みつけた。

「大体、何です?二年前に散々姉上を傷つけておいて、挙句の果てには婚約者の姉に手を出すなんて最低ですね。人間の屑です。いっそ、人間なんて止めたらどうですか。」

「だから!俺はセリーナと浮気なんてしてないぞ!」

「キスまでしていた癖に何を白々しい。その現場を姉上に見せつけておいてよくそんな戯言を口にできますね。」

「違っ!あれはあいつが無理矢理…!」

「言い訳は結構。どんな事情があるにせよ、セリーナとキスをしたのは事実なんでしょう?仮にそうだったとしても、そんな隙を与える君に問題があるのでは?女の不意打ちも躱せないとは情けない。」

「…。」

今度こそ、アルバートは何も言い返せなくなった。

「た、確かにその通りだ…。今更、信じて貰えないかもしれないが俺はリエル以外の女とは…、」

「知っていますよ。君が経験豊富に見せかけて、ヘタレな童貞だということは。」

「はあ!?」

「当たり前でしょう。姉上への初恋を拗らせて他の女など見向きもしない君が女を抱ける訳ないでしょう。個室で半裸の女に抱き着かれても一切、欲情しなかった男なんですから。」

「な、何でそれを…!?」

「偶然ですよ。酒に酔わせてその勢いで白薔薇騎士のお情けを…、と企んでいる令嬢に遭遇しましてね。」

「お前、それを知ってて何で止めなかったんだよ!」

「止められなかったのです。あまりにもその令嬢が切羽詰まっていて…、君への恋心が募って胸が張り裂けそうだというその女性に僕は感銘を受けたのです。ですから、僕はその令嬢を陰ながら応援することに…、」

「嘘つけ!お前、あわよくば俺とその女が間違いを起こしたら好都合だとでも思っていたんだろうが!」

「まさか。そんな捻くれたこと考えていませんよ。その女の策略に嵌まってくれれば姉上にすぐに耳に入れようとか、既成事実があるのですから、社交界に噂を流して結婚せざるを得ない状況に追い込んでしまおうとかそんな事、僕が考える訳ないじゃないですか。」

笑顔で物騒な事を言うルイにアルバートは口元を引き攣らせた。

「も、もしかして、あの時…、部屋に媚薬作用のある香が焚いてあったのって…、」

「へえ。そんな貴重な物、貴族令嬢がどうやって手に入れたんでしょうね。…異国の香など中々出回っていないのに。」

とぼけているように見せかけてその実、こちらの手を隠す気がないルイにアルバートは戦慄を覚えた。

「大体、どうかしていますよ。男なんて、性欲の塊なんです。あそこまで女に迫られているのに手を出さないなんて、君、本当に男なんですか?」

「うるせえな!仕方ないだろ!リエル以外の女に触られても全然その気にならなかったんだから!」

「やっぱり、君、異常ですよ。一回、医者に診てもらっては?」

「何だよ!その目は!?それ言うなら、お前だって同じだろうが!女に触られたり、べたべた纏わりつかれてエロい気分になれるのかよ!?」

「あるわけないでしょう。気持ち悪い。想像するだけで吐き気がする。」

仮にも恋い慕ってくれた令嬢相手に対して、酷い言い草である。ルイの女嫌いは最早、病気レベルだった。

「姉上は君の何処に惚れたんでしょうね。馬鹿でヘタレで意地っ張りでプライドが高くて子供が大人になった典型的な駄目男の何処に惚れる要素があったのでしょう。」

「手前、喧嘩売ってんのか!」

「事実でしょう。何です?まさか、未来の義弟になるかもしれない相手に君は暴力を振るうつもりですか?」

アルバートはう、と言葉に詰まり、苦い顔で引き下がった。

「全く…。メリルもサラもどうかしている。二年前はあれだけ、アルバートは最低な屑男!二度と姉上に近づけさせません!と息込んでいたのにたった二年でこうまで心変わりするとは…。
女っていうのはどうして、そんな甘いのですかね。」

ルイは呆れるように溜息を吐いた。

「ルイ。お前が俺を許せない気持ちは分かる。大切な姉を傷つけた俺なんて、もう二度と顔も見たくないかもしれないが…、」

「よく分かっていますね。それなら、今すぐ目の前から消えて下さい。勿論、姉上の前からも。」

「せめて、最後まで聞けよ!」

アルバートの言葉を最後まで聞かずにばっさり切り捨てるルイにアルバートは思わず叫んだ。

「大体、何です?口では申し訳ないと言っても態度がなってないんですよ。本当にそう思っているなら、二度と姉上に近付かないことが君の見せる誠意なのでは?」

「っ、それは…、」

「結局、君は婚約者という立場に胡坐をかき、義務で姉上を縛り付けていただけじゃないですか。しかも、姉上が逃げられないのをいいことに何をしてもいいとか思っていたんでしょう?その結果があれです。本当、呆れて何も言えませんね。」

「違っ!俺は別にそこまで…!」

「違う?君の行動のどこをどう見たら違うと言えるのですかね。忘れたというのなら、思い出させてあげますよ。
婚約者である姉の約束は平気ですっぽかす、姉上にヤキモチを妬かせたいとか下らない理由で他の女と親しくする。すごいですね。僕には真似できません。まあ、それも結局、逆効果でしたけど。それでやめればいいものを今度はセリーナと親し気に振る舞う。君の悪行はまだまだありますよ。語り出したら数時間は話せる位には。」

アルバートは何も反論できずに項垂れた。
そんなアルバートを見ても同情する欠片もないルイは軽蔑した目で見下ろした。

「とにかく…、僕は絶対に認めませんから。姉上が君のせいでどれだけ傷ついたことか…。僕は絶対に認めない!認めるものか!」

いつも冷静で声を荒げることのないルイの激情にアルバートはグッと唇を引き結んだ。

「ルイ…。お前が俺を許せない気持ちはよく分かっている…。二度とリエルに関わるなっていうお前の言葉は間違っていない。…お前が正しい。これは、俺の自己満足なエゴに過ぎない。そんな事は…、分かっているんだ。自分でも…。」

アルバートはギュッと膝の上に組んだ手を握り締めた。ルイは敵意の眼差しを向けながら、無言でアルバートを睨みつけた。

「それでも…、どうしても諦めることができなかったんだ。」

アルバートは俯いていた顔を上げた。

「俺は我儘な人間だ。許される価値もないのに、リエルに許して欲しいと思って、それ以上のものも求める。…本当、欲張りな人間だよ。」

アルバートは自嘲し、その直後に意を決したようにバッとルイに深く頭を下げた。

「ルイ…。頼む!俺に…、もう一度…、もう一度だけチャンスをくれ!今度は絶対に傷つけない!約束する!もう一度だけ…、リエルとやり直す機会を与えてくれ!」

アルバートの懇願にルイは無表情で見下ろす。

「頼む…!俺にリエルの隣を歩く権利を…、許して欲しい。俺はリエルが好きだ。誰にも渡したくない。ずっと…、俺の傍にいて欲しい。」

「言葉では何とでも言えます。そもそも、君の謝罪に一体何の価値があるというのです?
第一、また姉上が傷つかない保証がどこにあるのです?」

「なら…、お前の目で判断して、答えを聞かせてくれ。俺は真剣にリエルと向き合うつもりだ。
将来の事も考えている。だから…、まずは仮でもいい。俺とリエルの関係を見て、その上で決めてくれ。」

「…ハッ、答えなど分かり切ったことを…、何です?君らしからぬ事を言いますね。
思い通りにならなければ、ご自慢の力技で黙らせればいいものを。そうしたら、全力で僕も…、」

「俺はリエルを傷つけたくないのもあるが…、ルイ。お前の事だって傷つけたいとは思ってない。
お前は、リエルの大切な弟なんだからな。」

「…心にもない事を。どうせ、僕なんて邪魔者だと思っているでしょうに。」

「馬鹿言うな。そりゃ、お前は毒舌だし、上から目線だし、一々ムカつく奴だけど…、それでもリエルの大切な家族なんだ。だから…、お前に認められなければ意味がないんだ。俺はリエルの大切な弟であるお前に認められた上でリエルと一緒になりたい。」

ルイはピクッと苛ただし気に眉を顰めた。
何を今更…、と言いかけるが不意にルイは先日のリエルがデート終わりの時の事を思い出した。
お土産だよ、と言い、ルイに蝶の標本を渡したリエルは昆虫館でのお土産話を楽しそうに語ってくれた。美味しいパンケーキを見つけたから今度、一緒に行きましょうね!と笑顔でルイの手を取り、誘ってくれた。

その時のリエルの表情は…、幸せそうで楽しそうだった。そして、決して認めたくないが…、そんな姉の表情を引き出したのはアルバートなのだと察知した。忌々しいがそれは事実だった。
二年前…。片目を失った姉はまるで生気のない人形のようだった。でも、今は…、ルイは一度目を瞑った。そして、長い長い溜息を吐いた。
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