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第百二十七話 もう一度、やり直したい

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「お姉様の言葉で私、気づきました。私とお姉様は…、同じことを思っていたって。
似た者同士だったのですね。私達…。
お互いにお互いを意識していた…。
私もお姉様も自分に精一杯でそれに気づきもしなかった。もっと、早く気づいていたら…、歩み寄れたのかもしれないのに…。」

リエルはセリーナを見上げた。そして、手を差し出した。

「何?その手は?」

「握手です。仲直りの印に…。
これから、お姉様とは違った関係を築いていこうという思いを込めて…。」

「…ハア!?馬鹿じゃないの!?
リエル…、自分が何を言っているのか分かっているの!?
私が一体、あんたに今まで何をしたのか忘れたの?」

リエルの言葉にセリーナは驚いた様に声を上げた。

「勿論、忘れていません。
お姉様にはたくさん傷つけられたし、辛い思いもしました。」

「なら、どうしてそんな事が言えるのよ!?」

「それでも…、お姉様を嫌いにはなれなかったんです。
小さい頃、お姉様は私を守ってくれて励ましてくれた。私にとって、お姉様は憧れでした。
その時の思い出が…、まだ私の中には残っているんです。あの時、お姉様は私を助けてくれた。守ってくれた。だから、今度は…、私がお姉様を守りたいのです。」

「守る…?どういう意味よ?」

「私はお姉様へお話があると言いましたよね?お話とは、この事です。
お姉様。私の…、いえ。どうか、こちら側に来てくださいませんか?」

リエルは一度立ち上がると、もう一度姉に手を差し出した。

「私とルイと一緒に…、これからこのフォルネーゼ家を守って欲しいのです。」

セリーナは目を見開いた。

「もう一度…、やり直せるはずです。私達は…。」

「なっ…、」

「お願いします。お姉様。この手を取ってください。…私はお姉様を見捨てたくはない。」

リエルの懇願にセリーナは暫く息を呑んでその手を見つめた。

「…どうして…、そこまでしてまで…、私に構うの?私が…!一体今まであんたにどれだけ…!」

「お姉様。あなたが本当は優しい人であることは妹の私も知っています。私が男の子たちにからかわれていた時、お姉様はいつも庇ってくれました。
あの時の優しさが…、お姉様の中にはまだ残っている。私は…、そう信じてます。」

「っ…、」

セリーナは唇を噛み締め、瞳を揺らした。

「お姉様だって…、ずっと苦しかったんでしょう?
だったら…、これから先、変えていけばいい。
生きている限り…、人は幾らだってやり直せる。
父様もそう言っていました。だから…、」

リエルは一度言葉を止めると、一歩姉に近付いた。

「またあの頃のように…、普通の兄弟姉妹の仲に戻りましょう?私は…、お姉様と元の関係に戻りたい。
お姉様は…、違いますか?」

リエルは手を差し出したまま、無言でセリーナを見つめた。これが自分の精一杯だった。
暫く、二人の間には沈黙が走った。セリーナは俯いたまま顔を上げない。だから、姉が何を考えているのかリエルには分からなかった。すると、セリーナが小さくぽつりと呟いた。

「…馬鹿じゃないの…。あんたもアルバートも…、
どうしようもない位にお人好しなんだから…。
本当、馬鹿…。」

セリーナはそう言いながらもゆっくりと震える手でリエルの手を握った。リエルはホッとしたように頬を緩ませ、その手をキュッと握り締めた。ゆっくりと顔を上げたセリーナと目が合い、リエルは笑顔を向けた。姉に自分の心が通じたのが嬉しかった。



「リエル…。さっきの守るって一体、どういうこと?何から私を守るというの?」

「ごめんなさい。詳しくは話せないのです。ただ…、一つだけ心に留めて頂きたいのです。
…お母様には気を付けて。」

「え…、それって…、」

「お母様にはある嫌疑がかけられている。…それを確かめる為にも今はまだ何も話せないのです。でも…、このままだとお姉様は共犯者だとみなされる可能性がある。だから、お姉様は一刻も早くお母様と手を切って。そうでないと…、お姉様にまで…。」

セリーナは息を呑んだ。顔が真っ青で動揺している様子だ。

「お姉様。信じられないかもしれないし、さぞかしショックでしょう。けど…、」

「いいえ。…今更、驚きはしないわ。だって、あのお母様だもの。何か後ろ暗いことをしているだろうなとは思っていたわ。」

「お姉様…。何か心当たりが?」

「何も。でも…、お母様は私を使ってリエルとアルバートを引き離そうとした。
その為にどんな手を使ってもいいって過激な事を言っていたわ。…私はそんな危険なお母様の言葉に乗ってしまったの。」

『いい?セリーナ。アルバートを今夜手に入れてしまいなさい。リエルから婚約者を奪ってやるのよ。大丈夫。あなたなら、できるわ。…あんな地味で何の面白みもない娘なんかね…。フフッ…、セリーナ。アルバートもあなたの魅力に気づくわ。だって、あなたは誰よりも美しい。そう…。美しい者は全てを手に入れることができる。幸せになる権利があるのよ。』

母親の言葉を思い出す。セリーナはそれに従った。
母の甘い言葉にセリーナは抗うことができなかった。悪魔の囁きだと思いつつ、それに乗ってしまったのだ。

「お母様が…、お姉様にそんな事を…、」

「お母様は昔から…、リエルを憎んでいた。リエルを傷つけることに生きがいを感じているといってもいい位に。」

愕然とするリエルにセリーナは言った。

「だから、納得したわ。…まさか、私まで疑いの目を向けられているなんて思いもしなかったけど。」

「お姉様…。」

自嘲するセリーナにリエルは気遣わしげに声をかける。

「ねえ、私もお母様のように悪事に加担しているって思わないの?」

「思いませんよ。お姉様はそこまで悪女になりきれませんから。」

セリーナの不安がった声にリエルはにっこりと微笑んで答えた。

「…そ、そう…。」

何処となく安堵した表情を浮かべるセリーナはふと、何かを思い出したような表情を浮かべた。

「どうしました?お姉様。」

「あ…、いいえ。ただ…、ちょっと気になる事を思い出しただけ。」

「気になる事…?」

セリーナは重い口を開いた。



リエルはセリーナと別れて自室に戻ると、机の上に置いていた手紙を手に取った。
青薔薇騎士の紋章の手紙…。セイアスからの手紙である。その手紙に目を通し、リエルは早速返事を書いた。リエルはあの時のセイアスとの会話を思い出した。

『お母様が…、密売に手を出している可能性がある!?それは、本当なのですか?セイアス様。』

『ああ。確かな情報だ。だが、これはあくまでも目撃情報。確実な証拠はない。』

『お母様が…、そんな…。』

『フォルネーゼ伯爵も既にこの情報を手に入れている。リエル。君が母上に対して情を捨てきれないことは知っている。だが、オレリーヌは取り返しのつかないことをした。だから…、』

『…セイアス様。分かりました。あなたの言う通りです。…私は…、フォルネーゼ家の人間として王家に仇なす人間を裁かなければならない。それが例え…、実の母親だったとしても。
ですから、私も…、協力します。フォルネーゼ家の娘として、私は母を止めなければならない。』

『感謝する。では…、早速だが君に頼みがある。これは、家の事情に詳しい君にしか頼めない。まずは…、』

セイアスから計画を話され、リエルはそれに協力することにした。その計画が動き出そうとしている。
気を引き締めないと‥、と自分を奮い立たせた。母が密売に手を染めているという事実はリエルにとってもショックだった。その上…、リエルはセリーナの言葉を思い出した。

『お母様からは…、よく甘い匂いがしたの。こう…、頭がボウッとするような不思議な感覚になるような…。』

甘い匂い…。もし、それが本当だとするなら…。
リエルは嫌な予感がした。

『それに…、お母様がよく会っていた男も同じ匂いをしていたわ。それに、意味深な言葉も言っていた。
顔は髪で隠れていたけど髪の隙間から血のように赤い目が見えて…、何だかゾッとする不気味な男よ。』

赤い瞳の男…。リエルはその男の存在に引っ掛かりを覚えた。
…確かめないと。母が何を隠しているのか。その秘密を…。
リエルは返事を書いた手紙を封筒に包むと、早速それを届けるように手配した。



アルバートは屋敷に帰った後、寝る前に庭園を歩いていた。
東屋の傍に行くと、白い薔薇が咲き誇っている。
あいつは、昔から薔薇が好きだったな。そういえば、リエルは何色の薔薇が好きなんだろう。やっぱり、青い薔薇だろうか。残念ながらこの屋敷には青い薔薇は咲いていない。だけど、この白い薔薇はあいつにも似合いそうだ。清純で無垢なリエルのイメージによく合っている。そんな風に白薔薇を眺めていると…、不意に風が吹いた。その風の流れである匂いが鼻腔を擽った。

「この匂い…。」

アルバートは匂いを辿って奥の方に突き進んだ。確かあそこは…、記憶を頼りにして着いた先は百合が咲き誇った花壇だった。その中央に佇むのは…、

「リヒター?」

アルバートの異母兄、リヒターだった。
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