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第百四十五話 呪われた一族と呼ばれた理由

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フォルネーゼ家が呪われた一族、魔女の血筋、穢れた血と呼ばれている理由は五大貴族としての地位を確立した初代伯爵の話にまで遡る。
フォルネーゼ家の初代伯爵は女性だった。
その国では初の女当主でもあった。
彼女は美しいだけでなく、非常に頭の切れる有能な女性だったそうだ。

まだ五大貴族という機関もなかった時代に彼女は皇帝に忠誠を誓う皇帝派の筆頭貴族となった。
そして、他の皇帝派の貴族と一緒に皇帝の盾となる存在、五大貴族を作り上げるのに貢献した。
そして、女伯爵は五大貴族の一人に選ばれた。だが、女伯爵は決して綺麗なだけの女ではなかった。
彼女が当主になるまでの道のりは血に塗れ、凄惨なものだった。

元々、愛人の娘だった彼女は女である理由から、次期当主になる可能性はないに等しかった。
ある時、長兄が亡くなった。長兄の死は何者かに刺されて亡くなったのが原因だった。
長兄が死んだと同時に当主であった父が急変し、亡くなった。それからは当主の座を巡り、兄弟達が血で血を争った。遂にはお互いに共倒れをし、残ったのが女伯爵ただ一人だった。
そして、彼女は女伯爵となった。だが、当主になった経緯が経緯だけに黒い噂も絶えなかった。
長兄を殺したのは彼女なのでは?家族を手にかけ、まんまと地位と財産を手に入れた、と。勿論、証拠もないので彼女は罰せられることはなかった。

また、女伯爵は恋多き女だった。
男とならば誰とでも寝る女と比喩される程に。
女伯爵に本気になり、家庭を捨てたり、婚約を破棄する男もいる程だった。その為、まるで男を誑かす魔女の様だと言われた。
女伯爵は遂には神官にも手を出し、その魅力で何人もの神官を落とした。最終的に色恋の縺れで神官達が殺し合いをする展開に発展した。この騒動のせいで神殿は激怒し、女伯爵を非難した。
この魔女めが!呪われてしまえ!と罵倒する大神官に女伯爵は臆することなく、笑っていたと聞く。
この責任を取り、女伯爵は家督を子に譲り、自らは表舞台から姿を消した。
これだけの罰で済んだのは皇帝の温情だった。
この時は皇帝が権力を握っていたため、神殿はそれ以上の介入はできなかった。
しかし、大神官はフォルネーゼ家は呪われた一族だと宣言し、末代までその呪いは続くであろうと言った。
それが全ての発端である。

「俺が知っているのはそれ位だ。」

「うん。それが表の世界で知られている初代伯爵の姿。」

「表?その言い方だと裏があるみたいな言い方だな。」

「これはフォルネーゼ家の一部の人間と五大貴族の当主にしか明かせないことなんだけど…、」

リエルはそう前置きして話した。

「初代伯爵には隠された秘密があるの。」

「秘密?」

「ええ。初代伯爵が当主になったのはたまたま彼女が生き残ったからじゃない。あれは彼女が仕組んだことだったの。」

「仕組んだ?じゃあ、その初代伯爵が長兄を…、父親を殺したってことか?」

リエルは頷いた。

「あながち黒い噂も間違っていなかったって事か。まあ、貴族同士じゃこんなのよくある話だよな。
それにしても、その女伯爵もよくやるな。末恐ろしい…。」

「でも…、それには理由があるの。本当は彼女は当主になるつもりはなかったの。」

「どういう事だ?」

「正しくは、そうせざるを得なかった。
初代伯爵は異母兄弟達に虐待されてたって話は知っている?」

「ああ。妾の子が正妻の子に虐められるのはよくある話だしな。その上、女で美しいともなると…、」

アルバートはふと、言葉を止めた。

「まさか…、」

「そのまさか。彼女は長兄に暴行を受けたの。」

アルバートは息を呑んだ。

「それで…、殺したのか?」

「本当は殺すつもりはなかったの。でも…、必死で抵抗して咄嗟に手にした果物ナイフで刺してしまった。気付いたら、長兄は亡くなっていた。」

「…成程。そこまでしてしまったら、後には引けないな。しかし、どうやって証拠隠滅したんだ?」

「彼女の執事が手を貸したみたい。彼女はその執事と秘密の恋人関係にあったの。
それから、執事の働きかけで他の貴族と手を組んで彼女は当主になる覚悟を決めた。
そして、父親である当主に毒を盛って病死に見せかけて殺した。
後は兄弟達がお互いに疑心暗鬼になるように誘導して、殺し合いをさせた。」

「…それはまあ…。中々、過激な女だな。男好きなのはその頃からなのか?」

「表の世界では彼女はそんな風に呼ばれているのは事実だし、爛れた異性関係を持っていたけど…、
あれもね。アルバートと同じ諜報活動の一つだったんだよ。」

「つまり、情報を吐かせる為に次々と男を落としていったのか?」

「そういう事。それに、彼女がそうなったのはその執事が亡くなってからの事だった。」

「亡くなった?」

「彼女は未婚だったけどその執事との間に子供を作っていたの。でも…、その子供がまだ物心つく前にその執事が亡くなってしまったの。正しくは殺されてしまった。神殿の人間に。」

「!?神殿に…、何で…?」

「神殿からの使者の要求に応じなかった女伯爵を懲らしめる為にそんな凶行に及んだんだと思う。」

「要求って…。もしかして、金を寄越せって?」

「そう。神への貢ぎ物に多額の金を要求したけど、彼女はそれを拒否したの。そんな金があるなら領民の為に使った方がいいと。」

「真っ当な意見じゃないか。それを逆恨みしたっていうのか?」

「そう。屋敷に火をつけてね。夫である執事が二人を庇って崩れた天井の下敷きになって…。そのまま亡くなってしまった。…彼女、半狂乱になって泣き叫んだみたい。」

「それで、復讐の鬼と化したわけか。
もしかして、あれか?いきなり神殿に近付いたら警戒されるから地盤を固めて足がかりを作った上で少しずつじわじわと標的に近付いたとか?」

「正解。諜報活動の一環として情報を入手する目的もあったけど、それ以外でも神殿に懇意がある貴族と親しくなって神官達に近付いたの。その中で放火事件に関わった神官を突き止めて、騒ぎに乗じて、神殿に紛れ込んでその神官を殺したの。巻き添えを食らって殺されたのだと見せかけてね。」

「女だてらにやるな。もしかして、神殿の上の奴らは気付いていたんじゃ…、」

「多分ね。でも、証拠がないし、追求したら自分達の罪もバレる可能性がある。
だから、女伯爵が神官達を惑わしたという内容でしか責めることしかできなかった。
彼女にとっては、復讐の為なら地位も財産も貴族としての名誉も命ですら投げうってでも構わないって思っていたみたいだけど。」

「中々、苛烈な女だな。」

「うん。でも、私は初代伯爵である彼女のこと好きなんだ。」

リエルは微笑んで言った。

「それだけ…、その執事を愛していたって事だから…。そこまで人を愛せるのって幸せな事だと思う。
復讐は間違っているって思うべきなんだけど…、私は彼女の生き様を否定できないでいるの。
魔女だといわれている彼女だけど…、私は一人の女性として、彼女が好き。…そう思うのは、おかしいかな?」

「いや。おかしくないさ。…俺も少し分かる気がするからな。」

「そうなの?」

「ああ。絶対に起こって欲しくないが…、万が一、リエルがそんな風に亡くなったら俺、多分発狂する。
犯人を絶対に許せないし、八つ裂きにして苦しみ抜いて殺してやりたくなる。」

アルバートの目がギラッと光った。それが本気の目に見えてしまい、リエルは思わずタラリ、と嫌な汗が流れた。

「だ、大丈夫!私はそんな簡単に殺されないから!私にはルイもいるし、リヒターやロジェやサラだっているんだし!だから、心配しないで。」

「ああ。分かってる。例えばの話だ。…俺だってリエルがいない人生は嫌だ。」

そう言って、リエルを抱き締めるアルバートにリエルは抱き返しながら思った。…絶対にアルバートより長生きしよう、と。



「あの…、アルバート。そろそろ…、」

未だに離してくれないアルバートにリエルがそう声を掛けるがアルバートは何故かギュッと強く抱き締め返した。

「アルバート…?どうしたの?」

「なあ…、手紙にあった大事な話って…、何だ?」

リエルはハッと思い出した。そ、そうだ。私…、アルバートに…。

「あ…、ええと…。」

リエルはどうやって切りだそうと考えた。アルバートはそっとリエルから身体を離し、俯いてぽつりと言った。

「やっぱり…、俺が嫌いになったのか?」

「え!?」

リエルは思わず驚いて顔を上げた。

「やっぱり、俺の事気持ち悪くなったのか?そうなのか?だから、俺と別れたいとか…、」

「ちょ、ちょっと待って!アルバート!わ、別れるって何の事?」

「大事な話があるって…。別れ話を切り出す為なんじゃないのか?」

「全然違うよ!どうして、そんな風に思ったの!?」

「女の大事な話があるって告白する時か別れ話をする時だって本に書いてあった。だから…、」

「本に書いてたって…。それってこの間話していた恋愛攻略本のこと?」

「そうだぞ!『女の恋心講座』って本に書いてあった!あの女の扱いが上手いサミュエルが勧めていた本なんだから、間違いはない!」

「…。」

自信満々に言い切るアルバートには悪いが…、リエルはこう思った。
アルバート…。もしかして、サミュエル様に揶揄われているだけなのでは?と。

そもそも、女の恋心といってもリエルは一般的な女の部類に当て嵌まらないのは自覚している。
実際、同世代の女の話は退屈だと感じることが多い。流行ものやドレスや宝石、花、異性…。花ならギリギリ興味の範疇であるがそれ以外は全くそそらない。
だから、その女心とやらもリエルには当て嵌まらないと思うのだ。が、それを正直に話すのは憚られる。

「そ、そういう例もあるかもしれないけど…、違うよ。大事な話って言うのは…、別れ話じゃない。」

「そうなのか!?」

喜色一杯のアルバートにリエルは頷いた。あからさまに安心するアルバート。

「な、何だ…。そうなのか…。良かった…。」

もしかして、あの手紙が届いていたからずっと悩んでいたのかな?だとしたら、悪いことをしてしまったな。とリエルは少し反省した。

「別れ話じゃないのは分かったが…。じゃあ、大事な話って何だ?」

「…その前に聞きたいことがあるの。」

「聞きたいこと?何だ?」

「あの…、初めに謝らないといけないの。実は、私…、この前アルバートの部屋に行った時、見てしまったの。その…、あなたが阿片と羊たちの救済についての本や資料があるのを。」

「っ…!」

アルバートは息を呑んだ。
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