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第十一話 人魚の涙

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―ニャア、



「よしよし…。クローネ。ミルクを持ってきたから…。」



お食べなさい。と言って、リエルは猫にミルクを差し出した。手足を怪我している猫はあの薔薇園で出会った黒猫だ。あの騒動で忙しく立ち回っている途中でリエルは怪我をして歩けないでいるこの猫に遭遇したのだ。あまりにも不憫だったのでリエルは怪我が治るまでこっそりと自室で飼うことにしたのだ。せっかくなので名を付けようと思い、クローネと名づけた。



「明日はリボンと鈴を買ってくるから楽しみにしててね。」



そう言うリエルに黒猫はニャア、と鳴いた。



「怪盗黒猫…。」



リエルは寝台に横になるとその名を呟いた。何だろう。何かが引っかかる。それに…、



―暗闇の中、リエルは一瞬だけ見えた。漆黒の外套を翻す後ろ姿…。窓ガラスから出て行くその姿はまるで…、



「これはこれは…。リエル嬢。本日は、一体どんな御用向きで?」



「ドルイド男爵。…実は、ご令嬢のアグネス嬢に御用がありまして…、」



五大貴族の娘であるおかげかはたまたあのフォルネーゼ伯爵の溺愛する姉という事実が功を成したのかすんなりと屋敷内に入ることができた。



「リエル様がわざわざこちらへ来られるなんて…、私、驚きですわ。」



「こんにちは。アグネス様。突然お邪魔して申し訳ありません。」



「とんでもありませんわ。」



にこにこと表面上は笑顔を保っている令嬢の姿にリエルは微笑んだ。



「私がここに来たことで驚かれましたよね?アグネス様。近くを立ち寄ったものでつい来てしまったのです。アグネス様の話を昨日の夜、執事から聞かされたもので興味を覚えてしまって…、」



「ええっ?リヒター様が?」



―ごめん。リヒター。



心の中で執事に謝りつつ、リエルは言った。



「はい。アグネス様は大層美しい方であるとか、明るく、社交上手であるとか、淑女の鏡であるとも言っていました。」



「ま、まあ…。リヒター様が…。」



ポーと顔を赤くし、頬を緩ませる令嬢にリエルは続けて言った。



「かの『人魚の涙』もきっとアグネス様の前ならば霞んでしまうでしょうと…。一度、見せて頂いたけれど宝石よりもアグネス様と共に過ごした時間の方が価値ある物だとも言っていました。」



「まああ…!」



アグネスはすっかりリエルの言葉に浮き足立っている。きっと、明日からリヒターは大変だろうなと他人事のように思いつつ、リエルは言った。



「そういえば…、『人魚の涙』の宝石はドルイド男爵家の家宝らしいですね。私、まだ見たことはないのですけど、とても美しい宝石だとか?虹色が混じりあったような不思議な色合いをしていて陽の光を当てるとその輝きは一層強く、水の中だと光が弾いてまるで結晶のようだとか…。幻想的な美しさなんでしょうね。きっと…、」



「あら。リエル様ったら、五大貴族の身分でありながらまだご覧になったことがないですの?」



「はい。恥ずかしながら…、」



「でしたら、特別にお見せして差し上げましょうか?」



「まあ…。いいのですか?そんな大切な物を…、」



「別に構いませんわ。」



その言葉にリエルは礼を言った。そして、心の中で思った。作戦成功、と…。
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