16 / 226
第十五話 強打
しおりを挟む
「えっ?」
リエルはセイアスの言葉に、目をぱちくりした。カップをソーサーに戻し、リエルは訊ねた。
「私と薔薇庭園に?」
「ええ。リエル嬢さえよろしければ、私と一緒に行かないか?」
「…。」
リエルは青薔薇騎士をジッと見つめた。
「リエル嬢は、薔薇がお好きだと聞いたので。もしかして、あまりご興味はおありでない?」
「いいえ。そんな事は…、少し驚いてしまっただけです。」
「驚く?何故?」
「セイアス様みたいな素敵な殿方から誘われるとは思わなかったので…。」
「お褒めに預かり光栄だ。…では、承諾してくれるのか?」
「ええ。喜んでお供させて頂きますわ。…とても楽しみです。」
にこやかに、目を細めてリエルはそう言った。
―面倒なことになったな…。ルイとリヒターには知られないように…、は無理か。とにかく、お母様とお姉様の耳には入れないようにしないと。
そう心の中で考え、リエルは紅茶を口にした。
「ふう…。」
セイアスとお茶をしがてら、薔薇園を散歩し、一時を過ごしたリエルは溜息をついた。
「これからが本番ね…。」
そう独り言を呟き、リエルは盤上のチェスの駒を動かした。一人チェスを始めるリエルの元に思いもよらない訪問者が現れた。その人物は、ノックもせずに扉を勢いよく開け放った。無作法な、とリエルが顔を上げた瞬間、その表情は凍りついた。その人物は…、
「…お母様…。」
「相変わらず、辛気臭い部屋。…あら?何をしているのかと思えば、チェス?そんな殿方がやるような真似をして恥ずかしくないの?」
オレリーヌは扇で顔を仰ぎながら娘をせせら笑った。リエルは恐怖で震えそうになる身体をぐっと堪えた。そして、いつものように微笑んだ。
「お母様。突然どうなされました?何か私に御用でしょうか?」
「リエル。…今日は、私の留守の間にセイアス様が訪れたらしいわね?」
「ええ。それが何か?」
「あなたがセイアス様とお茶をしたとか…?」
「…はい。フォルネーゼ家の人間として、客人をもてなすのは当然の礼儀…、」
バシッ!リエルは頬に熱と痛みを感じた。突然の衝撃にリエルの身体は床に崩れ落ちた。母を見上げれば、憤怒の表情を浮かべ、扇を強く握り締めた姿があった。
「よくもぬけぬけと…!セイアスは私の物なのよ!勝手に手を出すなど…、許さない!」
「お母様。私は…、」
「お黙り!」
母はリエルに扇を振りかざし、容赦なく叩いた。
「っ…!」
「忌々しい…!お前みたいな醜い娘など…、産まなければ良かった!お前さえいなければ…、お前さえ…!」
何度も母に言われ続けた言葉と折檻…。リエルは歯を食いしばって耐えた。
「お前みたいな地味で何の取り柄もない娘など…、本気で愛される筈などないのよ!そう、あの人にも…。セイアス様にも!それを…、同情心で誘い込んで…、卑しい娘!」
―違う。そんな事はしていない。私は…、私はもう…、
「そもそも…、鏡をご覧なさい。その眼帯の下の目を見れば…、どんな男でも逃げ出すに決まっている!っ…!」
不意に母の罵声が止み、動きが止まった。頭を抱えていたリエルが見上げれば、執事のリヒターが母の腕を掴んでいた。
「失礼。物音がしたもので…。奥様、お嬢様が如何なされましたか?」
「リヒター。無礼者!放しなさい!」
しかし、リヒターはにこやかに微笑んだまま手を放さない。それどころか、ギリッ、と音がする程に掴んでいる腕に力を込める。さすがのオレリーヌも痛みに眉を顰める。
「っ…、何、を…、」
「奥様。何か勘違いなされているようですね?私は、フォルネーゼ家に仕える身…。先代当主エドゥアルト様の忠実な下僕であります。それは、現当主のルイ様も然り。決して、あなたにお仕えしている身ではありません。」
「な…、」
「主人の命により、実の姉君、リエル様を命に代えても守れとのお達しです。お嬢様を傷つける者は当家に仇なす者であるとも…。幾ら、お身内であろうともお嬢様を傷つける者をこれ以上好き勝手にさせる訳には参りません。あなたの言いなりになる訳にも参りません。」
「し、執事の癖に…!リヒター!お前も貴族の端くれだからと重宝してやったというのに恩知らずな…!」
「この件は、旦那様にしっかりとご報告させて頂きます。…どんな処罰が下されるのか楽しみですね。」
「しょ、処罰ですって?何を馬鹿な…、私はあの子の実の母親…、」
「生憎と、旦那様は情で動くような人間ではありませんよ。それが例え肉親あったとしてもね…。敵とみなせば容赦なくその裁きの鉄槌を下されるでしょうね?」
リヒターは笑っていた。だが、その目は冷ややかだ。リエルは執事の怒りを感じ取る。それは、強気のオレリーヌを萎縮させる程だ。彼は、本気だ。本気で母を…。リエルは立ち上がると、執事に命じた。
「リヒター。」
その一声で執事はリエルを見た。その表情から、制止の命令を汲み取り、
「…仕方ありません。今回は目を瞑りましょう。奥様。あなたは、フォルネーゼ家の大切な一員ですから。」
にっこりといつもの穏やかな笑みを浮かべ、オレリーヌを萎縮させた笑みを掻き消した。丁寧に、しかし、有無を言わさない口調でお引き取りくださいと言い放つリヒターにオレリーヌは分が悪いと感じたのか悔しそうに唇を噛み締めた。
「言われずとも、こんな陰気臭い部屋今すぐにでも出て行くわ!いいこと?リエル。セイアス様は私の物なの。今度、私の物に手を出したら…、許しませんからね。」
実の娘に向けるとは思えない冷たい表情と言葉にリエルは無表情で答えた。
「ええ。承知致しました。お母様。」
リエルはセイアスの言葉に、目をぱちくりした。カップをソーサーに戻し、リエルは訊ねた。
「私と薔薇庭園に?」
「ええ。リエル嬢さえよろしければ、私と一緒に行かないか?」
「…。」
リエルは青薔薇騎士をジッと見つめた。
「リエル嬢は、薔薇がお好きだと聞いたので。もしかして、あまりご興味はおありでない?」
「いいえ。そんな事は…、少し驚いてしまっただけです。」
「驚く?何故?」
「セイアス様みたいな素敵な殿方から誘われるとは思わなかったので…。」
「お褒めに預かり光栄だ。…では、承諾してくれるのか?」
「ええ。喜んでお供させて頂きますわ。…とても楽しみです。」
にこやかに、目を細めてリエルはそう言った。
―面倒なことになったな…。ルイとリヒターには知られないように…、は無理か。とにかく、お母様とお姉様の耳には入れないようにしないと。
そう心の中で考え、リエルは紅茶を口にした。
「ふう…。」
セイアスとお茶をしがてら、薔薇園を散歩し、一時を過ごしたリエルは溜息をついた。
「これからが本番ね…。」
そう独り言を呟き、リエルは盤上のチェスの駒を動かした。一人チェスを始めるリエルの元に思いもよらない訪問者が現れた。その人物は、ノックもせずに扉を勢いよく開け放った。無作法な、とリエルが顔を上げた瞬間、その表情は凍りついた。その人物は…、
「…お母様…。」
「相変わらず、辛気臭い部屋。…あら?何をしているのかと思えば、チェス?そんな殿方がやるような真似をして恥ずかしくないの?」
オレリーヌは扇で顔を仰ぎながら娘をせせら笑った。リエルは恐怖で震えそうになる身体をぐっと堪えた。そして、いつものように微笑んだ。
「お母様。突然どうなされました?何か私に御用でしょうか?」
「リエル。…今日は、私の留守の間にセイアス様が訪れたらしいわね?」
「ええ。それが何か?」
「あなたがセイアス様とお茶をしたとか…?」
「…はい。フォルネーゼ家の人間として、客人をもてなすのは当然の礼儀…、」
バシッ!リエルは頬に熱と痛みを感じた。突然の衝撃にリエルの身体は床に崩れ落ちた。母を見上げれば、憤怒の表情を浮かべ、扇を強く握り締めた姿があった。
「よくもぬけぬけと…!セイアスは私の物なのよ!勝手に手を出すなど…、許さない!」
「お母様。私は…、」
「お黙り!」
母はリエルに扇を振りかざし、容赦なく叩いた。
「っ…!」
「忌々しい…!お前みたいな醜い娘など…、産まなければ良かった!お前さえいなければ…、お前さえ…!」
何度も母に言われ続けた言葉と折檻…。リエルは歯を食いしばって耐えた。
「お前みたいな地味で何の取り柄もない娘など…、本気で愛される筈などないのよ!そう、あの人にも…。セイアス様にも!それを…、同情心で誘い込んで…、卑しい娘!」
―違う。そんな事はしていない。私は…、私はもう…、
「そもそも…、鏡をご覧なさい。その眼帯の下の目を見れば…、どんな男でも逃げ出すに決まっている!っ…!」
不意に母の罵声が止み、動きが止まった。頭を抱えていたリエルが見上げれば、執事のリヒターが母の腕を掴んでいた。
「失礼。物音がしたもので…。奥様、お嬢様が如何なされましたか?」
「リヒター。無礼者!放しなさい!」
しかし、リヒターはにこやかに微笑んだまま手を放さない。それどころか、ギリッ、と音がする程に掴んでいる腕に力を込める。さすがのオレリーヌも痛みに眉を顰める。
「っ…、何、を…、」
「奥様。何か勘違いなされているようですね?私は、フォルネーゼ家に仕える身…。先代当主エドゥアルト様の忠実な下僕であります。それは、現当主のルイ様も然り。決して、あなたにお仕えしている身ではありません。」
「な…、」
「主人の命により、実の姉君、リエル様を命に代えても守れとのお達しです。お嬢様を傷つける者は当家に仇なす者であるとも…。幾ら、お身内であろうともお嬢様を傷つける者をこれ以上好き勝手にさせる訳には参りません。あなたの言いなりになる訳にも参りません。」
「し、執事の癖に…!リヒター!お前も貴族の端くれだからと重宝してやったというのに恩知らずな…!」
「この件は、旦那様にしっかりとご報告させて頂きます。…どんな処罰が下されるのか楽しみですね。」
「しょ、処罰ですって?何を馬鹿な…、私はあの子の実の母親…、」
「生憎と、旦那様は情で動くような人間ではありませんよ。それが例え肉親あったとしてもね…。敵とみなせば容赦なくその裁きの鉄槌を下されるでしょうね?」
リヒターは笑っていた。だが、その目は冷ややかだ。リエルは執事の怒りを感じ取る。それは、強気のオレリーヌを萎縮させる程だ。彼は、本気だ。本気で母を…。リエルは立ち上がると、執事に命じた。
「リヒター。」
その一声で執事はリエルを見た。その表情から、制止の命令を汲み取り、
「…仕方ありません。今回は目を瞑りましょう。奥様。あなたは、フォルネーゼ家の大切な一員ですから。」
にっこりといつもの穏やかな笑みを浮かべ、オレリーヌを萎縮させた笑みを掻き消した。丁寧に、しかし、有無を言わさない口調でお引き取りくださいと言い放つリヒターにオレリーヌは分が悪いと感じたのか悔しそうに唇を噛み締めた。
「言われずとも、こんな陰気臭い部屋今すぐにでも出て行くわ!いいこと?リエル。セイアス様は私の物なの。今度、私の物に手を出したら…、許しませんからね。」
実の娘に向けるとは思えない冷たい表情と言葉にリエルは無表情で答えた。
「ええ。承知致しました。お母様。」
0
お気に入りに追加
1,094
あなたにおすすめの小説
貴方が側妃を望んだのです
cyaru
恋愛
「君はそれでいいのか」王太子ハロルドは言った。
「えぇ。勿論ですわ」婚約者の公爵令嬢フランセアは答えた。
誠の愛に気がついたと言われたフランセアは微笑んで答えた。
※2022年6月12日。一部書き足しました。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
史実などに基づいたものではない事をご理解ください。
※話の都合上、残酷な描写がありますがそれがざまぁなのかは受け取り方は人それぞれです。
表現的にどうかと思う回は冒頭に注意喚起を書き込むようにしますが有無は作者の判断です。
※更新していくうえでタグは幾つか増えます。
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。
つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。
彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。
なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか?
それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。
恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。
その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。
更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。
婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。
生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。
婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。
後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。
「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。
【完結】側妃は愛されるのをやめました
なか
恋愛
「君ではなく、彼女を正妃とする」
私は、貴方のためにこの国へと貢献してきた自負がある。
なのに……彼は。
「だが僕は、ラテシアを見捨てはしない。これから君には側妃になってもらうよ」
私のため。
そんな建前で……側妃へと下げる宣言をするのだ。
このような侮辱、恥を受けてなお……正妃を求めて抗議するか?
否。
そのような恥を晒す気は無い。
「承知いたしました。セリム陛下……私は側妃を受け入れます」
側妃を受けいれた私は、呼吸を挟まずに言葉を続ける。
今しがた決めた、たった一つの決意を込めて。
「ですが陛下。私はもう貴方を支える気はありません」
これから私は、『捨てられた妃』という汚名でなく、彼を『捨てた妃』となるために。
華々しく、私の人生を謳歌しよう。
全ては、廃妃となるために。
◇◇◇
設定はゆるめです。
読んでくださると嬉しいです!
逃した番は他国に嫁ぐ
基本二度寝
恋愛
「番が現れたら、婚約を解消してほしい」
婚約者との茶会。
和やかな会話が落ち着いた所で、改まって座を正した王太子ヴェロージオは婚約者の公爵令嬢グリシアにそう願った。
獣人の血が交じるこの国で、番というものの存在の大きさは誰しも理解している。
だから、グリシアも頷いた。
「はい。わかりました。お互いどちらかが番と出会えたら円満に婚約解消をしましょう!」
グリシアに答えに満足したはずなのだが、ヴェロージオの心に沸き上がる感情。
こちらの希望を受け入れられたはずのに…、何故か、もやっとした気持ちになった。
最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません
abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。
後宮はいつでも女の戦いが絶えない。
安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。
「どうして、この人を愛していたのかしら?」
ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。
それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!?
「あの人に興味はありません。勝手になさい!」
〖完結〗幼馴染みの王女様の方が大切な婚約者は要らない。愛してる? もう興味ありません。
藍川みいな
恋愛
婚約者のカイン様は、婚約者の私よりも幼馴染みのクリスティ王女殿下ばかりを優先する。
何度も約束を破られ、彼と過ごせる時間は全くなかった。約束を破る理由はいつだって、「クリスティが……」だ。
同じ学園に通っているのに、私はまるで他人のよう。毎日毎日、二人の仲のいい姿を見せられ、苦しんでいることさえ彼は気付かない。
もうやめる。
カイン様との婚約は解消する。
でもなぜか、別れを告げたのに彼が付きまとってくる。
愛してる? 私はもう、あなたに興味はありません!
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
沢山の感想ありがとうございます。返信出来ず、申し訳ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる