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第20話 まだ地獄に落ちるつもりはない
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「そういえば、面と向かっての殺し合いは初めてだな。いつもはだいたい一方的だからさ!」
張り上げた声が裏返る月彦は心底嬉しそうだ。黎一めがけて強烈に鉈で薙ぐが、対する黎一は歪んだバールの湾曲部分を上手く使い、冷静に鉈の一撃を受け流す。
あらゆる状況に対応出来るよう、得物を選ばないのが黎一の信条だ。歪んだバールはゾンビ相手の打撃武器としては心持たないが、対人用の防御アイテムとしては十分に有用である。
「器用だね。歪んだバールをそんな風に扱うなんて」
「お前に褒められても嬉しくないな」
「君も殺しには慣れてるんだよね。殺しは楽しい?」
「スピーカーかお前は。喋ってる間に死んでも恨むなよ」
鉈とバールが激しい衝突を繰り返す。膂力では月彦の方が、技量では黎一の方が僅かに上だが、両者の力量に大差はない。
月彦が鉈を空振りした隙を突き、黎一が頭部目掛けて回し蹴りをくり出したが、月彦は咄嗟に左腕でガード。蹴りを繰り出した直後でバランスの悪いところを狙い、今度は月彦が鉈で切り上げたが、黎一はバールの湾曲部分で刃を受け止めて勢いを殺した。一進一退の攻防。両者決め手に欠けるまま、疲労だけが蓄積していく。
「なかなかやるね。こんなに楽しいのは久しぶりだ」
「それなりに強くなきゃ、殺し屋は務まらないんでね」
もっともな言い分と共に、黎一がバールによる刺突を頭目掛けて繰り出すと、月彦はそれを右手に持つ鉈で弾き返し、そのまま一気に黎一へと肉薄。狩猟用ナイフを持った左手で胸元を一閃するが、黎一は間一髪のところで体を逸らせて直撃を回避した。
「一撃必殺の大振り。もう見切ったよ」
二撃を外したことでこの瞬間、月彦には大きな隙が生じた。黎一はすかさず月彦の右手へとバールを叩きつける。
「ぐっ! 効くなこれ!」
歪んでいるとはいえ金属製のバールによる一撃だ。月彦の右手が赤く腫れ上がり、力が入らなくなったことで得物である鉈を手放してしまう。確実にひびは入れたはず。もう自由に右手は使えない。
だが、好機を得たのは月彦も同じだった。
「いいね! 痛みあってこその殺し合いだよ!」
「こいつ!」
本来なら身動きを取るのも辛いはずの右手の痛みを意にも介さず、月彦は体全体で鋭司にぶつかり床へと押し倒す。黎一だって決して油断していたわけではない。手を砕かれた直後にこれだけの動きをされることは流石に想定外だ。月彦の凶器は肉体の痛みをも超越している。
「があああ!」
倒れ込むと同時に月彦のナイフが黎一の右肩を突き刺した。黎一が痛みに表情を歪めた隙に、月彦はマウントポジションを取り攻撃の主導権を握る。驚くべきことに、激痛で自在に操れないであろう右腕に体重を乗せ、黎一の左腕を押さえつけるための重しとしている。
「お前、痛みを感じないのか?」
「痛いよ。凄く痛い。でもね、相手を殺せると思えば、そんなのどうでもいいじゃないか」
狂気に満ちた笑みが黎一の瞳に映り込む。今まで殺してきた人間とは根本的に違う。今目の前にいる男は人間というよりも機械だ。パーツの損傷など構わず、目的を果たすことだけに集中する殺戮マシーン。伊達に多くの人間を殺してきたわけじゃない。鞍橋月彦という男は、人外に片足を突っ込んでいる。島に蠢くゾンビ以上の怪物だ。
「名残惜しいけど、そろそろお別れだよ。綿上くん!」
黎一の首目掛けて、月彦が声高らかにナイフを振り下ろした。
「黎一さん!」
玲於奈の叫び声が屋上へと響き渡った。
※※※
黎一と月彦が屋上で激闘を繰り広げていた頃、施設内も大きな混乱に包まれていた。突如として一階のエントランスの床が開閉し、中から大量のゾンビが湧きだしてきたのだ。外からではなく、地下からの襲来だったため、入口付近に設置していたトラップも無力だった。施設が作られた当時の設備とは思えない。デスゲームの開催に際して運営側が手を加えていたのだろう。古い建物だからと逆に油断していた。
二階から一階の出入り口付近を見張っていた稲城がいち早く異変に気付き、ホールに待機していたメンバーに知らせたため、奇襲を受けることはなかったが、一階がゾンビで溢れかえっている以上、出口の一つは完全に詰んでいる。
「一階に待機していたら、確実に死んでいたな」
兜は冷静に分析しつつ、三階へ続く階段を駆け上がって来たゾンビを蹴り飛ばして押し戻す。これにより、階段を昇っていた後続のゾンビが将棋倒しとなり時間稼ぎに――なってはくれなかった。転倒したゾンビを躊躇なく足場とし、後続のゾンビが次々と三階を目指して駆け上がって来る。
二ヶ所ある階段を兜と稲城がそれぞれ防衛しているが明らかに分が悪い。
すぐにでも三階の外階段から脱出するべきだが、屋上には外階段がついておらず、一度三階へ下りなければいけないので、屋上組が合流するまでは三階を死守しなくてはいけない。
「胴丸。あんたは屋上にいる奴らを連れてきてくれ。玲於奈ちゃん以外の奴らが屋上にいる保証は無いがな」
見張り役として屋上に待機していた玲於奈以外の三人は、行き先を告げずに姿を消したため消息不明だ。現在屋上に何人いるのか兜には分からない。屋上にいない者まで救出する余裕は無いので、一人でも多く屋上にいてくれることを祈るのみだ。
「分かりました。すぐに戻ります」
胴丸が屋上へと続く階段へと駈けた。ゾンビ達が侵攻してくる階段とは真逆の方向なので邪魔は入らない。
「胴丸か。確かに奴を行かせるのが今は最善か」
「彼の武器は、屋内じゃ使いづらそうだからな」
胴丸もかなりの使い手であることは見て取れたが、残念ながらフィールドとの相性は悪い。彼に活躍してもらうのは屋外へ逃れてからになりそうだ。
「なあ兜。今の内にこの場にいる三人だけで逃げないか? それなら余計な戦闘は避けて通れるぞ」
「そ、そうよ。威志男さんの言う通りだわ」
稲城がどこまで本気かは分からないが、焦り顔の蜜花は本心ですぐにでもこの場を離れたい様子だった。元より大した戦闘能力は持たず、稲城のそばにいることで辛うじて生き残ってきた女だ。自分の身の安全を考えるだけで精いっぱいなのだろう。
「逃げたければ勝手にしろ。俺は屋上組が戻るまでここを死守する」
駆け上がって来たゾンビの首を切り落としながら兜は覚悟を告げる。全員の面倒を見るほどお人好しではないが、同盟を結んでいる黎一と玲於奈の命には責任がある。
「正義感は相変わらずか。気に入らないな」
兜の横顔を見ながら皮肉気に言うと、稲城は迫って来たゾンビの方を一度も見ずに斧で頭部を粉砕した。
「人間、正義感を失ったらお終いだからな」
「戦場で屍の山を築いてきた男が、今更正義を語るか?」
「己を正当化する気なんてない。俺は地獄に落ちるだろうが、生きている間は己の正義を貫き続ける。例えそれが偽善であったとしてもな」
「それなら、お前の正義とやらはこの島で終わりかもな。何故ならこの島こそが地獄だろう?」
「お前にしてはまともなことを言う。ならば前言撤回だ。まだ地獄に落ちるつもりはない」
申し合わせたかのようなジャストタイミングで、兜と稲城はそれぞれに迫ったゾンビの頭部を破壊した。二人は決して合いなれることのないコインの裏と表だが、共に戦場を駈けてきた時間があることも事実。本人たちは不本意だろうが、戦士としての二人の息はピッタリだった。コインが裏でも表でも。それを扱う人間にとっては大きな差などない。
「何なのよ。この人達……」
会話をしながらゾンビの死骸の山を築いていく二人の猛者の背中を見て、蜜花は言葉を失っている。凶悪な犯罪者であっても、戦場においてその思考は一般人のそれに近かった。
張り上げた声が裏返る月彦は心底嬉しそうだ。黎一めがけて強烈に鉈で薙ぐが、対する黎一は歪んだバールの湾曲部分を上手く使い、冷静に鉈の一撃を受け流す。
あらゆる状況に対応出来るよう、得物を選ばないのが黎一の信条だ。歪んだバールはゾンビ相手の打撃武器としては心持たないが、対人用の防御アイテムとしては十分に有用である。
「器用だね。歪んだバールをそんな風に扱うなんて」
「お前に褒められても嬉しくないな」
「君も殺しには慣れてるんだよね。殺しは楽しい?」
「スピーカーかお前は。喋ってる間に死んでも恨むなよ」
鉈とバールが激しい衝突を繰り返す。膂力では月彦の方が、技量では黎一の方が僅かに上だが、両者の力量に大差はない。
月彦が鉈を空振りした隙を突き、黎一が頭部目掛けて回し蹴りをくり出したが、月彦は咄嗟に左腕でガード。蹴りを繰り出した直後でバランスの悪いところを狙い、今度は月彦が鉈で切り上げたが、黎一はバールの湾曲部分で刃を受け止めて勢いを殺した。一進一退の攻防。両者決め手に欠けるまま、疲労だけが蓄積していく。
「なかなかやるね。こんなに楽しいのは久しぶりだ」
「それなりに強くなきゃ、殺し屋は務まらないんでね」
もっともな言い分と共に、黎一がバールによる刺突を頭目掛けて繰り出すと、月彦はそれを右手に持つ鉈で弾き返し、そのまま一気に黎一へと肉薄。狩猟用ナイフを持った左手で胸元を一閃するが、黎一は間一髪のところで体を逸らせて直撃を回避した。
「一撃必殺の大振り。もう見切ったよ」
二撃を外したことでこの瞬間、月彦には大きな隙が生じた。黎一はすかさず月彦の右手へとバールを叩きつける。
「ぐっ! 効くなこれ!」
歪んでいるとはいえ金属製のバールによる一撃だ。月彦の右手が赤く腫れ上がり、力が入らなくなったことで得物である鉈を手放してしまう。確実にひびは入れたはず。もう自由に右手は使えない。
だが、好機を得たのは月彦も同じだった。
「いいね! 痛みあってこその殺し合いだよ!」
「こいつ!」
本来なら身動きを取るのも辛いはずの右手の痛みを意にも介さず、月彦は体全体で鋭司にぶつかり床へと押し倒す。黎一だって決して油断していたわけではない。手を砕かれた直後にこれだけの動きをされることは流石に想定外だ。月彦の凶器は肉体の痛みをも超越している。
「があああ!」
倒れ込むと同時に月彦のナイフが黎一の右肩を突き刺した。黎一が痛みに表情を歪めた隙に、月彦はマウントポジションを取り攻撃の主導権を握る。驚くべきことに、激痛で自在に操れないであろう右腕に体重を乗せ、黎一の左腕を押さえつけるための重しとしている。
「お前、痛みを感じないのか?」
「痛いよ。凄く痛い。でもね、相手を殺せると思えば、そんなのどうでもいいじゃないか」
狂気に満ちた笑みが黎一の瞳に映り込む。今まで殺してきた人間とは根本的に違う。今目の前にいる男は人間というよりも機械だ。パーツの損傷など構わず、目的を果たすことだけに集中する殺戮マシーン。伊達に多くの人間を殺してきたわけじゃない。鞍橋月彦という男は、人外に片足を突っ込んでいる。島に蠢くゾンビ以上の怪物だ。
「名残惜しいけど、そろそろお別れだよ。綿上くん!」
黎一の首目掛けて、月彦が声高らかにナイフを振り下ろした。
「黎一さん!」
玲於奈の叫び声が屋上へと響き渡った。
※※※
黎一と月彦が屋上で激闘を繰り広げていた頃、施設内も大きな混乱に包まれていた。突如として一階のエントランスの床が開閉し、中から大量のゾンビが湧きだしてきたのだ。外からではなく、地下からの襲来だったため、入口付近に設置していたトラップも無力だった。施設が作られた当時の設備とは思えない。デスゲームの開催に際して運営側が手を加えていたのだろう。古い建物だからと逆に油断していた。
二階から一階の出入り口付近を見張っていた稲城がいち早く異変に気付き、ホールに待機していたメンバーに知らせたため、奇襲を受けることはなかったが、一階がゾンビで溢れかえっている以上、出口の一つは完全に詰んでいる。
「一階に待機していたら、確実に死んでいたな」
兜は冷静に分析しつつ、三階へ続く階段を駆け上がって来たゾンビを蹴り飛ばして押し戻す。これにより、階段を昇っていた後続のゾンビが将棋倒しとなり時間稼ぎに――なってはくれなかった。転倒したゾンビを躊躇なく足場とし、後続のゾンビが次々と三階を目指して駆け上がって来る。
二ヶ所ある階段を兜と稲城がそれぞれ防衛しているが明らかに分が悪い。
すぐにでも三階の外階段から脱出するべきだが、屋上には外階段がついておらず、一度三階へ下りなければいけないので、屋上組が合流するまでは三階を死守しなくてはいけない。
「胴丸。あんたは屋上にいる奴らを連れてきてくれ。玲於奈ちゃん以外の奴らが屋上にいる保証は無いがな」
見張り役として屋上に待機していた玲於奈以外の三人は、行き先を告げずに姿を消したため消息不明だ。現在屋上に何人いるのか兜には分からない。屋上にいない者まで救出する余裕は無いので、一人でも多く屋上にいてくれることを祈るのみだ。
「分かりました。すぐに戻ります」
胴丸が屋上へと続く階段へと駈けた。ゾンビ達が侵攻してくる階段とは真逆の方向なので邪魔は入らない。
「胴丸か。確かに奴を行かせるのが今は最善か」
「彼の武器は、屋内じゃ使いづらそうだからな」
胴丸もかなりの使い手であることは見て取れたが、残念ながらフィールドとの相性は悪い。彼に活躍してもらうのは屋外へ逃れてからになりそうだ。
「なあ兜。今の内にこの場にいる三人だけで逃げないか? それなら余計な戦闘は避けて通れるぞ」
「そ、そうよ。威志男さんの言う通りだわ」
稲城がどこまで本気かは分からないが、焦り顔の蜜花は本心ですぐにでもこの場を離れたい様子だった。元より大した戦闘能力は持たず、稲城のそばにいることで辛うじて生き残ってきた女だ。自分の身の安全を考えるだけで精いっぱいなのだろう。
「逃げたければ勝手にしろ。俺は屋上組が戻るまでここを死守する」
駆け上がって来たゾンビの首を切り落としながら兜は覚悟を告げる。全員の面倒を見るほどお人好しではないが、同盟を結んでいる黎一と玲於奈の命には責任がある。
「正義感は相変わらずか。気に入らないな」
兜の横顔を見ながら皮肉気に言うと、稲城は迫って来たゾンビの方を一度も見ずに斧で頭部を粉砕した。
「人間、正義感を失ったらお終いだからな」
「戦場で屍の山を築いてきた男が、今更正義を語るか?」
「己を正当化する気なんてない。俺は地獄に落ちるだろうが、生きている間は己の正義を貫き続ける。例えそれが偽善であったとしてもな」
「それなら、お前の正義とやらはこの島で終わりかもな。何故ならこの島こそが地獄だろう?」
「お前にしてはまともなことを言う。ならば前言撤回だ。まだ地獄に落ちるつもりはない」
申し合わせたかのようなジャストタイミングで、兜と稲城はそれぞれに迫ったゾンビの頭部を破壊した。二人は決して合いなれることのないコインの裏と表だが、共に戦場を駈けてきた時間があることも事実。本人たちは不本意だろうが、戦士としての二人の息はピッタリだった。コインが裏でも表でも。それを扱う人間にとっては大きな差などない。
「何なのよ。この人達……」
会話をしながらゾンビの死骸の山を築いていく二人の猛者の背中を見て、蜜花は言葉を失っている。凶悪な犯罪者であっても、戦場においてその思考は一般人のそれに近かった。
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