怪物どもが蠢く島

湖城マコト

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第23話 その刃は鋭い

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「稲城。俺らも脱出するぞ」
「賛成だ。そろそろ腐臭じゃなく、新鮮な空気が吸いたくなってきたところだ」

 兜と稲城が時間稼ぎのための戦闘を開始してから三分が経過した。先行した黎一たちが逃げ切るだけの時間は十分稼げただろう。これ以上この場に留まる理由はない。いかに強者二人とはいえ、圧倒的多数を相手にしていれば確実に消耗する。早めに撤退するが吉だ。
 迫るゾンビを二人同時に蹴り飛ばし、そのまま踵を返して外階段へと続く扉へと駆ける。稲城が一度振り向きゾンビとの距離感を測ったため、僅かな差で兜が先を行く形となった。

 ――この時を待ってたぜ。兜!

 ゾンビとの戦闘では一度も使用しなかったククリナイフを取り出し、稲城が背後から紫藤を狙う。
 稲城はこの島で兜と再会して以来、ずっと彼を殺害する機会を伺っていたが、用心深い兜にはまるで隙が無かった。だが今はどうだ? ゾンビとの戦闘を終えた直後の兜は、無防備に稲城に背中を向けている。殺すなら今しかない。

 ――死ね! 

 叫びたい衝動を必死に抑え込み、稲城は気配を殺して、ククリナイフを兜の背中目掛けて振り下ろした。

「なんだと……」

 振り下ろされた凶刃は、刃物同士が接触する音ともに弾かれる。
 兜は稲城に背を向けたまま、背中に回したマチェーテでククリナイフの一撃を流していた。

「まぬけ面でどうした稲城?」

 振り向いた兜の表情は、戦場を駈ける傭兵のそれだった。睨むだけ相手を殺せるような凄みは、歴戦の猛者である稲城に対しても緊張感を与える。

「読んでいたのか?」
「お前が善意で殿しんがりに付き合ってくれるとも思えないからな。俺と一緒に最後まで残る理由があるとすれば、背後を取ること以外にないだろう」
「相変わらずイラつかせる奴だ」

 稲城はナイフを引かず、そのまま戦闘態勢を継続した。殺害を決行した以上、もう後には引けない。鋭い眼光からは、何が何でもこの場で兜を殺すという強い覚悟が滲み出ている。

「流石に今は止めないか? 何もこれだけのゾンビに囲まれた状態でやりあう必要はないだろう。お前が望むなら、後で決闘の場は設ける」
「いいじゃねえか。ギャラリーがいる方が殺し合いは盛り上がる」
「死人をギャラリーに殺し合いね。お前の言う通り、確かにここは地獄かもな」

 酷いセンスだと兜は苦笑する。殺し合いに付き合う義理は無いが、逃げたところでいつまた襲ってくるか分からない。今後のことを考えるなら、ここで稲城威志男に退場してもらうのも悪くはないだろう。

「お前に撃たれた傷。今でも時折痛むんだよ」
「安心しろ。その痛み、今この場で終わらせてやる」

 兜、稲城、ゾンビの集団。施設内では異色の三つ巴戦が始まろうとしていた。

 ※※※

「ラスト!」

 階段を下り切ると同時に、黎一は地上で待ち受けていたゾンビの頭を鉈でかち割った。蜜花を失ったが、残る三名は無事に建物の外へと逃れることが出来た。

「兜さんたち遅いですね。そろそろ階段を下ってこないと、あの二人でも辛いのでは」

 玲於奈は不安気に外階段へと繋がる三階の扉を見上げるが、いまだにそこから兜たちが現れる気配はない。

「兜さんに限って万が一はないだろうが、場合によってはここにいる三人だけで撤退することもありえる」
「その通りだ。今はまだ外にいるゾンビはまばらだが、いずれ建物内からも溢れ出してくる。我々だってここには長く留まれない」

 兜を見捨てるような真似は黎一と胴丸だってしたくはないが、命懸けの状況では割り切らねばいけない時もある。今がその時でないことを祈るばかりだ。

「黎一さん。あれって」

 不意に玲於奈がある場所を指差す。そこには転落した蛭巻の死体が転がっていた。階段を下りながら戦うことに集中していてあまり意識していなかったが、蛭巻の転落場所は外階段のすぐ近くだったらしい。

「胴丸さん。俺と玲於奈は蛭巻の死体に用があるので、ゾンビが寄ってこないように見張っててもらえませんか?」
「死体なんて漁ってどうするつもりだい?」
「玲於奈の腕に手錠がはまってるでしょう。あの手錠、蛭巻にはめられた物なんですよ。ポケットに鍵でも入ってないかと思って」
「手錠ね。蛭巻惣吾も大概悪趣味のようだ」

 胴丸に事情を説明したところで、二人は蛭巻の死体を調べ始める。黎一が無難にズボンのポケットの中を探っていると読み通り、鍵らしき物に触れた。

「ビンゴだ。これで手錠を外せるな」
「煩わしい戒めからはおさらばです」

 黎一が鍵を使い、玲於奈の手錠を外す。玲於奈は手首を回して感覚を確かめるが、痛みもなく、少し手錠の跡が残っていること以外は問題なさそうだった。

 しかし、ここで新たなトラブルが発生する。

「……黎一さん。蛭巻は鞍橋に首を裂かれた後に突き落とされたはずですよね?」
「そうだな」
「じゃあ、脇腹が少し抉れているのは……」

 二人の視線が巣郷の脇腹の噛み跡のような向けられた瞬間、突然蛭巻の体が起き上がり、無感情で二人に襲いかかってきた。黎一と玲於奈は冷静にそれぞれの武器を構えたが、ゾンビ化した蛭巻の攻撃が二人に届くことはなかった。

「落下した後に噛まれてゾンビ化したのか」

 胴丸が冷静に分析した瞬間、彼の攻撃によって、ゾンビ化した蛭巻の首が飛んだ。

「胴丸さん」
「出過ぎた真似をしてすまない。少しこいつを振りたくなったものでね」

 胴丸が手にする得物は日本刀だった。狭い室内や階段上では本領を発揮できなかったが、屋外に出た今なら、存分に活躍することが出来る。一度実力を見せておくことは、今後黎一たちと連携と取るためにも必要なことだった。

「頼もしいですね」
「君には劣るよ。私のこれは護身用の技術だからね」

 謙遜して目を伏せると、胴丸は刀を振るって血払いし、抜き身の刀身を鞘へと納めた。
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