怪物どもが蠢く島

湖城マコト

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第10話 焼き栗は好きか?

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『今回は、皆様に耳よりな情報をお持ちしました』

 ゲーム開始から五時間が経過した頃。
 数時間にわたり沈黙を貫いていた鮫のキャラクターがタブレット端末上に登場し、一方的に話し始めた。

『ゲーム開始から五時間。日の長い時期とはいえ、だんだんと夜が近づいてまいりました。今の季節ですと午後八時を過ぎた頃には、この島にも闇が訪れることでしょう。ですが、当然のことながらこの島には都会とは異なり、人工的な明かりは一切存在しておりません。この島で迎える夜は月明かりだけが頼りと言わざる負えませんが、都会育ちの皆様にはそれでは物足りない事でしょう』

 鮫のキャラクターの背景が、日中から夜間に変わるという無駄に細かい演出が画面上で繰り広げられている。

『夜間の戦闘は日中以上に難易度が高くなります。ゾンビには視界の有無など、さほど問題ではありませんからね』

「危惧していたことではあるが、いざ直面すると厄介な問題だな」
「そうですね。なるべくリスクは犯したくない」

 眉を顰める兜の意見に黎一は同意し頷く。
 黎一も兜も夜間戦闘の心得はあるが、暗くなる分、どうしても視界などの問題で日中よりもパフォーマンスは落ちる。ゾンビが日中と変わらず活動し続けるというのなら、それだけで圧倒的に不利だ。携帯電話のライト程度の明かりは持っているが、光量や使い勝手を考えれば気休め程度にしかならない。

『しかし、夜になり呆気なく参加者の皆様が脱落してしまうのは、私どもとしても不本意であります。それに加えて空腹感や喉の渇きだって決して無視できない問題でしょう。生きるというのはそれだけで大変なことなのです。そんな皆様のために、豪華なプレゼントを用意いたしました』

 鮫のキャラクターが器用にヒレを打ち合わせる仕草と共に、大勢の人間が同時に拍手するようなSEが流れる。

『これから画面上に表示される地点には、あらかじめ設置しておいたアイテムボックスが存在しています。内容物は、ライト、双眼鏡、携帯食料、飲料水、着火器具、etc……といった大変豪華な内容となっております。ただし――』

 鮫のキャラクターは不敵な笑みを浮かべてあからさまに間を溜める。何度目にしても仕草がいちいち癪に障るが、苛立ちを加速させることに運営の狙いがあるのなら、静観しなくては思うつぼだ。

『アイテムの数には限りがあります。よって、入手は早いもの順とさせていただきます』

 鮫のキャラクターはサラッと重要なことを言ってのけた。どうやらアイテムの存在は救済措置というよりも、ゲームを盛り上げるための悪趣味な演出といった側面が強いようだ。

『アイテムボックスが設置されているのは、この建物の中となります』
 
 赤い矢印が森の中心部を示しており、そこには明らかに人工物だと思われる、マンションに似た箱型の建造物の姿が見て取れる。

『この建物は戦前に建てられた旧日本軍の施設です。古びてはいますが、上手く利用すれば夜を越すための拠点にも出来るかもしれませんね』

 含みのある言い方をすると、画面が徐々に暗転をはじめ、鮫のキャラクターの姿が消えていく。

『私からは以上です。皆様のご健闘をお祈りいたしております』

 端末上には、アイテムボックスがあるという建物の場所を示す地図だけが残された。

「アイテムが何人分存在するのかを知らせずに、早い者勝ちと煽る辺りがいやらしいですね」

 最初に言葉を発したのは玲於奈だった。早い者勝ちの限定品。まるで日本人向けのマーケティングのようだ。

「おまけに場所は森の中心部ときた。火中の栗を拾えというわけか。お前さんたち、焼き栗は好きか?」
「別に嫌いじゃないですよ。一番好きなのは栗きんとんだけど」
「私も普通に好きですよ。一番好きな栗の食べ方はモンブランですが」

 兜の冗談めかした物言いに、二人もノリノリで返した。

「焼き栗もとい、アイテムの回収に向かうべきだと俺は思う。玲於奈、兜さん。二人はどうする?」

 そう言って黎一が二人の仲間へと目配せする。チームで動いている以上、意志は統一しなければならない。

「同意見です。今の私達には必要なものですから」
「この三人なら余裕で辿り着けるだろう。今夜はまともな飯を食おう」

 二人の返答に迷いはない。意志の統一は完了した。後は行動に起こすだけだ。

「そうと決まれば栗拾いツアーに出かけるとするか。道は俺が切り開く」

 森林での戦闘にも強い兜が先頭に立ち、三人は島の中心部へと広がる森林地帯へと足を踏み入れた。

 ※※※

 島の北の海岸線に近い森の中で、鞍橋月彦も運営側からもたらされた情報に目を通していた。

「早い者勝ちアイテムか。これは行くしかないでしょう」

 アイテムを入手するべく、地図に表示された建物へ向かうことを月彦は即決した。
 喉も乾いてきたし、空腹もこれ以上続けば体力以前に思考が乱れる。ライトもあれば便利だろうし、天井のある建物で休憩するのも悪くない。
 だが、月彦が行動を決めた一番の理由はまったく別のところにある。さながら外灯に群がる蟲のように、魅力的なアイテムを求め、目的地には多くの参加者が集まることだろう。月彦からすればこちらから獲物を捜しに行く手間が省けるというものだ。きっと大半の参加者は敵はゾンビだけだと思っている。そこを掻き乱したら、きっととても面白い光景が見られるに違いない。

「僕好みの子がいると嬉しいな」

 月彦は鼻歌交じりにスキップし、運命的な出会いに想いを馳せる。
 不意に物陰から一体のゾンビが飛び出してきたが、月彦は一瞥もくれず、羽虫でも払うかのようにごく自然に、ゾンビの首を鉈で切り落とした。
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