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カラオケ店の誓い

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 それから一週間後、仙一郎は退院した。フレイラに貫かれた傷が幸運にも臓器に深刻なダメージを及ぼしていなかったことと、日頃アルマに血を吸われていたことで、どうやら彼女の魔力の影響を受け身体の治癒力が常人のそれよりも遙かに高まっていたらしく、結果スピード退院となった。
 休んだ授業の遅れを取り戻し、サードとの対決に向けてトレーニングに励む日々は、病み上がりの仙一郎には厳しいものであったが、まわりの助けもあって何とか乗り越えられ、気づけばさらに一週間以上が過ぎていた。
 その日、仙一郎はフレイラと二人でカラオケ店に来ていた。駅からほど近い商業ビルの二階。夜八時の店内はそれなりに埋まっていたが二人は待つことなく一室に通される。
 広めの部屋の真ん中に小さなテーブルを囲んで五人は座れるエル字のソファとチェアが二脚据えられ大型のモニターと機材が置かれた典型的なカラオケルームの一室。仙一郎はソファに座ると早速、テーブル上のメニューを手に取り向かいのチェアに座ったフレイラに話しかける。
「とりあえず何か飲む?」
「いえ、私は…」
「そう言わずに!」
 フレイラは仙一郎がメニューをぐいっと突きだし強いるので不承不承に応えた。
「じゃあウーロン茶で。」
「ウーロンね!で、僕はレモンサワーでおつまみは…」
 ひとりつぶやいているとフレイラが口を挟んだ。
「今日は気分を変えてトレーニングをするとおっしゃるのでカラオケ店なんかに来たんですよ!早く始めませんか?」
「まーそうだけど、せっかくカラオケに来たんだから一曲くらい歌ってから…」
「いえ、まだまだサードと戦えるレベルには程遠いのですからもっと練習しませんと…」
「それに関しては僕の力不足もあるから申し訳なく思ってる…」
「いえ!責めている訳では…私が上手く変身に同調出来ていないせいですし…でも対決までもう時間があまりないんです!ゆっくりしている暇は…」
「僕が言うのもなんだけどたまには息抜きも必要だよ!な!な!」
 仙一郎がしつこく言うとフレイラは不満げにうつむいて黙ってしまった。
 退院後、サードとの対決に向けて仙一郎の日課となったのはイメージトレーニングだった。強い剣士の姿を想像するために図書館に通い色々な文献を読み漁り、映画や絵画を鑑賞し、実際にスケッチブックに描いて具体的にフレイラの姿をイメージすること。それは美大生の仙一郎にとっては慣れ親しんだ絵画を完成させるための過程と似たようなものだった。さらに並行して行っていたのがフレイラを変身させるーーー剣士の姿をイメージし指輪に念を込め二人が同調して実際に彼女の姿を変える訓練。
 それらが、上手くいっていないのは事実だった。彼も自分の力不足は十分理解していたがそれ以上に心配だったのはフレイラがどこか集中力に欠け思い迷っているように見えたこと。そんな状況もあって少し気分転換した方が良いと思い、練習を中断しフレイラを遊びに連れ出そうとしたのだが彼女は頑なに首を縦に振ろうとしなかった。
 普段は近くの丘陵地にある雑木林で覆われた公園で人けの無い夜に行っている訓練を寒くなって来たから防音完備のカラオケ店で行う、という名目で何とか彼女を連れ出すことには成功したのだが、このままなし崩しに歌ってストレス発散という訳にはいかないようだった。
 他の部屋のカラオケのくぐもった低音だけが響くなか、フレイラの姿を見て仙一郎はため息をついた。
「分かったよ。じゃあ早速、トレーニング始めようか!」
「はい。」
 そう言うとフレイラはその場で立ち上がった。仙一郎は指輪のある右手を彼女に向かって突き出すと目を閉じ指輪に意識を集中する。フレイラの身体がほのかに光だしたかと思うと突然フラッシュのような閃光が走り部屋中が真っ白になる。
 やがて、光が収まるとフレイラはフレンチメイドの服を身にまとっていた。両肩むき出しのベアトップは胸の谷間が大胆に露出しマイクロミニのスカートからは太ももがむき出しで半分お尻が見えるほど、甚だエロチックな恰好。
 騎士とはかけ離れた自らの恰好を訝しげな表情で見回していたフレイラは、したり顔の仙一郎の姿に気づく。そして何かを察したのか彼女は突然、彼ににじり寄りながら言った。
「そういうことでしたか…こんなところに連れて来たのは…」
 彼の腕に身体を密着させ顔を目と鼻の先にまで近づける。肌に伝わる柔らかい感触。顔を撫でる生暖かい息。予想外の彼女の反応に仙一郎は慌てる。
「ストップ!ストップ!何してんの!」
「こんな恰好をさせて、私に色事の相手をしろということなのでしょ?承知しております…どうぞご自由に…」
 さらに身体を絡ませ潤んだ瞳で仙一郎をみつめる。間近で見るフレイラはやはり端正な美人で、その色香に思わず頭がクラクラし仙一郎は急いで彼女を引き剥がす。
「いや、ちょっと待って!いつものフレイラならそこは、こんな破廉恥な恰好させて!変態!と、怒るところだろ?」
「え?あ!申し訳ございません…」
 場を和ませるためのちょっとしたイタズラだったのだが彼女の予想外の反応に仙一郎はばつが悪かった。すぐさま指輪に触れフレイラを元の恰好に戻す。フレイラは自分の仕出かしたことが恥ずかしくなったのか仙一郎から離れた場所に座りふたたびうつむいてしまった。
 仙一郎はたまらず話しかける。
「フレイラ、このところずっと様子がおかしいけどどうしたんだよ。何か悩んでいる事があるなら相談に乗るよ。」
 彼女は口を真一文字に結んでしばらく黙っていたが、意を決したかのように突然、顔を上げると切り出した。
「やはり今度のサードとの対決は私だけで戦います。もうこれ以上仙一郎様を私の私事に巻き込む訳にはいきません。」
「でもあいつに勝つには僕ら二人が協力しないと無理なんだろ?負けても良いの?」
「いいえ!決してそんなことはありません!ですが…また…この前のような事があったら私は…」
「結局無事だったんだし怪我の事なら気にしなくても良いよ。」
「あの時…私は仙一郎様を本当に手に掛けてしまったと思って凄く怖かったんです…今、思い出すだけでも手が…」
 フレイラは小刻みに震える手を見つめながらそう言う。それは、いつも凛とした表情の彼女からは想像も出来ないほど弱々しい姿だった。
 仙一郎はその姿を目の当たりにして、ずっとモヤモヤしていたことー自分がフレイラと一緒に戦うことをすんなりと受け入れられたことーに合点がいった。 
「前に、博物館で会ったお爺ちゃんの事は覚えてる?」
 フレイラは唐突な質問に戸惑う。
「はい、それが何か。」
「あの時、お爺ちゃんがフレイラに言ったこと。あれは僕にも言える事なんじゃないかと思うんだ。」
「自分が何が出来るのかではなく、何をしたいかを考えなさい…ですか。」
「うん!僕は今度の対決で実際に戦える訳でもないし、そんなに役に立てないかもしれない。だけど僕はフレイラの助けになりたいんだ。」
「それでも私は…」
「フレイラは僕のこと主だと思ってくれて…魔物から守ってくれたり、色々と世話を焼いてくれることに凄く感謝してるんだ。でも、それに対して何も恩返し出来てない。だからフレイラのために一緒に戦いたい。僕は…」
 仙一郎は少し言いよどんでから続けた。
「僕はフレイラの主なんだから…せめて主らしい事をさせてくれよ。」
 フレイラは仙一郎が、そう言ってくれたことが嬉しかった。そして、ずっと引っかかっていた胸のつかえが取れたような気がした。自然と彼女は両膝をついて跪き、彼に向かってただひとことだけつぶやいていた。
「畏まりました。」
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