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第五十六話 乙女ゲーム
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「成程。事情は分かった。時間をとらせて申し訳なかったな。リエル。」
「いえ、お役に立てたのならそれで…。」
リエルは事情聴取が終わり、ふと気になっていたことを訊ねた。
「セイアス様。アルバート様はもしかして今…、」
「ああ。例の男爵令嬢が気が付いたらしい。その事情聴取に向かった。」
リーリア嬢の目が覚めた。リエルはギュッとドレスの裾を握り締めた。
「リエル。その…、大丈夫か?騎士から事情は聞いている。」
相変わらず無表情なのは変わらないがその瞳は僅かに気遣いの色が見て取れた。セイアスが自分を心配してくれているのが伝わった。リエルは微笑み、
「私なら、大丈夫です。」
むしろ、自分よりも相手の男の方が悲惨な目に遭っていた。リーリアは仮にも令嬢だからさすがにアルバートも手は上げなかったが。
―リーリア嬢…。彼女は何故私をそこまで…、彼女の狙いは一体…、
リエルは意を決し、顔を上げた。
「セイアス様。一つお願いがあるのです。リーリア嬢と会わせて頂けないでしょうか?」
「なっ…、」
セイアスは思いがけない申し出に目を見開いた。
「リエル。何故、わざわざあの男爵令嬢に?事情聴取なら、薔薇騎士である我々が…、」
「分かっています。でも、私は…、知りたいのです。彼女が何故、このような事をしたのかを。単に私を陥れる為だけなのか、それとも、フォルネーゼ家を狙っての事なのか。私はこの目で彼女を見て、彼女の言葉を聞いて確かめたいのです。」
「しかし、あの男爵令嬢は危険だ。何をするか分からない。それに、報告によると、かなり妄想癖があるようでな。話が通じるとは思えない。リエルを狙ったのも恐らくはただの家柄の僻みかアルバートの元婚約者に嫉妬してだろうと…、」
「そうだとしても…、私は真実を知りたいのです。リーリア嬢が単独で行ったのか裏で誰かが糸を引いているのか…。私は自分の敵をきちんと見極めなければならないのです。…お願いします。セイアス様。お時間は取らせません。どうか少しだけ…、リーリア嬢と面会の許可を。」
リエルの言葉にセイアスは数秒黙ったままだったが、やがて、
「…分かった。ただし、少しだけだぞ。」
「はい!感謝します。セイアス様。」
リエルはセイアスの言葉にパッと表情を輝かせ、礼を述べた。
リエルはセイアスの案内で地下牢に足を運んだ。薄暗い地下牢は所々に均等な距離で灯りがつけられているがそれでも不気味な雰囲気を漂わせている。牢屋の中には部屋の隅で膝を抱えてブツブツと呟いている者、奇声を発している者、ここから出せと罵声を浴びせる者等がいた。精神に異常をきたした者ばかりだ。
「すまない。ここは囚人の中でも気が狂った連中を集めた所だ。ここを通らないと、奥には行けないのだ。」
「私なら、大丈夫です。領地の視察で精神病院を訪れた際に似たような方達を見たことがありますから。」
「…本当に君はつくづく貴族令嬢の枠を超えているな。」
これは、褒められているのかな?リエルがそう思っていると、いつの間にか先程までの騒がしい音は消え、静かな場所まで来ていた。
「そろそろ、あの令嬢の事情聴取も終わり、牢に戻された頃だろう。リエル。くれぐれも用心しろ。ああいう手の女はキレると何をするか分からない。」
セイアスの忠告にリエルはコクンと頷いた。外で待機してくれているセイアスは何かあったらすぐに呼ぶよう言い残した。リエルはセイアスに礼を言い、一人で更に奥に進んだ。
「こんなの…、こんなの有り得ない…!やり直さなきゃ。もう一度、最初から…。そうよ。そうすれば上手くいくはず。リセット。リセットしないと…、」
ブツブツと呟く声が聞こえる。リエルがリーリアの牢の前に行くと、そこには牢の中をうろうろと動き回り、何かを探し回っているリーリアの姿があった。
「リーリア嬢。」
あまりにも不審な行動に一瞬声をかけるのを躊躇する。が、意を決してリエルが声をかけると、リーリアはバッと顔を上げ、その瞳にリエルを認識すると、
「…あんた。」
リーリアがぽつりと呟いた。そして、次の瞬間には、ギロッと般若のような顔でリエルを睨みつけると、
「あんたのせいよ!」
ガシャン!と鉄格子にぶつかる音がした。リーリアが牢を突き破ろうとする勢いで鉄格子の隙間から手を伸ばし、リエルに掴みかかろうとした。が、リエルは身の危険を感じ、すぐに数歩後ろに下がった。
「あんたのせいよ!全部全部あんたが悪いのよ!この、ブス!頭しか取り柄がない癖に小賢しい真似ばっかりして…!」
リエルはリーリアの罵声を唖然として見つめた。ここまで彼女に罵倒されるとは思わなかった。今のリーリアは可憐な令嬢の面影もない。敵意と憎悪に目を吊り上げ、唾を撒き散らす彼女は鬼のような表情をしていた。
「今までの事も全部あんたのせいでしょ!?あんたがいるから、アルバートが攻略できないし、他の薔薇騎士も靡かないし、ルイやリヒターも全然アプローチしてくれないし…、あんたが裏でこそこそしてたんでしょ!?」
そう叫びながらリーリアはガシャン、と音を立てて、鉄格子を揺さぶった。リエルは首を傾げた。何の話をしているのだろう。彼女は。
「おかしいじゃない!ヒロインのあたしが牢屋に入れられるなんてそんなのどこのルートにもなかったわよ!」
妄想癖が酷いとは聞いていたがここまでだなんて。一体、何がそこまで彼女をこうまでさせたのだろう。
「ここは乙女ゲームの世界なんでしょ!?なのに、イベントは起こらないし、フラグは回収できないし!おまけにゲームの設定が違うなんてどういう事!?」
「何を、言っているのですか?それに、ゲームとは…、一体…?」
「言葉通りよ。ここは『花の乙女と七人の貴公子~ローズスイートラブ』の世界なの!」
「そのゲームの世界が…、今のこの現実と同じ世界だと言うのですか?」
「そうよ!だって、名前も国もまるっきり同じなのよ!花の乙女であるヒロインの私の名前も見た目もゲームと全く同じだもの!」
リーリアはこの現実の世界をゲームの世界だと思い込んでいる様子だ。リエルはじっとリーリアを見た。あの目…。精神異常者を装って尋問を逃れようとしているかとも思ったがそうでもないようだ。この目は狂信者と呼ばれる人間と同じ目をしている。本当にこの世界をゲームと同じ世界だと信じているのだろう。彼女から目的を聞き出すにはそのゲームとやらが関連しているかもしれない。本来なら、こんな馬鹿げた妄言に付き合うつもりはないがリエルは彼女の話に乗ることにした。彼女の話は理解不能だし、知らない単語ばかりでどこまで話についていけるか分からないが適当に彼女の話に合わせて情報を引き出してみよう。
「いえ、お役に立てたのならそれで…。」
リエルは事情聴取が終わり、ふと気になっていたことを訊ねた。
「セイアス様。アルバート様はもしかして今…、」
「ああ。例の男爵令嬢が気が付いたらしい。その事情聴取に向かった。」
リーリア嬢の目が覚めた。リエルはギュッとドレスの裾を握り締めた。
「リエル。その…、大丈夫か?騎士から事情は聞いている。」
相変わらず無表情なのは変わらないがその瞳は僅かに気遣いの色が見て取れた。セイアスが自分を心配してくれているのが伝わった。リエルは微笑み、
「私なら、大丈夫です。」
むしろ、自分よりも相手の男の方が悲惨な目に遭っていた。リーリアは仮にも令嬢だからさすがにアルバートも手は上げなかったが。
―リーリア嬢…。彼女は何故私をそこまで…、彼女の狙いは一体…、
リエルは意を決し、顔を上げた。
「セイアス様。一つお願いがあるのです。リーリア嬢と会わせて頂けないでしょうか?」
「なっ…、」
セイアスは思いがけない申し出に目を見開いた。
「リエル。何故、わざわざあの男爵令嬢に?事情聴取なら、薔薇騎士である我々が…、」
「分かっています。でも、私は…、知りたいのです。彼女が何故、このような事をしたのかを。単に私を陥れる為だけなのか、それとも、フォルネーゼ家を狙っての事なのか。私はこの目で彼女を見て、彼女の言葉を聞いて確かめたいのです。」
「しかし、あの男爵令嬢は危険だ。何をするか分からない。それに、報告によると、かなり妄想癖があるようでな。話が通じるとは思えない。リエルを狙ったのも恐らくはただの家柄の僻みかアルバートの元婚約者に嫉妬してだろうと…、」
「そうだとしても…、私は真実を知りたいのです。リーリア嬢が単独で行ったのか裏で誰かが糸を引いているのか…。私は自分の敵をきちんと見極めなければならないのです。…お願いします。セイアス様。お時間は取らせません。どうか少しだけ…、リーリア嬢と面会の許可を。」
リエルの言葉にセイアスは数秒黙ったままだったが、やがて、
「…分かった。ただし、少しだけだぞ。」
「はい!感謝します。セイアス様。」
リエルはセイアスの言葉にパッと表情を輝かせ、礼を述べた。
リエルはセイアスの案内で地下牢に足を運んだ。薄暗い地下牢は所々に均等な距離で灯りがつけられているがそれでも不気味な雰囲気を漂わせている。牢屋の中には部屋の隅で膝を抱えてブツブツと呟いている者、奇声を発している者、ここから出せと罵声を浴びせる者等がいた。精神に異常をきたした者ばかりだ。
「すまない。ここは囚人の中でも気が狂った連中を集めた所だ。ここを通らないと、奥には行けないのだ。」
「私なら、大丈夫です。領地の視察で精神病院を訪れた際に似たような方達を見たことがありますから。」
「…本当に君はつくづく貴族令嬢の枠を超えているな。」
これは、褒められているのかな?リエルがそう思っていると、いつの間にか先程までの騒がしい音は消え、静かな場所まで来ていた。
「そろそろ、あの令嬢の事情聴取も終わり、牢に戻された頃だろう。リエル。くれぐれも用心しろ。ああいう手の女はキレると何をするか分からない。」
セイアスの忠告にリエルはコクンと頷いた。外で待機してくれているセイアスは何かあったらすぐに呼ぶよう言い残した。リエルはセイアスに礼を言い、一人で更に奥に進んだ。
「こんなの…、こんなの有り得ない…!やり直さなきゃ。もう一度、最初から…。そうよ。そうすれば上手くいくはず。リセット。リセットしないと…、」
ブツブツと呟く声が聞こえる。リエルがリーリアの牢の前に行くと、そこには牢の中をうろうろと動き回り、何かを探し回っているリーリアの姿があった。
「リーリア嬢。」
あまりにも不審な行動に一瞬声をかけるのを躊躇する。が、意を決してリエルが声をかけると、リーリアはバッと顔を上げ、その瞳にリエルを認識すると、
「…あんた。」
リーリアがぽつりと呟いた。そして、次の瞬間には、ギロッと般若のような顔でリエルを睨みつけると、
「あんたのせいよ!」
ガシャン!と鉄格子にぶつかる音がした。リーリアが牢を突き破ろうとする勢いで鉄格子の隙間から手を伸ばし、リエルに掴みかかろうとした。が、リエルは身の危険を感じ、すぐに数歩後ろに下がった。
「あんたのせいよ!全部全部あんたが悪いのよ!この、ブス!頭しか取り柄がない癖に小賢しい真似ばっかりして…!」
リエルはリーリアの罵声を唖然として見つめた。ここまで彼女に罵倒されるとは思わなかった。今のリーリアは可憐な令嬢の面影もない。敵意と憎悪に目を吊り上げ、唾を撒き散らす彼女は鬼のような表情をしていた。
「今までの事も全部あんたのせいでしょ!?あんたがいるから、アルバートが攻略できないし、他の薔薇騎士も靡かないし、ルイやリヒターも全然アプローチしてくれないし…、あんたが裏でこそこそしてたんでしょ!?」
そう叫びながらリーリアはガシャン、と音を立てて、鉄格子を揺さぶった。リエルは首を傾げた。何の話をしているのだろう。彼女は。
「おかしいじゃない!ヒロインのあたしが牢屋に入れられるなんてそんなのどこのルートにもなかったわよ!」
妄想癖が酷いとは聞いていたがここまでだなんて。一体、何がそこまで彼女をこうまでさせたのだろう。
「ここは乙女ゲームの世界なんでしょ!?なのに、イベントは起こらないし、フラグは回収できないし!おまけにゲームの設定が違うなんてどういう事!?」
「何を、言っているのですか?それに、ゲームとは…、一体…?」
「言葉通りよ。ここは『花の乙女と七人の貴公子~ローズスイートラブ』の世界なの!」
「そのゲームの世界が…、今のこの現実と同じ世界だと言うのですか?」
「そうよ!だって、名前も国もまるっきり同じなのよ!花の乙女であるヒロインの私の名前も見た目もゲームと全く同じだもの!」
リーリアはこの現実の世界をゲームの世界だと思い込んでいる様子だ。リエルはじっとリーリアを見た。あの目…。精神異常者を装って尋問を逃れようとしているかとも思ったがそうでもないようだ。この目は狂信者と呼ばれる人間と同じ目をしている。本当にこの世界をゲームと同じ世界だと信じているのだろう。彼女から目的を聞き出すにはそのゲームとやらが関連しているかもしれない。本来なら、こんな馬鹿げた妄言に付き合うつもりはないがリエルは彼女の話に乗ることにした。彼女の話は理解不能だし、知らない単語ばかりでどこまで話についていけるか分からないが適当に彼女の話に合わせて情報を引き出してみよう。
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