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第七十八話 剣の稽古
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アルバートはぼんやりと茜色の夕日を眺めながら、昔の事を思い出していた。
あれから、アルバートは過酷な訓練を耐えて薔薇騎士になった。
だが、未だにリエルとの約束は果たせていない。
自分が薔薇騎士としての称号を与えられたのは白薔薇騎士だった。
既に青薔薇騎士の称号はセイアスが賜っていたからだ。
薔薇騎士になれても結局は青薔薇騎士になれなかったのだ。
だから、今も…、アルバートはあの約束を口にできずにいる。
それを口にする資格がない事も十分に分かっていたからだ。
「何しているんだろうな…。俺は。」
それでも、白薔薇騎士として任命された以上、自分は職務を全うしないとならない。
青薔薇騎士にはなれなかったが白薔薇騎士の権限を使えば独自で単独の調査を行う事も出来る。
その権利を使わない手はなかった。だが、自分にはもうあの約束を果たす資格はない。
『アルバート…様?どうして…、』
そう言って、アルバートを見つめる目は見開かれ、今にも泣きそうな表情で歪んでいた。
ズキリ、と胸が痛んだ。
アルバートはその光景を掻き消すかのように強く目を瞑った。
リエルを傷つけた自分にはこの血で汚れた格好がお似合いだ。
頭では分かっているのに未だに自分はリエルへの想いを諦めきれずにいる。
『化け物!』
今まで何度も言われた言葉だ。
死体に囲まれ、返り血を浴びた自分の姿は本当に化け物のようだ。アルバートはぼんやりとそう思った。
「ただいま。」
「お帰りなさいませ。坊ちゃま。」
ウォルターの出迎えにアルバートは頷くと、そのまま部屋に戻ろうとした。
「坊ちゃま。夕食はどうなさいますか?」
「いらない。」
「夕食は済まされたのでしょうか?」
「いや。ただ、食欲がないんだ。」
「いけません。坊ちゃん。食事はきちんと摂らなければ身体が持ちませんよ。明日は特に体力を温存しなければならないのですし…、」
「何言っている。明日は休みだ。体力何て必要ないだろう。」
「おかしいですね。リヒター様から、明日はリエルお嬢様に剣の稽古をするご予定だとお伺いしているのですが?」
アルバートはピシリ、と固まった。
「は?…何の話だ?」
「おや?リヒター様は確かに約束をしたとお聞きしていますよ。リヒター様の代わりに坊ちゃまがリエルお嬢様の剣の御指南をされると。」
思い出した。そうだった。確かにあのゴタゴタがあった際にそんな約束をした気がする。
あの陰険腹黒兄貴にねちねちといじられたリエルがあまりにも不憫だったので思わずそんな助け舟を出したのだ。
…まさか、あの口約束がそのまま現実になるとは思いもしなかったが。
「いや。あれはその場限りの…、」
「ほお?坊ちゃまはその場を取り繕うためだけに嘘を吐いたと。そういう事でしょうか?
爺は悲しゅうございます。昔は素直で嘘をつくことが嫌いだった坊ちゃまが平気で約束を破るような騎士の風上にも置けないそんな男に成長なさるなんて…、」
悲し気に目を伏せるウォルターにうぐ、とアルバートは声を詰まらせた。
「お忙しいお嬢様のご予定をわざわざ坊ちゃまのご都合に合わせていたというのに…。
リエルお嬢様もきっと、失望なさることでしょう。二年前のあの時と全然変わっていないのだときっと呆られ…、」
「分かった!行く!行けばいいんだろ!」
アルバートは堪らず叫ぶようにして撤回した。
「そうですか。それは何よりでございます。」
けろっと先程までの悲し気な表情を一変して、ウォルターはいつもの微笑みに戻っていた。
やっぱり、さっきの演技か!とアルバートは気付くがもう遅い。
結局、アルバートは明日、フォルネーゼ邸に行くことになったのだった。
「よし。焼けた!わ…、今日はいい具合にできたみたい。」
リエルはオーブンから取り出したタルトの焼き具合に破顔した。
今日は料理長に頼んで厨房の一角を借りて、タルトを作っていた。
「お嬢様。タルトは完成したのですか?」
「ええ。今、できた所よ。あ、こっちがトーマス達の分だから。皆で食べてね。」
リエルはそう言って、料理長トーマスと他の料理人達の分のタルトをテーブルに置いた。
「お嬢様。こちらにいらしたのですね。」
「あ、リヒター。今、タルトが焼けた所なの。良かったら、あなたも後で食べてみて。」
「ありがとうございます。喜んで頂きますよ。
それより、お嬢様。そろそろ約束の時間になります。ご準備をされては如何です?」
「準備?何の?」
「今日はアルバート様から剣の稽古を受けるお約束でしょう。お忘れですか?」
「え…。あ、あれって今日だったの!?」
そもそも、剣の稽古なんて、その場で流れた話だと思っていた。
突然の話にリエルは仰天した。
その後、そんな話は聞いていない!と詰め寄るリエルにリヒターは昨日お話ししましたがと言われたがリエルは全くもって覚えていない。
ちなみに、リエルは気付いていないが昨日、リエルは一人チェスをしていた。
元々、一つの事に集中すると周りの事が聞こえなくなるリエルはリヒターに言われた内容に空返事をしただけで内容を全く聞いていなかったのだ。
そんな事に気づかず、リエルはとにかく急いで準備をしなくてはと!慌てて支度するのだった。
あれから、アルバートは過酷な訓練を耐えて薔薇騎士になった。
だが、未だにリエルとの約束は果たせていない。
自分が薔薇騎士としての称号を与えられたのは白薔薇騎士だった。
既に青薔薇騎士の称号はセイアスが賜っていたからだ。
薔薇騎士になれても結局は青薔薇騎士になれなかったのだ。
だから、今も…、アルバートはあの約束を口にできずにいる。
それを口にする資格がない事も十分に分かっていたからだ。
「何しているんだろうな…。俺は。」
それでも、白薔薇騎士として任命された以上、自分は職務を全うしないとならない。
青薔薇騎士にはなれなかったが白薔薇騎士の権限を使えば独自で単独の調査を行う事も出来る。
その権利を使わない手はなかった。だが、自分にはもうあの約束を果たす資格はない。
『アルバート…様?どうして…、』
そう言って、アルバートを見つめる目は見開かれ、今にも泣きそうな表情で歪んでいた。
ズキリ、と胸が痛んだ。
アルバートはその光景を掻き消すかのように強く目を瞑った。
リエルを傷つけた自分にはこの血で汚れた格好がお似合いだ。
頭では分かっているのに未だに自分はリエルへの想いを諦めきれずにいる。
『化け物!』
今まで何度も言われた言葉だ。
死体に囲まれ、返り血を浴びた自分の姿は本当に化け物のようだ。アルバートはぼんやりとそう思った。
「ただいま。」
「お帰りなさいませ。坊ちゃま。」
ウォルターの出迎えにアルバートは頷くと、そのまま部屋に戻ろうとした。
「坊ちゃま。夕食はどうなさいますか?」
「いらない。」
「夕食は済まされたのでしょうか?」
「いや。ただ、食欲がないんだ。」
「いけません。坊ちゃん。食事はきちんと摂らなければ身体が持ちませんよ。明日は特に体力を温存しなければならないのですし…、」
「何言っている。明日は休みだ。体力何て必要ないだろう。」
「おかしいですね。リヒター様から、明日はリエルお嬢様に剣の稽古をするご予定だとお伺いしているのですが?」
アルバートはピシリ、と固まった。
「は?…何の話だ?」
「おや?リヒター様は確かに約束をしたとお聞きしていますよ。リヒター様の代わりに坊ちゃまがリエルお嬢様の剣の御指南をされると。」
思い出した。そうだった。確かにあのゴタゴタがあった際にそんな約束をした気がする。
あの陰険腹黒兄貴にねちねちといじられたリエルがあまりにも不憫だったので思わずそんな助け舟を出したのだ。
…まさか、あの口約束がそのまま現実になるとは思いもしなかったが。
「いや。あれはその場限りの…、」
「ほお?坊ちゃまはその場を取り繕うためだけに嘘を吐いたと。そういう事でしょうか?
爺は悲しゅうございます。昔は素直で嘘をつくことが嫌いだった坊ちゃまが平気で約束を破るような騎士の風上にも置けないそんな男に成長なさるなんて…、」
悲し気に目を伏せるウォルターにうぐ、とアルバートは声を詰まらせた。
「お忙しいお嬢様のご予定をわざわざ坊ちゃまのご都合に合わせていたというのに…。
リエルお嬢様もきっと、失望なさることでしょう。二年前のあの時と全然変わっていないのだときっと呆られ…、」
「分かった!行く!行けばいいんだろ!」
アルバートは堪らず叫ぶようにして撤回した。
「そうですか。それは何よりでございます。」
けろっと先程までの悲し気な表情を一変して、ウォルターはいつもの微笑みに戻っていた。
やっぱり、さっきの演技か!とアルバートは気付くがもう遅い。
結局、アルバートは明日、フォルネーゼ邸に行くことになったのだった。
「よし。焼けた!わ…、今日はいい具合にできたみたい。」
リエルはオーブンから取り出したタルトの焼き具合に破顔した。
今日は料理長に頼んで厨房の一角を借りて、タルトを作っていた。
「お嬢様。タルトは完成したのですか?」
「ええ。今、できた所よ。あ、こっちがトーマス達の分だから。皆で食べてね。」
リエルはそう言って、料理長トーマスと他の料理人達の分のタルトをテーブルに置いた。
「お嬢様。こちらにいらしたのですね。」
「あ、リヒター。今、タルトが焼けた所なの。良かったら、あなたも後で食べてみて。」
「ありがとうございます。喜んで頂きますよ。
それより、お嬢様。そろそろ約束の時間になります。ご準備をされては如何です?」
「準備?何の?」
「今日はアルバート様から剣の稽古を受けるお約束でしょう。お忘れですか?」
「え…。あ、あれって今日だったの!?」
そもそも、剣の稽古なんて、その場で流れた話だと思っていた。
突然の話にリエルは仰天した。
その後、そんな話は聞いていない!と詰め寄るリエルにリヒターは昨日お話ししましたがと言われたがリエルは全くもって覚えていない。
ちなみに、リエルは気付いていないが昨日、リエルは一人チェスをしていた。
元々、一つの事に集中すると周りの事が聞こえなくなるリエルはリヒターに言われた内容に空返事をしただけで内容を全く聞いていなかったのだ。
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