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第百五十二話 折角の申し出ですが‥、

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「あの、どうして、そこまで言ってくれるのですか?私とルイはそこまで親しくもないのに…、」

「君には姉上の件で感謝をしていると言ったでしょう?
その恩返し…、という思いもありますが…、実は僕もそろそろ身を固めないと周りがうるさいんです。
夜会に行けば、次から次へと女共が寄ってくるし、縁談の申し込みも殺到するんですよ。
本当、煩わしい事この上ないです。だから、ここらで手を打っておこうかなと。」

「はあ。」

つまりは、彼は女除けにゾフィーに婚約を申し込んでいるのか。何だか、こっちが本音の気がしてきた。

「だからといって、誰でもいいわけではない。
僕の理想の女は姉上なんです。ですが、姉上のように完璧で素晴らしい女性は中々、いない。
だから、譲歩することにしたんです。」

何だか、この先の展開が見えてきた気がする。もしかして、伯爵って…。

「姉上は僕の結婚を望んでいることでしょう。だから、僕は決めたんです。
僕が結婚する女性は姉上が喜ぶ相手にしようと。」

ルイは堂々と言い切り、誇らしげに言った。
…言っている内容さえ聞かなければその表情は真剣そのもので凛々しさすら感じる。
だが、その内容はただの姉馬鹿な発言なので全て台無しにしているが。

「ですから、結婚するなら姉上と親しい人間が好ましいでしょう。
だから、あなたを選んだのですよ。ゾフィー嬢。君と結婚すると知れば、姉上はきっと喜ぶでしょう。
何せ、親友であるあなたと義理の姉妹になれるのですから。」

「つまり、リエルの為に私と結婚すると…。そういう事ですか?」

「まあ、結論から言うと、そうですね。」

「ちょ、ちょっと待て!旦那様!幾ら何でもそんな馬鹿正直にはっきり言う奴がありますか!」

ロジェがルイの言葉を遮って叫んだ。

「何だ。ロジェ。人が話している途中で…。何か問題でも?」

「問題ありありでしょ!?何すか!そのふざけたプロポーズは!?」

「ふざけていない。僕は至って真面目だ。姉上が喜んでくれるよう僕なりに考えた最善の…、」

「そこっすよ!大体、姉の為に結婚しようって言われて喜ぶ女がどこにいるんすか!」

「僕が今まで相手にしてきた令嬢達はほとんど僕と結婚したいという女が多かったぞ。」

「いや…。そりゃ、旦那様は顔良し、頭良し、おまけに金持ちの名門貴族の当主という肩書きもあるんだから玉の輿狙いの女は多いですけど…、それでも!あんたのその重度の姉馬鹿ぶりに引いた女だって数え切れない位いるでしょうが!」

「僕に群がる女は薄情な女が多いからな。全く、口では分かった振りをする癖にその後にやっぱり無理だなんて我儘で身勝手なものだ。」

「いやいや!そりゃ、数時間も延々と姉の自慢話をされれば、誰だって嫌になるでしょう!?」

「仕方ないだろう。どの女も他の話題は知識がなさすぎて頭が空っぽだから会話にならないし、かといって相手に主導権を握らせれば興味のないドレスや宝石の話を聞かされる羽目になる。だったら、姉上について語った方が何倍も有意義な時間を過ごせるじゃないか。」

「そりゃ、旦那様が話す内容って、政治とか社会情勢とか小難しい内容ばっかじゃないっすか!
そんなの話されて楽しそうに聞いてくれる女なんてどこにいるんすか!」

「姉上はいつも楽しそうに聞いてくれるし、その上、自分の意見も言ってくれる。時間を忘れて話し込んでしまうのもしばしばで…、」

「だから!お嬢様を基準にしないでください!何度も言っているでしょう!?お嬢様は普通の女や貴族令嬢とは全然違うんです!あんたも大概、重度な姉馬鹿ですがお嬢様も十分、変わっているんすから!」

これ、いつまで続くのだろう。ゾフィーは入り込む隙間もない会話の応酬をただ黙って見守るしかない。

「それに、結婚なんて、どの貴族も親が気に入ったり、家同士が利益になる相手と結婚するものだろう。
そんな目先の欲に走った奴らと比べたらまだ姉の為に結婚相手を見定める僕の方が余程、良心的だと思うが?」

「いやいやいや!何、真面目な顔でそんな堂々と言い切っちゃってるんすか!
っていうか、貴族の結婚なんてそれが普通なんすよ!?あんたが異常なんです!
そこん所、間違わないで下さいよ!」

ゾフィーは二人のやり取りに何と声を掛ければいいのか分からない。そんなゾフィーにロジェは慌てて向き直ると、

「ゾフィー様!この姉馬鹿…、旦那様は悪気はないんです!この人って、昔から頭はいい癖にお嬢様が絡むと毎回暴走してその度にお嬢様に叱られるっていう問題児なものでして…、」

「ロジェ…。貴様は主人である僕に対する敬意がなってないんじゃないか。」

じろり、と睨みつけるルイを無視し、必死にロジェはゾフィーに言い募る。

「本当は全力で止めたんですよ!でも、この人って言いだしたら聞かないから…。
だから!くれぐれもお嬢様を理由にしたプロポーズはするなってきつく言ったのに…!」

「はあ。」

何だろう。何故かこの二人を見ていると、怒る気力も沸かない。

「本当、すみません!ほら、旦那様も謝って…!」

「謝る?何をだ?」

ルイの何か悪い事でもしたのか?とでも言いたげなキョトンとした顔にロジェは頭を抱えた。
そんな二人の様子にゾフィーはきっとこういったことはよくあるのだろうなと感じ、この様子だと、従者のロジェは日頃から苦労しているのだなと同情した。
だが、とりあえず…。ゾフィーはルイに向き直るとこれだけははっきりさせないと思い、自分の気持ちを正直に口にした。

「あの…、ごめんなさい。折角の申し出ですが…、お断りします。」

「そうですか。残念です…。」

ルイはあっさりと引き下がった。
まあ、恋愛感情はなく、どちらかといえば女除け目的兼リエルを喜ばせる為だけにゾフィーと婚約しようと提案したのだ。
婚約できればラッキー、位の感覚だったのだろう。

「(姉上と仲が良い)君とはいい関係を築けると思ったのですが…。ですが、無理強いはしたくありません。(姉上に嫌われたくないので。)」

何か言葉とは別の本音が聞こえた気がする。

「ルイは…、本当にリエルが大好きなんですね。」

色々、ぶっ飛んではいるがそれも全てはリエルの為なのだと思えば微笑ましいものなのかもしれない。
…絶対に巻き込まれたくはないが。

「ええ。勿論です。姉上は大切な家族なのですから。
ですが…、誤解しないで下さい。
僕はこれでも君を高く評価しているんですよ。」

思いもよらない言葉にゾフィーは目をぱちくりした。

「君があの性悪女の縁談を蹴ったことを聞いた時は感心したものです。
同時にその場にいなかったのが少し残念でした。
さぞかし悔しがっていたことでしょう。その時の顔を見て見たかったものです。」

性悪女…。もしや、オレリーヌ様の事か?
確かにあの縁談の一件からいい母親ではないと認識していたがまさか、実の母をそこまで言い切るとは思わず、ゾフィーは驚いてしまう。

「知ってたんですか?私が…、オレリーヌ様から縁談の話を受けていたことを?」

「ええ。どうもコソコソと何か企んでいる様子でしたので探ってみたのですよ。そうしたら、案の定、でした。」

ルイはゾフィーに視線を合わせると、微笑んだ。

「そういう訳であなたのその時の判断に僕は感銘を受けたのです。僕との婚約が嫌なら、別の良縁をご用意しますよ。勿論、あなたが求める条件に見合った相手と…、」

「い、いえ!大丈夫です!私…、暫くは結婚するつもりはないので…、」

「そうですか?…分かりました。では、また結婚の意思が固まったらいつでも相談して下さい。」

「ありがとうございます。」

ゾフィーはルイの言葉に笑顔でお礼を述べた。



ルイに自宅まで送ってもらい、部屋に戻ったゾフィーは長椅子の上に座り、天井を見上げながら、考え事をしていた。

私は…、どうしてあの時、伯爵の申し出を断ってしまったのだろう。
普通の貴族令嬢なら、あんな天使のような美貌の男に婚約を申し込まれれば速攻で飛びつくに違いない。
何なら、これが妹のソニアだったら、きっとヒューゴの婚約を破棄してでも乗り換えようとするだろう。
それ位、五大貴族の婚約者という立場は魅力的なものだ。
こんな没落寸前の子爵家にしてみればこれ以上ない程の良縁。

貴族の結婚はそのほとんどが政略結婚だ。そこに恋愛感情は含まれない。貴族令嬢の端くれでもあるゾフィーでもそれは理解している。
確かにフォルネーゼ伯爵はゾフィーより年下だがそんな夫婦は珍しくない。
打算で考えればルイの婚約者になるのは決して悪い事ではない。むしろ、断る方がどうかしているだろう。

借金まみれで没落寸前の子爵令嬢が五大貴族に嫁げるなど夢のような話だ。
玉の輿なのもそうだが、赤の他人よりもリエルの弟ならそれだけでも十分に信頼できるし、安心できる。
性格はアレだが、姉馬鹿なのに目を瞑ればそれなりに良好な関係を築けそうだ。
きっと、ゾフィーが女だからとかいう理由で差別もしないし、結婚しても商会の仕事を続けたいと言えば許してくれそうだ。
伯爵は男尊女卑の傾向がある人には見えないし、性別よりも実力を重視する人なのだろう。
そんな人、貴族の世界では中々、いない。
この縁談を逃してしまったら、これ以上の縁談はこの先、ないだろう。
それを分かっているのに…。どうして、私は…、

ゾフィーは視線を移し、目の前に置いている髪飾りを見つめる。
月と星の髪飾り…。それは、仮面祭りの日にゼリウスから貰った物だ。
あの時、フォルネーゼ伯爵に婚約を申し込まれた時、反射的に嫌だと思ってしまった。
それと同時に…、ゼリウスの顔が思い浮かんだ。
ゾフィーは自分が抱えているこの気持ちに気付いていた。
でも、気付いた所でどうすればいいんだろう…。

そんな風に考えていると、

「あの…、お嬢様。」

小声でメイドに名を呼ばれ、慌てて返事をする。遠慮がちに部屋に入ったメイドはキョロキョロと辺りを見回しながら、

「こちら…、お嬢様にお手紙です。」

「え、私に?」

メイドは手紙を渡すとすぐにその場を立ち去った。ゾフィーはこの子爵家では微妙な立場にいる。
家族に疎まれているゾフィーを使用人達の中にはあからさまに見下したり、遠巻きにしている者が多い。
だが、中にはゾフィーに味方してくれる使用人も数少ないが存在する。あのメイドもその一人だった。
勿論、表立っては庇えないので陰でこっそりと助けてくれる。それだけでゾフィーには有難いことだった。

ゾフィーの手紙や贈り物は当主である父が掌握している。ゼリウスの手紙や贈り物がゾフィーの手に渡らなかったのは父と妹が原因だ。
ゼリウスは確かにゾフィー宛に送ったにも関わらず、高価な贈り物を目にした妹が欲しがり、妹に甘い父はそれを許した。
どうせ、同じロンディ家の娘だからいいだろうと考えたのだろう。
真相を知った時は呆れて物も言えなかった。
一応、注意はしたがソニアは被害者面をして泣き出すし、父には贈り物の一つや二つでソニアを責めるな!と怒られ、終いにはお前は姉なんだから妹の為に譲ってやる位の優しさはないのか!と怒鳴られた。
…毎度毎度の父のお決まりの台詞だ。結局、二人の相手をするのに疲れたゾフィーが折れる。
これもいつもの事だった。

そんな事情を知ってか知らずかゼリウスはいつも贈り物は直接手渡しで渡してくれるようになった。
さすがに手紙は直接渡すことはないが手紙が届いた時はこうして、良心的なメイドがこっそりとゾフィーに手紙を届けてくれるのだ。

ゾフィーは手紙の封を切り、手紙を読んだ。

「綺麗な押し花…。」

手紙に添えられた押し花にゾフィーは思わず顔が綻んだ。
頬を染め、目元を緩ませるゾフィーの表情は誰がどう見ても幸せそうな表情を浮かべていた。
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