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第十五話 強打

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「えっ?」



リエルはセイアスの言葉に、目をぱちくりした。カップをソーサーに戻し、リエルは訊ねた。



「私と薔薇庭園に?」



「ええ。リエル嬢さえよろしければ、私と一緒に行かないか?」



「…。」



リエルは青薔薇騎士をジッと見つめた。



「リエル嬢は、薔薇がお好きだと聞いたので。もしかして、あまりご興味はおありでない?」



「いいえ。そんな事は…、少し驚いてしまっただけです。」



「驚く?何故?」



「セイアス様みたいな素敵な殿方から誘われるとは思わなかったので…。」



「お褒めに預かり光栄だ。…では、承諾してくれるのか?」



「ええ。喜んでお供させて頂きますわ。…とても楽しみです。」



にこやかに、目を細めてリエルはそう言った。



―面倒なことになったな…。ルイとリヒターには知られないように…、は無理か。とにかく、お母様とお姉様の耳には入れないようにしないと。



そう心の中で考え、リエルは紅茶を口にした。



「ふう…。」



セイアスとお茶をしがてら、薔薇園を散歩し、一時を過ごしたリエルは溜息をついた。



「これからが本番ね…。」



そう独り言を呟き、リエルは盤上のチェスの駒を動かした。一人チェスを始めるリエルの元に思いもよらない訪問者が現れた。その人物は、ノックもせずに扉を勢いよく開け放った。無作法な、とリエルが顔を上げた瞬間、その表情は凍りついた。その人物は…、



「…お母様…。」



「相変わらず、辛気臭い部屋。…あら?何をしているのかと思えば、チェス?そんな殿方がやるような真似をして恥ずかしくないの?」



オレリーヌは扇で顔を仰ぎながら娘をせせら笑った。リエルは恐怖で震えそうになる身体をぐっと堪えた。そして、いつものように微笑んだ。



「お母様。突然どうなされました?何か私に御用でしょうか?」



「リエル。…今日は、私の留守の間にセイアス様が訪れたらしいわね?」



「ええ。それが何か?」



「あなたがセイアス様とお茶をしたとか…?」



「…はい。フォルネーゼ家の人間として、客人をもてなすのは当然の礼儀…、」



バシッ!リエルは頬に熱と痛みを感じた。突然の衝撃にリエルの身体は床に崩れ落ちた。母を見上げれば、憤怒の表情を浮かべ、扇を強く握り締めた姿があった。



「よくもぬけぬけと…!セイアスは私の物なのよ!勝手に手を出すなど…、許さない!」



「お母様。私は…、」



「お黙り!」



母はリエルに扇を振りかざし、容赦なく叩いた。



「っ…!」



「忌々しい…!お前みたいな醜い娘など…、産まなければ良かった!お前さえいなければ…、お前さえ…!」



何度も母に言われ続けた言葉と折檻…。リエルは歯を食いしばって耐えた。



「お前みたいな地味で何の取り柄もない娘など…、本気で愛される筈などないのよ!そう、あの人にも…。セイアス様にも!それを…、同情心で誘い込んで…、卑しい娘!」



―違う。そんな事はしていない。私は…、私はもう…、



「そもそも…、鏡をご覧なさい。その眼帯の下の目を見れば…、どんな男でも逃げ出すに決まっている!っ…!」



不意に母の罵声が止み、動きが止まった。頭を抱えていたリエルが見上げれば、執事のリヒターが母の腕を掴んでいた。



「失礼。物音がしたもので…。奥様、お嬢様が如何なされましたか?」



「リヒター。無礼者!放しなさい!」



しかし、リヒターはにこやかに微笑んだまま手を放さない。それどころか、ギリッ、と音がする程に掴んでいる腕に力を込める。さすがのオレリーヌも痛みに眉を顰める。



「っ…、何、を…、」



「奥様。何か勘違いなされているようですね?私は、フォルネーゼ家に仕える身…。先代当主エドゥアルト様の忠実な下僕であります。それは、現当主のルイ様も然り。決して、あなたにお仕えしている身ではありません。」



「な…、」



「主人の命により、実の姉君、リエル様を命に代えても守れとのお達しです。お嬢様を傷つける者は当家に仇なす者であるとも…。幾ら、お身内であろうともお嬢様を傷つける者をこれ以上好き勝手にさせる訳には参りません。あなたの言いなりになる訳にも参りません。」



「し、執事の癖に…!リヒター!お前も貴族の端くれだからと重宝してやったというのに恩知らずな…!」



「この件は、旦那様にしっかりとご報告させて頂きます。…どんな処罰が下されるのか楽しみですね。」



「しょ、処罰ですって?何を馬鹿な…、私はあの子の実の母親…、」



「生憎と、旦那様は情で動くような人間ではありませんよ。それが例え肉親あったとしてもね…。敵とみなせば容赦なくその裁きの鉄槌を下されるでしょうね?」



リヒターは笑っていた。だが、その目は冷ややかだ。リエルは執事の怒りを感じ取る。それは、強気のオレリーヌを萎縮させる程だ。彼は、本気だ。本気で母を…。リエルは立ち上がると、執事に命じた。



「リヒター。」



その一声で執事はリエルを見た。その表情から、制止の命令を汲み取り、



「…仕方ありません。今回は目を瞑りましょう。奥様。あなたは、フォルネーゼ家の大切な一員ですから。」



にっこりといつもの穏やかな笑みを浮かべ、オレリーヌを萎縮させた笑みを掻き消した。丁寧に、しかし、有無を言わさない口調でお引き取りくださいと言い放つリヒターにオレリーヌは分が悪いと感じたのか悔しそうに唇を噛み締めた。



「言われずとも、こんな陰気臭い部屋今すぐにでも出て行くわ!いいこと?リエル。セイアス様は私の物なの。今度、私の物に手を出したら…、許しませんからね。」



実の娘に向けるとは思えない冷たい表情と言葉にリエルは無表情で答えた。



「ええ。承知致しました。お母様。」
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