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帰り道で
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「はぁ…」
仙一郎は大きくため息をついた。その日は在籍している美術大学の一室で遅くまで絵の制作をしていたので終電間際の電車に飛び乗り日付もかわる頃、駐輪場にたどり着いたのだが、そこで彼が見たものは、とめてあった自転車が忽然と消え去り無くなっている光景だった。
月極めのきちんと管理されている公営駐輪場だったので彼もまさかこんなことになるとは夢にも思っていなかった。本来自転車があるべき場所は空っぽでコンクリートの床には切られたワイヤー錠が転がっていたので盗まれたのは間違いないと思われたが一縷の望みをかけて周りを探しまわる。しかし当然見つかることはなく盗んでいった何者かの事を考えると段々と怒りがこみ上げてきた。
自転車はいわゆるクロスバイクと呼ばれるスポーツタイプでそれほど値の張るものではなかったが橙色の鮮やかなフレームが気に入っていてその人参みたいな色味からキャロット号と呼んで大事にしていたのでそれを失った事実に気が滅入った。さらに通学に普段の生活の足にと必需品であったことが、彼の陰鬱な気分にさらに拍車をかけた。
「はぁ…」
仙一郎は怒りと悲しみでぐちゃぐちゃな気分を落ち着かせるように再び大きくため息をつくと出口に向かって歩きだす。夜も遅いし、いつまでもここにいてもしょうがないので今日は諦めて明日、警察に盗難届を出すことにして駐輪場を後にした。
道の左右にカラオケ店やバー、居酒屋が立ち並ぶ細い通りは、すでに終電も終わり人影はまばらで、道の端に座り込む酔っ払いやご機嫌に騒ぐ若者の集団がちらほら見える程度だった。普段ならあまり通りたくない場所だったが二キロ弱あるアパートまでの道のりの近道だったのでやむをえない。
彼は速足で歩きながら先のことを考えていた。とりあえず代わりの足が欲しかったが貧乏学生にとって自転車も安い買い物ではない。しかも、ごく潰しの吸血鬼に居候されているせいでさらに金銭的にひっ迫していたのでとても買える状況にはなかった。もしかすると盗まれた自転車がすぐ戻ってくることだってあるかもしれないという淡い期待も抱いていた。だから不便ではあったが当分このままですごそうかと。
そう思案しながら歩いていると前から千鳥足のサラリーマンが今にも倒れそうに歩いて来るのが見えた。かなり泥酔しているらしく右へふらふら左へふらふらと危なっかしい。仙一郎は嫌な予感がして大きく避けて通り過ぎようとするが案の定、男性は引き寄せられるようにこちらに向かってよろけて、かわそうとするが結局ぶつかられてしまう。
「ああっ?何ぶつかってんだぁ?」
髪をオールバックにまとめた三十代の男は仙一郎を睨みつけ因縁をつける。普段であれば波風を立てずにいなしているところだったが虫の居所が悪かった彼はつい反論してしまう。
「ぶつかってきたのはそっちじゃないか!」
「あんだと?ごらぁ!」
男は今にも殴りかかりそうな勢いで彼の胸倉をつかむ。仙一郎は、しまったと思ったがもう遅かった。どうあがいても暴力沙汰になりそうな雰囲気になっていた。
そんな状況に仙一郎は、アルマにもらった右人差し指にはめてある指輪のことを思い出した。それは数日前のこと、色々と面倒事に巻き込まれる仙一郎を心配した彼女が所有しているケルト神話の伝説の剣、フラガラッハを彼が使えるよう所有権を一時移譲するアイテムとして授けた指輪で願えば剣を出現させられるものだった。まさに今、彼は面倒事に巻き込まれていた訳だが、さすがに酔っ払い相手に魔物を屠るような物騒な剣を持ち出す気はさらさらなかった。
「なめんなぁお!」
男は怒声を上げると拳を握りしめ大きく振りかぶる。一発殴られる位で事が収まるならしょうがないかと仙一郎は覚悟を決め目を閉じ歯を食いしばったが、いつまでたっても拳が飛んでこない。
不審に思って薄目を開けてみると殴り掛かろうとしていた男は数メートル先で尻もちをついて倒れており、そしていつの間に現れたのか仙一郎の目の前には背を向け仁王立ちするエプロンドレスを着た女性の姿があった。長い黒髪のポニーテールをなびかせ倒れ込んだ酔っ払いを睨みつける彼女は仙一郎と同い年くらいに見えた。そして何故か動きにくそうなくらい身体にぴっちりとした小さめの服を着ており襟元などはボタンがはじけ飛び、その豊満な胸の谷間をのぞかせるていた。さらに、その右手には見たことのある剣が握られていた。フラガラッハだ。
「これ以上、仙一郎様に危害を加えようというのなら容赦しませんよ!」
「ふっざけんらぁ!」
彼女の警告を無視し酔っ払いは起き上がってこちらに詰め寄ろうとする。剣先が微かに動いたのを見て、今まで呆けていた仙一郎は我に返る。
「やめっ!」
本気で切り殺すと直感的に思った仙一郎は止めようと後から抱きつく。
「ひゃん!」
不意をつかれた女性は素っ頓狂な声を上げ固まる。抱き抱えた仙一郎の両手は期せずしてその豊満な胸を鷲づかみにしており彼女は顔を真っ赤にして剣を落としてしまいそうになる。
「どっ!どっ!どこ触ってるんですかっ!」怒鳴る女性の声を耳元で聞いて仙一郎は両手の柔らかい感触に気づき慌てて離れる。
「ごめん!」
謝る仙一郎を睨みつける彼女は前から酔っ払いがよろよろゾンビのように近づいて来るのに気づくと向き直り再び剣を構えた。
「傷つけちゃダメだ!」
仙一郎が叫ぶと彼女は複雑な表情をみせると彼の腰に手を回した。
「な?」
「飛びます!」
慌てる彼を抱きかかえ彼女は高く飛びあがる。
「な!な!な!」
身体が軽くなったかと思った次の瞬間、眼下に雑居ビルが立ち並ぶ街の光景が広り、そのまま彼女はビルの屋上から屋上へふわりふわりと飛び移る。夜風を頬に受け街灯とネオンの光輝く夜景を目に、仙一郎はその美しさについ我を忘れてしまった。
「ここまで来れば大丈夫でしょう。」
そう言ってひと気のない校庭ーーー繁華街からは五百メートルほど離れた小学校に降り立つと辺りを見回し警戒する。気づけば仙一郎は今だ彼女に抱き抱えられたままで彼女の凛とした美しさを感じる顔が目と鼻の先にある上、身体は密着して腕に彼女の胸がムニッと押しつけられいたので仙一郎の心臓はバクバクと高鳴った。
「お怪我ありませんか?」
「あ?ああ!はい…」
彼女に不意に話しかけられ仙一郎はまごつきながら返事する。その様子で彼女は自分が抱き付いたままだったことに気づいたのか慌てて彼から離れた。
ちょっと名残惜しい仙一郎であったが彼女が何者なのか問いただしたいことが山ほどあったので声をかけようとすると
「あああっ?何なんですかこの姿はぁ!」
彼女が叫び声を上げる。手足を見まわし身体に触れてまるで自分が何者かを確認するような仕草を見せると突然、仙一郎の手を握り
「帰りますよ!」
と言うと困惑する彼を無視して、ずんずんと引っ張って歩いていった。
仙一郎は大きくため息をついた。その日は在籍している美術大学の一室で遅くまで絵の制作をしていたので終電間際の電車に飛び乗り日付もかわる頃、駐輪場にたどり着いたのだが、そこで彼が見たものは、とめてあった自転車が忽然と消え去り無くなっている光景だった。
月極めのきちんと管理されている公営駐輪場だったので彼もまさかこんなことになるとは夢にも思っていなかった。本来自転車があるべき場所は空っぽでコンクリートの床には切られたワイヤー錠が転がっていたので盗まれたのは間違いないと思われたが一縷の望みをかけて周りを探しまわる。しかし当然見つかることはなく盗んでいった何者かの事を考えると段々と怒りがこみ上げてきた。
自転車はいわゆるクロスバイクと呼ばれるスポーツタイプでそれほど値の張るものではなかったが橙色の鮮やかなフレームが気に入っていてその人参みたいな色味からキャロット号と呼んで大事にしていたのでそれを失った事実に気が滅入った。さらに通学に普段の生活の足にと必需品であったことが、彼の陰鬱な気分にさらに拍車をかけた。
「はぁ…」
仙一郎は怒りと悲しみでぐちゃぐちゃな気分を落ち着かせるように再び大きくため息をつくと出口に向かって歩きだす。夜も遅いし、いつまでもここにいてもしょうがないので今日は諦めて明日、警察に盗難届を出すことにして駐輪場を後にした。
道の左右にカラオケ店やバー、居酒屋が立ち並ぶ細い通りは、すでに終電も終わり人影はまばらで、道の端に座り込む酔っ払いやご機嫌に騒ぐ若者の集団がちらほら見える程度だった。普段ならあまり通りたくない場所だったが二キロ弱あるアパートまでの道のりの近道だったのでやむをえない。
彼は速足で歩きながら先のことを考えていた。とりあえず代わりの足が欲しかったが貧乏学生にとって自転車も安い買い物ではない。しかも、ごく潰しの吸血鬼に居候されているせいでさらに金銭的にひっ迫していたのでとても買える状況にはなかった。もしかすると盗まれた自転車がすぐ戻ってくることだってあるかもしれないという淡い期待も抱いていた。だから不便ではあったが当分このままですごそうかと。
そう思案しながら歩いていると前から千鳥足のサラリーマンが今にも倒れそうに歩いて来るのが見えた。かなり泥酔しているらしく右へふらふら左へふらふらと危なっかしい。仙一郎は嫌な予感がして大きく避けて通り過ぎようとするが案の定、男性は引き寄せられるようにこちらに向かってよろけて、かわそうとするが結局ぶつかられてしまう。
「ああっ?何ぶつかってんだぁ?」
髪をオールバックにまとめた三十代の男は仙一郎を睨みつけ因縁をつける。普段であれば波風を立てずにいなしているところだったが虫の居所が悪かった彼はつい反論してしまう。
「ぶつかってきたのはそっちじゃないか!」
「あんだと?ごらぁ!」
男は今にも殴りかかりそうな勢いで彼の胸倉をつかむ。仙一郎は、しまったと思ったがもう遅かった。どうあがいても暴力沙汰になりそうな雰囲気になっていた。
そんな状況に仙一郎は、アルマにもらった右人差し指にはめてある指輪のことを思い出した。それは数日前のこと、色々と面倒事に巻き込まれる仙一郎を心配した彼女が所有しているケルト神話の伝説の剣、フラガラッハを彼が使えるよう所有権を一時移譲するアイテムとして授けた指輪で願えば剣を出現させられるものだった。まさに今、彼は面倒事に巻き込まれていた訳だが、さすがに酔っ払い相手に魔物を屠るような物騒な剣を持ち出す気はさらさらなかった。
「なめんなぁお!」
男は怒声を上げると拳を握りしめ大きく振りかぶる。一発殴られる位で事が収まるならしょうがないかと仙一郎は覚悟を決め目を閉じ歯を食いしばったが、いつまでたっても拳が飛んでこない。
不審に思って薄目を開けてみると殴り掛かろうとしていた男は数メートル先で尻もちをついて倒れており、そしていつの間に現れたのか仙一郎の目の前には背を向け仁王立ちするエプロンドレスを着た女性の姿があった。長い黒髪のポニーテールをなびかせ倒れ込んだ酔っ払いを睨みつける彼女は仙一郎と同い年くらいに見えた。そして何故か動きにくそうなくらい身体にぴっちりとした小さめの服を着ており襟元などはボタンがはじけ飛び、その豊満な胸の谷間をのぞかせるていた。さらに、その右手には見たことのある剣が握られていた。フラガラッハだ。
「これ以上、仙一郎様に危害を加えようというのなら容赦しませんよ!」
「ふっざけんらぁ!」
彼女の警告を無視し酔っ払いは起き上がってこちらに詰め寄ろうとする。剣先が微かに動いたのを見て、今まで呆けていた仙一郎は我に返る。
「やめっ!」
本気で切り殺すと直感的に思った仙一郎は止めようと後から抱きつく。
「ひゃん!」
不意をつかれた女性は素っ頓狂な声を上げ固まる。抱き抱えた仙一郎の両手は期せずしてその豊満な胸を鷲づかみにしており彼女は顔を真っ赤にして剣を落としてしまいそうになる。
「どっ!どっ!どこ触ってるんですかっ!」怒鳴る女性の声を耳元で聞いて仙一郎は両手の柔らかい感触に気づき慌てて離れる。
「ごめん!」
謝る仙一郎を睨みつける彼女は前から酔っ払いがよろよろゾンビのように近づいて来るのに気づくと向き直り再び剣を構えた。
「傷つけちゃダメだ!」
仙一郎が叫ぶと彼女は複雑な表情をみせると彼の腰に手を回した。
「な?」
「飛びます!」
慌てる彼を抱きかかえ彼女は高く飛びあがる。
「な!な!な!」
身体が軽くなったかと思った次の瞬間、眼下に雑居ビルが立ち並ぶ街の光景が広り、そのまま彼女はビルの屋上から屋上へふわりふわりと飛び移る。夜風を頬に受け街灯とネオンの光輝く夜景を目に、仙一郎はその美しさについ我を忘れてしまった。
「ここまで来れば大丈夫でしょう。」
そう言ってひと気のない校庭ーーー繁華街からは五百メートルほど離れた小学校に降り立つと辺りを見回し警戒する。気づけば仙一郎は今だ彼女に抱き抱えられたままで彼女の凛とした美しさを感じる顔が目と鼻の先にある上、身体は密着して腕に彼女の胸がムニッと押しつけられいたので仙一郎の心臓はバクバクと高鳴った。
「お怪我ありませんか?」
「あ?ああ!はい…」
彼女に不意に話しかけられ仙一郎はまごつきながら返事する。その様子で彼女は自分が抱き付いたままだったことに気づいたのか慌てて彼から離れた。
ちょっと名残惜しい仙一郎であったが彼女が何者なのか問いただしたいことが山ほどあったので声をかけようとすると
「あああっ?何なんですかこの姿はぁ!」
彼女が叫び声を上げる。手足を見まわし身体に触れてまるで自分が何者かを確認するような仕草を見せると突然、仙一郎の手を握り
「帰りますよ!」
と言うと困惑する彼を無視して、ずんずんと引っ張って歩いていった。
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