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第二十八話 紅薔薇騎士との密談

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―サミュエル・ド・レオンバルト…。噂以上に凄い人だったな。他の人があんな言動をしていたら失笑ものだけど、彼がすると違和感がないどころか様になっているんだから不思議だ。これが美形の威力なのかな。
予期せぬ薔薇騎士との出会いと彼の強烈すぎる印象に衝撃を受けつつも、リエルは感心した。まあ、もう会う事もないだろうな。そう思いながら、その後はメリル達と屋台を回ったり、雑貨や小物を見たり、カフェで甘いものを食べたりして楽しんだ。
「お帰りなさいませ。お嬢様。」
「クレメンス。ただいま帰りました。」
「お嬢様。帰ってきて早々に申し訳ないのですが実はつい、先程お客様がお見えになられておりまして…、」
「お客様?どなた?」
「赤薔薇騎士、ローゼンベルク卿です。」
「え!?ヒルデがここに!?」
リエルは目を見開いた。

「やあ、リエル。」
「ヒルデ!久しぶり!」
リエルはすぐに客間に向かい、嬉しそうに声を上げた。客間のソファーに座っていた人物は立ち上がり、軽く手を上げてにこやかにリエルに挨拶をした。銀髪に異国の血を感じさせる褐色の肌、赤茶色の瞳を持ち、深紅の騎士服に身を包んだ女騎士…。薔薇騎士の一人であり、薔薇騎士の中では紅一点の女騎士でもある彼女は、ブリュンヒルデ・ド・ローゼンベルク。彼女は赤薔薇騎士の称号を賜っている。立ち上がると、成人男性並みに背が高い彼女は平均よりも小柄で背の低いリエルからすれば見上げる程に高い。リエルはそのまま彼女に抱きついた。
「ウェルザー公国に帰って来てたのね!」
「ああ。先日、帰ってきたばかりなんだ。漸く堅苦しい任務が終わって一安心だよ。」
先月から隣国に長期任務の為、公国を離れていた彼女との再会にリエルは弾んだ声を上げる。
「長い任務、本当にお疲れ様。すぐにお茶とお菓子を用意するわね。」
そう言って、リエルはヒルデを庭園に案内した。
「約束もなしに突然、押しかけて悪かったね。迷惑ではなかったかい?リエル。」
「まさか!私とヒルデの仲じゃないの。そんなの、全然気にしてないわ。久し振りに会えてとても嬉しいわ。」
「良かった。私も任務中はリエルと愛しい婚約者が恋しかったよ。何が悲しくてあんなむさ苦しい男達と一緒に行動しなくてはならないんだが。」
「ヒルデは本当にキュロス様が大好きなのね。」
疲れたように溜息を吐くヒルデにリエルは笑った。キュロスとはヒルデの婚約者の事だ。婚約者にぞっこんのヒルデのことだから帰った早々に真っ先にキュロスに会いに行ったのだろう。仲が良くて羨ましい限りだ。リエルはそんな二人の関係性を微笑ましく思った。ヒルデとリエルはこうして、私的な場所で会い、お茶をする位に仲が良い。ブリュンヒルデは貴族令嬢の中でも数少ないリエルの友人の一人だった。二人の出会いは、王宮で開かれた夜会でのことだった。夜会に参加していたリエルだったがその時、警護に当たっていたヒルデがリエルが落としたハンカチを拾ってくれたのだ。きっかけはそんな些細な出来事だ。けれど、立場も境遇も全く違う二人だったがどこか似通ったものを感じ取り、自然と親しくなった。そして、現在に至っていた。
「いつ見ても、フォルネーゼ邸の薔薇は美しいな。」
「ありがとう。私もここから見える景色がとても気に入っているの。」
リエルは手ずからヒルデにお茶を淹れた。
「ヒルデ。良かったら、試してみて。これ、この前リヒターと一緒に試行錯誤して作ってみたの。」
「これは…、ローズティーか。綺麗な色だね。それに、とてもいい香りだ…。」
「このローズティーはここの薔薇で作った紅茶なのよ。」
「へえ。凄いな。…うん。美味しい。何だか日頃の疲れがとれるような味だ。」
「良かったら、好みで蜂蜜も入れてみて。また、違った味が楽しめると思うから。」
リエルはそう言って、ヒルデに蜂蜜も勧めた。二人して、思い思いにお菓子を摘み、会話を楽しんだ。
「聞いたよ。リエル。君の家に怪盗黒猫が出たんだって?『真紅の皇帝』が盗まれたって。」
「うん。今、薔薇騎士の協力を得て、怪盗黒猫について探っているの。」
「そうか。怪盗黒猫については、私の管轄ではないから詳しくは知らないが何か力になれたら言ってくれ。できるだけ協力するよ。」
「うん。ありがとう。ヒルデ。でも、大丈夫だよ。多分…、黒猫は近いうちにまた会う事になると思うから。」
「何だって?リエル、一体何があったんだい?」
「実は…、」
リエルは話した。『人魚の涙』の件で黒猫に会ったこと、その時の意味深な言葉…。
「人魚の涙…。そういえば、ドルイド男爵の屋敷で黒猫が出現したけど宝石は結局、盗まれなかったと。あれは、リエルがしたことだったのか。」
「あれは、たまたま運が良かっただけだよ。黒猫はわざと私を見逃してくれた。狙いは分からないけど、クローネが手元にいる限りは黒猫はいずれ、私の元に来る筈だわ。」
「けど、薔薇騎士の連中はそれを知らない。…成程。リエル。君は…、いや。フォルネーゼ家は薔薇騎士よりも先に黒猫を手中におさめる気だね?」
ヒルデの赤茶色の瞳が悪戯っぽく光り、愉快な表情を浮かべた。リエルはそれに肯定の笑みを浮かべた。
「黒猫はフォルネーゼ家の家宝に手を出した。これは、怪盗からの宣戦布告よ。なら、フォルネーゼ家はそれに受けて立つ。ここまで、軽んじられて黙っているのはフォルネーゼ家の名折れですもの。」
「おやおや。怪盗も厄介な輩を敵に回したものだね。」
「それに…、怪盗の狙いを暴きたいのも一つの理由なの。」
「怪盗の狙い?」
「黒猫は世間では義賊とされているでしょう。そのターゲットは主に悪事を働いている評判の悪い貴族達…。そして、盗んだものをお金に換えて、市民にばら撒いている。だから、市民からはとても人気がある。その怪盗がフォルネーゼ家の家宝を盗んだということは…、フォルネーゼ家が陰で何か薄暗い事をしているのだと世間に悪いイメージを与えるため。つまり、この家の名を貶めるために家宝を盗んだと考えられる。何故、そんな真似をするのか。もしかしたら、指示する黒幕がいるのか。敵は怪盗だけではないかもしれない。本当にただの窃盗だけならそれで問題はないけど、やっぱり…、何か引っかかるの。それを知る為には怪盗の身柄を確保して、その正体を知らなければ。これは、フォルネーゼ家の問題よ。だから、薔薇騎士に手出しはさせないわ。」
リエルは挑戦的な瞳をしてヒルデにそう言った。ヒルデはそんなリエルを見て、
「さすがは、私が見込んだ女だ。リエル。君は女性にしては勿体ない程の逸材だ。君が男として生まれていたら、さぞや政界で活躍していただろうに。」
「ヒルデも同じことが言えるよ。今でも十分に活躍しているけど、男性として生まれていたらどんな猛将になっていただろうね。」
「嫌だよ。男に産まれていたら、キュロスと一緒になれないじゃないか。」
「それもそうだね。」
相変わらず婚約者のことしか頭にないヒルデの言い分にリエルは笑った。
「ヒルデ。今の話だけど…、」
「心配いらない。私は薔薇騎士だけど、黒猫の管轄は青薔薇騎士と白薔薇騎士だ。同僚とはいえ、あんなむさい男二人よりも私は友人であるリエル。君をとるよ。」
「じゃあ…、」
「今の話は誰にも言わないと約束する。何より、君達が怪盗を捕らえてくれた方が面白そうだしな。」
ヒルデはそう言い、ニッと口角を上げて笑った。
「それはそうと…、リエル。君の事でもう一つ気になる噂があるんだけど…、」
「噂?」
紅茶を口にしながら、リエルは先を促した。
「君と青薔薇騎士が最近、懇意にしているという噂だよ。母親の愛人を娘が略奪しようとしていると暇な貴族連中は好き勝手に噂しているみたいだ。」
「そう…。まあ、確かにセイアス様とは一緒に薔薇園にも行ったし、彼のお屋敷にもお邪魔したからね。」
「君の事だ。何か理由があって彼と行動を一緒にしているのだろう?もしかして、母親から遠ざけるためかい?」
「…それもあるけど…、私は青薔薇騎士の狙いを知りたいの。彼がどうして、母や私に…、フォルネーゼ家に近付いたのか。まあ、私に近付いた理由はもう分かったからいいのだけど。」
「へえ。セイアスが君にね。もしかして、君の裏の顔を知られたとか?」
「陛下が喋ってしまったみたい。だから、セイアス様が私に近付いたのは本当にただの興味本位だけだったみたいよ。私、陛下にあらぬ疑いをかけられたのではないかと少し焦っていたのに拍子抜けしたわ。」
「陛下は君を高く評価しているからね。つい、ぽろっと話してしまったんだろうな。もしかしたら、セイアスにリエルを気にかけるように誘導したとか。」
「…陛下が?何の為に?」
「決まっているだろう。君を未来の王太子妃にと考えているからだよ。」
リエルは数秒、目が点になった。
「…ごめん。ヒルデ。私ったら、最近疲れているのかな?ちょっと、よく聞き取れなかったからもう一回言ってくれる?」
「だから、君を未来の王太子妃にと考えているのではないかと言ったんだよ。」
聞き間違いじゃなかった。リエルは有り得ない話に嘆息した。
「あのね、ヒルデ。冗談で言っていい事と悪いことがあるでしょ。」
「あれ?リエルは乗り気じゃないのかい?」
「いやいや。乗り気も何も…、私に王太子妃なんて、務まる訳ないでしょうに。容姿も妃としての教育も立ち振る舞いも何もかもが劣って…、」
「それはどうかな。君は五大貴族の娘だ。影ではルイ殿の補佐もしている。五大貴族として、陛下からの極秘の任務にも携わる程の優秀な人材だ。今のところ、君は表舞台に出ていないだけで君の意思次第ではいつでも表舞台に立つことが可能だ。影でサポートするのが君の得意分野だとは知っているけど、王太子妃だって、同じようなものだよ。既に君は貴族令嬢としての立ち振る舞いは完璧だし、王妃教育など優秀な君なら短期間ですぐに身に着けるだろう。確かに君の容姿は人並みだ。けど、そもそも王妃に美しさが必須など誰が決めた?確かに国民のイメージ像や他国の王族や貴族、自国の貴族の牽制にはなるだろう。だが、それだけだ。美貌だけでは王妃など務まらない。」
「…ヒルデは私の事を買い被りすぎだよ。」
「何より、どうせ剣を捧げるなら、男よりも愛らしい女性がいい。もし、それが私の親愛なる友人である君なら尚、いいだろう。」
「さっき、とっても尤もらしい建前を述べてたけど、そっちが本音なんだね。」
リエルは呆れたように呟いた。リエルはこめかみを抑えながらそもそも、と前置きして
「殿下が幾つだと思っているの。殿下はまだ十五歳だよ。年齢的に釣り合いがとれてないでしょうに。」
「歳の差のある夫婦何て珍しくないだろう。何より、君は殿下に求婚されたことがあるだろう。」
「…それ、いつの話。」
確か、殿下がまだ五歳位の時ではないか。今では王族といえど思春期の男の子らしくやんちゃで生意気盛りの殿下だが小さい頃は無邪気で愛らしく、大人しい性格だった。リエルはそんな殿下に初めて挨拶した時は何だかルイみたいだと親近感を抱き、ルイと一緒に遊び相手になってあげたりもした。そしたら、異様に懐かれた。ルイに敵対心を燃やすほどに。リエルとアルバートの婚約が決まった時なんか大泣きされた。そのせいか知らないが殿下はアルバートを目の敵にしている。それは、今でも変わらない。
『リエル!…あのね、僕のお嫁さんになってくれる?』
そう言って、コテンと小首を傾げて赤い薔薇を差し出した殿下は最高に可愛かった。思わず、リエルはキュンと胸が高鳴り、抱き締めたくなる程に。
「あれは、子供のよくある口約束。あんなの本気にする程、私は子供じゃないわ。」
リエルにとって、殿下を弟のような存在だし、異性としては見れない。殿下だって同じだ。小さい頃によくある身近で年上の女性に憧れるという一時的な感情だろう。大人になれば、初恋の思い出として残る。ただ、それだけのものだ。
「リエルはそう思っても、殿下はそうでないからなあ…。」
ヒルデはぼそりと呟くがリエルにはよく聞き取れなかった。
「え?」
「いや。何でもないよ。話は戻るけど、もしかしたら、君が青薔薇騎士を好きになったのではないかと冷や冷やしていたけど、違って良かったよ。あんな節操なしの朴念仁に君は勿体ないからな。」
「ヒルデったら…。仮にも、同僚相手に失礼な…。でも、ありがとう。心配してくれたんだよね。大丈夫だよ。私、別にセイアス様の事、何とも思ってないから。あ、でも…、」
「何だい?もしかして、セイアスに何かされたのか!?」
血相を変えるヒルデに違う違うとリエルは否定した。
「ちょっと意外だったのが…、思っていた以上にセイアス様っていい人なんだなって思ったことかな。何ていうか…、器の広い大人の男性って感じ。それに、話してみると、知識も豊富で思慮深い人なんだなってのが分かるし、話してて楽しいの。私、実は彼にかなり偏見を持ってたみたい。何ていうか、セイアス様って女性関係が派手だけど、その一方で女性を軽視している人なのかなって思っていたの。それに、もっと冷たくて怖いイメージがあったけど…、私がチェスで買っても全然怒らなかったし、博物学や歴史書が好きだって言っても女の癖にって馬鹿にもしなかった。…私、それが思った以上に嬉しかったんだ。」
リエルはそう言って、嬉しそうに笑った。
「リエル…。」
この貴族の世界で頭のいい女性は好まれない。男性よりも優位な立場に立てる女性は疎まれる傾向にある。少し位、頭が軽くて、男性を立てる女性の方が好まれるのだ。勿論、皆が皆、そうだとはいわないがほとんどの貴族男性がそうだった。そんな世界ではリエルは生きづらい環境にある。その辺の男よりも学があり、経営や領地管理、書類の処理もこなせるリエルは男よりも優秀な人材だ。女性が本を読むのは恋愛小説、詩集が主流なのにリエルは歴史、経済、博物学、哲学といった男性が読むような本を好む。ダンスよりもチェスを嗜むリエルは貴族令息からの人気は低い。陰で女の癖にと陰口を叩かれている始末だ。ヒルデも女の身で剣なんて…、と言われたこともあるのでリエルの気持ちは少なからず分かる。そういった似た境遇を持っていたからこそ、二人は親しくなったのだ。女であるという理由だけで実力が評価されない。その悔しさはよく分かる。勿論、きちんと評価してくれる者もいるがそれは数少ない。そんな数少ない理解者に出会えてリエルは純粋に嬉しかったのだろう。恋愛感情としてはないがその人間性にリエルは惹かれているのかもしれない。
「チェスに勝って少しだけ痛い目に遭わせてみようって軽い悪戯心を出した自分が恥ずかしいな。私、噂には流されないって思ってたのに結局、彼を噂と勝手な思い込みでイメージして、決めつけていたのね。私もまだまだ未熟で子供なんだなって思い知らされた。」
反省するように項垂れるリエルはヒルデに
「このことは、セイアス様には内緒にしてね。」
とお願いした。
「ああ。勿論。言わないよ。」
ヒルデは紅茶を飲みながら、思った。中々、面白いことになったなと。ヒルデは今後、リエルとセイアスがどんな展開を見せるだろうか楽しみで仕方なかった。
―あのシスコンのルイ殿や執事のリヒターがどんな反応をするのかなあ。それに、あのセイアスもどう動くのか…。
ヒルデは面白そうだから、自分は傍観者として見守る傍ら、放置をしておこうと決めた。そっちの方が面白そうだったからだ。
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