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第五話 青薔薇騎士の噂

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「気になりますか?」

「リヒター…。」

突然現れた執事の姿にリエルは驚いた。そして、彼の装いにも…。

「その格好は…、」

「旦那様の命令でございます。奥様のご機嫌取りをするようにと。」

正装を身に付け、片眼鏡をしているリヒターはどの貴族よりも立派で堂々としている。彼は元々、とある高貴な家柄の血筋の持ち主なので当然かもしれない。何故執事という使用人の真似事をしているかといえばとある事情によるものだ。執事の時でも隠しきれない高貴さと気品ある立ち振る舞いは今や全開となって現れている。加えて人を惹きつける美貌だ。今も多くの女性の熱い視線を集めている。

「お母様の?」

「はい。」

「何故?」

母オレリーヌはリヒターがお気に入りだ。事あるごとに自分専属にしたがっているがリヒターはリエルの専属執事であるのでそれは成されていない。だが、母のご機嫌取りとはどういう意味だろう?リエルは疑問に思った。

「また奥様が癇癪を起こさないように。ですが、まあ…、今回は私の出る幕はない様です。」

いつの間にか取り分けたデザートをリエルに手渡す。甘い物に目がないリエルの嗜好をよく心得ているリヒターはリエル好みの菓子を選んでいた。それを受け取りながらリエルは訊ねた。

「どういう事?」

「そのままの意味ですよ。あちらを…、」

見れば母は一人の男性と踊っていた。相手は艶やかな黒髪に青い瞳をした貴公子風の美青年である。だが、無表情であるためか冷徹な印象を与える。

リエルは彼を知っていた。今まで話したこともないが遠目に幾度か見かけたことがある。そして、彼は非常に知名度の高い人物である。

「セイアス・レノア卿…。薔薇騎士の一人、青薔薇騎士ね。」

「ええ。若いですが切れ者と評判です。薔薇騎士の称号に加え、レノア公爵家次期当主…。加えてあの完璧な容姿ですから女性には大変な人気だそうですよ。」

「薔薇騎士は実力だけでなく、容姿も優れている者ばかりだから…。」

薔薇騎士には、それぞれの騎士部隊長が存在するのだがどの部隊長も完璧な容姿を持つ。そして、薔薇騎士の部隊長はそれぞれ美形の系統が異なっているので女性陣からは大層な人気を誇り、人々の憧れの的だ。一部の者の間ではファンクラブに彼らの写真集が存在する程だ。端的に言うと、一種のアイドル状態である。青薔薇騎士セイアスは高潔な騎士として認知されている。それに加えて…、

「ですが…、青薔薇騎士は宮廷で女遊びを繰り返し、週替わりに違う女を連れ歩く程の女性関係の派手な男だそうで。」

「その噂なら私も耳にしたことが…、貴族の美しい奥方を相手に火遊びをしていると…。後腐れのない貴婦人と付き合っては冷たく捨てたりを繰り返し、不倫をして相手の夫に決闘を申し込まれたり、彼を取り合って女同士の諍いが起きたりなど数々の武勇伝をお持ちの御方の様ね。」

初めにその話を聞いた時はそんな男性が果たしてこの世に存在するのかと呆れたものだ。

「お嬢様はどう思われます?世の女性は皆、虜になるといわれている程の青薔薇騎士…、お嬢様も気になられるのでは?」

「リヒター。あなたは私がそんなに可愛らしい感性を持っていると思っているの?」

「いいえ。全く。」

リエルの言葉に執事はあっさりと首を振った。一々、失礼な態度を取る彼にリエルはムッとする。だが、自身でも言っているように執事の言い分に一理があると自覚はしている。目を向ければ、リエルと同じ年頃の令嬢たちが青薔薇騎士を遠巻きに眺めて、黄色い声を上げ、浮き足立っている様子が見て取れる。が、リエルはあまり興味が惹かれない。

「美形の殿方ならば昔から嫌という程身近にいたし…、父様やルイはとても素晴らしい人格者だけれど見た目が良くても性格に問題ありの男性をよく知っていますから。そのおかげか見た目のいい殿方は信用ならないのです。」

「それはお気の毒に…。」

その男性とはリヒターのことなのだが皮肉に気づいているのかいないのかリヒターは笑みを浮かべている。リエルは食えない人だと思った。

「青薔薇騎士がこちらに来ているという事は…、あの噂は本当でしたのね。」

青薔薇騎士がフォルネーゼ家の舞踏会に出席しているという事実をリエルはある事柄へと結びつけた。薔薇騎士が五大貴族の夜会に来るのは何ら珍しいことではない。むしろ、自然な事である。だが、母と踊っている青薔薇騎士の姿…、先程のリヒターの言動により確信した。

「母と姉が最近では同じ男性に夢中でその男性が青薔薇騎士とは聞いていましたが…。あの様子だとどうも母の方が熱を上げているみたいですね。」

「さすがはお嬢様。理解がお早い。」

「ということは…、母のお気に入りの愛人という訳ですか。」

「愛人で留まれればよいのですが…、」

「?どういう意味です?」

リヒターの意味深な言葉にリエルは訊ねる。執事はそれに答えず、微笑みかけた。そして、言った。

「何でもありませんよ。それよりも…、お嬢様。せっかくの舞踏会なのです。もう少し年頃の娘らしく楽しんでは?せっかくの機会ですので…、一曲、私と一緒に踊って頂けませんか?」

語尾で年頃の娘らしくの部分を強調している辺りが、一々嫌味である。本来使用人が主人と踊ることは許されないが今、彼はルイの命令で正装に身を包み、招待客の一人としてこの場に立っている。リエルと踊っても支障がない立場なのだ。しかし…、

「私と?」

「ええ。お願いできますか?」

「別に私と踊らなくても…、それに知っているでしょう?私はダンスが…、」

「存じております。ですが、ご安心を。お嬢様の壊滅的なダンスの下手さをきちんと覆い隠しつつリードを致します。」

「リヒター…。」

執事の歯に衣着せぬ物言いに思わず頬を引き攣らせた。

―相変わらず意地悪な言い方をして…、でも…、

リエルは周りに視線を走らす。リヒターに熱い視線を注ぐ令嬢たち…。それに気づかない程彼は鈍くない。けれど、彼はリエルにダンスを申し込んだ。ルイに頼まれたのか、仕えているリエルに気を遣っているのか…。だとしても、他の令嬢と踊ることもできるというのにその楽しみよりもリエルを優先する彼の気遣いにリエルは…、

「足を踏まれても知りませんよ?」

悪戯っぽく笑ってその手を取った。
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