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第百三十五話 俺の秘密の部屋だ

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「り、リエル…。」

後ろから掛けられた声に振り返ればそこには、焦ったような表情を浮かべたアルバートが立っていた。騎士服であることから、今、帰って来た所だったのだろう。

「あ、アルバート!?い、いつ帰ってきて…、」

「…見たのか?」

驚くリエルだったがアルバートの言葉に押し黙る。リエルは小さくコクン、と頷いた。
無言の時間がとてつもなく長く感じる。怒っているかな。そう思ってアルバートを見上げれば…、そこには、真っ赤になった表情を隠すように手で顔を覆うアルバートがいた。

「ち、違うんだ!えっと、これはその…、」

必死に何かを否定するが上手い言い訳が考えつかないのかしどろもどろになるアルバート。その態度から動揺していることがよく分かる。

「ねえ、アルバート…。もしかして、この部屋にある物って私と関係しているの?」

「…!?」

アルバートがギクッとしたように肩を強張らせた。それは肯定しているようなものだった。

「ここは…、何の部屋なの?」

「そ、それは…、」

リエルの質問にアルバートは視線を彷徨わせた。が、その後ぼそりと小さな声で彼は白状した。

「…俺の秘密の部屋だ。この部屋にある物全部…、本当はお前に渡す物だったんだ。」

「この部屋にある物全部…!?」

リエルは思わず部屋に積まれた贈り物を見つめた。大きい箱や小さい箱…、大きさや見た目は違うがその数はたくさんある。

「こんなにたくさん…。あの、でも、一体何の贈り物なの?」

リエルの質問にアルバートがう、と気まずそうに目を逸らし、

「誕生日や婚約記念日、建国祭とか…、その年の年間行事のお祝い事があった日の贈り物だ。…八年前からの。」

「は、八年前!?それって…、私達が婚約した時からってこと!?な、何でそんなずっと前から…、」

「し、仕方ないだろう!直接渡そうと思っていたのにいざお前を前にすると緊張して渡せなかったんだよ!」

「ええ…?」

そういえば、アルバートが婚約者だった頃、珍しく会いに来てくれた時もあった。その時に彼の手には何か持っていたような…。リエルはそれを姉へあげる物かと思い、あえて気付かない振りをしたのだ。
結局、それをリエルに渡さずずっと持っていたのでてっきりそうなのだと思っていた。よくよく思い返せば彼は会話の途中でいつも何かを言おうとしていたような…。

「つ、次に会ったら絶対に渡そうとか考えている内にいつの間にかこんなに溜まってしまったんだよ!
お前と婚約破棄してからは完全に渡す機会を失ったから早く手放すなりしようと思ったのに何故か捨てられなくて…、」

「で、でも…、アルバートはいつも特別な日には贈り物をしてくれたんじゃ…、」

明らかに婚約者としての義務です、といったばかりのカードが添えられた贈り物だったが。

「あんな表面的なものじゃなくて、俺はちゃんと直接、お前に選んで買った物を贈りたかったんだ!
手紙では気恥ずかしくてそっけない内容を書いて贈ってしまったからせめて、これ位はっ、て…。」

「…でも、それ結局は私に渡してないんだから意味ないよね?」

「うっ…!」

もっともなリエルの意見にアルバートは返す言葉もない。そんなアルバートにリエルはフウ、と溜息を吐きつつも笑い、

「でも…、そっか。アルバートはちゃんと私の事考えてくれていたのね。私、ちっとも気付かなかった。
あなたは私に興味がないって思ってたからあの贈り物も全部使用人に選ばせていたのかなって思ってたわ。」

「そ、そんな訳ないだろう!た、確かに俺はあの時、わざと突き放したような態度をとったけど、それはお前を意識していたからであって、実際はいっつもお前の事考えていたぞ!
お前が何をしたら喜ぶんだろうとか、何をあげたらいいんだろうとか…、むしろ、お前以外の女には欠片も興味なかった!」

そうだった。あの仮面祭りの夜に彼の告白を聞いたリエルは彼の嫌味も皮肉も冷たい態度も自分の気を引くためのものだったと知っている。

「私に直接渡すなり、言えなかったのは照れ臭かったから?」

「…っ、ああ!そうだよ!本当はちゃんと前日にお前に渡す時のタイミングとか、何て言って渡すかもイメージトレーニングして挑んだのに…。」

「そんな事までしていたの?」

もしかして、自分に会うといつも疲れたような眠そうな顔をしていたのはそのせいなのか。
忙しいのかな?また女の人と夜遊びしていたんじゃないか等と考えた自分が馬鹿らしく思った。
まさか、ただ自分に贈り物を渡す為だけに夜更かしをしていたなんて誰が想像できただろうか。

「なのに、お前を前にしたら頭が真っ白になってあらかじめ考えておいた台詞とは真逆の事言ってしまうし…、出てくるのは嫌味と皮肉な言葉ばっかりだったし!今度会ったら、ちゃんと紳士らしく振舞おうって決めてたのに…、練習では完璧にできていたのに本番では全然できないし!」

「そ、そんな事は…、あるかな。うん。」

あまりにも落ち込んでいるアルバートにリエルがそんな事ない、と否定しようとしたが悲しいかな。婚約期間中のアルバートをフォローできる要素が何もない。確かにアルバートは会えば、相変わらずお前は地味だな、とか。新調したばかりのドレスを着てもドレスに着せられているみたいで似合ってないとか…。
それは、もうよくそこまで人を悪く言えるものだと感心する位にたくさんの嫌味を言われた。
うん。確かにあれはない。
今なら、あの時のアルバートの言葉は本心からではないと分かっているが当時のリエルはアルバートの気持ちを知らなかったので気付かなかったのだ。

リエルはチラリ、と本棚を見た。実は、この部屋の本棚にはリエルが好きそうな本以外にも恋愛攻略本、女心の心得やら女性が好きそうな恋愛小説…。とにかく恋愛についての本がたくさんあるのだ。
リエルはそういった本はあまり興味はないのだが随分読み込まれたような本ばかりだったのでそんなに面白いのかな?と思い、さっきも少し手に取ったりみてもしたのだ。

が、中身を見れば、そこには女性が異性に言われて嬉しい言葉、女がときめくシチュエーションが書かれている部分を強調するように線が引かれていたり、女は口説くのが上手い甘々男よりもクールでそっけない男に惹かれるもの!というモテ男の定義について書かれた文章を抜粋していたり、それ以外にも『好きな女性の気持ちが分からないあなたへ~七つの魔法のテクニックで彼女を落とす方法』の本には付箋がいっぱい貼られていたりした。

明らかにアルバートはこれを参考にしたのだろう。それを見たら、アルバートも必死だったのだなと思い、思わず笑ってしまった。そして、彼も彼なりに頑張っていたのだろう。…見事に空回りしていたみたいだが。でも、アルバートらしいな。それを思い出し、リエルはクスッと笑った。そして、未だにずーん、と落ち込んでいるアルバートにリエルは、

「ねえ、アルバート。そんなに落ち込まないで?過去には戻れないけど…、それなら、やり直せばいいだけの話じゃない。」

「やり直す…?」

暗い表情からアルバートは怪訝そうにリエルに目を向ける。リエルはアルバートに微笑んで言った。

「そう。今からでもやり直せばいいわ。アルバート。この部屋にある贈り物…、私が貰ってもいいかしら?」

「えっ…、」

「駄目かしら?」

「い、いや!そんな事ない!けど…、いいのか?一番古くて八年前のもあるんだぞ?本や小物はともかく、ドレスとかサイズが合っているかも分からないし…、それに、その時に流行っていたデザインでも今は流行っていないのもあるし…、」

「それでもいいの。アルバートが私の為に選んでくれたんでしょ?私は欲しいな。アルバートからの贈り物。私は欲張りだから、全部欲しい。」

「本当か!?う、受け取ってくれるのか!?」

「うん。一つ一つ開けて見てもいい?」

リエルはそう言って、部屋にある贈り物の箱を一つ一つ手に取った。



「これがお前の十六歳の誕生日に贈ろうと思っていたドレスだ。」

「わあ…!綺麗な藍色のドレスね。白いレースがとても素敵だわ。」

「んで、こっちが夏至祭にあげようと思って用意した物だ。」

「まあ。可愛い帽子ね。花飾りとリボンがとってもお洒落。でも、こんな女の子らしい物、私には似合わないんじゃ、」

「何でだ?お前、可愛いんだから似合うに決まっているだろ。」

「え…、」

アルバートから説明されながら一つ一つリエルは贈り物の箱をあけていく。ドレスに宝石箱、ネックレスに指輪…。リエルは可愛らしいデザインの帽子を手に取る。こういう帽子には憧れるが私には似合わないと言おうとしたが真顔でアルバートに可愛いと言われ、リエルは固まった。アルバートは無意識だったんだろう。自分の言葉に瞬時に真っ赤になると、

「い、いいから、とにかく被ってみろ!」

「う、うん…。」

ギクシャクとした動きでアルバートはリエルの手から帽子を奪い取り、リエルの頭の上に帽子を被せた。

「に、似合っている…じゃないか。」

「…アルバート。そっちは壁だよ?」

リエルに帽子を被らせ、アルバートはそっぽを向いてそう言った。照れくさくて正面から言えないのだろう。分かっていても思わずリエルは突っ込んでしまった。今度は何を開けようかと思っていると、長椅子にある人形が目に映った。

「ねえ、アルバート。あれも私への贈り物?」

「は?どれだ?ッ!?」

リエルが指さした方向を見て、アルバートは息を呑んだ。ザーと顔を真っ青にするアルバートに気付かず、リエルはその人形に近付くと、

「これ、もしかして、手作り?よくできているわ。それにしても、眼帯している人形何て珍しい。
…え?これって…。」

そっと人形を手に取り、リエルはまじまじと人形を見つめる。女の子の人形…。それは、別に珍しくもない。ただ、その人形は眼帯をしていて、茶色の髪に薄紫色の目をしているのだ。
リエルは既視感を抱いた。だって、その人形の色はリエルと同じものだったからだ。
それに、左眼の眼帯もリエルと全く同じ特徴だ。

「み、見るな!」

アルバートは慌ててリエルの手から人形を取り上げた。が、既に手遅れなのは分かっているのかアルバートは焦りを隠しきれていなかった。

「あの…、アルバート。その人形ってもしかして…、」

「ま、待て!リエル!話を聞け!これは違うからな!
俺は人形愛者でもないし、無機物に愛情を注ぐド変態でも異常性癖者でもないからな!
それに、俺は人形作りは趣味でもないし、第一これ作ったの俺じゃなくて…!」

見るなと言っておいて、取り上げた人形を隠すのも忘れ、しっかりと握り締めて必死に弁解するアルバート。

「これはリヒターがくれたんだ!あいつが手作りで作った人形を頼みもしないのに勝手に送りつけてきて…!」

「リヒターが?どうして、アルバートに人形なんかを?」

「あいつがリエルの事で俺に毎日手紙を出したのは話したことあるだろ。その人形もその一つ…。
手紙と一緒に送りつけられたんだよ。お前が孤児院の餓鬼どもと人形を作った時に自分も作ってみたってな。」

「…そういえば、そんな事もあったような…。」

リエルは孤児院を訪問した時に孤児院の女の子達と一緒に布や綿を作って人形作りをしたことがあった。確かにその時、リヒターも一緒にいた。
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