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第六十八話 オレリーヌside
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パリン!と陶器が割れる音が室内に響いた。ハアハア、と荒く息を吐いた貴婦人は無惨に割れた花瓶を見下ろした。
「奥様!?今の音は一体…!?」
慌てたように侍女が駆け付けるがその侍女に貴婦人はバシッと扇を投げつけた。
「きゃあ!?」
「今すぐ出て行きなさい!」
扇が額に当たり、赤くなった所を抑えながら侍女は逃げる様に部屋から出て行った。そんな侍女には見向きもせずに貴婦人はまたしても割れた花瓶に視線を戻した。高貴な紫水晶の瞳が床に散らばった花を映した。花瓶に生けてあった花は赤いガーベラ。それは、かつてあの忌々しい娘が手にした贈り物の花によく似ている。
『お母様。これ、私が庭師のジムと一緒に育てた花なんです。お母様は赤がお好きだと聞いたので…、』
そう言って、不格好な形でリボンで飾られた赤い花束を差し出す娘の姿を思い出す。おどおどとこちらの顔色を窺いながらも勇気を振り絞ったその姿は…、あの女を嫌でも思い出す。
『お義姉様。見て下さい。こんなにもたくさんのお花が咲いていますわ。よろしければ、お義姉様にも…、』
オレリーヌはその手を払いのけた。あの時、ミュリエルが差し出した花を叩き落としたように。地面に落ちた花を踏みつければリエルの表情は今にも泣き出しそうに歪んだ。それを見ればオレリーヌは暗い満足感を覚えた。まるでミュリエルをやり込めた時のような気分を味わった。
オレリーヌはガーベラの花を靴で踏みつけた。花瓶の欠片も割れたがそんな事は気にならなかった。
「どこまで…、どこまであの女は私の邪魔をすれば気が済むの!」
手下の報告で例の件が失敗したと聞き、オレリーヌは苛立ちが止まらない。何て役立たずなのだ。あのピンク髪の女もどこぞの伯爵の跡取り息子も…。まさか、あのアルバートがリエルを庇うなんて計算外だ。まあ、いい。あの男やリーリアが捕まった所でこちらに害はない。疑われはするだろうが証拠もないのだ。今回は失敗したが怪盗を使ってあの女に一生残る傷を味合わせてやろうとした。醜い素顔を大勢の人の前で見せしめにしてやろうと。まさか、それも失敗に終わるなんて…。オレリーヌは爪をガリッと噛み締めた。
―アルバート…!あの男のせいよ!兄弟揃って悉く私の邪魔ばかりして…!
何故、あの兄弟は揃いも揃ってリエルばかりを庇うのだ。私と私に似たセリーナの方が余程価値があるというのに…!リヒターとアルバートはあのルイゼンブルク家の血を継ぐ存在。爵位だってあちらの方が上の家柄。可愛い私の娘、セリーナの相手として不満はない。リヒターは美形で優秀だがあの男の母は第二夫人。いわば、側室だ。やはり、血筋の良さでは正妻の子であるアルバートの方がふさわしい。セリーナもアルバートを気に入っている。何より、リエルのあの目…。アルバートが姉と結ばれたらどんな表情をするのか。考えただけで笑いがこみ上げる。小さい頃はそれなりに仲が良かった二人だったが成長期に入ると段々距離ができるようになった。これで何もかもうまくいく。そうほくそ笑んでいた。それなのに…、夫が選んだのはリエルだった。当然、反対した。年齢的にセリーナを選ぶべきだし、彼だってセリーナを気に入っている。そう言ったのに…、
『オレリーヌ。あの子は…、セリーナは五大貴族の家に嫁ぐ器量ではないんだ。あれには荷が重すぎる。』
そう言い切ったのだ。しかも…、
『リエルは五大貴族の娘としての役割も義務も理解しているし、その術を身に着けている。あの子はきっと、アルバートを支えて家を任せられる立派な妻の役目を果たすだろう。』
あの夫の寂しさを抱えながらも幸せそうな表情…。それはかつて、ミュリエルが結婚した時にミュリエルの幸せを願った表情によく似ていた。
―どこまで…!どこまであの女は…!
死んでなお夫の心に棲みつく悪魔のような女。だから、決めたのだ。リエルを幸せになどしてやるものか。あのミュリエルと同じ顔で同じ表情で笑う娘を地獄の底に突き落としてやると。あの二人の仲を引き裂くなんて簡単だった。少しの噂や小細工で翻弄され、踊らされる姿は滑稽だった。加えてあの噂でリエルは完全に自分に自信をなくしていた。あの娘の性格上、言いたいことがあっても言えない性格だ。自分自身の事は特にそう。だから、次第に追い詰められていった。そして、段々アルバートの婚約者であることを苦痛に感じるようになっていった。そして、遂にリエルはあの男との婚約を破棄した。幾らこちらから破棄したといっても世間は女であるリエルに問題があるに違いないと憶測を呼んだ。これで、リエルは傷物の女になった。一度は婚約破棄した女だ。まともな良縁はこないだろう。何より、リエルはあの事件で片目を失ったのだ。あれ以来、あの子の目は光を失い、暫くは部屋に引きこもり、生気を失った表情をしていた。ルイやリヒター達が必死にリエルを元気づけようと奮闘していたが相変わらずリエルはぼんやりと心ここにあらずといった顔をしていた。さすがにそれを見た時は僅かにズキリと胸が痛んだが気づかない振りをした。
―もっと、もっと…!苦しめばいい!この世に生きてきたことを後悔する位に…!
「フフッ…、その為にも…、次の手を打たないとね…。ああ。そうだ。あの子にも手伝って貰わないと…、」
オレリーヌはそう言って、甲高く笑った。
「奥様!?今の音は一体…!?」
慌てたように侍女が駆け付けるがその侍女に貴婦人はバシッと扇を投げつけた。
「きゃあ!?」
「今すぐ出て行きなさい!」
扇が額に当たり、赤くなった所を抑えながら侍女は逃げる様に部屋から出て行った。そんな侍女には見向きもせずに貴婦人はまたしても割れた花瓶に視線を戻した。高貴な紫水晶の瞳が床に散らばった花を映した。花瓶に生けてあった花は赤いガーベラ。それは、かつてあの忌々しい娘が手にした贈り物の花によく似ている。
『お母様。これ、私が庭師のジムと一緒に育てた花なんです。お母様は赤がお好きだと聞いたので…、』
そう言って、不格好な形でリボンで飾られた赤い花束を差し出す娘の姿を思い出す。おどおどとこちらの顔色を窺いながらも勇気を振り絞ったその姿は…、あの女を嫌でも思い出す。
『お義姉様。見て下さい。こんなにもたくさんのお花が咲いていますわ。よろしければ、お義姉様にも…、』
オレリーヌはその手を払いのけた。あの時、ミュリエルが差し出した花を叩き落としたように。地面に落ちた花を踏みつければリエルの表情は今にも泣き出しそうに歪んだ。それを見ればオレリーヌは暗い満足感を覚えた。まるでミュリエルをやり込めた時のような気分を味わった。
オレリーヌはガーベラの花を靴で踏みつけた。花瓶の欠片も割れたがそんな事は気にならなかった。
「どこまで…、どこまであの女は私の邪魔をすれば気が済むの!」
手下の報告で例の件が失敗したと聞き、オレリーヌは苛立ちが止まらない。何て役立たずなのだ。あのピンク髪の女もどこぞの伯爵の跡取り息子も…。まさか、あのアルバートがリエルを庇うなんて計算外だ。まあ、いい。あの男やリーリアが捕まった所でこちらに害はない。疑われはするだろうが証拠もないのだ。今回は失敗したが怪盗を使ってあの女に一生残る傷を味合わせてやろうとした。醜い素顔を大勢の人の前で見せしめにしてやろうと。まさか、それも失敗に終わるなんて…。オレリーヌは爪をガリッと噛み締めた。
―アルバート…!あの男のせいよ!兄弟揃って悉く私の邪魔ばかりして…!
何故、あの兄弟は揃いも揃ってリエルばかりを庇うのだ。私と私に似たセリーナの方が余程価値があるというのに…!リヒターとアルバートはあのルイゼンブルク家の血を継ぐ存在。爵位だってあちらの方が上の家柄。可愛い私の娘、セリーナの相手として不満はない。リヒターは美形で優秀だがあの男の母は第二夫人。いわば、側室だ。やはり、血筋の良さでは正妻の子であるアルバートの方がふさわしい。セリーナもアルバートを気に入っている。何より、リエルのあの目…。アルバートが姉と結ばれたらどんな表情をするのか。考えただけで笑いがこみ上げる。小さい頃はそれなりに仲が良かった二人だったが成長期に入ると段々距離ができるようになった。これで何もかもうまくいく。そうほくそ笑んでいた。それなのに…、夫が選んだのはリエルだった。当然、反対した。年齢的にセリーナを選ぶべきだし、彼だってセリーナを気に入っている。そう言ったのに…、
『オレリーヌ。あの子は…、セリーナは五大貴族の家に嫁ぐ器量ではないんだ。あれには荷が重すぎる。』
そう言い切ったのだ。しかも…、
『リエルは五大貴族の娘としての役割も義務も理解しているし、その術を身に着けている。あの子はきっと、アルバートを支えて家を任せられる立派な妻の役目を果たすだろう。』
あの夫の寂しさを抱えながらも幸せそうな表情…。それはかつて、ミュリエルが結婚した時にミュリエルの幸せを願った表情によく似ていた。
―どこまで…!どこまであの女は…!
死んでなお夫の心に棲みつく悪魔のような女。だから、決めたのだ。リエルを幸せになどしてやるものか。あのミュリエルと同じ顔で同じ表情で笑う娘を地獄の底に突き落としてやると。あの二人の仲を引き裂くなんて簡単だった。少しの噂や小細工で翻弄され、踊らされる姿は滑稽だった。加えてあの噂でリエルは完全に自分に自信をなくしていた。あの娘の性格上、言いたいことがあっても言えない性格だ。自分自身の事は特にそう。だから、次第に追い詰められていった。そして、段々アルバートの婚約者であることを苦痛に感じるようになっていった。そして、遂にリエルはあの男との婚約を破棄した。幾らこちらから破棄したといっても世間は女であるリエルに問題があるに違いないと憶測を呼んだ。これで、リエルは傷物の女になった。一度は婚約破棄した女だ。まともな良縁はこないだろう。何より、リエルはあの事件で片目を失ったのだ。あれ以来、あの子の目は光を失い、暫くは部屋に引きこもり、生気を失った表情をしていた。ルイやリヒター達が必死にリエルを元気づけようと奮闘していたが相変わらずリエルはぼんやりと心ここにあらずといった顔をしていた。さすがにそれを見た時は僅かにズキリと胸が痛んだが気づかない振りをした。
―もっと、もっと…!苦しめばいい!この世に生きてきたことを後悔する位に…!
「フフッ…、その為にも…、次の手を打たないとね…。ああ。そうだ。あの子にも手伝って貰わないと…、」
オレリーヌはそう言って、甲高く笑った。
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