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第百八話 あの子は特別だった
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「今思えば…、あれから私とリエルの関係が変わったわ。」
後悔の念に駆られたセリーナだったが…、プライドが高い自分は謝ることができなかった。
だって、それだと自分が悪いのだと思われてしまう。
でも、私だけが悪いんじゃない!元々は私の立ち位置を奪ったあの子が悪いのだ。
人の気も知らないで、能天気にアルバートの話をしてくるリエルだって十分悪い。
自分がアルバートと仲良くなれたんだとまるで自慢するかのように言ってくるあの子だって原因があるじゃない!
そうやって、セリーナは自分の非を認めることができなかった。それに…、どこからか話を聞きつけた母がセリーナにあなたは間違ってないわ。と言われ、自分は…。
「リエルがアルバートと一緒にいる姿を見ると、苛ついた。」
これがもし、アルバートがリエルを何とも思っていない様子だったらそんな気持ちは抱かなかった。
他の女の子たちと同じ態度だったら私だって、あの子の馴れ馴れしい彼への態度も許せた。
でも…、アルバートはリエルだけは自分とも他の女の子たちとも違う態度だった。
一見、アルバートはリエルにだけ酷い態度をとっているかのようで嫌っているみたいだった。
自分には礼儀正しい子なのに、リエルに対してだけは意地悪でよく泣かせていた。
「周りの子達は皆、アルバートがリエルを嫌っているんだって思ってたわ。
でも…、私はそれが違うんだって分かってた。」
アルバートはリエルだけを虐めていた。
お菓子を盗ったり、読んでいた本を取り上げたり、髪を引っ張ったり、頬を抓ったり…、他にも色々していたがそれは如何にも子供っぽい虐めだった。
でも、それはリエルに対してだけ。他の子には絶対にしていなかった。
その癖、他のいじめっ子たちを懲らしめてリエルを虐めないように釘を刺していた。
こいつを虐めていいのは俺だけなんだ!と。
あれだけ虐められていたのに何故かリエルはアルバートを嫌わなかった。
どちらかというと、仕返しをしたルイを止めたりして庇ったりする位だった。
「あの子は…、特別だった。」
アルバートはリエルにだけは素の自分を見せていた。
自分には絶対に見せないような表情をリエルには惜しげもなく見せていた。
自分といる時は笑顔だがどことなく、つまらなそうにしていたのにリエルといる時は楽しそうだった。
母親に頼み込んだりして、アルバートが来た時はリエルを遠ざけたり、アルバートと遊ぶから一人で遊ぶように言ってリエルを仲間外れにしたりもした。
リエルは大人しくそれに従っていたがシュン、と寂しそうにしていた。
ズキリ、と胸が痛んだがあの子だってアルバートといつも仲良さげに遊んでいるのだからこれ位、いいじゃない。そう思い直した。
アルバートと一緒に過ごした時間は自分の方が余程、多い。セリーナはそう断言できる。
だって、自分がそう仕向けたのだから。
が、アルバートはいつも隙を突いて、いつの間にかリエルの所に行ったりすることが多かった。
その度にアルバートを連れ戻したりとその繰り返しだった。
「私はずっと…、リエルが妬ましかった。」
リエルを前にすると、ドロリとした黒い感情が沸き上がった。
何でそんな泣きそうな目で私を見るの?私だけが悪いんじゃない!
あんただけが傷つけられたって被害者面をしないでよ。私だって…、私だって苦しいのよ!
好きな人に見向きもされないこの惨めさがあんたに分かる?
分かりっこない!お父様にもルイにもリヒター達にだって愛されている恵まれたあんたに私の気持ちが分かるものか!
私にはお母様しかいないのに…。そうやって、あんたはたくさんの人間に愛されて…。
それだけじゃなく、アルバートにまで!
どうして、リエルなの!何でリエルばっかりが愛されるの!
私にはこの狭い鳥籠しか居場所がないのに…、あの子は…、広い世界で生きている。
ずるい!ずるい!ずるいわ!
だったら…、アルバート一人位、いいではないの!
「心の底では気付いているのよ。
あの子が愛されるのは自分よりも他人を大切にする優しさを持っているから。
傷つけられるその痛みを知っているからあの子は人を傷つける真似は絶対にしなかった。
そして…、誰よりも努力をし続けているから。だから…、皆があの子を慕うんだって。
でも、私はそれを認められなかった。むしろ…、」
セリーナは何もしなかった。母に言われるがままにその歪んだ愛情を受け入れ続けた。
同じ愛情を受けたルイは早々に見切りをつけ、父と姉を慕った。
だけど…、セリーナは違った。そのまま母の元に留まった。母の傍にいることを…、選んだのだ。
そして、ただひたすらにリエルに嫉妬した。
リエルにはアルバートなどいなくても父達がいるからいいではないか。
あの中からたった一人位…、アルバートをくれてもいいじゃない!
あの子はあまりにも欲張りだ。
『あなたは悪くないわ。セリーナ。』
罪悪感と妹への嫉妬の感情で揺れるセリーナに母はそう言った。
『あの子は昔っからそう。何も知らない顔をしてあの人の愛情を奪っていくの。
あの女は悪魔みたいな女よ。…そういう所も本当にそっくり。』
母はそう言って、忌々し気に表情を歪めた。
『姉のあなたの事だって心の底では見下しているのよ。
そんな妹に情けをかける必要はないわ。そもそも…、あの子さえいなければアルバートはあなたに惹かれたかもしれないのに。』
それはセリーナもどこか心の底で思ったことがある。
あの時、リエルがいなかったらアルバートは私を見てくれたかもしれない。
だって、私の容姿は母に似て美しいし、昔から将来が楽しみだと褒められた。
男の子に一目惚れされたこともよくあった。
だから…、もしかしたら、状況さえ違ったらあの時、アルバートとの間で淡い恋が生まれたかもしれない。
『アルバートはあなたの運命の人…。誰にもあなたの変わりはできないわ。それなのに、それを邪魔をしようだなんて…、許されないことだと思わない?』
運命の人…。そうだ。彼は私の運命の人だと思った。
だって、アルバートは今まで出会った異性の中でここまで心動かされたことはなかった。
こんなに胸が高鳴る事もなかった。ここまで好きになる事はなかった。
ここまで夢中になるなんてきっと、この先ない。それは、きっと…、彼が私の運命の人だからだ。
『とことん、やってやりなさい。苦しめてあげなさい。あなたがあの子に苦しめられた分だけ…。
たくさんたくさん懲らしめてあげるの。あなたにはその権利がある。』
その言葉で私は自分を正当化した。そうだ。自分はあの子のせいで苦しめられた。
最初に私が好きになったのに後からあの子が横取りした。私は私の物を取り返すだけだ。
だから、私は…、間違っていない。
「気づいたら…、私はもう自分を止められなかった。お母様と同じことをあの子にしてしまったの。」
「お嬢様…。」
「ハンナ。私とあの子の違いって…、何か分かる?」
突然の質問にハンナは怪訝な表情を浮かべる。
「あの子も…、ううん。あの子だけじゃない。アルバートだってそう。自分よりも他人なのよ。あの二人、そういう所がよく似ているのよね。」
セリーナはフッと切なげに微笑んだ。
「あの子が婚約破棄したのは諦めもあったんだけど…、義務という形で彼を縛りつけたくなかったから。
彼が本当に好きな相手と結ばれるように解放してあげたかったから。
まあ、それも全部あの子の勘違いなんだけどね。そして、彼も…、あの子の為に婚約破棄を受け入れたの。これ以上…、あの子の傍にいても傷つけるだけなんだって思い知ったから。それがあの子の為になるならって身を引いた。…ね?よく似ているでしょう?」
セリーナは笑った。だが、それは空虚な笑いだった。
「フフッ…、アハハハ!馬鹿みたいよね…。あの二人…、お互いがお互いの為を思って別れて…。滑稽だわ!」
高笑いをするセリーナだったが段々、それがか細い笑いへと変わった。
「ハ…、ハハッ…!ハ…、」
セリーナはギュッと唇を噛み締めた。手の中の薔薇の茎がポキリ、と折れた。
「どうしてよ…。」
「お嬢様?」
セリーナがぽつりと呟いた。ハンナが心配そうに手を伸ばすが
「どうしてよ…!どうして、そこまでできるの!?
自分よりも相手の幸せ?そんなの…、そんなのただの綺麗事じゃない!偽善だわ!そんなもの!」
セリーナは叫んだ。頬を熱い雫が伝った。
「ええ!そうよ!私は自分だけだった!あの二人と違って相手の気持ちなんて考えなかったわ!」
セリーナはただ、自分の気持ちを相手に押し付ける事しかしなかった。
相手の為とか考えたことがない。自分に精一杯で自分さえ幸せになる事を考えていた。
でも、それの何がいけない?恋なんて、所詮はそんなものだ。必ずしも、綺麗なものじゃない。
もっとドロドロして生々しい。嫉妬もするし、自分だけを見て欲しいと強い独占欲が芽生える。
そんな風に欲張りになるのが恋ではないか。自分を見失う程に好きになる。そういうものではないのか。
「それなのに…、どうしてあの二人は…、」
セリーナは俯いた。どうしてそこまで自分よりも相手の事を思いやれるの?そして、私は…、どうしてこんな気持ちになるの?涙が…、止まらないのだろう。
「眩しいですわね。」
セリーナはハンカチを差し出したハンナに涙で濡れたままの顔で振り向いた。
「っ、何…?」
「あのお二人ですわ。お互い想い合っているのにすれ違い、相手の為を想って身を引く。
口で言うのは簡単でもそれができる人間がどれだけいることでしょう。それは、とても美しくて、尊い行為だとは思いませんか?」
セリーナはハンカチを受け取りながらもぽつりと呟いた。
「…そうよ…。私は…、あの二人が羨ましかったの。あそこまでできる二人がとても…、眩しかった。
私には絶対にできないことだったから。そこが私との…、大きな違い。
自分の事しか考えられない私は例え彼と一緒になっても不幸にするだけ。
あの子みたいに…、アルバートにあんな表情をさせることはできない。」
『セリーナはセリーナだろ。君はルイでもリエルでもないんだ。それに、人には向き不向きがあるんだ。君は君で自分の得意な事を見つければいいじゃないか。』
外見は優れても頭の出来が悪いセリーナはルイとリエルに劣等感を刺激された。天才の弟と努力家のリエルは吸収が早く、セリーナよりも優秀だった。気付いたら、二人はセリーナを追い越し、遥かにいい成績を残していた。大人達はリエルを女に生まれたのが惜しいと口にした。そして、自分の事は容姿は優れても頭の良さは妹よりも劣る姉だと陰で言われた。悔しかった。そんな時、アルバートがセリーナにそう言ってくれたのだ。嬉しかった。自分を認めてくれたみたいだった。が、その後の言葉に凍り付いた。
『まあ…。俺が最近、そんな風に考えるようになったのも…、あいつのお蔭なんだけどな。この前さ、兄上と比べられて落ち込んでた俺にあいつが…、』
そう言って、少し照れくさそうにでも幸せそうに笑うアルバートの笑顔にセリーナは見惚れると同時にリエルへの嫉妬心が増長した。こんな表情を引き出せるあの子が心底、妬ましかった。同時に羨ましかった。
ああ、そうだ。私はずっとリエルが羨ましかったんだ。
だから、リエルと張り合ってリエルよりも優れた所を見つけて、優越感に浸っていた。
そうでないと、自分を保っていられなかったから。
「もう…、いいではありませんか。お嬢様。…そろそろ、お嬢様も…、前に進むべきですわ。」
「そう、ね…。どっちにしろ、あの二人の間に私が入る隙間なんてなかったのよ。最初から…。」
セリーナは溜息を吐くと、グイ、と乱暴に涙を拭った。
「部屋に戻るわ。…ハンナ、今日はとことん飲むから付き合ってちょうだい。」
「畏まりました。お嬢様。」
ハンナは安堵したように微笑み、頭を垂れた。
後悔の念に駆られたセリーナだったが…、プライドが高い自分は謝ることができなかった。
だって、それだと自分が悪いのだと思われてしまう。
でも、私だけが悪いんじゃない!元々は私の立ち位置を奪ったあの子が悪いのだ。
人の気も知らないで、能天気にアルバートの話をしてくるリエルだって十分悪い。
自分がアルバートと仲良くなれたんだとまるで自慢するかのように言ってくるあの子だって原因があるじゃない!
そうやって、セリーナは自分の非を認めることができなかった。それに…、どこからか話を聞きつけた母がセリーナにあなたは間違ってないわ。と言われ、自分は…。
「リエルがアルバートと一緒にいる姿を見ると、苛ついた。」
これがもし、アルバートがリエルを何とも思っていない様子だったらそんな気持ちは抱かなかった。
他の女の子たちと同じ態度だったら私だって、あの子の馴れ馴れしい彼への態度も許せた。
でも…、アルバートはリエルだけは自分とも他の女の子たちとも違う態度だった。
一見、アルバートはリエルにだけ酷い態度をとっているかのようで嫌っているみたいだった。
自分には礼儀正しい子なのに、リエルに対してだけは意地悪でよく泣かせていた。
「周りの子達は皆、アルバートがリエルを嫌っているんだって思ってたわ。
でも…、私はそれが違うんだって分かってた。」
アルバートはリエルだけを虐めていた。
お菓子を盗ったり、読んでいた本を取り上げたり、髪を引っ張ったり、頬を抓ったり…、他にも色々していたがそれは如何にも子供っぽい虐めだった。
でも、それはリエルに対してだけ。他の子には絶対にしていなかった。
その癖、他のいじめっ子たちを懲らしめてリエルを虐めないように釘を刺していた。
こいつを虐めていいのは俺だけなんだ!と。
あれだけ虐められていたのに何故かリエルはアルバートを嫌わなかった。
どちらかというと、仕返しをしたルイを止めたりして庇ったりする位だった。
「あの子は…、特別だった。」
アルバートはリエルにだけは素の自分を見せていた。
自分には絶対に見せないような表情をリエルには惜しげもなく見せていた。
自分といる時は笑顔だがどことなく、つまらなそうにしていたのにリエルといる時は楽しそうだった。
母親に頼み込んだりして、アルバートが来た時はリエルを遠ざけたり、アルバートと遊ぶから一人で遊ぶように言ってリエルを仲間外れにしたりもした。
リエルは大人しくそれに従っていたがシュン、と寂しそうにしていた。
ズキリ、と胸が痛んだがあの子だってアルバートといつも仲良さげに遊んでいるのだからこれ位、いいじゃない。そう思い直した。
アルバートと一緒に過ごした時間は自分の方が余程、多い。セリーナはそう断言できる。
だって、自分がそう仕向けたのだから。
が、アルバートはいつも隙を突いて、いつの間にかリエルの所に行ったりすることが多かった。
その度にアルバートを連れ戻したりとその繰り返しだった。
「私はずっと…、リエルが妬ましかった。」
リエルを前にすると、ドロリとした黒い感情が沸き上がった。
何でそんな泣きそうな目で私を見るの?私だけが悪いんじゃない!
あんただけが傷つけられたって被害者面をしないでよ。私だって…、私だって苦しいのよ!
好きな人に見向きもされないこの惨めさがあんたに分かる?
分かりっこない!お父様にもルイにもリヒター達にだって愛されている恵まれたあんたに私の気持ちが分かるものか!
私にはお母様しかいないのに…。そうやって、あんたはたくさんの人間に愛されて…。
それだけじゃなく、アルバートにまで!
どうして、リエルなの!何でリエルばっかりが愛されるの!
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ずるい!ずるい!ずるいわ!
だったら…、アルバート一人位、いいではないの!
「心の底では気付いているのよ。
あの子が愛されるのは自分よりも他人を大切にする優しさを持っているから。
傷つけられるその痛みを知っているからあの子は人を傷つける真似は絶対にしなかった。
そして…、誰よりも努力をし続けているから。だから…、皆があの子を慕うんだって。
でも、私はそれを認められなかった。むしろ…、」
セリーナは何もしなかった。母に言われるがままにその歪んだ愛情を受け入れ続けた。
同じ愛情を受けたルイは早々に見切りをつけ、父と姉を慕った。
だけど…、セリーナは違った。そのまま母の元に留まった。母の傍にいることを…、選んだのだ。
そして、ただひたすらにリエルに嫉妬した。
リエルにはアルバートなどいなくても父達がいるからいいではないか。
あの中からたった一人位…、アルバートをくれてもいいじゃない!
あの子はあまりにも欲張りだ。
『あなたは悪くないわ。セリーナ。』
罪悪感と妹への嫉妬の感情で揺れるセリーナに母はそう言った。
『あの子は昔っからそう。何も知らない顔をしてあの人の愛情を奪っていくの。
あの女は悪魔みたいな女よ。…そういう所も本当にそっくり。』
母はそう言って、忌々し気に表情を歪めた。
『姉のあなたの事だって心の底では見下しているのよ。
そんな妹に情けをかける必要はないわ。そもそも…、あの子さえいなければアルバートはあなたに惹かれたかもしれないのに。』
それはセリーナもどこか心の底で思ったことがある。
あの時、リエルがいなかったらアルバートは私を見てくれたかもしれない。
だって、私の容姿は母に似て美しいし、昔から将来が楽しみだと褒められた。
男の子に一目惚れされたこともよくあった。
だから…、もしかしたら、状況さえ違ったらあの時、アルバートとの間で淡い恋が生まれたかもしれない。
『アルバートはあなたの運命の人…。誰にもあなたの変わりはできないわ。それなのに、それを邪魔をしようだなんて…、許されないことだと思わない?』
運命の人…。そうだ。彼は私の運命の人だと思った。
だって、アルバートは今まで出会った異性の中でここまで心動かされたことはなかった。
こんなに胸が高鳴る事もなかった。ここまで好きになる事はなかった。
ここまで夢中になるなんてきっと、この先ない。それは、きっと…、彼が私の運命の人だからだ。
『とことん、やってやりなさい。苦しめてあげなさい。あなたがあの子に苦しめられた分だけ…。
たくさんたくさん懲らしめてあげるの。あなたにはその権利がある。』
その言葉で私は自分を正当化した。そうだ。自分はあの子のせいで苦しめられた。
最初に私が好きになったのに後からあの子が横取りした。私は私の物を取り返すだけだ。
だから、私は…、間違っていない。
「気づいたら…、私はもう自分を止められなかった。お母様と同じことをあの子にしてしまったの。」
「お嬢様…。」
「ハンナ。私とあの子の違いって…、何か分かる?」
突然の質問にハンナは怪訝な表情を浮かべる。
「あの子も…、ううん。あの子だけじゃない。アルバートだってそう。自分よりも他人なのよ。あの二人、そういう所がよく似ているのよね。」
セリーナはフッと切なげに微笑んだ。
「あの子が婚約破棄したのは諦めもあったんだけど…、義務という形で彼を縛りつけたくなかったから。
彼が本当に好きな相手と結ばれるように解放してあげたかったから。
まあ、それも全部あの子の勘違いなんだけどね。そして、彼も…、あの子の為に婚約破棄を受け入れたの。これ以上…、あの子の傍にいても傷つけるだけなんだって思い知ったから。それがあの子の為になるならって身を引いた。…ね?よく似ているでしょう?」
セリーナは笑った。だが、それは空虚な笑いだった。
「フフッ…、アハハハ!馬鹿みたいよね…。あの二人…、お互いがお互いの為を思って別れて…。滑稽だわ!」
高笑いをするセリーナだったが段々、それがか細い笑いへと変わった。
「ハ…、ハハッ…!ハ…、」
セリーナはギュッと唇を噛み締めた。手の中の薔薇の茎がポキリ、と折れた。
「どうしてよ…。」
「お嬢様?」
セリーナがぽつりと呟いた。ハンナが心配そうに手を伸ばすが
「どうしてよ…!どうして、そこまでできるの!?
自分よりも相手の幸せ?そんなの…、そんなのただの綺麗事じゃない!偽善だわ!そんなもの!」
セリーナは叫んだ。頬を熱い雫が伝った。
「ええ!そうよ!私は自分だけだった!あの二人と違って相手の気持ちなんて考えなかったわ!」
セリーナはただ、自分の気持ちを相手に押し付ける事しかしなかった。
相手の為とか考えたことがない。自分に精一杯で自分さえ幸せになる事を考えていた。
でも、それの何がいけない?恋なんて、所詮はそんなものだ。必ずしも、綺麗なものじゃない。
もっとドロドロして生々しい。嫉妬もするし、自分だけを見て欲しいと強い独占欲が芽生える。
そんな風に欲張りになるのが恋ではないか。自分を見失う程に好きになる。そういうものではないのか。
「それなのに…、どうしてあの二人は…、」
セリーナは俯いた。どうしてそこまで自分よりも相手の事を思いやれるの?そして、私は…、どうしてこんな気持ちになるの?涙が…、止まらないのだろう。
「眩しいですわね。」
セリーナはハンカチを差し出したハンナに涙で濡れたままの顔で振り向いた。
「っ、何…?」
「あのお二人ですわ。お互い想い合っているのにすれ違い、相手の為を想って身を引く。
口で言うのは簡単でもそれができる人間がどれだけいることでしょう。それは、とても美しくて、尊い行為だとは思いませんか?」
セリーナはハンカチを受け取りながらもぽつりと呟いた。
「…そうよ…。私は…、あの二人が羨ましかったの。あそこまでできる二人がとても…、眩しかった。
私には絶対にできないことだったから。そこが私との…、大きな違い。
自分の事しか考えられない私は例え彼と一緒になっても不幸にするだけ。
あの子みたいに…、アルバートにあんな表情をさせることはできない。」
『セリーナはセリーナだろ。君はルイでもリエルでもないんだ。それに、人には向き不向きがあるんだ。君は君で自分の得意な事を見つければいいじゃないか。』
外見は優れても頭の出来が悪いセリーナはルイとリエルに劣等感を刺激された。天才の弟と努力家のリエルは吸収が早く、セリーナよりも優秀だった。気付いたら、二人はセリーナを追い越し、遥かにいい成績を残していた。大人達はリエルを女に生まれたのが惜しいと口にした。そして、自分の事は容姿は優れても頭の良さは妹よりも劣る姉だと陰で言われた。悔しかった。そんな時、アルバートがセリーナにそう言ってくれたのだ。嬉しかった。自分を認めてくれたみたいだった。が、その後の言葉に凍り付いた。
『まあ…。俺が最近、そんな風に考えるようになったのも…、あいつのお蔭なんだけどな。この前さ、兄上と比べられて落ち込んでた俺にあいつが…、』
そう言って、少し照れくさそうにでも幸せそうに笑うアルバートの笑顔にセリーナは見惚れると同時にリエルへの嫉妬心が増長した。こんな表情を引き出せるあの子が心底、妬ましかった。同時に羨ましかった。
ああ、そうだ。私はずっとリエルが羨ましかったんだ。
だから、リエルと張り合ってリエルよりも優れた所を見つけて、優越感に浸っていた。
そうでないと、自分を保っていられなかったから。
「もう…、いいではありませんか。お嬢様。…そろそろ、お嬢様も…、前に進むべきですわ。」
「そう、ね…。どっちにしろ、あの二人の間に私が入る隙間なんてなかったのよ。最初から…。」
セリーナは溜息を吐くと、グイ、と乱暴に涙を拭った。
「部屋に戻るわ。…ハンナ、今日はとことん飲むから付き合ってちょうだい。」
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