隻眼の少女は薔薇騎士に愛でられる

柘榴アリス

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第二十五話 私と姉は決して同じではない

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「何を言っている。まだ勝負は…、」
「いいえ。これで…、チェックメイトです。」
カツンと小気味良い音を立ててリエルは王の駒を取った。悪戯っぽい笑みを浮かべるリエルにセイアスは絶句した。だが、やがて…、
「フッ…、成程。これは面白い。」
負けた筈なのに、おかしそうに笑うセイアスにリエルは不思議に思った。てっきり怒り出すと思ったのだが…。過去に女は頭が悪いと決めつけ、馬鹿にした態度を取った男達にチェスを挑み、見事打ち負かしてやったら、腹立ち紛れにチェス盤を引っ繰り返し、捨て台詞を吐いて帰っていた事がある。その時も「女の癖に生意気だ。」、「女だから手加減してやった。」と言い、居合わせていたリヒターは「負け犬の遠吠えですね。」と揶揄していた覚えがある。だが、セイアスは違った。そして、同時に思った。
―セイアス様って笑うんだ…。
冷たくて、人を見下すイメージしかなかったのでリエルは驚いた。そして、笑っている表情はとても新鮮だ。
「リエル。あなたは噂通りだな。…実に、興味深い。」
「噂?」
「知らないのか?下町や貧民街ではあなたの名はよく知られているぞ。単身で乗り込み、犯罪組織を取り締まったり、職のない者や貧しい者が暮らしていけるように取り組んだりとしているそうだな。危ない橋を渡ったこともあるのだろう?陛下から依頼を受け、伯爵と共にそれを遂行したとも聞いたぞ。」
「…お喋りですね。陛下は…、」
リエルは照れたようにお茶菓子を口にした。
「普通の貴族令嬢とは違うと思っていたがここまでとは思わなかった。」
「昔から、父に連れられて教会や孤児院に出入りしていましたので他の貴族令嬢とは環境が違ったのでしょう。ですので、よく変わっているとは言われます。…驚きました?」
「いや。さすがはエドゥアルト殿の娘だ。感心する。だが、姉妹でもここまで違うのだな。」
「よく言われますよ。私はお母様似ではありませんから。」
「そうではない。外見ではなく、中身も全く似ていないと言っているのだ。あれは典型的な貴族令嬢だが…、リエルはそうではないな。同じ環境で育っていながら。」
―同じ環境?違う…。私と姉は決して同じではない。同じ家で育ちながらも、私と姉は対極な立場にあった。
「…お姉様と私は…、同じではありませんよ。決して。」
「それは、母親か?」
動揺したリエルは持っていたスプーンをカップに当ててしまった。
「やはり、そうか…。」
「…母から何を言われていたのか見当はつきます。驚きましたでしょう?」
「とても実の母親とは思えない言葉だ。あそこまで悪く言われて母親を憎まないのか?」
「憎む…、よりも怖いという思いが強いのです。私と母には…、深い溝があるのです。」
「…。」
「母は父を深く愛しておりました。父様に自分だけを見て欲しいと願い、誰よりも近い存在になりたいと思っていました。母にとって、父は全てだったのです。父の前では、母は女となっていました。父を深く愛するあまりに、嫉妬深くなってしまった…。父の関心がいくものは何であれ母は許せなかったのです。例え、それが子供であったとしても。母は私が父と共にするのを極端に嫌がっていました。一番近くにいるのが自分ではないと我慢ならなかったのです。そして、私に父を取られたと考え、父を独り占めする私を憎むようになりました。だから、母は私に辛く当たり、何かと姉や弟ばかりを可愛がるようになりました。」
姉は母親似の美人であったし、弟は父親そっくりの容姿…。母が愛情を注ぐ対象は、自分に利用価値があるから。そうリエルは思う。それに幼いながらに気づいたルイは母を嫌悪するようになった。確かに、母は機嫌がいい時は構い倒すが機嫌が悪い時は暴言を吐くからだ。…まるで人形の扱いである。悲しい事実だが、ルイがあそこまで母を毛嫌いするのも仕方のないことなのかも知れない。
「父が私を庇えば庇うほど母の私に対する憎しみは増していくばかりでした。今までは父が中立の立場を取っていましたが父が亡くなった今では、もう修復できない程の壁が母と私の間にはできてしまっていた…。越えられない壁が。」
母は可哀想な人だと思う。父を必死に愛し、愛しすぎたあまりに…、あそこまで激しい感情を抱いてしまっている。母の今の乱れた男性関係は父を忘れようとしているのかもしれない。リエルは母が自暴自棄になっているようにしか見えなかった。
「私とルイはいつの間にか父様と一緒に時間を過ごすことが多くなりました。姉とも昔は、それなりに仲が良かったのです。ですが、母は姉ばかりを構うようになっていたのでいつの間にか姉とも心が離れてしまったのです。気づいた時には今のような冷ややかな関係になってしまいました。そして、私には…、もうそれを覆すことができないのです。」
「セリーナ嬢を…、リエルは嫌っていないのだな。」
意外そうに言うセイアスにリエルは微笑んだ。
「そうですね…。姉に対しての私の気持ちは…、少しだけ複雑なのです。好きでもなければ嫌いでもない…。でも、姉を見ていると思うのです。姉はもう一つの私の姿なのだと…。」
姉とリエルの関係性は一言で表すのならば、鏡である。立場や環境が異なれば今の姉は自身の未来の姿なのだとリエルは考える。だから、リエルはその教訓を胸に刻み付ける。そして、同時に思う。姉も私と同じ被害者なのかもしれないと。
―気づいた所でどうしようもないけれど。もう…、私と姉は…、あの頃には戻れない。
リエルはカップに注がれた紅茶に浮かぶ自身の姿をぼんやりと見ながらそう思った。
「すみません。つまらない話を聞かせてしまって。…どうか、今のお話は内密にお願いします。」
「他言はしない。しかし…、解せぬな。実の母親とはいえ、あそこまで虐げられれば憎むのが当然だ。」
セイアスの口調はリエルが母から受けた仕打ちをよく知っている言い方だ。恐らく、陛下か五大貴族の一人から聞いたのだろう。あるいは、薔薇騎士の権限で調べたのかもしれない。リエルは、意外だった。セイアスはそういった感情に振り回されない人なのだと思っていたからだ。
―同情?…ううん。違う。この方は…、
「姉もそうなのですけど…、母に対する思いはそれ以上に複雑なのです。でも、憎むこともできない。そう思えるのは…、やはり、父の存在があったからです。」
「エドゥアルト殿か…。リエルにとって父上は…、」
「父は私の誇りです。誰よりも尊敬するべき御方です。」
「…そうか。」
その時のリエルの微笑みはいつもみたいに表面上の微笑みだけでなく、心の底からの笑顔を浮かべていた。それをセイアスはじっと見つめていた。
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