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第四十話 脅されたアルバート

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「リーリア?」

アルバートは飲み物のグラスを手にして戻ったがそこにリーリアがいないことに気が付いた。ダンスを三回以上も踊ったから喉が乾いたと言っていたから飲み物を持ってきたのだがどこに行ったんだ?アルバートは辺りを見回した。

「やあ。アルバート。今度はどんな花を探しているのかな?」

「サミュエル。」

アルバートの前に現れたのは黄薔薇騎士、サミュエルだった。相変わらず、男の癖に女みたいに長く伸ばした黄金色の髪を後ろで結び、華やかな笑顔を浮かべている。その笑顔に周りの令嬢は見惚れていた。

「君の探しているのは…、あのストロベリーの花の君だろう?彼女と君の仲は有名だからね。何せ、ダンスを三回以上も踊る仲なのだから。」

「…仕方がないだろう。あれは、まだこういった場に慣れてないんだ。だから、その意味も知らない。」

「それで、強請られるままに踊った訳か。…悪い男だね。君は。」

「何が?」

「その気もないレディを特別扱いすれば普通は勘違いされてしまうよ。それに、あのご令嬢は思い込みが激しい。君も知っているだろう?」

「…何が言いたい?」

サミュエルはスッと表情を消した。そして、アルバートの肩に手を置くと、

「アルバート。あの女には気をつけろ。…そうでないと、痛い目を見るぞ。」

アルバートはバッと顔を上げた。サミュエルは彼の肩から手を離すと、頷いた。

「お察しの通りだ。あの娘は僕にも接触してきた。手口は君や他の男達と同じだ。」

「…そうか。」

アルバートは驚きもせずに頷いた。

「忠告はしたよ。それじゃ…、あ。そうだ。」

サミュエルはそのまま立ち去ろうとするがふと思い立ったように

「彼女なら…、さっきライラックの瞳をしたご令嬢と一緒だったよ。君の元婚約者、リエル嬢とね。」

アルバートは目を見開いた。

タッとすぐに駆けだすアルバートの後姿を見送り、サミュエルは微笑んだ。

「フム…。これは中々に面白いものが見れそうだね。」

サミュエルは悪戯を仕掛ける子供の様に笑った。

アルバートはまずい、と思いながらリエルの姿を探した。思い出すのは夜会に出かける前の出来事だった。

「アルバート。あの…、少し話があるの。いいかしら?」

「母上。どうしました?」

母、グレースが自室に訪ねてきてアルバートは迎えた。

「アルバート。その今夜の夜会の事なのだけれど…、ブロウ男爵令嬢のエスコートをするって本当なの?」

「ええ。そうですが?」

「…アルバート。あなた、何を考えているの?」

「何、とは?」

「ブロウ男爵令嬢の噂は聞いているわ。あのご令嬢は貴族界でも中枢を担う子息達の前に偶然を装って現れては、彼らに言い寄っているって。しかも、中には婚約者もいる方にも平然と…、アルバート。あなた、ブロウ男爵令嬢とはどういう関係なの?」

「彼女とは友人ですよ。」

「アルバート…。お願いだからもうこんな事はやめて頂戴。あなただって、望んでいないのでしょう?」

「…そろそろ時間ですね。リーリア嬢を迎えに行かないといけないので失礼します。」

「アルバート!いつまでそうやって逃げているの?あなたがそんなだから、リエルは…、」

グレースは言いかけた言葉をそれ以上、発せられなかった。アルバートの放つ空気に圧倒されたからだ。

「もう…、決めたんです。俺は薔薇騎士としての道を立ち止まらずに突き進んでいくと。幾ら母上でも止めないで頂きたい。」

そう言い捨て、アルバートは部屋から出て行った。グレースはそんな息子に何も言う事はできず、悲しそうに俯いた。カッカッと靴音を響かせながら廊下を歩いていくアルバートは心の中で母に謝った。

―母上。申し訳ありません。母上を悲しませたい訳じゃない。ただ、それでも…、俺はどうしても薔薇騎士になりたいんです。

初めはただの憧れだった。まだ幼く、分別の区別もつかない少年だった自分にとって薔薇騎士は輝かしく映った。薔薇騎士になりたい。そんな夢を抱いた。最初はそんな純粋な子供らしい願いだった。だが、あの日…、

『ぎゃあああ…!』

今でも思い出す。初めて人を斬った時のあの感触…。血が顔と身体にかかり、纏わりつく生温い液体…。剣越しに伝わる肉を切った感触…。血が剣の刃を伝い、自分の手を汚した。鮮血を浴びた自分の身体からは血の匂いがした。正当防衛とはいえ、アルバートは初めて人に殺意を持って剣を向けたのだ。あの時のことは忘れられない。込み上がってくる得体の知れない力と衝動…。そして、知った。薔薇騎士の隠された闇を…。そして、自分は選択を強いられた。その手を取るか取らないか。自分はその手を取った。その選択に後悔はない。例え、その道が地獄の入り口だったとしても、過酷な試練が待っていたと知っても、果たしたい夢があったから。今も…、その気持ちは変わっていない。だが、薔薇騎士になった今でもアルバートはその願いを果たせずにいた。アルバートは窓の外にふと目を向けた。そのまま暫く佇んでいると、

「坊ちゃま。」

執事の声にアルバートは振り返った。そろそろお時間ですと言われ、アルバートは頷くと玄関に向かった。

「そういえば、今回の夜会にはリエルお嬢様も参加されるそうですよ。」

「…そうか。」

「アレクセイ様が滅多にない機会だから是非、リエルお嬢様と踊ってきてはどうかと…、」

「気が向いたらな。」

爺の言葉に素っ気なく答え、アルバートはバサリ、と白い外套を羽織った。

「ああ。それから、もう一つ…、」

「まだあるのか?」

「リヒター様から言付けを預かっています。」

「リヒター?どうせ、碌でもない内容だろ。」

「自分は所用の為、夜会に出席できないので是非、白薔薇騎士殿にリエルお嬢様を気にかけて欲しいと。何かあったら、彼女の身の安全を…、」

「はあ?何で俺が…、そんなの護衛のロジェやサラにやらせればいいだろうが。もう婚約者でもなんでもないんだし、そんな義理は…、」

「お断りするというのなら、悲しみのあまり、白薔薇騎士様の自室の金庫にしまわれている物をどなたかの令嬢に誤って渡してしまうかもしれないとのことです。」

「!?」

アルバートは思わず嵌めようとしていた手袋を落とした。ギギ、とブリキ人形のような動きで爺に振り返ると、

「な、何の事だ?」

「坊ちゃま。目が泳いでますし、顔が真っ青ですよ。」

爺が呆れたように溜息を吐くと、

「言葉通りですよ。リエルお嬢様をお守りしてくれないなら代償として、坊ちゃまが大事に大事に管理している金庫の中身の物を全てばら撒くとリヒター様は仰っているのです。」

「な、何であいつが金庫の存在を知っているんだ!?あれは隠し扉になっているし、誰にも知られていない筈なのに!」

「そうですね。坊ちゃまはあの金庫に使用人ですら触らせずに厳重に保管していますからね。坊ちゃま。大丈夫でございます。幾ら成人したとはいえ、坊ちゃまも男です。ええ。分かっております。あの金庫には坊ちゃま好みの女優の女体画集や官能小説、女性物の下着が入っていたとしても何ら不思議では…、」

「はあ!な、何言って…、そ、そんな物入っているわけあるか!何、勝手に決めつけてんだ!そんな生温い目で俺を見るな!」

「おや。失礼しました。あまりにも我々使用人にも隠されるのでつい…、」

「そ、そんな事より、リヒターだ!何であいつが金庫の存在を…、」

「坊ちゃまに用事があり、お部屋を訪問したのですが坊ちゃまは留守だった様子でして。その時、たまたま金庫を見つけ、たまたま中身を見てしまったようで…、」

「おかしいだろ!たまたまで見つかる訳あるか!そもそも、鍵だってかけているのに…!」

「ええ。ですから、たまたま開いたのだそうです。」

「あ、あの野郎…!さては、こっそりと合鍵でも使いやがったな!」

あの腹黒陰険執事!と憤慨するアルバートに爺は坊ちゃま、遅れますよと出発を促した。その後は最悪だった。リーリアを迎えに行き、一緒に馬車に乗ったが彼女の話をほとんど聞いていなかった。アルバートにはリヒターの黒い笑みが目に浮かんだ。

―あの野郎、いつもいつも人の弱みに付け込みやがって…。おまけに、こちらが断れないのを分かっている癖に…!

リヒターのあの丁寧な伝言にも腹が立つ。わざとあんな言い回しをしているに決まっている。おまけに二択を示しておきながら実際は選択肢は一つしかない。あのやり方にも彼の性格の悪さが現れている。あいつ、いつか絶対に泣きっ面を見せてやるとアルバートは心に誓った。



アルバートはリエルの姿を捜しながら、まずいまずいと内心、冷汗を掻いた。あのリヒターの事だ。リエルに何かがあれば、あいつは容赦なく例の物をばら撒くだろう。あれが人目に晒されればアルバートは終わりだ。あの執事は絶対にやる。きっと、楽しそうに笑顔を浮かべて実行する。あいつはそういう男だ。それを知っているからこそ、アルバートは焦った。とりあえず、何としてもあいつとリーリアを引き離さないと…、そう思っているとバルコニーの一角に視線が縫い付けられた。ストロベリーブロンドの髪の令嬢ともう一人は…、チョコレート色の髪をした隻眼の令嬢だった。

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