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第四章 もう一度、流行りますか?
第一話 もう一度、異世界転生
しおりを挟む『君が翔音か……?』
転生先の世界の神様は、気難しい顔で眉間にシワを寄せていた。長い銀髪をオールバックにした美中年だ。耳が少し尖っていてエルフっぽい。
神様が不機嫌そうなのは、私が厄介者だからだろう。白衣の神様の世界で記録した『ポペラ星観察日記』が原因で、神様会議で禁止されるほどの騒動を起こしてしまったのだから……。
「私の存在は、ご迷惑なのでしょう? 私を転生させるのがお嫌でしたら、他の世界に行きましょうか? 厄介者を押し付けられて、お怒りのようですから……」
私は、投げやりな言葉を神様にぶつけた。
『誤解だ! 緊張しているだけで、怒ってなどいない!』
「……緊張?」
美中年の神様の悩ましげな表情は、嘘を言っているようには見えなかった。
『……その、愛読していた『ポペラ星観察日記』の筆者に会えるとは、思ってもみなかったので……』
ピシッ!
私にとって、『ポペラ星観察日記』は出来れば他人に触れて欲しくない話題だった。一瞬にして、私たちの間の空気が凍った。真っ白な不思議空間は、感情に影響されて変化するのだろうか? 私の心を表すように、あたりが凍りついていく……。
『その、残念だったな……』
「……残念? そんな一言ですまさないで!」
ピシ、ピシッ!
私は、きちんと納得してこの世界に来たわけでない。白衣の神様の強制だった。転生後の自分の待遇にも、何の望みも無かった。
白衣の神様は、私の異能は封印されたから大丈夫だと言っていた。でも、元々自覚の無い能力だったから、封印された感覚もなかった。
『……傷つけたのなら、謝罪する。私は、愛想が無いとよく言われるのだ。……申し訳ない。『ポペラ星観察日記』は、君のポペラ星人に対する愛情に溢れたていた。読んでいるうちに、初めて世界を管理した頃の、純粋な想いに戻れたのだ。一部の神々が暴走して『実験場』を勝手に創ったせいだ。翔音は何も悪くない。もちろん、ポペラ星人もだ……』
神様は、眉間のシワをさらに深く刻んだ。いつの間にか泣いていた私を抱き寄せて、頭を撫でてくれる手つきは優しくあたたかかった。
私が泣き止むまで、神様はそうしていてくれた。
「……ありがとうございます」
『いや……』
言葉少なく素っ気ない態度だが、この神様はとても優しい。
「ご挨拶が遅れましたか、初めまして、……翔音です」
『この世界『トルバ』を管理する神、『トリウェルバ』だ。よろしく』
「名前! 神様にも名前があるのですか?」
『あるぞ。それがどうかしたか?』
「えっと、初めて神様の名前を知りました。私、神様の名前を知ろうともしませんでした」
『うむ……他者との関わりが薄いのか? いや、興味がない? 希薄な人間関係? うむ……』
白衣の神様なんて、少なくとも三万年以上の付き合いだったのに何てこった! 一度も名前を呼ぼうと思った事が無かった!
「私、かなり失礼な奴だったのですね」
『君を私に託した神は、私より遥かに高位の存在だ。名乗られなかったのなら、聞いても教えられない可能性もある。力ある神の名は、知る事でさえ力になるのだ』
「そんなものですか……」
『そんなものだ。確かに、翔音は他者へ興味や愛情が、希薄な性質なのかもしれない。あんなに愛情溢れる観察日記を書くのに……いや、失言だった』
「いいんです。確かに、私は親友や同志が一人いれば十分満足しちゃうんです。あの頃の自分が、興味や愛情を向ける相手は、ポペラ星人しかいなかったからでしょう」
ああ、未だに信じられない。あの愛らしいポペラ星人がもう存在しないなんて……。白衣の神様は、『実験場』を消す作業を私に見せてくれなかった。
いつか、あのポペラ星人に会えるのだろうか? 次々と転生すれば、いつか会えるかもしれないけど……。今回の転生の後があるのかすら知らない私には、そんな希望を抱く事すらできなかった。
『では、簡単に説明しよう。この世界『トルバ』は、翔音が前々世を生きた女神『◯△×◼️▲◯』の世界に非常に近しい』
「女神……? あれ?!」
『ああ、神の名は直接名乗ってもらわなければ認識されないのだ』
「女神様って呼んでいて、不都合が無かったので……」
今の私は、青い顔をしているだろう。あんなに大好きだった女神様の名前すら知ろうとしなかった自分の薄情さ加減に呆れた。信じられない……嘘でしょう?
『ああ、気にするな。彼女は、ウッカリしていて、どうせ名乗り忘れたのだろう。『◯△×◼️▲◯』のウッカリミスは有名だ』
『この世界は、君が以前転生さした女神の世界と並行世界の関係にあるのだ。ほんの少しだけ、違う世界だと思っていいだろう。翔音には、前々世と同じ時代、同じ人物に転生してもらいたい』
「じゃあ、懐かしいあの人達にまた会えるかもしれないのですね! あ、時間の経過に関係なく転生って出来るのですか? 白衣の神様の世界で三万年以上いたのですが?」
『そうだな……』
トリウェルバ神は、微妙な反応だった。眉間のシワが、さっきの三割増しに深くなっていた。
『覚えているのか?』
「何をですか?」
『普通、前世の記憶を持っていても、前々世の記憶は忘れてしまう。それに、翔音の存在が三万年を越える歳月を経ているのならば、君は……神に近い超越者になってしまったのかもしれない』
…… !
『ともかく、私はこの世界に翔音を転生させて、その生涯を見守る事を高位神から依頼されている』
「えっと、私の役目は何でしょうか?」
トリウェルバ神は、眉間のシワを緩めてフッと微笑みを浮かべた。うぉっ! 美中年がデレるって、意外とヤバイかもしれない。
『役目などないよ。今度は、天寿を全うしてきなさい。どうか幸せに……』
トリウェルバ神は、そう言って私のおでこをトンと押した。次の瞬間、光に包まれて何も分からなくなっていった。
幸せ……って、何だろうと考えた。
胸の奥に、金色のダイヤルの付いた真っ黒な四角い箱が浮かんで消えて、何かが軋む音を聞いた気がした。
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