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⑬ 溶岩食べたい……
しおりを挟む母の実家は、鹿児島県の桜島を遠くに眺める山間の小さな町だった。
私たちは、大阪に住んでいたので、滅多に母の田舎に帰省する事はなかった。私が小学三年生の夏休み、母方の祖母が危篤になったと連絡が入いり、駆けつけたのも三年振りの帰省だった。
病床の祖母の意識は、すでにハッキリとはせず、会話も途切れとぎれにしか出来なかった。祖母の病状は、小康状態を保っていた。
しかし、滞在予定の一週間を過ぎて、私たちは帰宅しなければならなかった。
おそらく、生きた祖母と会えるのは、これが最後になるだろう。母は、意識が混濁した祖母に、一生懸命話しかけていた。叔父や叔母もベッドを囲み、話していた。私は、少し離れた場所で折り鶴を折っていた。
「お母さん、何か食べたい物はない?」
「…………。………………」
「えっ?! ようがん? 溶岩なんか食べられんよ?」
「…………」
「溶岩なら、桜島に行きゃ、いっぱいあるやろ?」
「ほんでも、食えんやろ!」
「それもそうだ、あははは」
「冗談言える元気があれば、まだ大丈夫やろ。あははは」
そんな会話と笑い声が聞こえてきた。
空港に向かうタクシーの中で、私はずっと考えていた。何か食べたい物を聞かれて溶岩だなんて、冗談でも答えるだろうか? …………溶岩? ようがん? ヨウガン? …………ヨウカン!
「お母ちゃん! おばあちゃん、食べたいの溶岩じゃなくて、ヨウカンや!」
私は、タクシーの中で突然叫んだ。母と見送りに来てくれた叔父が、ギョッとした顔で私を見た。
そして、母は泣きそうな顔で私に言った。
「そうか、羊羹やったんか、よう分かったな、お母ちゃん、すぐに分かってあげられへんかった……兄さん、帰りに羊羹買って、お母さんに食べさせたげて……」
「……分かった」
帰宅してから三日後、祖母が亡くなった。私は、祖母がようかんを食べられたのか知らない。
巨大な白木の桶に、白装束の祖母を納めて蓋がされる。
土砂降りの雨の中、親族の男たちが、担ぎ棒をお神輿のように担いで墓地まで歩いた。
大きくて深い墓穴が怖かった。
私が知っている最初の葬儀で、最後の土葬だった。
その夏のお盆に、自宅で祖母の写真の前に切られた羊羹が供えられていた。
私は、それを何気なく隣の部屋から眺めていた。すると、写真を置いた棚の前にボンヤリと影が見えてくる。その影は、お供えの羊羹を食べていた……ように見えた気がした。
「お供えの羊羹、もう食べてええよ」
「……おばあちゃんが食べたよ」
「? だから、お供えは仏さんが食べたから、下げてきて、あんたが食べてええよ」
「……うん」
私は、母の言った通りに、写真の前から羊羹がふた切れ乗ったお皿を下げてきた。そして、楊枝で小さく割って一口食べた。
「まずい……甘くない!」
「え? 何言ってんの?」
母も、お供えの羊羹を口にした。
「ほんまや、味がせえへん!」
母は、切り分けた残りの羊羹を出して切った。私と母は、同時に切りたての羊羹を口にした。
「「甘い!」」
お供えに羊羹を置いた時間は一時間もなかった。その間に、乾いて風味が悪くなってしまうかもしれない。でも、こんな味らしい味がしない固まりになってしまうとは思えなかった。
「ほんまに、おばあちゃんが食べたんかもしれへんなあ……」
そんな事があってから、私はお供えのお下がりの食べ物を、二度と口にする事はしなくなった。
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